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19.伯爵令嬢は押し切られる。

「どぉーも気になるんだよなぁ…」


 カイは低い声で、じっと森の奥を見つめていた。

 口調はかったるそうな、のらりくらりとした声音なのに、その表情は凛々しい。


 こういう顔してると、それなりに頭良さげに見えるのに。

 王者の風格の様なものさえ感じられるから不思議だ。


「かといってなぁ。お前をここに残すってのも危なそうなんだよな」


 不意にくるっと視線を向けられ、どきりとした。


「多分急いだ方が良さそうなんだよな。行くならまた抱えて突っ走ることになるけど──」


 ──皆まで言うな。


 リューティアは眉を寄せた。つまるところ、また二択だ。抱えられて森の中をまた突っ走るか、見ざる聞かざるで無かったことにするか。


「行くわ」


 即答だった。

 此処までの間に、リューティアもカイの勘は信じられると思っていた。

 そのカイが気になると言うのだし、聞こえた声が女性で、しかも『無礼者』。

 貧しさから盗賊に身を落とす者も少なくないと言っていたし、となると、身代金目当てか売り飛ばし目的かで浚われたか。

 カイの言う通り急いだ方が良いのだろう。

 相手は恐らくならず者。最悪の自体も考えられる。命を奪われずとも、『傷物』となる可能性は幾ら無知なリューティアでも判る。

 放っておくのは出来る筈も無かった。


 リューティア一人では精々必死に走ってヒルトゥラまで助けを呼びに行くくらいしか出来ないだろうが、幸い今はカイが一緒だ。

 カイなら盗賊程度なら楽勝だろう。ただし、間に合えば、の話だが。

 

 迷う時間などあるわけがない。腹を括り、抱っこを強請る様にカイの方へと両手を伸ばした。

 に、っとカイの口元が楽しそうに笑みを作る。


「良く言った!」


 言うや否や、リューティアはカイに抱き上げられ、一気に景色が流れ出す。

 気のせいか、少し慣れて来た気がしなくもない。

 怖い事は怖いが、そろりと目を開ける余裕が出来ていた。


 うわぁぁ。


 物凄い勢いで景色が流れて行く。

 今までは必死で気づかなかったが、大木を飛び越える際や木の枝の下を通る時、カイは必ずもう片手をリューティアが弾かれない様に背へ回したり、頭に枝が当たらない様に手で庇ってくれていた。

 着地の際も振動が少ないように膝をクッションの様に使い、ダメージを軽減させていた。


 紳士なのか野蛮なのか判らない。

 しっかりカイに向かい合う形でしがみ付いたまま、肩越しに振り返ると、徐々に明りが近づいて来ていた。

 やがて暗がりの中に見えて来たのは、質素な古い小屋だった。


 小屋から少し離れた位置で、カイは足を止め、リューティアを下ろしてくれた。

 リューティアはそっと安堵の息をつく。大分慣れた気はしても、足がガクガクしていた。


 小屋の前に見張りらしい男が一人。

 小屋の中からは、何を言っているのかまでは聞き取れないが、数名の男の話し声が聞こえた。


「んし、突っ込むか」

「待って待って待って」


 今にも飛び込みそうなカイを慌てて引き留める。

 確かに手っ取り早そうだが、中に何人居るか判らない。

 下手に突っ込み、本当に居るかは判らないが、中に居る女性を危険に晒す事になりかねない。


「私が行って気を引くから、カイはタイミングを見て飛び出して頂戴」


 カイが頷くのを待って、リューティアは小屋に向かって駆け出した。


 見張りの男がリューティアに気づき立ち上がる。

 こっそり近づくのが無理ならば、寧ろ大っぴらに騒いで騒ぎに乗じてしまえば良い。

 カイが突っ込めば警戒をするだろうが、女のリューティアならまだいくらかマシだろう。

 寧ろ女であることでラッキーくらいに思われれば、油断も誘える。



「助けてぇ───っ」


 リューティアは大声で叫ぶと見張りの男へ駆け寄った。

 リューティアの声に小屋の中が騒めき、扉が大きく開けられ、慌ただしく男たちが顔を覗かせる。

 小屋の一番奥に金色の髪に水色のドレスを着た少女の姿が男たちの隙間から見えた。


「追われているの、匿って! 早く早く早くっ!!」


 リューティアは大声で捲し立て、急かすように足踏みをして見せる。勢いに乗せて見張りの男の腕に縋って見せた。

 此方が焦って見せれば、上手く行けば相手も釣られて焦りだす。 …と、良いなー。


 思惑は成功した。

 リューティアがきゃぁきゃぁと騒ぎ立てると、男達も一斉にわたわたし始める。

 「えっ?」とか「あ?」とか、混乱しているのが見て取れた。

 チョロい。


「早くっ!!」


 リューティアが目を吊り上げて怒鳴ると、男の一人がオロオロとしたまま、「あ、ああ」と扉を開けた。

 と、同時に茂みからカイが躍り出る。野獣もびっくりの咆哮に小屋の中に居た男たちは色めき立ち、一斉に小屋から飛び出すと、リューティアの背を押す様に小屋の中へと促す。

 男たちは何故かリューティアの勢いに押され、恐らく気持ち的にカイを追手だと思ったのだろう。

 リューティアが小屋へと駆け込むと守ろうとする様に扉を閉めた。


 意外と良い人達なのかもしれない、なんて思わずほだされそうになる。

 小屋の外が喧騒に包まれる中、リューティアは少女の傍へと駆け寄り、息を呑んだ。


 ゆっくりと顔を上げたその少女が、あまりにも美しかったから。


 ──長い睫毛に縁どられた大きな瞳は鮮やかなマリンブルー。透き通るほどに白い肌。愛らしい桜色の唇。波打つ金色の髪はふんわりと柔らかく、小柄で華奢なまるで天使か妖精の様な少女だった。

 一瞬見惚れてしまったが、我に返ると後ろ手に縛られた彼女のロープを、持っていたナイフで切り始める。


 少女は驚いたようにリューティアを見つめていた。


「待ってね、もうちょっと…」

「あなたは…?」

「よしっ。切れたわ。ああ、赤くなっちゃってる…。痛かった?」

「…このくらい、何でもありませんわ」


 少女が赤くなった腕を擦っていると、ギィと音を立てて扉があいた。

 少女がはっとしたように顔を上げる。

 扉の向こうには、少し身を屈める様に小屋の中を覗きこむカイの姿があった。


「おぅ。こっち終わったぜ」

「うん、お疲れさま」


 扉の向こうには、先ほどの男たちが地面へ転がり呻いているのが見えた。

 外に転がる男達と、扉から覗く大男を、少女は交互に見つめ、自分を助けてくれたと判断した様だった。

 少女の表情から緊張が解ける。


「助けて頂き、有難うございました。わたくしは──ライサ、と申します」


 少し言いよどんだのは、恐らく身元を明かしたくないからだろう。

 綺麗なカーテシーで少女が一礼する。

 リューティアも慌ててカーテシーを返した。


「申し遅れました。わたくしはリューティアと申します」


 リューティアが挨拶を返していると、カイがずんずんと小屋の中に入ってきた。


「よぉ。嬢ちゃん、怪我ァ無かったか?」

「こらっ! カイっ!」


 ぞんざいな口調にリューティアが慌てる。そんなリューティアをライサと名乗った少女は可笑しそうに笑って眺めた。


「ええ、大丈夫ですわ。お気遣いありがとう存じます。リューティア様、わたくしこのような場で、助けて頂いた見ず知らずの方に身分を強いる程愚かではございませんわ。どうかお気になさらず。ただ、わたくしの事は嬢ちゃんではなく、どうぞライサとお呼び下さいまし。敬称は不要でしてよ」


 コロコロと楽しそうに笑う彼女は、とてもたった今まで盗賊に捕らわれていたとは思えないほど無邪気だ。

 嫋やかで儚げな体貌と違い、結構肝が据わっているらしい。


「あの、ライサ様、何があったのかお尋ねしても?」

「そうですわね、馬車が襲われた、とだけ。目的は存じませんわ。わたくしを狙ったものなのか、偶々カモにされてしまっただけなのか。あなたもどうかライサと呼んで下さらない? わたくしもあなたの事はリューティアと呼ばせて頂くわ」

「では、私の事はリティと。でも、それならきっと今頃ライサの護衛の方が探しているわね」

「それは困りますわ。わたくしまだ連れ戻されたくありませんの」


 ライサは美しい眉を下げ、頬に手を当てふぅ、とため息をついた。

 リューティアがきょとんと眺めると、ライサは「色々事情がありますのよ」と苦笑を浮かべ、それ以上話そうとはしてくれない。

 二人のやり取りを黙って眺めていたカイが、おもむろに口を開く。


「取りあえず野宿はしなくて済みそうだし、今夜は此処で夜を明かして明日の朝出発するとして、戻りたくねぇっつーなら、一緒に行くか?」

「「えっ」」


 リューティアは何を言い出すコイツといった表情で、ライサはぱぁっと顔を綻ばせ、同時に対照的な声を上げる。


 馬車が襲われどこぞのご令嬢が行方不明ともなれば大騒ぎ必須だ。

 一歩間違えれば、リューティアが彼女を浚ったと思われる可能性も高い。

 幾ら引きこもりの令嬢だったとはいえ、リューティアも、一応貴族の令嬢ではあるのだから。

 極力目立ちたくないというのに、この目立つ美少女と目立つ熊男では否が応でも目立つ予感しかしない。

 まるで大きな鈴でも鳴らして歩く様なものだ。


「ちょ…ちょっとカイ…」

「まぁ! カイは話が分かる方ですのね! ええ、是非ご一緒させて下さいまし! 連れ戻されればわたくしは籠の鳥。自由に歩く事などできなくなりますの。ね、リティ、少しの間で構いませんの。宜しいでしょう? 仮に見つかったとしてもお二人にご迷惑はお掛けしませんわ!」

「え、いや、あの…」

「リティは私と一緒ではご迷惑なのですね…」

「えっ!? いや、そういうわけじゃ…」

「まぁ! じゃあ、良いのですね! 嬉しいですわ! リティ、どうぞ仲良くしてくださいましね!」


 駄目だ、これ。

 押し切られるパターンだ。可愛い顔して意外とこの子押しが強い。

 だが、何か事情を持つらしいライサの立場は、絶賛逃亡中のリューティアも他人事とは思えなかった。

 カイのお荷物である以上、カイの決定に反対などどうして出来ようか。


 きめ細やかな柔らかい手にぎゅっと両手を握られて、リューティアは「ぁー、うん」と乾いた笑いを漏らした。

ご閲覧・ブクマ有難うございますー! 感謝感謝です!

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