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ツンデレ治療師は軽やかに弟子と踊る(タイトル詐欺)~周りは二人をくっつけたい~   作者:


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20/76

それは、酔ったイケメンの殴りあいでした

「なにをするんですか!」


 ルドが怒鳴りながら泉から顔を出す。酒で目元が赤くなったオグウェノが不満気に顔をしかめる。


「お前のその態度。見ていてムカつく」


「は!?」


「その自分だけ我慢すれば……っていう自己犠牲的な態度。そのうえ、我慢してるんだぜ的な悲壮感を漂わせて、何様だ? あ? 自己陶酔者(ナルシスト)か?」


 酔っ払いの戯言とはいえ、あまりの言葉にルドが怒る。ばしゃばしゃと派手に水音をたてながら泉から出た。


「はぁ!? 何を言っているんですか!? いつ、自分がそのようなことをしましたか!?」


「してるだろう!」


「してません!」


 額と額が当たりそうなほど顔を近づけ、深緑の瞳と琥珀の瞳が睨み合う。


「そもそもなぁ! てめぇの、その煮え切らない態度が、気に入らねぇんだよ!」


「別に、あなたに気に入られなくて結構です!」


「あぁ! そうだよ! オレに気に入られる必要なんかねぇ! だがな! 月姫にはハッキリさせとけ!」


「なぜ、そこで師匠が出てくるのですか!?」


「あぁ!? お前、月姫があそこまで態度に出しているのに、知らぬ存ぜぬで通すつもりじゃねぇだろうな!?」


 クリスが記憶を失ってからの様々な行動が、ルドの脳裏によみがえる。可愛らしい仕草の中にある、ルドへの特別な想い。さすがに鈍いルドでも、なんとなく感じ取っていた。


 あからさまにルドの勢いが落ちる。


「いや、あれは……師匠は記憶がないからで……」


 オグウェノがルドの胸倉を掴み、顔を上げさせ視線を無理やり合わせる。


「記憶がないから! だろうが! 記憶がないからこそ、しがらみも建前もなく、自分の感情を出せているんだろ!」


「え……」


 思わぬ指摘にルドが呆然とする。


「あれはな! 月姫の本当の気持ちなんだよ! ずっと出来なかったことが、記憶をなくしたからこそ、できているんだ!」


「いや、でも……なんで……なんで、あなたにそんなことが分かるのですか!?」


「ずっと見ていたら、嫌でも気づくんだよ!」


 オグウェノがルドを手前に寄せた後、突き飛ばした。


「ずっと……?」


 呆けているルドを無視して、オグウェノがドカッと床に座る。そして、瓶を無造作に掴むと、酒を直接瓶から呑んだ。


「オレはずっと月姫の話を聞いて育ってきた。たった一人で月から地上に降りてきた少女。しかも、それが原因で空中庭園は落下して〝神に棄てられた一族〟は滅びかけた。そんな、自分が原因で滅びかけた場所にいるのは、居心地が悪いだろう。だから、オレがヒーローになって助けるんだって、勝手に月姫を不幸な少女にしていた。だが、実際は違った」


 オグウェノが酒を煽るように呑む。


「月姫は自分で居場所を作っていた。しなくてもいい贖罪をしていた。オレが考えていたより、ずっとずっと強かった。そのことを知った時、オレは自分を恥じた。なんて浅はかな考えをしていたのだろう、と。それから、ずっと見ていた。なぜ、こんなに強いのか、と」


 ルドがオグウェノの向かい側に腰を下ろす。


「そしたらな。やっぱり、ただの女の子だったんだよ」


「え?」


 オグウェノは視線を空に向けた。嘲笑うような口の形をした月がこちらを見下ろしている。

 忌々しくなったオグウェノは星空だけを写している泉を見た。


「月姫はなぁ。故郷を失くして、それでも自分が出来ることをしている、ただの頑張り屋な女の子だったんだよ」


「それは……」


「知識は武器になる。だから、あらゆることを学び、その中で治療師という道を選び、今に至っているわけだ」


「そこまで師匠のことを……」


「そうだよ。お前よりオレのほうが、ずっと見てるんだよ。なのに、なのに……」


 オグウェノが瓶に残った酒をイッキ飲みする。


「なんで、お前なんだよ! いつまでもグジグジで、こんな鈍いのに、魔力と顔だけが良くて、魔法騎士団のエースなんて呼ばれているだけのヤローなんて!」


 何気に褒められているが、ルドが沈む。


「そうですよね……自分なんかより、あなたのほうが、よく師匠のことを見ているし、理解している……自分なんかより、よっぽどか……」


 オグウェノが空になった酒瓶を床に叩きつける。


「そういうところだ! そういうところがムカつくんだよ! 悲壮感漂わせるぐらいなら改善しろよ! 自己陶酔(ナルシスト)してるぐらいなら、月姫のことを考えろ!」


「ですから! そういうつもりはありません!」


「なら、さっさと月姫の気持ちに応えろよ! それとも他にいい女でもいるのか!?」


「いません! そもそも師匠を、そのように見たこともありません!」


「なら、すぐ見ろ! 今見ろ! で、どうなんだ!? 考えられるのか!?」


 ルドが顔を真っ赤にしながら否定する。


「そ、そんなすぐに考えられるものでは、ありません! そもそも、自分は師匠に相応しくありません!」


「はあ!? なんで相応しくないんだ!?」


 ルドは視線を落とすと、目の前にある白色の酒が入った瓶をひっつかんだ。それから、そのまま一気飲みをする。あっという間に空となった瓶をルドが床に置く。

 突然の行動にオグウェノがおずおずと声をかける。


「お、おい? 大丈夫か?」


 ルドは手の甲で豪快に口元を拭くと、正面からオグウェノを見据えた。


「自分は国に住む人々が安心して過ごせるように、と戦場で戦ってきました。そうすることで、幸せになる人が増えると思って。ですが、実際は違いました。自分が戦っていた相手も人間。その人にも家族がいました。自分はその人たちの幸せを奪っていたのです。そのことに気付かず、多くの血を流してしまいました」


 ルドが自分の両手を見下ろす。


「こんな血だらけで汚れた自分が、師匠の隣に立つことなど出来ません。自分は師匠に相応しくありません」


 ルドが悔しそうに両手をキツク握り俯く。その赤髪をオグウェノはスパーンと軽く叩いた。

 思わぬ衝撃にルドが驚いて顔を上げる。すると、目前に真っ直ぐ睨んでいるオグウェノがいた。


「お前、バカか?」


「え?」


 オグウェノが真面目な顔で淡々と諭す。


「月姫がそのことを知らないと思っているのか? そんなことぐらい想像つくし、知ってるに決まってるだろ」


「え?」


「魔法騎士団にいて、エースなんて呼ばれているのに、戦果がゼロなわけないだろ。まさか、月姫がそんなことも考えられない程、世間知らずだと思っているのか?」


 確かに、記憶を失う前のクリスは、いろいろ世間知らずのところもあったが……


「いえ……そこまで世間知らずではない……と、思います」


 唖然としているルドの頭をオグウェノが殴る。


「それでも、お前を選んでるんだよ! いい加減に気づけ!」


 殴られた姿勢のままルドが固まる。そこにオグウェノが畳みかける。


「なんだかんだ言って、お前が一番月姫を蔑ろにしているんだよ!」


「自分が……一番、師匠を……」


 俯いたまま動かないルドを眺めながら、オグウェノが近くにある酒をグラスに注ぐ。


「もし、お前より先にオレが月姫に会っていたら……いや、それでも今と変わらないかもな」


 オグウェノがゆっくりとグラスに口をつける。甘めの酒なのだが何故かいつもより苦い。虚しく吹き抜ける風を振り払うようにオグウェノは立ち上がった。


「よし! 一発殴らせろ!」


「は? え? なぜ!?」


 オグウェノが両手を組んでボキボキと関節を鳴らす。その姿にルドは本気度を感じ取って腰を浮かした。


「ま、待ってください。なぜ殴られないといけないのですか?」


 ルドの質問にオグウェノが良い笑顔で答える。


「踏ん切りがつかないようだから、気合いを入れてやろうと思ってな」


「別に気合いを入れなくていいです!」


「細かいことは気にするな」


「細かくないです!」


 ルドが逃げるようにズルズルと後ろに下がる。


「あ、あと、オレは月姫のことは諦めてないからな。隙があったら奪うぞ」


「そこは諦めてください」


 ルドが若草のような瑞々しくも爽やかな好青年、もといイケメンの顔でサッパリと切る。

 そんなルドの即答にオグウェノがニヤリと口角を上げた。背景に大輪の薔薇が似合う、艶やかな色男の笑みは重圧がある。


「よく言った。歯くいしばれ」


「遠慮します!」


 ルドの叫びも虚しく、オグウェノが顔面へ全力で拳を振り抜く。が、ルドが紙一重で避ける。そこで足元がよろけたオグウェノは、体勢を立て直しながら不満そうに言った。


「避けるなよ」


「避けますよ!」


「いいから、とりあえず殴られとけ」


「とりあえずで殴られたくありません!」


 言葉の応酬に拳の応酬が加わっていく。


 オグウェノが黒髪を揺らしながら、汗を振り撒く。美の造形物のごとく、鍛え上げられた筋肉から繰り出される拳。当たれば、かなりのダメージになる。

 そのため、ルドは必死に攻撃を避けた。着痩せしているが、筋肉はしっかりあり、動きは素早い。濡れた赤髪からは雫が弾け飛ぶ。


「ちょっ、もう、呑みすぎです! ここらで、お開きにしましょう!」


「まだまだ! 夜はこれからだ!」


 オグウェノからの攻撃をルドが受け流す。しかし、先ほどガッツリ呑んだ酒が効いており、体がふらつく。それはオグウェノも同じで、足元がおぼつかない。

 お互いにフラフラと攻撃とも防御ともつかない動きをしながら、体にダメージを増やしていく。


 二人の殴りあいについては、生き生きしているオグウェノの表情から、影の護衛もそっと目を閉じた。


 こうして、見目麗しく、目の保養にも、観賞用にもなる男二人のサシ呑みは、酔っぱらいの殴りあいとなり、夜は更けていった。


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