拉致失敗と誘拐成功
右の突きをヒラリとかわし、左の手刀を手の平ではじき、真っ直ぐ打ち込まれてきた中段蹴りを両手で押さえこんで内腿をつかみ、持ち上げるようにしてブン投げる。
「せいッ!」
強制バク宙をさせられたプリエステスの背中めがけて、ねじり込むような蹴りをブチかます。
「ぐふッ!」
派手にブッ飛び、鉄柵に叩きつけられた。
「悔い改めないと神様泣いちゃうよ~~★」
シスターはウインクした。何故かした。
「……どうなっている?」
エンペラーがたじろぐ。ひょこっと現れた近所の悪ガキみたいな連中が、とんでもない障害となって立ち塞がっていた。
(ならば……)
彼は神父の方をキッと睨みつける。
「ええ~~……マジでェェェ~~(汗)」
相方に見捨てられてふて寝していたが、面倒臭そうにウネウネと這いだす。
ダッ――
エンペラーは顔面の前で両腕をクロスし、防御体勢で突進ッ!
「よいしょうッ!」
神父はそのメタボ体型に似つかわしくない俊敏な動きで起き上がる。
パシュッ! パシュッ! パシュッ!
地面を蹴って後ろに大きく退きつつ、両袖から滑り出した予備銃で迎撃する。9ミリ弾がエンペラーの皮膚を引き裂き、えぐる。が、突進のスピードは衰えることなく、そのままの勢いでヒット!
「ありゃま」
神父の体が宙に弾き出され、綺麗に弧を描いて地面に叩きつけられる。そのままゴロゴロと転がって、プールの角に脳天をゴリッとぶつけた……ゴリッと。
「こりゃーたまらん! こりゃーたまらん!」
カナリ痛いらしい。
「潰すッ」
不吉な言葉を呟きながら、エンペラーが追い討ちをかけようと迫る。その殺気に反応して素早く立ち上がった神父は、飛び込み台の梯子に手をかけた。
ガチャ……
「ここまでだ」
「はうッ!?」
梯子に手をかけた途端、右手首に手錠がかけられた。親指を失って憤怒の形相のエンプレスが立っていた。
「せッ!」
シスターが突っかける。3メートル近くあった間合いを一呼吸で跳び越え、タワーの頬を直突きがかすめる。彼は辛うじてかわした体勢から左の回し蹴りを放つが、シスターの頭上を空振る。しかし、その足は着地せず、宙で方向転換して相手の右頬を打った。
「あうちッ!」
シスターに被弾したが、彼女はヒットと同時に蹴りの方向に合わせて体を半回転させ、中腰で水面蹴り。
ドッ──!
タワーの体が受け身をとれず、地面にうちつけられる。
「ごー・とぅー・へるッ♪」
シスターの振り上げた鉄拳がタワーの顔面を狙う。が、命中するよりも一瞬早く、タワーが下半身を浮き上がらせ、寝そべった状態で脇腹に二段蹴りを叩き込んだ。
「オフっ」
カウンター気味に入って体が大きくよろめき、飛び起きたタワーが喉に掌底を打ち込んだ。
「うげッ……」
まともに食らえば呼吸困難もありうるダメージだ。
「個人が組織に勝てると思ったか? 小さい者が大きい者に勝てる道理はねぇよ!」
そう言ってタワーが指差す方向には……
「ここまでよ」
飛び込み台の先っぽに、後ろ手に手錠をかけられた神父が立たされている。その背後には、腸が煮えくり返ったエンプレスの姿が。
「咲チャ~ン! こわ~い! 高いトコきら~い!」
泣いてる。
「茜ぇぇぇ~~、ちょっと聞いてくださるぅぅぅ!?」
相方の危機、無視った。
「それ以上暴れるなら、このガキを突き落とすッ!」
手錠付きですんで、もちろん溺れます。でも、彼女達に常識的な段取りはない。
「よし、質問だ! あたしは弱いか!?」
「最っ強であります!」
「あたしは腰抜けか!?」
「百戦錬磨であります!」
「あたしは小さいか!?」
「Aェェェェェカップであります!」
「よ~~~し良く言った! 逝ってよし!」
「あァァァりがとうございまァァァす!」
────ピョ~~ン♪
「バカなッ!?」
跳んだ。エンプレスの手をすり抜け、手錠をかけられたまま。
「来週もまた観てくださいねェェェェェェェ!」
エンプレスが慌てて手を伸ばしたが、その手は空をつかむ。次の瞬間、派手な飛沫が上がって水面が大きく揺らぐ。ただ、その揺らぎとは関係なく、水面からニュッと突き出たのは…………銃口。
「――――――ッ!?」
パシュッ!
下をのぞきこんだエンプレスの左肩を銃弾が穿ち、飛び込み台から転げ落ちる。
(後ろ手で撃ちやがった────!?)
ありえない芸当を目の当たりにして、エンペラーが息を呑む。
「だからまた来週って言ったのにねぇ……ふぅがふぅぐ!!」
相方の仕事をしっかり確認したシスターが、何だかスッキリした面で構え直す。救助してやる気は毛ほども無いようだ。
「ナメんなよガキがッ!」
タワーはおもむろに上着を脱いで、敵めがけて投げつけた。
タンッ──!
上着が宙を舞うのと同時に、タワーも跳んで蹴りの体勢。不意に視界を遮る物体が投げつけられれば、大きく回避するか、その場で叩き落とすか。が、シスターは勢い良く被さってきた上着を鷲掴みにし、グルンと体を一回転させ、相手めがけて投げ返した。
「うおッ!?」
想定外の応酬にタワーの体勢が大きく崩れ、何もできぬまま相手の目の前に着地してしまう。
「ていッ!」
ドカッ────!
顔面に足裏が直撃――ダウン。
「こちらα! 現在襲撃を受けている!」
この状況に危機感を募らせたエンペラーが、インカムでヘリのパイロットに呼びかけた。
<何事だ?>
「乗客と思われる女が二名! 一人は拳銃を所持! もう一人は……」
と言って、視線を移したその先では……
プリエステスが滑り込み気味にローキック。シスターはこれを垂直ジャンプで回避し、空中で下半身をねじって回し蹴りを放つ。これを予測していたプリエステスは、腰を落として避け、着地したシスターの胸ぐらをつかんで自分に引き寄せて密着し、目一杯の力をこめてヘッドロック! プリエステスの腕がグイグイと喉に食い込み、動きを縛る。
「このまま海に放り出してあげるわ」
ヘッドロックをかけたまま回転。ジャイアント・スイングの要領で遠心力が加わり、ブンブンと空を切る音が大きくなる。
「出るッ! 出るッ! 中身が出ちゃう~~~~!」
「さあ、逝きなさい」
バッ――!
人間一人を吹っ飛ばすのに充分な遠心力が充填され、タイミングをはかりヘッドロックを解いた。が……
「懺悔はここまで」
「――──え?」
────ズダンッ!!
ものすごく痛々しい音がして、プリエステスの後頭部と頚椎が地面に叩きつけられた。
(何てヤツだ……!)
イヤな汗が体中から吹き出るのを感じた。エンペラーは見た……シスターの体が宙に投げ出される瞬間、プリエステスのネクタイがつかまれ、遠心力と咲の体重から生じた引力により転倒。もちろん、受け身など取りようもない。
「さて、残るは一人」
エンペラーにシスターの不吉な視線が向けられる。
「ヘリを戻せ……」
<蒼神博士はどうした?>
「いいから戻せッ!」
パイロットに怒鳴りつける。
「茜ぇ~~、大丈夫か~~い?」
プ~~カ、プ~~カ…………
ぽってりしたお腹を夜空に突き出し、ラッコみたいに浮いている。
「体脂肪率に救われました」
まさに。
「はいはい、今すぐ引き上げますからね」
ズリズリズリ……
そう言って持ってきたのはさっき使った地引網。
「やめてッ! マジやめてッ! 咲チャン絶対痛くするから!!」
バシャ……
もう遅い。神父のプニプニした肉体に網が絡まっていく。暴れる度にもっと絡まっていく。巻かれていく。引き上げられる。
ドキドキドキッ……ドキドキドキッ……
網の中から目にしたシスターの御顔は、とっても恋する5秒前。
「ふぁいとおおおおおおおおおおおおおおおお────────ッッッ!!」
両腕にビキビキと血管が浮き出し、人間一人を包み込んだ網が──
「いやああああああああああああああああああ────────ッッッ!!」
ザパアァァァァァァァァァァァ~~~~!!
跳ね上がる水飛沫。浮き上がる女体。空を切る音。即ち――人体砲丸投げ。
「……何だ?」
この怪現象に気付いたエンペラーが硬直する。
ブオッッッ!!
放たれた。
「ちッ……」
あまりのアクションに意表をつかれはしたが、対象物の大きさから回避は難しくなく、人体砲丸は彼の肩をかすめただけ。ただし……
パシュッ! パシュッ! パシュッ!
網の中からという完全なる死角からの発砲。
「あぐッ!?」
肩先と二の腕から血が吹き出る。神父の方は仕事を終えて地面を派手に転がり、ヘリポートの鉄柵に後頭部をゴリッとぶつけて停止……ゴリッと。
「おォうェェェェェェ……(泣)」
おまけに吐いた。
「救済終了★」
圧勝。自らに拍手を送りながら、シスターは胸元で十字を切った。その直後……
ヒュンヒュンヒュンヒュンッ────!
「なんとォ!?」
背後から不意に巻き上がる風。彼女の体を穿つかのように照射される、強烈なサーチライト。無音ヘリがその威容を現した。
「神父様ッ!」
「えいめ~~ん!」
パシュッ! パシュッ! パシュッ!
水浸しのプールサイドに体を滑らせながら、ヘリめがけて連射。しかし、銃弾はヘリの機能に障害をもたらすほどのダメージは与えられず、軽く火花を散らしただけ。
「装甲がブ厚くて9パラじゃ無理っぽ~~い!」
「おにょれ!」
ヘリが緊急着陸する。
「タワー! プリエステス! 早く来いッ!」
「しかし……」
「我々が確保されたら、PFRSの法的接収を許すことになりかねん!」
「エンプレスはどうするの?」
「時間が無い……急げッ!」
一瞬、エンペラーがプールの方に目をやった。仲間の姿は確認できない。彼は悔しさに歯を噛み鳴らしつつ、ヘリに逃げ込む。
ヒュンヒュンヒュン――
「咲チャン、どーする?」
「別にいいじゃん。ギャラリーもいないし」
ヘリは敗残者を乗せ、闇の帳へ去って行った。
―――――――― 5時間後 ――――――――
「ん……うぅ……」
水平線から朝の領域を知らせる日がもれてきた。豪華客船の重厚な船体も、その恵みを欲してゆっくりと脈拍を上げていく。
「あふぅ……」
差し込む朝日が、ソファに横たわる青年を呼び起こそうとしている。蒼神博士はムクッと上半身をもたげ、手の甲で両目をゴシゴシとこする。そして、朝日の差し込んできた方向へ反射的に視線を向けた。
(2日目か……よかった、何もなくて)
彼は寝惚け眼のまま、辺りを見回した。
茜――自分が使うハズだった瀟洒なベッドで爆睡中。
咲――リビングの隅っこで丸まって静かに就寝中。
「……どうしたものか」
彼は幸せに満ち足りた茜から躊躇なく毛布をひっぺがし、咲の背中に優しくかけてあげた。博士は何だか照れ臭くて苦笑した。彼は洗面所のドアを開けて、バスタオルを用意する。汗ばんだTシャツと下着を脱いで、洗濯機に放り込む。そして、シャワー室のドアをガチャ。
「…………」
「…………」
バタンッ
ドアを閉める。博士が全裸のまま呆然として突っ立っている。
「え~~と……え~~と……(汗)」
もう一度、ガチャ。
「…………」
「…………」
バタンッ
再度閉める。
「……んん? ちょっと待てよ……(汗)」
で、更にもう一度ガチャ。
「…………」
「…………」
寝惚けちゃいない。見間違えちゃいない。猿轡をかまされて、簀巻にされた女性がバスタブの中に放り込まれている。
「…………」
「…………」
見つめ合うしかない二人。女性の方の視線が、ちょっぴり下半身に向かったりする。
バタンッ──!
「咲さーん!! 茜さーん!!」
彼はバスルームから脱兎のごとく駆け出して、二人の名を叫ぶ。
「は~~~~~~~~い……」
ものすごく間延びした声をハモらせながら、バカ面コンビが登場。
「おはようございますッ! そして、説明してくだざいッ!」
ガチャ
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
今度は四人分の沈黙。
バタンッ
閉める。
「た、大変よ、茜ッ! 朝っぱらからこんなコアなプレイを!?」
「わたし達も博士のバイオレンス・スティックで手込めに!?」
どうしようもなくわざとらしいリアクション。
「で、コレは一体、どういう事なんですかッ!?」
慌てふためきつつトランクスを穿き直す博士の背中は、なんだか小さい。
「女の人ですな」
「そうですねェ」
「…………」
「こりゃ誘拐ですな」
「そうですねェ」
「…………」
―――――――― 誘拐? ――――――――