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今回はちょっと短めです
「や、やっと我が家についた」
「全く、門からここまでわずか徒歩三十分だというのに、なぜこんなにもトラブルに巻き込まれるのか、解せぬわ」
「わ、私だって驚いている」
息も絶え絶えに自分の家の門の前で項垂れるオールドベルト。
そう、門から三十分の間に、ナンパされること三回、人攫いに攫われそうになること一回、挙げ句いかにも貴族風なでっぷりと太った中年に情婦になれと迫られたり、結局三十分の道のりが二時間かかってしまったのだ。
しかし何といっても白竜がいるのだ。すべて丁重(暴力)にお帰り願った。
「帝都は比較的治安は良いはずなのだが、これは二隊へ連絡せねばならぬな」
「とにかく家に入ろうぞ、主よ」
「うむ」
門を開けて、玄関の扉の前で立ち止まる。すると、扉が開くと同時に澄んだ声が鳴り響いた。
「お帰りなさいませ、旦那様。いえ、お嬢様ですね」
中には黒色のメイド服に白いエプロン、そして同じく白のカチューシャを頭につけた、長い黒髪をポニーテールでまとめた女性が見事なまでのお辞儀をして、出迎えていた。
「リヴァ、今回の出来事は把握しているか?」
「はい、概ね」
そういって顔を上げるメイド。
歳は二十歳前後、そしてこれまたオールドベルトの姿に劣らぬ美女だ。
そしてこの国では珍しい黒い目をしていて、身長は女性にしては高めの百七十五センチ程度はある。
この女性こそ神獣の海王リヴァイアサンである。名は安直だが、リヴァと呼ばれている。
「とにかく疲れた。まずは一休憩したい」
「はい、応接の間にお食事を用意しております。レイダスさんもどうぞ」
「ありがたい、リヴァ殿」
それから一時間後。
応接室で食事をした後、お茶を飲みつつオールドベルトはリヴァと話しをしていた。
「その少女の名は、リディアル=ティフォース=フォレスティ。ハイエルフの一人で、十三歳、西部同盟国の北部にあるフォレスティと呼ばれる巨大な森に住んでいましたが、三年ほど前ご両親と共にアーフェ帝国のサイザリオンという村へ引っ越しています」
「確かサイザリオンは西部同盟との国境近くにあったな」
「はい、フォレスティの森は国境を越えて帝国内に続いていますが、同じ森の中に作られた村になります。元々は西部同盟の村でしたが、四百年ほど昔に帝国が森の資源を確保するため、西部同盟と交渉して買い取りました」
「よくエルフが自分の住んでいる森を明け渡したな」
「当然反発もありましたが、ハイエルフ族長の鶴の一声で決まった模様です」
「なるほどな。何かしら裏があったと……」
「それは今回の件とは関係はありません」
「ふむ、ところで名前にフォレスティとついているが、もしやこの少女は王族関係か?」
「いいえ、ハイエルフは全員フォレスティを名乗っています。ハイエルフの人口自体が少ないので、どちらかといえば家族的な意味合いかと思います」
「ちなみにハイエルフの人口って何人だ?」
「おおよそ五十人程度と認識しております」
「小さな村程度の人口か」
エルフ族は数が少ない。この大陸全土でもせいぜい一万人もいないだろう。翻って人間は三千万人程度いる。この繁殖力、数の差が人間をこの大陸の覇者へと導いた原因の一つだ。
「次に、この少女の親御さんはまだサイザリオンに住んでいるのか?」
「はい」
「やはり心配しているだろうな」
「そこは不明です。が、エルフ族は数が少ないため、どの子でも自分の家族のように扱います。ですから、おそらくはかなり心配しているのではないかと思います」
「そうか、あとは無理だとは思うが……」
一呼吸置いて、ハイエルフの少女を生き返らせる事が出来るか確認しようとしたが、リヴァに遮られた。
「それは私の範疇を超えております」
「やはり……か。何とかならぬか? リヴァならば出来ると思うが」
「出来る出来ない、で言えば可能です。しかし神の代理として生命を操るのは何らかの危機的状況がない限り、やりません」
「そうか、残念だ」
そしてオールドベルトは黙った。
重い空気が部屋の中に充満していく。
暫く沈黙が続くが、レイダスがそれを打ち破った。
「で、わが主よ。これからどうする?」
「う、うむ。やはりこの少女の親御さんに一度説明しに行かねばなるまい。レイダスに乗っていけばサイザリオンまでそこまで時間はかからんだろう」
直線的な距離であれば四百キロ程度。普通に歩いていくならば、十日間前後もあれば到着する。馬車を借りればもっと早く着くだろう。
更に竜であるレイダスに乗っていけば、半日もあれば着く距離だ。
「お嬢様」
「そのお嬢様ってのはやめてくれ。一瞬誰の事かと思ってしまう」
「いえ、現実を直視してください。ハイエルフは五千年の寿命を持っております。これからお嬢様はそのお身体で生きていくわけですから。今のうちに慣れたほうが良いかと思います」
「五千年……か。長いな」
「良いではないか。我もそれくらい生きるのだ。またこれから先、喧嘩できると思えば楽しみよ」
オールドベルトの残り人生は、あのままだと頑張っても五十年程度。竜であるレイダスは、数千年の寿命を持っている。もしオールドベルトが死んだ後の自分がどうなるか、想像もつかない。
それが今回の出来事で、ほぼ自分と同じくらいの寿命になったのだ。
生まれたばかりの頃はオールドベルトを親だと思っていた。親ではない、と認識した後も親友と呼んでも差し支えないほど仲良く暮らしていた。
オールドベルトも、レイダスと一緒に暮らせるようにするためだけに、召喚術を覚えたのだ。
召喚術士と契約獣、という関係以上の、まさしく家族と呼べるべき仲だ。
そんな親友との楽しい時が、あとたった五十年で消えるのはレイダスにとって、身が裂ける思いだった。
声には出さないが、レイダスはハイエルフの少女を気の毒とは思いつつ、それ以上に自分が死ぬまでオールドベルトと一緒に暮らせるほうが、何より嬉しい。
「……レイダスどうした、顔が赤いぞ? 熱でもあるのか?」
「や、やかましいわっ!」
「ん? 何なんだ、訳が分からぬ奴め」
「ふふ」
レイダスの気持ちをはっきり把握しているリヴァは少し笑みを浮かべた。
「リ、リヴァ殿!」
「ええ、分かっております。レイダスさん」
「どうしたんだ、二人とも? 何か私だけ仲間はずれな気分だ」
「主はそんなことは考えず、これからの事を考えておればよいのだっ!」
「お、おう」
先ほどの重い空気を吹き飛ばした雰囲気になった時、リヴァが提案をしてきた。
「提案?」
「はい、レイダスさんに乗って飛んでいくのも良いのですが、そのお身体を慣らすため、一ヶ月ほど冒険者として働いてみてからのほうが、良いのではないでしょうか」
「ああ、なるほどな。そういう手もあるか」
召喚術については、今までより遥かに使えるようになっているのは確認できた。しかしながらメインである拳闘士としてはどうなのか。
また、レイダスに乗って飛んでいけば半日程度の旅だが、旅先では何が起こるかわからない。これは長年冒険者、そして第三隊に所属してきた過去の経験からによる。
万一を想定して自分の力を上げておくのは、理にかなっている。
「ならば、念のために我も主と共に働くとしようか」
「はい、それが良いかと思います。仮に何かが起こった時、レイダスさんとペアで戦う事になるでしょうから、今のうちに練習しておいたほうがよろしいでしょう」
「そうだな。レイダス、頼んだ」
「任せておくが良い」
「でもあくまでお嬢様の練習ですから、レイダスさんはサポートですよ?」
「……やはりお嬢様というのは慣れん」
「それは慣れてください。あと、お名前はどうしますか? オールドベルト、のままでは冒険者登録するには難しいと思います」
「そうだな、確かにオールドベルトでは男の名前だし。この少女本来の名前を使うか?」
「あら、お嬢様はハイエルフ族として生きていくのですか?」
「いや、親御さんに説明した後はまたここに舞い戻ってくる」
「それでしたら、リディアル=ティフォース=シュタイナツ。家名を元旦那様に合わせるのがよろしいかと。門番に元旦那様のご養子と説明されていましたし」
「あー、そういえばそうだったな」
チラっとオールドベルトはレイダスを見たが、少年の姿をした白竜はふんぞり返りながら「うむ、咄嗟にしては良い判断だったと我は思っておる」と言い放った。
それを無視するかの様にオールドベルトは名乗りを上げた。
「では、これから私の名前はリディアル=ティフォース=シュタイナツだ。みな、よろしく頼む」
「うむ、リディアルだな。主と言わない方が良いだろうから、リディと呼ぶ事にしよう」
「ああ、それで構わぬ」
「はい、お嬢様。あとは話し方をもっと女性らしくしましょう」
「ど、努力はしよう」
こうしてオールドベルトは、リディアル=ティフォース=シュタイナツ、リディとしてこれから生きていく事に決めたのだった。




