それは、男同士のサシ飲みでした
夕食時、ルドが姿を現さない。そのせいか、どうも落ち着かない様子のクリスにオグウェノが声をかけた。
「月姫、珍しい髪型をしているな」
クリスがどこか恥ずかしそうに、布が編み込まれた髪に触れる。
「街の露店でルドさんが布を買ってくれまして、そのお店の方が編んでくださったのです」
「似合っているぞ」
「ありがとうございます」
クリスがどこか寂し気に微笑む。ルドが言ったのであれば、もっと嬉しそうな笑顔になるのだろう。
腹の底でルドへのいら立ちを覚えながら、オグウェノが笑顔を維持する。
そこに、クリスの隣に座っているベレンが会話に入った。
「そのルドは食事にも来ないで何をしているのかしら?」
クリスの顔がポンと赤くなる。しまった、という顔をするクリスだが、それを見逃すベレンではない。
「ルドと何かありましたの?」
「い、いえ。なにも、ありません!」
慌てて首を振るクリスをベレンが覗き込む。
「本当ですか?」
「本当です!」
「怪しいですわ」
見かねたオグウェノが助け船を出す。
「赤狼は昼に暴走馬車で怪我をした人たちの治療をして、疲れて寝てるんだろう。途中で起きて食堂へ行っていたから、生きてはいる」
オグウェノの説明にクリスが驚く。
「え? あ、ルドさん、起きられていたのですか?」
「あぁ。少し前だがな」
「あの、変わった様子はありましたか?」
「特になかったぞ」
「そう……ですか」
どこかほっとしたような、残念なような顔をしたクリスに、ベレンが顔を寄せる。
「なにか、ありましたのね?」
「いえ、あの……」
「私にだけ教えてください」
水色の瞳に迫られてクリスが観念する。
「わかりましたわ」
クリスがベレンにこっそりと耳打ちをする。それを聞いたベレンはクリスの肩を叩いた。
「そういうことは相手が起きている時にしないと、意味がありませんのよ!」
「お、起き!? 無理です!」
「無理でもしませんと! あの鈍感の塊はそれぐらいしないと気づきません!」
完全にオグウェノを蚊帳の外に置き、女子二人で盛り上がっている。
内容をなんとなく察したオグウェノは、控えている使用人に声をかけて、立ち上がった。
「先に失礼する」
「あ、はい」
クリスが顔を上げるが、ベレンがすぐに引き戻す。
「さっさとお行きなさい。で、クリス。そこはどう考えていますの?」
「そこまで考えていませんぅ!」
詰問するベレンにクリスの泣きが入った声が響いた。
オグウェノは大股で歩きながら目的の部屋へ行くと、乱暴にドアを叩いた。
「赤狼! 生きてるか?」
バタバタと走る音とともに勢いよくドアが開く。
「生きてます。すみません、寝てました」
寝ぼけた顔に、赤髪があらぬ方向に跳ねている。オグウェノは怒る気力も失せ、顎で廊下を指した。
「そんなことだろうと思った。飯も準備しといたから、来い」
ルドが素直にオグウェノに付いていく。しかし、気になることがあるのか周囲を見回している。
「どうした?」
「イディはいないのですか?」
護衛として、いつもオグウェノの側にいるイディの姿がない。いや、姿どころか気配もない。
気づいたことに感心しながらも、オグウェノは淡々と説明をした。
「置いてきた。城内だと影の護衛が張り付いているから、イディがいる必要もない」
「常に複数の気配を感じていましたが、そういうことですか」
「城内だから安全ってことはないし、むしろ暗殺とか危険はいくらでもあるからな。だが、目に見えての護衛は鬱陶しいから、影から護衛させてるんだ。ほら、着いたぞ」
「ここですか……」
ルドから思わずため息が漏れた。
満点の星空の下、滾々と清水が湧き出る泉の周囲に白い大理石の柱がある。その中央には円形のドーム型の屋根がついたテラスがあり、点々と明りが灯る。それだけでも幻想的な光景なのだが、泉が鏡のように写し出している。
正直、男二人には勿体なさすぎるほどの情景だ。
そんなテラスの床に布を敷き、その上に料理とつまみと多種類の酒がおいてある。
「豪華ですね」
「お前がどんな酒を呑むか分からないからな。とりあえず揃えてみた」
「いや、自分は呑まな……」
「呑むよな!」
オグウェノが笑顔で圧をかけながら座る。ルドは諦めながら腰を下ろした。
「では、軽めのを少し」
「おう。甘めと辛め、どっちがいい?」
「辛めで……」
「なら、このリュウゼツランの酒がいいな」
透明な液体が入ったガラスの瓶を持ちあげる。
「リュウゼツラン?」
「ほら、そこにトゲトゲの草が生えてるだろ? その草の中心の実から作った酒だ」
オグウェノが指さした先には、細く鋭い葉が針山のように生えている植物がある。
「初めて見ました」
「乾燥したところに生える草だからな。ほらよ」
オグウェノが瓶とグラスをルドに渡す。
「ありがとうございます」
オグウェノは迷うことなく茶色の酒が入った瓶を選んでグラスに注ぐ。ルドもグラスに少しだけ酒を注いだ。
「とりあえず乾杯だな」
「はい」
グラスを傾け合うと、同時に酒に口をつけた。一気飲みしたオグウェノに対して、ルドは一口飲んですぐに口を離した。
「お前、そこは全部呑めよ」
「食事がまだですから。なにも食べていない状態で呑むと悪酔いします」
「真面目だな」
オグウェノがチーズをつまむ。ルドは皿を取ると、野菜や肉を載せて食べ始めた。普通に食べているように見えて、食べるスピードは速い。だが、余計な音もなく動作も洗礼されている。
オグウェノは感心したように息を吐いた。
「しっかり食べるくせに、食べ方は綺麗なんだよな」
「どういうことですか?」
「オレなんかより、よっぽど育ちが良く見えるってことだ」
「王子がなにを言っているんですか」
オグウェノが自嘲気味に笑う。
「オレはお袋より親父よりだからな。見れば分かるだろ?」
あっさりとしているようで思慮深く、様々な策を巡らす女王に対して、豪胆でその場の勢いで決断をしていく王。どちらに似ていると言えば、オグウェノは王に似ている。
ルドが否定せずに食事をしていると、オグウェノが遠くを眺めながら言った。
「別に、それを悪いと思っているわけではないし、それでいいと思っている。国は姉の誰かが継ぐし、オレは今まで通り自由にする」
「いいと思います」
同意しながらもルドの手は止まらない。大皿に盛られていた料理が、あっという間になくなっていく。
その光景にオグウェノが楽しそうに口角を上げた。
「いい食いっぷりだ」
「昼に魔力を消費しましたので。見苦しいようでしたら、すみません」
「いや。お前も月姫も、オレの前でも態度を変えない。そういうところは好ましい」
王族の前だと誰もが態度を変える。仕方ないことだと分かっていても、それが物悲しいこともある。
オグウェノはグラスに酒を注ぎながら訊ねた。
「……月姫のことだが、これからどうするつもりだ?」
ルドが手を止める。
「どうする、とは?」
「気づいているのだろう? 月姫は魔力を消費していないせいで、普通にしていても魔力が溢れている状態だ。今の外見で魔力を垂れ流している状態では、オークニーに戻れない」
「……シェットランド領なら問題ありません」
「確かに、シェットランド領なら問題ないだろう。だが、記憶がないままでは領主はできない」
「……なにが言いたいのですか?」
オグウェノがクイッと酒を呑む。
「ケリーマ王国に来い。もちろん、お前も一緒に」
「師匠はともかく、自分は無理です」
「英雄ガスパルの孫が他国へ出奔、なんて不名誉なことは出来るわけないな」
「出奔などしません。そもそも、他国へ移るなど考えられません」
「そうだろうな」
オグウェノが酒を呑んでいた手を止める。クリスと同じ深緑の瞳でルドを見据える。
「では、月姫だけをもらう」
「師匠は物ではありません」
「では、月姫が同意したら、いいのか?」
ルドは何かを言いかけて口を閉じた。ルドが視線を逸らすように琥珀の瞳を伏せる。
「どうした?」
「……師匠が同意すれば、かまわないと思います」
「本当にいいんだな?」
ルドの全身に力が入る。そして、絞り出すように返事をした。
「……はい」
その声、態度にオグウェノの中で何かが切れた音がした。気がついた時には近くにあった酒瓶を持ち、そのままルドの頭上でひっくり返していた。
「えっ!?」
突然降ってきた液体にルドが驚いて顔を上げる。濡れたところからは、強いアルコールの臭いが立ち上る。
オグウェノが空になった酒瓶を床に置いた。そこで状況を把握したルドが叫ぶ。
「なにをするんですか!?」
怒るルドにオグウェノが無言で立ち上がる。そして、冷めた目で見下ろすと同時に、今までの軽い雰囲気を消し、王族の気配を発した。
「立て」
言霊がこもった逆らえない言葉に動かされ、ルドが立ちあがる。そこにオグウェノが足を振り上げた。すぐにルドが胸の前で腕をクロスする。
次の瞬間、両腕に重い衝撃が響いた。
「グッ!?」
オグウェノの蹴りを受けてルドの体が浮く。警戒していたため防御はできたが勢いまでは殺せず、ルドはそのまま泉に落ちた。




