それは、ムワイの見解でした
王城の地下。薄暗い長い階段を降りた先に、その部屋はあった。オグウェノがノックも無しで、無遠慮にドアを開ける。
「ムワイ、生きてるか?」
地下のため窓はなく、壁に付けられた灯りが室内を照らしている。床には書きなぐられた紙が散乱し、机には本が山積みになっている。
クリスはこの部屋に親近感を覚えた。治療院研究所にある自分の研究室と、屋敷にある研究室に似ているのだ。
オグウェノが足で紙を払いながら進んでいく。
「せめて、床が見えるぐらいには片付けろって、言ってるだろ」
その言葉にクリスの胸が痛む。カリストやカルラに散々言われてきた言葉だ。それでも最近は、気が付くとルドが適度に片付けているため、言われる回数は確実に減っている。
思わぬダメージをくらっているクリスの前で、机の上にあった書類の束が宙を舞った。
「あー! 詰まった!」
紙吹雪を浴びながら青年が立ちあがる。背中まである暗い茶色の髪を一つに纏め、茶色の垂れ目が特徴的な青年だ。筋肉質な男が多いケリーマ王国の民にしては線が細い。
そして、この光景にもクリスは既視感を覚えた。研究が行き詰まる度に、こうして書類を放り投げ、ルドが床に落ちる前に拾い集めていた。
クリスがなんとなく気まずくなり視線を逸らす。オグウェノは呆れながらも、慣れた様子で訊ねた。
「ちょうど良かった。聞きたいことがある」
ここで、ようやくオグウェノの存在に気が付いたムワイが、こちらを向く。
「あ、王子。どうしました?」
「聞きたいことがあるって言っただろ? 気分転換がてら、上で茶にしないか?」
「いいですよ。あと、なにか食べるものがあると嬉しいです」
タイミングよくムワイの腹の音が鳴る。
「わかった。用意させる」
こうしてテラスでのお茶会が決定した。
庭が見えるテラスに軽食とお茶が並ぶ。ムワイは軽食に飛びつき、口いっぱいに頬張る。
その様子を眺めながら、オグウェノはテーブルに肘をついた。
「食事もちゃんと取れと言ってるだろ」
クリスが居たたまれなくなり、顔を背けた。研究に夢中になり、空腹で倒れる寸前になったのは一度や二度ではない。ただ、最近はルドが注意するので、適度に食事を……以下略。
「だっ……興味ぶか、魔力が……ふご、ほご」
口に詰め込み過ぎて、何を言っているのか分からない。オグウェノは紅茶が入ったカップを差し出した。
「わかった。とりあえず食べろ。腹が落ち着いたら話をする」
「ふぇい」
その様子を横目で見ながら、クリスが安堵する。
「私はここまで、ではないな」
紅茶とともに呟きを飲み込む。
軽食に合わせて癖のない、後味があっさりとした紅茶だ。添えられている茶菓子は細い麺のようなものをパリパリに上げ、黄金色に輝く水あめで固めた、見ただけで激甘と分かる。その隣にはフルーツの盛り合わせがあった。
暑い土地柄のせいか甘い菓子が多く、クリスは飽きてきていた。そのため自然とフルーツに手が伸びる。オレンジの甘酸っぱさが体に染み渡る。
クリスが果物の自然な甘さに癒されていると、一息ついたムワイが声を出した。
「で、話とはなんですか?」
「赤狼の使った魔法について、調べていただろ? なにか分かったことはあるか?」
オグウェノの質問に、ムワイが眉間にシワを寄せる。
「アレですか。アレについては、こっちが聞きたいですよ。とりあえず、地中の奥深くに刺激を与えた、というのは分かりました。ですが、それで、なんであんな黒い柱が出てくるのか……」
悔しそうに菓子を口に入れるムワイに、クリスが訊ねる。
「魔法は分析したか? どんな魔法か分かったか?」
「どんな、と言われても……魔法の構成が古いのにシンプル、ということぐらいしか」
「古いのにシンプル? 普通は、古いと複雑で扱うのが難しいものだろ?」
「はい。普通は、その通りです。ですが、あの魔法は構成が古いのに無駄を一切省き、むしろ洗練されているようでした。あれなら魔力を無駄をなく魔法に使えます」
オグウェノが疑問を口にする。
「ちょっと待て。魔法は魔力を元に発現するが、全ての魔力を魔法に使えるわけではない。どうしても無駄が発生する。しかも、威力が大きな魔法であればあるほど、それは顕著になる。それが普通だろ?」
「ところが、犬は魔力の無駄を発生させることなく、魔法を最大限発現させることが出来た。だから、巨大な竜巻を吹き飛ばせた、ということか?」
クリスの考察にムワイが同意する。
「その通りです。どこの誰かは知らないですが、息の合った二人が、同時に魔法を使ったんですね」
「「息の合った二人?」」
クリスとオグウェノの声が重なる。ムワイは驚くことなく平然と説明をした。
「あの場所から二種類の魔力を検知しました。あれだけ強大な魔法ですからね。少しでもタイミングがずれると、魔力が反発して爆発していた可能性もありますよ」
クリスが確認するようにオグウェノに視線を向ける。オグウェノは慌てて首を横に振った。
「いや、あの場には赤狼一人だった。それは間違いない」
今度はクリスとオグウェノが、ムワイに視線を向ける。
「え? そんなこと言われましても、確かに二種類の魔力が残ってました。つまり最低でも二人はいた、ということです」
オグウェノがムワイに質問をする。
「一人が二種類の魔力を放つことはあるか?」
「いや、王子。魔力は一人につき一種類。同じ魔力を持つ人もいない。たとえ双子でも、持つ魔力は違う。有名な話じゃないですか」
「そうだが……」
オグウェノが横目でクリスを確認する。クリスは顎に手を当てて考えこんだ。
「どういうことだ? あの場所に犬以外の人間がいたのか?」
「そんな報告はないが、もう一度確認させよう」
デザートまで食べたムワイが、紅茶のおかわりを飲みながら訊ねる。
「そういえば魔法を使った本人は、まだ会話が出来ない状態ですか? 会話が出来る状態になったら教えてくれ、と頼んでいたのですが」
「……そうなのか?」
オグウェノが気まずそうな顔になる。何かに気がついたムワイが怒る。
「あー! わざと忘れていましたね! と、いうことは話が出来る状態まで、回復しているんですね! どこですか! この魔法を使った人間は!」
「ま、待て、落ち着け。今ややこしいことになっていて……」
迫って来るムワイを、オグウェノが手で制する。そこにクリスが頷きながら言った。
「その魔法を使ったのはルドヴィクスだ。以前、手から剣を出した男がいただろう? そいつだ」
「月姫!?」
驚くオグウェノを、クリスが視線だけで黙らせる。
「直接話を聞いてきたらいい。カリスト」
「はい」
クリスの呼びかけにカリストが柱の裏から姿を現す。
「犬のところまで案内してやれ」
「わかりました。こちらへどうぞ」
先導するカリストの後ろを、ムワイが嬉々としてついて行く。その光景を眺めながら、オグウェノは心配そうにクリスに訊ねた。
「いいのか?」
「むしろ好機かもしれん。ムワイの性格からして、突っ込んだ質問をしても、誰も疑問に思わない。聞き出せるだけ聞き出してくるだろうし、状況が悪くなれば、カリストが上手く立ち回るだろう」
「そういうことか。なら、オレも見てこよう」
「頼む」
悠然と歩き出したオグウェノを、クリスはどこかすまなそうな顔で見送った。




