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3. Love covers many infirmities.

「アンズさん、御機嫌よう。いらしてたんですのね?」

 いつものように父の外交の一手段であるパーティに連れて行かれて、下らないお嬢様方との噂話やら下心が見え見えな男達と誘われるままにダンスなんてものを踊ってみたりした後に、そんな風に声をかけられた。

 決して学校のように、ではなく、優雅でそれなりにお嬢様っぽく見えるように心がけながら振り向いた先にいたのは、中学時代の友人であり、今もそれなりに交流の続いている人物だった。

「あら、沙耶さん、御機嫌よう。お久しぶりですわ」

 にっこりと微笑んで言ってはみたものの、何となくむず痒い。

 中学時代の友人ということは現在アンズの通う高校の、付属中学校のころの友人というわけで、つまるところ普段であればもっと砕けた口調で会話を交わす仲ということである。

 まあ、さくっと言ってしまえば、お金持ちと言う人種に抱く幻想なんて霧散してしまうような、そんなおしとやかさをはかけ離れた口の悪さでお喋りに興じる仲だ。

 お互いが本性――というべきかは分からないが――を知っているだけに、お嬢様風な返事の後にはお互いに笑いそうになって口元が変な風に歪んだ。

「――ええ、本当にお久しぶりね。電話はしているけれど、実際に会うのは卒業して以来かしら?」

 言いながら沙耶はちらりと周囲を見た。

 つられるように周囲をさり気無く見渡せば、このパーティの中でも割と名家かつ資産家の娘であるアンズと沙耶の二人揃っているのを好機とでも思うのか、様子を伺っているのが分かる。

「まあ、もうそんなに経つのですわね。ところで、バルコニーに行きません? 少し、火照ってしまって……」

 普段の口調とはあまりにかけ離れすぎていて、何となく、清雅が聞けば口を大きく開けて笑いそうだな、と思った。


「で、なーんか風の噂で丹波君と縒りを戻したって聞いたんだけど、どーゆーことよ? あー髪うざっ」

 バルコニーは思ったよりも風がきつく、沙耶のサイドに垂らした髪がなびいてグロスをつけた唇に張り付いている。

 髪を残らずアップにしておいた勝ち組のアンズはうっわ、バッカじゃんなんて思って少し優越に口角を上げてから口を開いた。

「どーゆーことっつーか、ふっつーに縒り戻しただけよ。ってかさ、別れる理由も特に無かったし」

「はァ? あんとき婚約者候補が大企業の御曹司で年の差そんななくて相手の方が家格上で条件的には花丸ー、ってなって別れたんじゃん。見合いの前日の『すごい高物件!』が未だに忘れられないんだけど?」

 中学三年生の時に、アンズの父親が経営する会社が新たな分野に手を出そうとしており、その際その分野においてそこそこの成功を収めていたのが見合い相手の家だったのだ。総合的にはお互いに同程度の地位にあったためにどちらの家にとっても不足ない縁談であり、親の思惑としてはうまくいって欲しいという気持ちがあったためか、一人娘のアンズと婿入りも可能な次男と言う悪くないの相手がお互いに用意されていた。

「はんっ。誰があんなぬくぬく温室育ちのぼんぼんなんか相手にするもんですか。ちょっと儚げに大学出るまで無理的なことを言ったら『待つよ』みたいなことゆるーく言っちゃう人なんて、無いわよ」

 幾らバルコニーでガラス張りの扉も閉めているとはいえ、誰が見ているのかは分からないので表情を談笑しているように微笑みで。手元は優雅に手すりにかけて。

 これだからパーティって嫌いなのよねー。

 全国的に知られる金持ち校に通っているわりに、何故か紳士淑女の皆様ではない周囲のお陰で純正お嬢様ではないアンズにはこの優雅っぽいふりは面倒くさいの何者でもなかった。

「……なーんにも言わないと思ってたらアンズのお眼鏡に適わなかったのね……。っていうか、待つよってことは待たせてんの? 丹波君と付き合っていいわけ?」

 この言葉に、思わず優雅さなんて放り出してにやりと笑ってしまった。

「ぬくぬくぼんぼんにバレルと思う?」

 絶句する沙耶に対して、自分のことながら客観的に見れば気持ち悪いだろうな、とアンズ自身が思うほどにやにやしてしてしまっている。勿論、室内には顔を向けていない。

「鬼だ。ここに鬼が居る! ぬくぼんかわいそう! むしろ高物件のくせにそーゆー扱いする程度に好きじゃないってどうなのよ!」

「えーなんかー、個人的にかなりヒットはヒットなの。優しいし背高いしレディーファーストだし食べ方超綺麗だし物腰優雅だし頭いいし眼鏡かけてるしわりとカッコいい系だし」

 指折り数えたいところをぐっと我慢して言うと、何その高物件交換して、と沙耶が呟いた。親の都合で、素で御機嫌ようを言う超お嬢様学校に高校から通うことになってしまった彼女の婚約者は、顔は並だが全くもって気の利かない一回り年の違う男だ。普段の電話では婚約者の行動が痛いと嘆いている。

「……ね、何が嫌いなのよ?」

 私の勘違い俺様男だけど、三十上のデブハゲおっさんんとかじゃないし全然良い方って言われてるのよ。

 付け足して言う言葉若干酷い。

「嫌いじゃないのよ? むしろそういう条件って超好み。でも、なんていうか、ごめんなさい、的な?」

 なんだかなーと、不思議そうに首を傾げたアンズに沙耶は溜息をつき、視線を外へとやった。

 バルコニーは中庭に面しており、中央に置かれた噴水はライトアップされ吹き上げられた水を暖かい橙色に染め上げている。

「ね、丹波君ってさ、その高物件と性格反対だよね?」

 ちょっと寒くなってきたな、そんなことを感じながらも思いついた質問を口に乗せればアンズは至極あっさりと頷いた。

「粗野で乱暴でレディーファーストじゃないし、頭悪いし、食べ方下手でよく食べ物こぼすし、気が利かないわね。何回殴ったかわかんない」

「どこが好きなのよ?」

 流れとしては何の矛盾も無いほど自然なものだと思うのに、どうしてかアンズは突然聞かれた時のように驚いてしまった。

 目を真ん丸く見開いて、それからふっと詰めていて息を抜くように笑みを浮かべて。

「そういうトコロ?」

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