第2話 『言わないって言ったじゃん!』
「スメラギせんせっー!? どどどどういう事ですか!? 約束が全く違うじゃないですかあ!!」
ルナはあの後、教室から逃げ出し、スメラギを追いかけて職員室までやって来たのであった。
スメラギは「あー……」と気だるそうに頭を捻り、こう言った。
「私もね、リスクがある中で天道さんの事を言いたくはありませんでしたよ」
「そ、そうですよね!? だってボクの保護者は」
「ただ──ほら、クラスメイトを騙してこの学園でヒーローを目指すなんて、あまりにも虫が良すぎるでしょう」
ルナは固まる。
「と、いうのは誰かの意見で、私個人としては、天道さんという存在を知った上で、皆さんと対等にこの学園生活で戦っていただきたいのですよ」
ルナは頭にハテナマークを浮かべ、それはお互いにメリットが無さすぎるのでは? と思っていた。
ルナは入学前、リミナルハイスクールと特殊な契約をした。
ルナ自身がベラゾノフ人である事を隠したいという願いに対して、ベラゾノフ人である両親が、スメラギを飼う事を条件にリミナルハイスクール創設者と契約をした。
……噛み砕いて説明すると、創設者が博愛主義者のルナの両親に強制的に人間を飼わせる事を強要し、ルナとスメラギもまた、それに承諾した。と、いうもの。
「でも、それじゃあスメラギ先生がベラゾノフ人の……怖い人達に……変な衣装着せられちゃうんじゃあって……」
「ぷはっ」
と、スメラギが笑う。ポジティブなモノではない。
「天道さんはこの世界で、人間が着せ替え人形だけで済んでると思っているんだね?」
「! あっ、ご、ごめんなさい! あまり地球人側の事情は知らなくて……」
「その辺は構わないよ。それより、早く教室に戻ったらどうだい? 話どころか教室の時間は進まないよね」
「でも……みんな、怖がってるし……」
ルナが手遊びを始めると、ガラガラガラ……と、職員室の扉が開く。
そこに立っていたのは──忍者こと紙上舞鶴。
「あ、ほら──」
「──ルナ殿! 探したでござるよ!」
「!?」
「スメラギ師範のルナ殿に対する怒涛のぶっぱなし発言はなかなか驚いたでござるが、拙者は自己紹介の時から、ルナ殿を一目買っていたでござる!!」
「ほにゃ!? まさかのボクを!?」
舞鶴はグイグイとルナの目の前へ、そしてその先まで行く勢いで、ルナはそれに引きつつ、とんでもない姿勢で舞鶴をなだめて問う。
「紙上くん! その言葉は喜んでありがたく受けとるけど、一体全体、何のご用で!? クラスは大丈夫なの!?」
「地獄でござる!」
「そんな目を輝かせて言う事かなぁ!?」
「とにかく、もう教室には大半の面子がいなくなっているでござる。初日から既に派閥の様な組分けすらできているでござる」
「派閥って……そんなカーストみたいな……このご時世に」
スメラギはあくびをしながら、書類作成に戻る。それを見て舞鶴はルナの手首をぐいっと掴み「来るでござる」と、廊下へ連れていく。
「このご時世にこの様な特殊な学校があるからこそ、カーストの様なモノが一瞬で出来上がるのは想定済みでござる。既に派閥ができあがったクラスメイト達から、教室からどこかへと出ていったでござる」
「ここ治安悪いね!」
「全くその通りでござる。まるで、ルナ殿をベラゾノフ側が密偵役として送り込んだとでも言いたげな雰囲気で──」
ルナはポカンとしつつも、真剣に舞鶴の話を聞いていた。そこで舞鶴は言葉に詰まる。
「どうしたの?」
舞鶴は再び口を紡ぐ。
「いや……問題は、余った人がいる事でござる」
「え? ひょっとして舞鶴君、はぶられちゃったってこと!? だからボクを」
「それもあるでござるがそうではないでござる」
「わっ!」
ルナは急に止まった舞鶴の背中に顔をぼふんと当てる。どうやら一年A組の教室に辿り着いたらしい。
舞鶴は職員室の扉を開ける時とは大違いの思い手で、A組の扉を開いた。そこに唯一しゃらんと座るのは、あの赤無垢であった。
「ああ、連れて来たんやな、欠番を」
「ルナ殿、入るでござる」
「あっあっ! ボク!? 欠番じゃなくて天道ルナだよっ! そしてあなたは確か、狂王実カナンさん!」
赤無垢は長くて艶やかな髪の毛をさらりと揺らしながら、舞鶴とルナの方へスタスタ上品に歩く。まるでこれから見せしめてやるかの様に。
「あんさんはベラゾノフ人なんやろぉ? びっくりしたわぁ、馬鹿な水色がまさか欠番でスパイだなんて」
彼女の瞳がギョロリと動き、ルナを釘付けにする。文字通りルナは身動きが取れなかった。
「ルナ殿はスパイじゃないでござるよ」
「あ?」
カナンの声が低くなる。
「証拠に、ルナ殿にもちゃんとこれが付いていたでござる」
「「これ?」」
舞鶴はルナのアホ毛をつまみ、何かを取って見せた。
「位置情報が分かるやつでござる」
「「位置情報が分かるやつ!?」」
ルナは勿論、カナンですら驚いていた。
舞鶴がつまんだそれは、ホログラムの三角に囲まれたビックリマークだった。そして、離すとすぐにルナのアホ毛に戻って弾けて消えた。
「なんや聞いてへんぞ。どこにあるんや?」
「それは言えないでござるが、とにかく、ルナ殿にわざわざ位置情報ホログラムを付ける時点で、驚異的な存在でない事は明確だと言っても過言ではないでござる」
「ねえ、それって馬鹿にしてない?」
「成る程なぁ、まあええ情報聞けたし、そこの欠番を脅すのは勘弁したるわ。代わりに舞鶴はん」
名を呼ばれた舞鶴は、少しビクッと体が反応してしまう。カナンは舞鶴の耳元で、厳密には届かないので舞鶴の肩を掴み無理矢理自分の口元まで背丈を合わせた。そして言う。
「ベラゾノフ関連の世界になった途端、あんさんがいなくなって寂しかったわぁ。まさかこんな所で縁があるとは思いもよらず、フフッ」
ルナはドキドキしながら二人を見つめていた。
カナンは捨て台詞かの様に舞鶴に言い放つ。
「いっぱい赤ちゃん作ろうなぁ、旦那様♡」
「え!? 昼ドラ!? エグめのやつ!? 監督の作りたいモノを作ったら昼ドラになったけどかなりアウトなので深夜に放送するけどほんの一部の層にしかBlu-rayを買ってもらえなかったドラマみたいに!?」
「ほんじゃ、わては少し散歩に行くわ」
カナンは満足げに二人の間を歩くが、すぐさま舞鶴がカナンの手首を掴む。
「何や? 舞鶴はん相変わらず手首好きやなぁ。っ!」
「きゃー!」
ルナが一人で盛り上がり、カナンは舞鶴にいつの間にかお姫様抱っこをされていた。
「な、なんや! わてにこないな事して今度こそ責任は取れはるんか!?」
「責任は取れないでござる!」
「「……」」
「ただ、ここらで提案があるでござる」
「何々!? みんなを教室に集める的な!? そこから一致団結的な!?」
舞鶴はゆっくりカナンを降ろし、提案する。
「拙者達もグループを作るでござる」
「は? 嫌やそんなん馬鹿やないの」
怪訝な顔で即答するカナンだが、ルナがいなければ即答で承諾していただろう。つまりはそういう事だ。
「そこの欠番といたら周りから反社やのはみだしモンやの言われる思われるどころじゃ済みまへんで? 舞鶴はん、わてをいじめたいんか?」
「うむ」
「うむじゃねぇだろうが貧困層」
「いや、いじめたいのではなく、ルナ殿に申し訳ない言い方をすると、周りからは、良くは思われないでござろう。しかし、メリットもある」
「メリット? シャンプーか?」
「ルナ殿、ルナ殿はどうしてこの学園に? この学園に属するという事は、ベラゾノフと敵対するという事でござろうに」
ルナは真剣な顔で、二人を見据えた。
「それは──ボクが人間側に立って、この地球の本来あるべき姿を取り戻したいからだよ。だから特殊な形で入学したし、ベラゾノフ側とはもう絶縁状態だ。だからって皆にすり寄るつもりもないし、すり寄ってもらおうだなんて思ってない」
「言い訳に聞こえるなぁ、何が言いたいんや? 欠番」
「欠番じゃない。天道ルナ。ボクは、地球のアニメやサブカルチャーを気持ち良く見たいだけの、ただのオタクなんだよっ!」
ほんとうに、それだけっ! と、口を閉じる。
「……ルナ殿」
「?」
「拙者は、ルナ殿にこの身を捧げてもいい覚悟で、ルナ殿を推薦するでござる」
ルナはえっ!? とまたしても頬を両手で閉じ込める。
「手始めに、ルナ殿にはグループのリーダー格を担ってほしいんでござる!」
「えぇっと、そんな上下関係みたいなの、あんまり好きじゃないんだけど……」
「はははっ! しかしルナ殿、お忘れではなかろう? この教室には既に派閥が出来上がってると。それも、思想と美学ゴリ押しの」
「ぐ、具体的にはどことどこがグループに?」
「それは──」
舞鶴はパチン、と手を叩き、喋ろうとする。が。
「──嫌や!!」
叫ぶ赤無垢。
カナンがうるうると瞳を揺らし、着物をぎゅっと掴む。自己紹介での威圧感が嘘の様だった。
「あ」
ルナは悟った。この二人はそういう関係なのだろうと。付き合ってるワケではないが、付き合ってないかと言われるとうーんそうでもないよね、という感覚。
(政略結婚! 許嫁! はたまた駆け落ち!?)
ルナの頭の中は平成から令和までござれだった。
(だとしたらボクは邪魔過ぎるよ!! 紙上くんまじでなに考えてるのー!?)
「こんな時だけ円滑に物が話が進むなんて嫌やぁ! そこの欠番の、ルナの阿呆の何がええんや! わてはもう、舞鶴おらんくても、頑張ってたのに、なんで、なんでや! 絶対に嫌やあぁぁぁぁぁぁあ!!」
ぎゃんぎゃん泣き喚く人形の様な赤無垢を中心に、ルナと舞鶴はとても気まづい空気をしばらく味わった。
「……ちょっと紙上くん、許嫁なんでしょ? 慰めないと!」
「? ……! あ、いや、その、ルナ殿」
「もたもたしない! 早く!」
「ルナ殿! 拙者はカナン殿とは許嫁ではないでござる」
「え? 違うの? 駆け落ちウルトラハネムーンじゃないの?」
「駆け落ちウルトラハネムーンではないでござる。カナン殿は……カナンは……、妹でござる。それも、義妹で……」
ぎゃんぎゃん泣き、ついにゾンビの如く教室を徘徊する怪獣カナンを置いて、ルナは驚愕する。
「ぎっ……義妹!? い、いもうと!?」
「昔から結婚結婚うるさくて……。というか、本当にカナンは面倒な幼子で……」
「やっっばいね」
「やばいでござる」
「やっっっっばい萌え関係じゃん」
「えぇ……」
「これ、薄い本描けるよ。新刊待っててね」
「描かなくていいでござる! それより、カナンをなだめるには、あまりルナ殿に見てほしくない光景でござる。そもそも、ルナ殿がリーダーになる前に、あの怪獣を沈めないといけないでござる」
「そういうのいいから! 早くあの可愛い赤無垢ちゃんを人間に戻してよ!」
舞鶴は色々な方面で呆れ、カナンをぎゅっと抱きしめ、頭を撫でた。頬をつねったり。指を絡めたり。
「おっ! おっっ! おほっ!!」
(ルナ殿が気持ち悪い……)
「それでも嫌や……」
と、カナンはゴキュッ、と絡んだ舞鶴の手を握り、骨を何本か折った音も気にせず折り続けた。
「ゔっ……!」
「わてが……ウチが……わしが……わたしがずっと見てきたのに、なんでこないな状況になっとんのや! おかしい、おかしい、あってはならん!」
そして、舞鶴を背負い投げすると同時に、カナンは再び怪獣と化した。
「──絶対に嫌やあああああああああああああ!!!!」
次の授業が始まるまで、残り三十分。




