それは、治療師の仕事でした
ルドたちが悩み沈んでいると、優麗な声が舞い降りた。
「道具なら、こちらにありますよ」
天の助けのような声に、ルドが振り返る。そこには鞄を持ったカリストが立っていた。カリストが膝をつき、ルドの前に鞄を置く。
「クリス様の物ですが、あなたなら使いこなせるでしょう?」
カリストが鞄を開けて中を見せる。ルドは力強く頷いた。
「ありがとうございます」
乾いた風が吹いて足元の砂が巻き上がる。ルドは隣に立っているクリスに声をかけた。
「すみません。少し離れてもらえませんか?」
「あ、ご、ごめんなさい! 邪魔ですよね!」
クリスが走ってルドから離れる。どこまでも離れていくため、ルドは慌てて止めた。
「そんなに離れないでください! 砂埃が立たないように風を遮断する魔法陣を発動するので、その外にいてほしかっただけです!」
「そうですか」
クリスがホッとしたように戻ってくる。ルドは掌を地面に向けると目を閉じて詠唱をした。
『風よ。壁となり守れ』
ルドの足元に魔法陣が現れて輝く。魔法陣から溢れた光りが半円形のドームを作り、子どもとカリストとルドを包んだ。
子どもと隔離された父親がドームに向かって叫ぶ。
「おい! どういうことだ!?」
ルドが地面に布を敷きながら説明をする。
「子どもの体の中に溜まった血を抜くために必要なことです。処置をしている時に、風で巻き上がった砂が体内に入ったら、後で大変なことになります。すぐに終わらせますので、待っていてください」
「だが!」
納得がいかない父親にカリストが微笑む。
「余計なことを言って治療の邪魔をしましたら、助かる命も助からなくなりますよ?」
「うっ……」
中性的で美麗な顔立ちが優雅に微笑む。だが、漆黒の瞳は笑っていない。底が見えないほど暗く冷えた瞳に飲み込まれそうになり、本能的に背筋に寒気が走った。
「わ、わかった。任せる……」
「ありがとうございます」
カリストが視線を戻すと、ルドが地面に敷いた布の上に鞄の中にある物を並べていた。太い注射針を二本と、大きな注射器と、綿が入った箱と、大きな壺。それから瓶を取り出し、壺の中に透明な液体を入れる。
そこまで準備をして、ルドはカリストに声をかけた。
「子どものお腹を出して、寝かせてください」
「はい」
カリストが指示通りに動く。ルドは手袋を装着すると、並べた物の中から濡れた丸い綿を出した。
「消毒をします」
ルドが子どもの腹の左側に丸い綿をこすりつける。それから太い注射針を持つと、空いている手を腹部に向けた。
『隠している先を視せよ』
琥珀の瞳を睨むように細める。そのまま手を腹に当てて太い注射針を近づける。
「臓器を刺さないように腹腔内へ……」
ルドが息を止めて太い注射針を刺す。すると、注射針から血が勢いよく出てきた。
「おい!」
魔法陣の外から父親が叫ぶ。ルドは答えることなくカリストに次の指示を出した。
「こちらが下になるように少し体を傾けてください。よし、そのままで」
ルドが太い注射針に金具を装着して、針が動かないように固定する。そして、もう一本の注射針を出し、空いている手で右側の腹を濡れている綿で消毒をした。
手をかざして透視魔法で体内を視ると、息を止めて一気に注射針を刺した。しかし、今度は何も出てこない。
ルドは筒の中に入れた液体を注射器で吸うと、腹部に刺した針の右側の方に装着した。それから、ゆっくりと液体を注入していく。腹部の左側から、ちょろちょろと出ていた血の勢いが増すが、血の色は薄くなっている。
ルドは出てくる血の色に注意しながら、液体を数回入れた。
「少しお腹を押さえます」
ルドが慎重に子どもの腹を揉むように数か所押さえる。すると、再び濃い血が針から出てきた。そのことにカリストが声をかける。
「もう少し生食が必要ですか?」
「そうですね」
「わかりました」
カリストが影から出した布を子どもの背中に置いて体を固定する。そして、鞄の中から透明な液体が入った瓶を出し、中身を壺に入れた。
ルドが注射器で液体を吸って再び腹の中に入れる。それを繰り返していくと、左側の針から出てくる血が薄くなった。
「これでいいでしょう」
ルドが太い針の抜きながら詠唱する。
『皮膚組織の修復』
針が刺さっていたところには傷も痕もない。ルドは左側の太い針も魔法を詠唱しながら抜いた。子どもの呼吸は落ち着き、普通に眠っているようにしか見えない。
魔法陣が消えると同時に父親が飛び込んで来た。
「ザザム!」
父親に揺さぶられて子どもが目を覚ます。
「ん? とうちゃ?」
「ザザム!」
父親が子どもをきつく抱きしめる。
「とうちゃ、痛い!」
元気そうな子どもの様子に、ルドが肩の力を抜いて声をかけた。
「あとで治療師か医師に診せてください。もしかしたら、今日、明日は黒い便が出るかもしれませんが、問題ありませんので。ただ、その黒い便が一週間以上続くなら、その時は治療師か医師に診せてください。体の中で出血している可能性がありますから」
「あぁ、わかった。ありがとよ!」
ルドが説明している間にカリストが道具を片付ける。ルドはカリストに言った。
「師匠をお願いします」
まだ治療師も医師も到着していないようで、呻き声をあげて倒れている人が何人もいる。
ルドは倒れている人を見回すと、外見から重傷度を素早く判別した。それから鞄を持つと、治療の必要度が高い人のところへ走り出した。
崩れた露店の柱の影。左腕を押さえてうずくまっている中年の女性がいた。顔は青く、意識が途切れがちで呻き声がかろうじて出ている。
ルドは魔法陣で風の防壁を作ると片膝をついて声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「う……腕……」
壊れた露店の柱の一部が女性の左腕に突き刺さっていた。ルドが女性の左脇に手を当てる。
『腋窩神経ブロック』
女性の顔から苦悶が消える。が、呻き声も消えた。ルドが鞄から紐を取り出して腕をきつく縛る。
「しっかりしてください! 寝ないで!」
「死ぬ前に、あんたみたいな、男前の顔が見れたなら本望さ」
痛みが消えて余裕が出てきたのか、女性が冗談を言いながら力なく笑う。
「すぐに治療しますから。動かないでください」
ルドが透明な液体が入った袋を取り出す。
「抜きますよ!」
腕に刺さっていた木を引き抜く。出血を止めていた木がなくなったことで、一気に血が流れ出した。
ルドは大量の出血に驚くことなく、瓶を開けて液体を傷口にかける。しかし、流れる血が傷口を赤く染め、治療部位がハッキリと見えない。もし、木の破片や小石などが傷口に残っていれば、治療はできない。
ルドは傷に手をかざして詠唱した。
『血管の焼却』
出血していた血管が焼かれたことにより、流れ出る血の量が減少していく。ルドは残りの液体を全てかけると、血が洗い流され、傷口が露わになった。
「ヒッ」
生々しい傷に女性の顔がますます青くなる。ルドは傷口に木の破片や小石などがないことを確認すると、別の液体が入った小さな瓶を取り出した。
「消毒をします」
傷口に消毒液をかけた後、少し時間を空けてから、ルドは魔法を詠唱した。
『筋肉組織の修復。皮下組織の修復。皮膚組織の修復』
何事もなかったかのように、そこには腕があった。傷痕さえもない。女性が不思議そうに腕に触れる。
「はあ……綺麗なもんだね」
感心している女性の左脇にルドが手をかざす。
『腋窩神経ブロック解除』
「ん? なんだい?」
「左手の指を順番に全部動かしてみてください」
女性が言われる通り親指から小指まで順番に動かす。その動きは滑らかだ。
「痛みや違和感はありませんか?」
「ないよ」
「もし熱が出たり、腕の動きに違和感があれば、治療師か医師に診てもらってください」
ルドが使った物を鞄に片付ける。
「あんた、名前は……」
「失礼します」
女性の質問に答えることなく、ルドは次に治療が必要な人のところへ駆け出した。
こうして、他の治療師や医師が到着するまで治療を続けていった。




