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販売開始

 駅員の許可を貰って、カレー主、南ママ、俺の3人は駅前の広場へとやって来た。

ピアノとドラムセットは持って来れない為、カラオケのセットだけを持ってきている。

これは、カセットテープを入れて備え付けのマイクで歌うかなり旧式のもので、ママから拝借した。

もちろん、今日は歌だけで無く、カレーパンを売るのが最大の目的だ。

カートに仕込んだパンを入れて、お客の対応に2人が当たることになる。


「何か、ドキドキすんな」


 カレー主がガラにも無くそんなことを言う。

用意したパンは先日俺が作ったパイナップルカレーと同等のものを、ナンで包み込んだもので、味には自信がある。

時刻は夕方17:00。

そろそろ帰宅する学生やら会社員で溢れる頃だ。

俺は増え始めた帰宅客相手に、マイクのスイッチを入れ、歌おうとしたその時だった。


「えー、皆様、お疲れ様です。 東京都知事に立候補した、テルヒコです」


 突然、馬鹿でかい音量で隣の何者かが話し始めた。

南ママがチラと見やり、一言呟く。


「都知事の立候補者よ」

 

 近々、都知事の選挙があることは知っていたが、立候補者とこんな所でバッティングすることになるとは。

まるで、俺とこのテルヒコなる人物が都知事を巡って争っているかのような構図だが、もちろん、そんなつもりは無い。  

カレー主がぶっきらぼうに言う。


「関係ねぇよ、歌っちまえ」


「もちろん、そうさせて貰いますよ」


 マイクのスイッチ入れると、曲が流れ始めた。


「……よし」

 

 イントロが流れ、Aメロ。

今更、人前なんて気にしない。 

俺は、繰り返し歌を歌った。

テープが擦り切れるまでやる。

いつの間にか、人だかりが出来ていた。









「……上出来だな」


 用意した約50個のカレーパンは1時間でほぼ完売した。

隣はまだやかましく演説しているが、足を止める人は一人もいないようだ。  

俺が引き上げようとすると、最後の客が現れた。


「遠巻きに聞いてましたけど、すごい良い曲ですね」


 スーツを着た男。

どうやらサラリーマンのようで、カレーパンの最後の一つを購入。

去り際にこんなことを言った。


「とにかく、感動しましたよ。 たから、貴方に投票することにしたよ。 都知事に選ばれると良いですね!」


「え! いや、ちょっと……」


 何を勘違いしたのか、俺を立候補者と勘違いしたらしい。

カレー主が、嫌らしい笑みでこちらを見る。


「海老で鯛を釣るってやつか。 物は試し、今からでも立候補しちまえよ」


 バンバン肩を叩いてくるのを振りほどく。


「やめてもらっていいですかね」


 俺は頬が赤くなるのを感じ、俯いてしまった。

明日もカレーパンの仕込みをしなきゃならない。 

気を取り直して、俺は片付けの準備を始めた。

 

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