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少年の恋

 ヴァイクの鍛冶屋へ向かう途中、妙な視線を感じる。

 いつもとは違う違和感を覚える。


 そのことをリルさんに話すと、


「それは少年、……じゃなかった。少女に見とれている町衆だろうな。ここは鍛冶街。男が多いし、男やもめの彼らには、少女のような清涼感あふれる美少女は見つめ甲斐がある。眼福なのだろう」


 と言った。


「そうかな。それ以外の視線も感じるのだけど」


 まあいいか、と納得するが、視線はともかく、このスースーする感覚にはなれない。


「スカートって、なんだか落ち着きませんね。いつ風が吹いてきてめくれるか分からないし」


「そうだぞ。淑女は色々と苦労しているのだ。だから今後、私を敬うように」


 と、リルさんはスカートをなびかせる。

 全然、淑女らしくはないが、リルさんらしくはあった。


(淑女らしくするにはリルさんの正反対の行けばいいのだな)


 と、失礼な感想を抱くと、慣れぬスカートに戸惑いながら鍛冶屋へ向かった。

 


 鍛冶屋へ到着する。

 ヴァイクの鍛冶屋は先ほどと同じようにたたずんでいた。

 そりゃそうか、たったの数時間で建築様式が変わるわけもない。

 それに経営方針も。

 僕は先ほどと違う点を発見する。

 店の看板にこんな張り紙が添えられていた。


「ヴァイクの店、改めミリシャの店。当店は女性冒険者からしか注文を承っていません。もしも男がきたらひねり潰します」


 ……いったい、なにをひねり潰すつもりなのだろう。ぞわぞわしたが、ここまできて引き返す気はなかった。


 行きましょう、そう言うとリルさんは褒めてくれる。


「その心意気あっぱれである。見た目はどこからどう見ても美少女であるが、その魂は紛れもなく勇敢な男よ」


 と、ミリシャの店の扉を叩いた。

 こんこん、と大きく二回。

 すると三十秒後、男の子が扉を開けた。

 背伸びをしなければ扉のノブに手が届かないほど小さな男の子だ。

 カレンの妹、エリカよりも小さい。


 しかし、しっかりとした子供で、ぺこりと頭を下げると、


「迷宮都市一の鍛冶屋ミリシャのお店にお越しくださりありがとうございます。ぼく、ミリシャの弟、マイトと申します」


 と言った。


 なるほど、この店は姉弟で経営しているのか。

 店自体は大きい。


 先代ヴァイクの威光が知れるが、代替わりもし、雇っていた職人の大半を解雇したそうだ。


 今は姉であるミリシャと弟のマイト、それにお手伝いの女性を雇い、三人で暮らしている、と説明をしてくれた。


 理路整然と説明してくれるマイトはとても12歳には見えなかったが、先ほど貴族の従者に塩を投げつけたミリシャという女傑よりも話が分かりやすそうであった。


 また、この賢い弟くんはこの店の経営もになっているそうなので、エリカからもらった紹介状は彼に見せた方が早いかもしれない。


 リルさんと協議した結果、まずは彼から口説き落とすことにした。

 懐からエリカの招待状取り出すと、それを彼に見せる。

 彼はそれを受け取ると「ふむふむ」と読み始める。


 12歳にして文字も完璧に読めるようだ。賢い子供だ。僕が12歳の頃は大人が書いた文字など読めなかったが。


 そんな感想を抱いているうちに、マイトは手紙を読み終えたようだ。


「分かりました」


 と笑顔を浮かべると、値引きの件、了承してくれた。


「父上が亡くなったとき、ギルドマスターであるサティロスさまからは一生掛かっても返しきれぬ恩をもらいました。それに父の葬式のとき、エリカさんの従姉妹さんに親身になって手伝って頂きました。そんな彼女のお墨付きがあるのならば原価のみで防具をお譲りします」


「おお、それは有り難い。目下のところ、我がギルドは財政難でな。そのうち資金も潤沢になると思うが、そのときはこのギルドを得意先にしよう」


 とリルさんは言う。マイトは折り目正しく「ありがとうございます」と頭を下げる。


「ただ……」


 と続ける。


「張り紙にも書いてあると思いますが、うちのマスター……、姉のことなのですが、姉は大の男嫌いでして、さらに先ほど、貴族の従者とトラブルを起こしまして。もう、男向けの装備は作らない、と言っています」


「…………」


 僕は沈黙してしまうが、リルさんは平然と嘘をつく。


「マイトよ、安心せい。我がギルドには今のところ女しかいない。ひとりはカチュアという女魔術師。それと今、目の前にいるクロアが我がギルドのメンバーだ。ちなみに受付嬢もギルドマスターも女だぞ。女だらけのギルドだ。決して男などいない」


「へえ、珍しいですね」


 と、マイト少年は僕の方を見つめてくる。

 あどけない表情、

 天使のように澄んだ瞳、

 そんな純真な少年の目に掛かれば、僕のような『偽物』など一目で見破られるかもしれない。そう思った。


 僕はもじもじしながら、背中に汗をにじませる。

 しかし、少年は僕の正体に気がつかなかったようだ。


 それどころか僕を完全に女性だと勘違いしたようで、目をじっとのぞき込むと、頬を染め上げた。


 その姿を見て右手に持っている聖剣はこう言う。


「クロムって天性の人たらしだよね。お姫様、エルフ、神獣、メイドさん、今回は男の子まで虜にしちゃって。罪づくりな少年だよ、まったく」


 誤解だ。と言いたいところだが、少なくとも目の前の少年は僕を異性として意識しているようだ。


 顔を真っ赤にし、大量の汗をかいている。


 汗をぬぐおうとハンカチを出すと、どもりながら「け、結構です」と後ずさりされてしまう。


 リルさんも、


「もしもマイトの恋が初恋ならば、少年は責任を取らなければな。少なくともマイトの前ではずっと女装をするように」


 と茶化してくる。


 僕は少年の恋心が初恋でないことを祈りながら、彼に頼み、ミリシャと面会させてもらうことにした。


 僕たちは応接間に通される。

 そこには妙齢の綺麗な女性がいた。

 年の頃は二十歳を過ぎた感じだろうか。

 真っ赤な髪をした情熱的な女性で、それを束ねポニーテイルにしている。


 胸を強調した衣装、おへそも見えるが、それは動きやすさを追及したためで、異性の目を引くためのものではないらしい。


 それを証拠に彼女はパンツルックで、だぼだぼのズボンをはいており、たくさん付けられたポケットには工具が付けられている。


 またとても気っぷのいい女性だった。

 彼女は僕らを胡散ぐさげに見つめると開口一番にこう言う。


「こりゃ、可愛らしいお嬢ちゃんがきたね。女冒険者にしか防具を作らないと言ったが、まさかこんなご令嬢がくるとはね」


 お嬢ちゃん、とは僕のことだろうか。

 たぶん、そうなのだろうが、これが僕とミリシャさんとの初めての出会いとなった。

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