『硝子細工の制圧戦』
「「……は? 二人で制圧やれって?」」
リクと香太は、端末に表示された次なる任務の指示データを見ながら、同時に戸惑いの声を上げた。
ターゲットは、湾岸の倉庫を拠点にする大規模な密輸組織。
総勢五十名を超える無力化リスト。
「そ。龍也と茘枝は他の任務があるから、そちらに回せないのよ」
「さすがに無理だって。別の日にすればいいじゃ……」
「全てが揃う日、その一時間なの。......それ以外に正解はないわ。」
所長の冷淡な声が、香太の反論を断ち切る。
「リク、研究室は前日まで好きに使っていいわ」
リクはしばし沈黙し、フォグ・グレーの瞳を鋭く細め、端末を閉じた。
「......了解。前日まで、誰にも邪魔させないで。一つ。……ド派手なのと、静かなの、どっち?」
「お! ド派手にドーンとかもいいな!」
香太が冗談めかして指を鳴らすが、所長の声はそれを遮った。
「ダメよ。静かに、——誰にも知られないように消すのよ」
****
決行の夜。潮風が吹き抜ける倉庫街に、二つの影が降り立つ。
制限時間は一時間。
「...行くぞ」
香太はそのまま地を蹴る。
「了解。香太、君はA一からA三までの動線を封鎖して。……『沈丁花』は俺が撒く」
リクが低く答えると、音もなく倉庫の梁へと飛び乗った。
小柄な体躯。
長年の訓練によって最適化された筋肉が、重力をいなすように彼を高い場所へと運ぶ。
リクが指に挟んだのは、特殊な超薄型のガラス瓶。
彼は梁の上を、猫のようなしなやかさで駆け抜けながら、階下の敵の頭上へ次々と瓶を落としていく。
「……三、二、一。作用開始」
瓶が割れる音すらしない。
ただ、中から揮発した
無色無臭のガス―『沈丁花』―
彼の生み出した『沈丁花』が、呼吸と共に男たちの意識を夜の淵へと引きずり込んでいく。
抗おうとする者が銃を向けた瞬間には、リクはもうその真上にいた。
梁から逆さに身を乗り出し、手に持ったサイレント・リボルバーが、微かな駆動音と共に空気を叩く。
「……一人。さようなら」
銃声はない。
ただ、撃鉄が落ちる小さな音と、敵が崩れ落ちる音が、静寂の中に重なるだけ。
リクの身体能力は、力強さではなく、神経の伝達速度と無駄のない質量移動に基づいている。
崩れ落ちる敵の体を受け止め、音を立てずに床へ横たえる。
一方、香太も圧倒的な速度で脱出路を断っていた。
「リク、北側クリアだ! そっちは?」
「……終わったよ。全目標、無力化。物品も回収済み」
倉庫内には、誰一人として立っている者はいない。
無数にあった「個」の気配が、リクの『沈丁花』によって静かに沈黙していく。
一時間後。
二人はいつもの裏路地にいた。
返り血一つ付いていない。
「お疲れ、相棒! 今日のリク、いつも以上にマジでヤバかったな。あの動き、何度見ても慣れねぇわ」
香太がいつもの調子でリクの背中を叩こうとして
——リクが、ふらりと力なくよろけた。
「……リク!?」
「……なんでもない。......少し、計算しすぎて疲れただけ」
リクは香太の支えをすり抜け、壁に手をついて荒い息を整える。
街灯の下、アッシュブロンドの髪の隙間から覗く顔は、驚くほどに白い。
香太は、リクのこの「限界」を知っている数少ない人間だ。
「……お腹減った。今日は、何?」
「お、おう。……今日は、スタミナつくもん食うか。肉とか、どうだ?」
「……匂いが残るから、明日にして。今日は……軽いものがいい。サンドイッチかな」
「へいへい、了解。……おっと、『お姫様』なんて言ったら、今度こそ俺が消されるか」
香太はわざとらしく口を噤むと、歩き出したリクの少し後ろを、いつでも手を貸せる距離で守るように歩き出した。
明日には、あの倉庫の惨劇を証明できる者は誰もいない。
残るのは、一時の静寂と、二人の少年が分け合った冷たくて柔らかいサンドイッチの味だけだ。




