4. No herb will cure love.
「改めて問われると難しいところなのよね」
パーティから一夜明け、平日。いつものように学校へと登校してきたアンズは、近所のコンビニエンスストアから買ってきたと思われる惣菜パンにかぶりつく清雅の姿に何となく落胆した気持ちでそう言った。
一応この学校では一日中学食――と呼ばれるカフェテラス。断じて学食という雰囲気ではないのだが、何故かそう呼ばれてしまっている――が開いており、庶民御用達の大量生産品など買わなくともいいのだが、割とコンビニエンスストアは人気があった。冬場になればおでんを買いに昼休みに脱走をはかる生徒もいるほど。
「ほはほー。いひなり、なんはよー」
「はいはい、おはよう。あんたこそ、何で朝からそんなもん食べてんのよ。家で食べなかったの?」
自分の席は行かずに鞄を手にしたままアンズは清雅の前の席の椅子を引き、彼を正面に据える形で座る。
くちゃくちゃと、明らかにマナーの悪すぎる音を立てながらパンを咀嚼し呑み込んでから、彼は口を開いた。流石にそのマナーだけは守れる人間だったらしい。いや、しかしその前は明らかに口に物を詰めたままの台詞だった。
最低限のマナーも守れない人間なのか、とアンズは少しばかり肩を落とした。
「いやー、今日の朝ご飯洋食でさー、出たパンが嫌いで嫌いで。ノルマ達成して即効席立った。でも腹減るしパンでも食うかなーって思ってさ」
で、これなわけ。
指差す先には空になったパンの袋が二つ。更に現在進行形で食事中のものが一袋と、どれだけお腹が空いているのかと思う量だ。
「……朝ご飯のパンと、これとだと、こっちの方が美味しいわけ?」
それは由々しき問題である。例え成金と蔑まれようとも金持ちは金持ちの家であり、そんな家が大量生産のパンに負けるような食べ物を生み出す料理人を雇っているとなれば、何かの折に自宅でパーティが開こうものならその食事内容にうまく行くものも失敗に終わってしまうだろう。
「いんや、流石にソレは無い。でもコレはコレとして美味しいし、家とかのご飯とはまた種類が違うから」
手を左右に振るというおまけつきの行動に、アンズは適当に返事をしておいた。
「ところでさぁ」
清雅は中途半端に言って、パンをがぶりと頬張る。
くちゃくちゃと、再び嫌な音を立てて咀嚼する音に眉を顰めてぺちり頭を叩いてみたが何の効果も無さそうだった。
「お前、昨日坂下のパーティー行ったろ?」
この言葉にアンズは首を傾げる。確かに昨日パーティーには行ったものの、それが果たして『坂下のパーティー』と呼ばれる代物かどうかは知らない。どうせ父について行っているのだから挨拶する時も適当に優雅風に微笑んで口上を述べればそれで仕舞いだ。
「坂下かは知らないけど、行ったわよ。沙耶に会ったわ」
簡潔に言って、ついでに沙耶に会ったことも情報に乗せてみれば清雅はパンを口に入れて首を数度縦に動かした。
「それそれ。そこにさ、古橋って人来てなかった?」
「知らない」
間髪を入れずに言うアンズに、清雅はパンを持たない左手で彼女の頭をぺしりと叩いた。
「何よ」
「お前、古橋くらい覚えとけよ。坂下と懇意にしてるって言う噂があって、来てたか確認したかったんだよなー」
あそこ一体どこのパーティーなら行くんだか、とぶつぶつ言う清雅にアンズは怪訝そうに目を細めた。
「古橋なんて平凡な名前、そこら中にいそうだけど……あんたに何の関係があんの?」
丹波家に深く関わる取引先にそんな名前は無かったはずだ。一応その辺りの確認をしているアンズにとって、その古橋とやらがどう彼に関係するのか全くもって分からない。
「あー別に関係ないけど。いや、でも、ちょっと考え中なんだが……」
歯切れ悪い清雅に、アンズは苛っとしてぺしっと頭を叩いた。
「はっきり言いなさいよ」
叩いてから脳細胞が死んでこれ以上馬鹿になったらどうしよう、何て一瞬よぎったが、今現在すでに取り返しのつかない馬鹿なのできっと大丈夫だろうと勝手に結論付けた。
「古橋系列に会社に就職したいなー何て思ってみたりしてるわけですよ。いや、最終的には兄貴手伝わきゃならんのだけど、社会勉強としてさ。かなり興味そそられるやつあんだけど、古橋自体が家と中悪すぎるトコと懇意だと困るしーってか親、坂下目の難きにしてるって言うかー何ていうかー」
後半若干尻すぼみになって行き、そこまでぐだぐだしながら言って何かに追われるようにパンにかぶりつく清雅に、アンズは目を見開いた。
「清雅……」
そこまで言った彼女に、清雅は頭を下げて縮こまった。恐らく、恥ずかしいのであろう。
馬鹿馬鹿言われ続ける彼が、こんな風に将来の事を口にするのは始めてである。大学までエスカレーター式で進めるこの学校に在籍出来ている限り、馬鹿でも何でも大学卒と言う資格は安全に手に入れることが出来ることは、生徒の誰もが知っている。そして、清雅も、何にも考えなくても大丈夫な安全牌を選び、そのまま何の苦労も無く親の会社にでも就職するものだと、大抵のクラスメイトは思っているはずだ。
アンズも、その一人であったし、自身はそのコースで行くつもりなのである。
目の前には変わらずパンをもそもそ食べる清雅。
『どこが好きなの?』
問う沙耶の声が頭に響いた。
改めて問われると難しいし、昨日思ったのは欠点とも呼ばれそうな所だった。それは今も変わらないし、変えるつもりは無いが、全部ではないのだろう。
見開いた目をすっと細めて、アンズは微笑んだ。
「私が見込んだ男なんだから、今言ったこと、ちゃーんと実行出来てよね」
全力疾走後並の心臓の拍動を、おくびにも出さずに言えば、清雅からはゆるい、おー、の言葉。
ああ、やばい。
惚れ殺される。




