演算の終着点
EP25
冷却装置の低音
白色光を反射する液面
そばの椅子
腰掛け
突っ伏す
華奢な少年
そばに置かれた
ガラス器具
小さな小箱
不規則に揺れる背
震える指が
小箱に当たる
実験台の天板
同じ色で書き込まれた
無数の数式
……これで、大丈夫――
0と1
世界を支配する数字
乱れた鼓動
冷えた指先
小箱をつつく
……がんばったよ
もう……たくさん……
優しい記憶
白銀の花の香り
目を閉じる
鼻腔をくすぐる
幻の甘い香り
香太の笑顔
湯気の立つ
マグカップ
……ごめんなさい
ぼんやり浮かぶ
残りの数
みんな……ごめん……ごめんなさい
透明な一粒の雫
冷たい床に
零れ落ちた
――
「ここか?」
「あぁ、あいつが時々行ってた本屋だ」
閉ざされた扉
落とされた電気
通り過ぎる
ほんのり漂う
本の香り
「……もうすぐよ」
歩みを進める
路地
人通りが減る
更に奥
水を含んだ
影のにおい
ひび割れたモルタル
地面に散らばる残骸
排水管から滴る水
「ここよ」
蔦の這う小さなビル
ぽっかり空いた
踊り場
「……なぁ、秘密基地と言えば?」
香太の声が
夜に落ちる
「地下だな」
「地下」
「地下ね」
踊り場の先
闇に沈む
地下への階段
「……嫌な感じがする」
低い声が零れる
香太は闇を睨みつけ
階段を駆け下りる
「おい、待て!」
「嫌な感じってなんだよ。あいつの直感は当たるから嫌なんだよ!」
四人の影が
地下の闇に消えた
――
白くなる視界の端
零れる酸素
部屋に響く
浅く途切れ途切れの音
切り替えられた照明
オレンジの光が部屋をつつむ
その時
防犯用のシステムが
静かに起動する
モニターが点く
青白い光が
アッシュブロンドの髪を染める
流れる
騒がしい外の音
頭を上げる
モニターに映る
人影
目を見開き
おもわず立ち上がる
「な……んで……」
暗視カメラでもわかる
見慣れた四人
……全部、消した……のに……
記憶を辿る
端末のログ
すべての防犯カメラのログ
自身の痕跡
残っていないはずなのに
「……どうし……っ……」
胸を押さえる
視界が白くなる
廊下の向こう
玄関扉
扉を叩く音
鍵を
電子ロックを
唇を噛む
「……こな…い……で」
震える手
フラスコを掴む
中の液面が揺れる
浅く荒い呼吸
逃げる酸素
不規則で速い鼓動
音が遠のく
膜の向こう
モニターから流れる
途切れ途切れに聞こえる香太たちの声
「リク!ここに居るんだろ?!出てこい!おい!」
「くっそ!起動しねぇ!」
焦燥した龍也の悪態
「体当りで破れるか?」
「やるしかねぇだろ」
……やめて
……お願い
扉が破られるまで……
あと……九十秒――
――
階段を下りた先
重厚な鉄の扉
「……においがしねぇ……」
においだけが消えた空間
「なんだよ……ここ」
茘枝と龍也は眉をひそめる
「――ここにいる……」
香太の声が反響し
空気が震え
振動が伝わる
扉の上の天井
空気の振動
気づかれない小さな起動音
静かに目覚めた極小の防犯システム
「……香太?何言ってんだ?」
「これ、リクが作った『空漠』の効果だ……。さっきまでにおいがあった。なのに……」
「ここは無臭。……そういうことか」
香太は思い切り扉を叩く
鈍い打撃音が響きわたる
「リク!ここに居るんだろ?!出てこい!おい!」
龍也が電子ロックに触れる
沈黙したままのそれ
「くっそ!起動しねぇ!」
春は扉の鍵を見やる
電子ロックに触れる
「鍵がないと開けられない……?」
扉全体を確認する。
手元の明かりで照らす。
扉の蝶番
僅かに生える赤茶色の錆
小さな孔
赤黒い錆の筋
(……いけるかしら)
一瞬、腕時計を見る。
「……正攻法で破る時間はなさそうね。やりたくないけど、物理的に破壊しましょう。茘枝、香太、できそうかしら?」
「体当りで破れるか?」
「やるしかねぇだろ」
香太は髪をかき
扉を睨みつける
「悩んでる時間がもったいねぇ!茘枝、やるぞ!」
「あぁ、いくぞ」
地下に響く鈍い音
何度も
何度も
――
衝撃音が遠くから聞こえてくる
……身体が先か
終焉の毒が先か……
実験台の天板
置かれた冷えきった手
指先が小箱に当たった気がした
手にしたフラスコを握りしめ
口元へ運ぶ
一番大きな衝撃音
同時に
身体を貫く衝撃
「……っ……ぁ……」
真っ白になる視界
なくなる音
滑り落ちた
フラスコ
砕け
飛び散る
硝子の破片
アッシュブロンドの髪が散る
「――リク!!」




