それは、オグウェノからのプロポーズと、クリスの本音でした
クリスは甘く炭酸が入った酒をジュースのように飲み続け、いつの間にか瓶が一本開いていた。
頬がほんのりと赤くなったクリスが、オグウェノに迫る。
「何度も言っているが、私は犬のことなど、なぁーんとも思っていないんだ。それなのに、他の者だちがぁ……ック」
「わかった、わかった。とりあえず、これ以上飲むな」
オグウェノはクリスが持っていた酒瓶を取り上げる。底に薄っすら残っている程度で、ほとんど空だ。オシャレなデザインの細めの瓶で、量はそんなにない。そして、酒のアルコールの度数も高くない。
「月姫がこんなに酒に弱かったとは」
困ったように呟くオグウェノにクリスが怒る。
「弱くない!」
「よわきゅ……」
普段は隙など見せず、キリッとしているクリスが舌足らずになっている。その様子はオグウェノの胸を的確に貫いてくる。
胸を押さえて背を向けたオグウェノに、クリスがバンバンと地面を叩く。
「弱くなんかないぞ! おい! 聞いているのか!?」
「あ、あぁ。分かった、分かったから」
(クソッ、これがギャップ萌えとか言うやつか? それとも惚れた弱みか……)
他の女性だとなんとも思わない、むしろ計算しているのか? と勘ぐって興ざめする仕草に、オグウェノが悶える。
なかなかこちらを向かないオグウェノを心配して、クリスが声をかける。
「どうした? 胸が悪いのか?」
「いや、そうではな……」
振り返ったオグウェノはトドメを刺され、思わず天を仰ぐように額を押さえた。
「それはズルいだろ」
「ん?」
上目使いで見つめてくる深緑の瞳。ほのかに染まった目元。筋が通った小鼻に、しっとりと輝く唇。気怠そうに息を吐く姿は艶めかしい。
オグウェノはクリスに顔を寄せた。とろんと溶けた目がこちらを見る。
「なあ、月姫。これは本気の話なんだが、オレに嫁がないか?」
クリスが半笑いを浮かべながら水を飲む。
「また、その話か」
「オレなら、赤狼のように不安にさせることはしない」
オグウェノの真剣な様子に、クリスが水を置く。その手にオグウェノがそっと自分の手を重ねた。
「オレなら、ずっと側にいて守り続ける」
いつもと違う様子のオグウェノにクリスが戸惑う。
「い、いや、だが……」
「必要なら、第四王子の地位を捨てて、シェットランド領へ移住する」
「はっ!? いや、待て。本気で言っているのか?」
驚くクリスに、オグウェノが無言のまま見つめてくる。その真剣な眼差しに、クリスは一気に酔いが冷めた。
クリスがまっすぐ返す。
「なぜ、私なんだ?」
「賢い女がいいんだ」
「お前の妃になりたいヤツは、いくらでもいるだろ。しかも、競争率が高い中で、お前に近づけるのだから、十分賢い」
「それは賢いのではなく、計算高いと言うんだ」
「そうか?」
「そうだ。それに」
「それに?」
「可愛い女がいい」
クリスが長い睫毛を何度も瞬かせ、目を丸くする。
「私は可愛くないぞ」
「月姫は可愛い」
穏やかに微笑みながら断言された。こんな美丈夫に真剣に言われたら、普通は喜んだり恥ずかしがったりするだろう。
だが、クリスの脳裏に別の記憶が甦っていた。
『師匠は綺麗で可愛いんですから、ちゃんとその自覚をもってください』
酔っていたとはいえ、琥珀の瞳は真剣で。まっすぐで。本気で言っていた。
「つ、月姫!?」
オグウェノが慌てる。クリスの両目からはボロボロと涙が溢れ出る。
「ど、どうした?」
「だ、駄目……なんだ」
「なにが、ダメなんだ?」
クリスが両手で顔を覆う。
「あいつが……あいつじゃないと……」
オグウェノが悟ったように肩をすくめる。
「そんなの、見ていれば分かる」
「す、すまない」
クリスが必死に目をこするが涙は止まらない。オグウェノがさり気なくハンカチを差し出す。
「だが、どうしてその気持ちを出さない?」
「それは……」
クリスはハンカチを受け取り、顔を拭いた。涙を吸ったハンカチから、溢れた甘いバラの香りが、そっと寂しさを包み込む。
クリスは少し考え、視線をオグウェノに向けた。月光の下で深緑の瞳が穏やかに待っている。
男前で言動は軽いが、自分のことより他人のことを優先する。このお人好しは自分が話すまで、ずっと待っているだろう。
クリスはゆっくりと話し始めた。
「シェットランド領にいた、イールを覚えているか?」
「あぁ。あの銀髪に銀目の同じ顔をした者だちだろ? 確か人形とか、なんとか言っていたな」
「そうだ。イールは人によって造られた、自動で動く人形だ。そして、私も似たようなモノだ」
「……どういうことだ?」
クリスが右手を掲げて月の光にかざす。
「イールと私の違いは中身だ。彼らは中身が器械の組み合わせで出来ている。私は肉や骨で出来ている」
「まったく違うだろ」
「だが、人の手によって造られた、というところは同じだ。空中庭園で映像を見ただろう? 私とまったく同じ顔をした女が話す映像を」
「あぁ」
オグウェノが空中庭園での出来事を思い出す。何もないところに現れた、映像とやらに映っていた女性は、クリスより少し年上ぐらいだった。そして、とてもよく似ていた。いや、むしろクリスが、そのまま年をとったと言ってもいい。
「私は複製だ。月にいた人間は生き残るために、自分たちの複製を造り続けることで生き残ってきた。イールと同じだ」
「……それが赤狼に気持ちを伝えない理由か?」
クリスが月を眺める。いつもと変わらず空に浮かぶその姿は、故郷であるはずなのに、よそよそしく愛郷を感じない。
「月の一族は私で終わらせる。それが最善だ」
「だが、それだと月姫を逃がした人たちの想いは、どうなる? 言っていただろ? 自分たちが存在した証を残してくれ、と。それは月姫にこの地で生きて、幸せになって、子孫を残してほしいから、ではないのか?」
その言葉に、クリスは弾けたようにオグウェノを睨んだ。
「分かっている! しかし、空中庭園にある図書室の本を読んで知ったんだ! 複製するということは、遺伝子レベルで欠陥が生じることがある。もし、私が欠陥品だったら、その欠陥を子に引き継がせることになる。それだけは避けねばならない!」
一気に言い切ると、クリスは悔しそうに俯いた。
「見た目は人と同じでも、中身が違うんだ。なにが起きるか、分からない」
「赤狼なら、それごと全て受け入れるだろ」
クリスが両手で顔を覆って叫ぶ。
「だからだ! だからこそ、あいつを巻き込むわけにはいかない! あいつには、普通の道を歩いてほしいんだ!」
半狂乱になりかけているクリスの腕をオグウェノが掴む。
「分かった。分かったから落ち着け」
顔を上げたクリスの目じりに涙が光る。オグウェノが腕を掴んだままクリスと見つめ合う。
刹那、鋭い殺気が突き刺さった。
反射的にオグウェノがクリスの腕を放す。寸前までオグウェノの腕があった所に剣先が光る。
鈍く輝く刃に、冷や汗を流しているオグウェノの顔が映った。
「……どういうつもりだ?」
剣の先にはルドが立っている。一瞬で武器を持った黒ずくめの人たちがルドを包囲した。
緊迫した空気が流れる中、ルドが口を開く。
「師匠から離れろ」
その琥珀の瞳にクリスの顔が綻び、喜びを含んだ声があがる。
「犬か!」
「ししょ……クッ」
ルドがクリスの方を見ようと顔を動かした瞬間、剣が消え、ルドは頭を押さえながら沈んだ。
ルドが酔っぱらっての可愛い発言については
「ツンデレ治療師は軽やかに弟子との恋に落ちる……のか?」の
70話 「ワンコ弟子、ついに師匠を襲う……のか!?」
にあります
空中庭園での映像については、同じく
75話「暗雲」
にあります




