第3話 『合流』
あの後、授業はあっという間に終わった。
国語、数学、体育、音楽、理科、などといったベラゾノフによる侵略以前までならどこにでも溢れていた授業ではない。
勿論それらの授業を自らの意思で選択する事は可能だが、この学園における主な学びは三つ。
思想学。異能学。境界学。
彼ら彼女らはまだ、その三つの授業を受けるに値していない。
「あー泣いた泣いた。半年分は泣いたんちゃうやろか」
カナンはまだ赤い瞼の近くを、手で仰ぎながら呟く。
──リミナルハイスクールの放課後は妙に静かだ。
教室にはカナン、舞鶴、ルナが残されていた。
「宿題があるなんて聞いてなーい! ボク音楽と体育取得してたんだけど、今度創作ダンス? っていうのやらなくちゃいけないみたいでさぁ」
「ああ……女子学生はほぼ必ず体験する地獄のアレやな」
「カナンちゃんは?」
「わしは理科と数学やな。得意な事追及する方が生きやすいしな」
「拙者は国語と体育でござる」
と、宿題のプリントをサラサラ解く舞鶴。それを横目に逃げやがったと誤解するカナン。体操をするルナ。
「しかし薄情なクラスやなぁ。わてらがここに残っとったら、クラス全員、教室から出ていってもうたし」
「…………それは」
カナンが仕方なくここにいる理由はルナの中でなんとなく分かっていた。しかし、舞鶴がどうしてそこまで宇宙人であるルナに執着するのかは、ルナ本人には分からなかった。
「……ボクが、宇宙人だからって?」
「そうやろうなぁ。あんさんのせいで舞鶴はんはここにべったりやし、わても成り行きでハブられ組の一人やさかい、責任取ってほしいわぁ」
まだルナへの警戒と悪戯心は消えていない様だ。
「そうでござった。ルナ殿、明日グループワークが行われるでござるが、それは知っているであろう?」
「ウン、あれだよね? 思想学の準備運動……空気を慣らす為のグループワークだよね……確かクラスで三人組を作るっていう」
「そうでござる」
「なんや、この三人でええやないの。ひょいとして舞鶴はんまだ何か企んではります?」
「それもそうでござるが、明日の思想学におけるグループワーク、このチームは結果として、四人チームになるでござる」
「は?」
ルナは思い出したかの様にジャンプして、回転した。
「そういえば──彼岸華マチネさん!」
「誰や」
「あのマーチング衣装の子だよ! そういえばあの子、教室に最後までいたよね? ひょっとしてどこのグループにも所属していないのかな?」
「その通り。有機酸素殿とロンド殿、そして創太殿の頭脳派チーム。明智兄弟と不居内不可子殿によるボンボンチーム。最後に直継殿、似子殿、マイナ殿の三人による女子チーム。こうして我々が集まっている以上、マチネ殿は完全に孤立しているのでござるよ」
「じゃあ早速彼岸華さんに──」
ルナがマフラーをなびかせると、そのマフラーをがっちり締め上げて足を止めるカナン。
「待て。あのビリッケツが何でわてらの仲に入る事になっとるんや? いやいや分かってますよそりゃ。わてもまだルナはんの事は勿論、舞鶴はんの計画にすら疑いを持たざるを得ないんですから、何オマエ急に仲間面しとるんですかみたいな顔しなくても」
マフラーを直しながらルナは聞く。
「じゃ、じゃあどうして? カナンさんはボクと舞鶴さんの事が気に入らないんでしょ?」
「ああ、すぅっーごぉく気に入らん」
「なら」
「単純や、ここでハブられたら舌を食いちぎるしかないんや。わても一生懸命さんやからな、暫くの間は舞鶴はんの手のひらで踊らされてやるって魂胆や」
「ほう」
舞鶴が筆を止める。
「ただし条件がある。明日のグループワーク、わてがリーダーやりたいんやが♪」
「いいでござるよ。ルナ殿もそう思うであろう?」
「うん! 勿論! そもそもグループワークって何するの?」
「それは明日説明されるやろ。こんな状況やからこそ、教師も鬼やない。ただ一つ言えるのは……」
舞鶴に寄りかかるカナンが、ルナを見据える。
「──ここに入学した生徒、恐らく全員バカばっかやなって事」
「あ、ルナ殿。彼岸華マチネ殿の捜索頼むでござる」
★★★★★★★
(ついでにジュース買ってきてよみたいなノリで女子寮に来たはいいけど……)
ルナはリミナルハイスクールの女子寮に来ていた。
意外と小さいというか、とにかく静かだ。
「彼岸華マチネさーん? 彼岸華マチネさんいませんかー」
と、声を張ってみたはいいものの、自分の声が重なり消えていくだけで、ちっともひとっけひとつない。
「女子寮って事は、ボクの部屋もあるわけだよね?」
ルナはまずは自分の部屋から探す事を始めた。
一番奥の部屋まで行くと、そこにはこう記載されていた。
『000』
(鍵と一緒の番号! ここがボクの部屋……)
無意識に優先した自分の部屋の興味にそそられ、ルナはドアをゆっくり開いた。
「…………」
ルナは怒るでも泣くでもなく、ただ笑みを浮かべ冷や汗を垂らし、ゆっくり閉めた。
(な……)
なんでだろう、と。
(なんで部屋に彼岸華さんが!?)
彼岸華マチネと天道ルナは相部屋であった。
(なんかうずくまってたし、なんか暗かったし、な、なんなんだ!? どう話しかけたら!? と、とにかく当たって砕けてみよう。これはチャンスなんだ!)
再びルナが扉を開けると、そこには誰もいなかった。
「あ、あれ? おかしいな……確かにここに金髪の美少女が……ゔっ」
「──シャァァァァァア!!」
(しまった! 首をしめられた!)
と、ルナは背負い投げをして、マチネ(?)からの攻撃をすらりすらりと交わす。
「彼岸華さんごめん!」
「ぎゃふん!」
と、言ってマチネはふらふら気絶する。
(どうしよう……気絶しない程度にやったつもりだったんだけど)
「が……いん……よ」
「彼岸華さん!?」
「なんで……宇宙人が、ここにいんのよ……」
「あっあっごめんそうだよね!? この学園、寮がケチくさいよね? ほとんどの人が相部屋なのかも!? と、とにかく、これからよろしく! ひ、彼岸華さん?」
様子のおかしいマチネが、ルナのマフラーを強く掴み、睨みつける。
「………わよ」
「ん!?」
「あんた私がここであんたをボコボコにしようとした事言うんじゃないわよ! あと自己紹介の時より態度がでかいとかほざくんじゃないわよ! あと一人だけハブられてるとか思うんじゃないわよー!?」
がうがうと吠える美少女をなだめるかの様に、ルナは慌てて身振り手振りする。
「言わない言わない! 絶対に口が裂けても言わないよ! それより、お願いがあるんだけどー……」
「お願い!?」
「まあまあ! ほら、明日グループワークあるでしょ? ボクと紙上くんとカナンさんの三人、そこに彼岸華さんも入ってほしくて、ううん、入れたくて!」
「……そう」
マチネはルナから離れ、儚い表情をする。
「私が、はみだし者だから、気を使って……」
「え? いや」
「ついに宇宙人に味方されたー!! もういい! ここで死んでやる死んでやる! 親の顔とか同級生からの視線とかもうどうでもいいわ吐き気全開でぶっ殺す! 世界の危機とか知らん知らんだから私はここで死ぬんじゃーい!!」
「うわぁーー!! やめてやめて彼岸華さん! お話聞くから! そしてボクはキミと友達になりたいんだ!」
窓から身を投げようとするカナンを抱き抱えて転がるルナ。
「友達ィ!? 私とあんたが!?」
「そうだよ! 相部屋になったのも何かの縁だ! ボクは本気で彼岸華さんと友達になりたい!」
「まあ……相部屋でギスギスするのも嫌だってのも分かるわ……」
「そうだけど! そうじゃなくて!」
「何よ!?」
「彼岸華さん、マーチング・レッドだよね?」
「──!」
「マーチング・レッド。娯楽の激変したこの世界で、貴方は応援隊としてこの世界を回って来た、伝説のマーチング隊の一人でしょ?」
「……テレビで流れてた?」
「そりゃね。もともとこの学園が成立するに至ったキッカケの一つとして、ベラゾノフにペットとして支配されていないマーチング隊のパレードが発端と言っても過言じゃない。世界における革新的な出来事だったんだよ、あれは」
マチネは衣装を撫で、少し目を伏せる。
「正確には、マーチング・レッドは私じゃない」
「えっ」
「マーチング・レッドは先輩で、私はその後輩だった。リミナルハイスクールが設立されると同時に、マーチング隊はリミナルスペースに侵食されて、背景と化した。私は先輩に守られながら、リミナルハイスクールに入学させてもらった、逃げやがった女なのよ」
「……」
マチネは立ち上がり、部屋から出ようとする。
「申し訳ないけど、私は生きる事しかできないのなら、この学園で一人で戦う。でもまあ、ありがとう、誘ってくれて。でも、私には私なりに、この学園でやらなくちゃいけない事があんのよ」
「彼岸華さん……」
なんて強い子なのだろうと、ルナはこの時思った。
もっと、知りたい、と。
「ん……?」
ルナはマチネのベッドで、ある物を見つける。
「写真? ……えっ」
その写真の中には、マチネと、本家マーチング・レッドと、長い水色頭の、瞳が赤と青のオッドアイの少女がいた。
「ボク?」
にしては髪が長いし、衣装も質素だと首を傾げる。
「そんな事今はおいといて、とにかく、彼岸華さんを追わなきゃ!」
ルナは終わりの見えない廊下を走り抜けて行く。
放課後はそう長くは続かない。




