最低って何のこと?
天気のいい日。駅まで歩き、電車に乗り、繁華な街へと向った。
街の眺め。にぎやか。明るい。それを死体の背中ごしに、死んだ僕が、見ていた。
するとすぐに、僕の妻だった女性がその街を歩いているのが見つかった。あのホストクラブ刑事といっしょに、楽しそうに歩いていたのだ。
それを発見し、死体はぴたりと立ち止まった。見つめたまま、動かなくなった。
僕が見まわすと、そんな幸福な連中が、街に溢れていた。取り残されたのは、死体だけだった。死体を除く、世界のすべてが平和で幸福にみえた。
死体の背中を通して、街を眺める死んだ僕は、いたたまれなくなった。
「最低だなっ、おまえ、最低の人生だなっ」と、死んだ僕は死体に声かける。
死体はうつむき、それから前をみたり、横を見たり、上を向いたりして、所在なげだった。
無理もないだろうと、死んだ僕は思った。スーツを着て、さっぱりして街に出てみたって、しょせん、君は死体だ。死体だけで生きてくなんて土台、無茶なんじゃないか?
僕の妻だった女性は、刑事といっしょに死体の前を通り過ぎる。
彼女は死体の存在に気づく。少し驚くのだが、気にしない。平然と笑う。これから、どんな討論が起きようが、裁判が始まろうが、それらを頭越しにして平然とした表情が、目の前を通り過ぎる。平気で笑っている。
「最低だよ、最低だよ、君の人生は、最低の時間が流れただけじゃないか?最低だよ!」
死んだ僕は、死体に向って、またいってしまう。いってしまって、またいい続ける。僕にまでなじられて、死体はじっとしたまま、やがて、小刻みに肩を震わせた。
あっ、やっぱり、最低なのだ?
世の中の、無礼という無礼を代表したかのような笑顔が通り過ぎ、それを見送って、死体は震えてそこにいた。死体はまた死んでしまうんじゃないか、と「死んだ僕」は勝手な想像をした。
しかしやがて、死体はぴたりと震えをやめ、大変に静かになった。
彫像のように、堂々として静かになった。
ポケットからタバコ取り出し、口にくわえて火をつけて、ゆったりとくゆらせた。
そして肩をそびやかし、ゆっくりと振り返り、有名なあの言葉を、いったのだ!
「最低って何のこと?」




