それは、複雑な心境でした
「はぁー、さっぱりした」
いろいろと満足したクリスが風呂から出る。そこに、ラミラが困った様子で報告にきた。
「セルシティ第三皇子より、至急連絡をするように、と伝言が……」
「まぁ、予想通りだな」
クリスが通信機のある部屋へ移動する。オークニーにあるセルシティの城へ通信を繋ぐと、すぐに聞きなれた声で応答があった。
『大混乱をありがとう。どういうお礼が、いいかな?』
「いきなり嫌味か」
『こちらは、いきなり神の加護を使った魔法が使えなくなって、国の維持が怪しくなってきているんだから。これぐらいの嫌味は許してほしいな』
言葉の内容の割りには、声にまだ余裕が含まれている。白金の髪を揺らし、妖艶な笑みを浮かべながらも、紫の瞳は笑っていない。そんなセルシティの顔が容易に想像できる。
「頑張ってくれ」
『他人事かい?』
「シェットランド領、領主として、出来る限りの協力はしよう。まず、シェットランド領の治療医師を各地に配置させ、治療を助ける」
『それはカイ殿に協力を仰いで手配した』
クリスが肩をすくめる。
「さすがだな。なら、私ができることはない」
『そんなことはないよ。いま、治療魔法が使えなくなった治療師を集め、強制的に治療医師から魔法を学ばせるようにしている』
「ほう?」
『そこで、クリスティにも集まった治療師たちに、魔法を教えてやってほしい』
「別に私でなくてもいいだろ」
『人手が足りないんだ。それに、治療師たちのプライドの高さは、知っているだろう? そう簡単には、学ばないと思うんだ』
「そこは得意の悪知恵でどうにかしてくれ」
軽く笑う声がする。
『悪知恵って、もう少し言い方がないかい?』
「言い方を変えても同じだろ。あと、無理に治療師に教えることもない。治療医師に興味があるやつを集めて、そいつらに教えてもいいだろ」
「そうか。いままでの治療魔法は関係ないのであれば、治療師にこだわらなくてもいいのか」
「そういうことだ。あと、私はもう少し療養してから戻る」
最後の一言に珍しくセルシティの声が乱れる。
『すぐに戻ってこないのかい!?』
「さすがに疲れたからな。なにかあれば、連絡してくれ」
『ま、待て……』
クリスが無情に通信機を切る。いつの間にか背後にいたルドが声をかけてきた。
「すぐに戻らないのですか?」
今までのクリスなら、速攻で国に戻り、手助けをしていた。
予想外の行動に、ルドは疑問に感じた。だが、クリスは軽くため息を吐いて説明をした。
「いま帰っても、あのプライドだけは山のように高い、治療師たちの相手をしないといけないだけだ。それなら、治療魔法がどうやっても使えないという、現実を思い知らせる。それから、新しい魔法を学ぼう、という気概があるヤツだけを相手にしたほうが効率的だ。それに……」
「それに?」
「さすがに疲れた」
「そうですね」
二人が見つめ合う。そして、どちらともなく吹き出した。
「なんか、変わったな」
「師匠の方こそ」
「まあ、二、三日ゆっくりしてから帰っても問題ないだろ」
「移動時間も含めると……オークニーに到着するのは五、六日後ぐらいですか。シェットランド領の治療医師たちにも、恨まれそうですね」
「だが、おまえも他人事ではないぞ」
「え?」
クリスがニヤリと笑って歩き出す。
「おまえも、あのプライドが高い治療師たちに、魔法を教える側になるのだからな」
「え? いや、自分はまだまだ……」
「基礎基本は十分出来ている。それを教えるだけだ」
突然、降って湧いた話にルドが戸惑う。
「へ!? で、ですが、自分はまだ、師匠から学んでいる途中ですし……」
「あぁ、私が教えるのも、しばらく中止だな。他の者に教えないといけないから」
「師匠が他の人に……」
呟くルドから、どす黒い気配が吹き出す。クリスが足を止めて慌てた。
「ど、どうした?」
ルドが無言でクリスを見下ろす。クリスは、なんとなく居心地の悪さを感じる。
「私が他の者に教えると、問題があるのか?」
「……いえ。なんでもありません」
「その顔は、なんでもないって顔ではないだろ」
クリスがルドの顔に触れようと手を伸ばす。だが、ルドは拗ねたように逃げた。
「師匠が自分以外の人に教えるのが、嫌なだけです」
「おまえなぁ……」
クリスが呆れる。ルドはますます拗ねた。
「分かっています。でも、師匠と一緒にいられる時間も減るし……」
「子どもじゃないんだから、一緒にいなくても問題ないだろ」
ルドが振り返る。まっすぐ見つめてくる琥珀の瞳。クリスの胸が跳ねる。
「ど、どうし……っ!?」
突然、ルドがクリスを抱きしめた。そのまま、クリスの首に顔を埋める。
「自分はずっと側にいたいんです。ずっと、師匠に会いたかった」
「それは……」
それは自分も同じだ。
ルドの体がボルケーノに乗っ取られていた間、ずっと会いたかった。冷めた琥珀の目ではない。人懐っこく温かい目で、自分を見てほしかった。こうして、他愛のないことを話して、笑い合いたかった。
それが、ようやく叶った。だが……
クリスはルドの背に手をまわそうとして、おろした。
「離れるわけではない。そんなに心配しなくても、大丈夫だ」
「師匠……」
ルドの腕が緩む。その隙にクリスは腕から抜け出し、歩き出した。
「ししょ……」
ルドが追いかけようとして、背後から声がした。
「なかなか手強いですわね」
「……ずっと覗いていたなら、最後まで見守ってもらえませんか?」
ルドの隣でラミラが唸る。実は、少し離れたところから、二人の様子を覗き見していたのだ。
「もう一押し、という雰囲気なのですが……そう、雰囲気です!」
「雰囲気?」
「そうです。こんな廊下でクリス様に迫っても、トキメキが少ないです! ここはロマンチックな場所と雰囲気を用意して、そこで攻めるべきですわ!」
「ロマンチックな場所……ですか?」
反応がいまいちのルドに、ラミラが詰め寄る。
「どこでも押せ押せでは、押されるのが普通になってしまいます。ここは少し我慢して、ここぞ! という時に、押しましょう!」
「は、はあ……」
「もっと、しっかりしてください! そんなのでは、クリス様を落とせませんよ!」
「は、はい!」
二人が話している光景を、クリスは距離を置いて見ていた。会話の内容までは聞こえないが、表情と雰囲気から楽しそうである。
なんとなく気分が沈む。
クリスは無意識に胸にあるネックレスを握りしめた。そこに、たまたま通りかかったオグウェノが声をかける。
「あ、月姫……って、どうした!?」
「なにが?」
「なにがって、そんな泣きそうな顔して」
「……泣きそう?」
オグウェノが廊下の先で、話が盛り上がっているルドとラミラを見つける。それだけで、なんとなく事情を察した。
オグウェノが、なんでもないように軽く首を横に振る。
「いや、オレの気のせいだ。それより、お袋が月姫と二人で話したいって言っているんだが、時間いいか?」
「いまから、か?」
「都合が悪ければ、後日でもいいぞ」
「いや、女王が空いている時間に合わせるほうがいいだろう。すぐ行く」
「じゃあ、ついてきてくれ」
二人が歩き出そうとしたところで、ルドが走ってきた。
「師匠、どちらへ……」
風が吹き抜け、ルドが口を閉じる。オグウェノが王族の気配を放ち、ルドを威圧する。
「女王が月姫との面会を希望している。部外者は不要だ」
「っ」
この気配の前では、ルドも己の立場に合った振る舞いになる。
ルドが姿勢を正し、一歩下がる。
「護衛として、お供します」
「そうか。月姫」
オグウェノがクリスに手を差し出す。
「え?」
「手を。エスコートする」
オグウェノの背中に、ルドからの射殺さんばかりの視線が突き刺さる。だが、オグウェノはどこ吹く風で、まったく気にしない。
「ほら」
「あ、あぁ……」
手を下げそうにないオグウェノに負け、クリスが手をのせる。女王が待つ部屋の前まで、クリスはオグウェノにエスコートされて移動した。




