第83話 傷痕
撃ち出された弾丸は空気を切り裂いてアザゼルへと向かう。
その間、アザゼルは高めた魔力をさらに高め、火魔術へと注ぎ入れようとしていた。
その時だった。
アザゼルの額に穴が空いたかと思うと、後頭部から血と脳漿を撒き散らし、反動でアザゼルは大きく仰け反った。
「……当たった……!!」
「……え……こ、この距離を……!!?」
「………凄い………」
途端にアザゼルから放たれていた魔術が解除され、それと同時にAxelは膝を付いた。
……いや、油断するのはまだ早い。
なにより、脳天を撃ち抜かれたアザゼルだが、大きく仰け反っている割に倒れ込んではいない。
俺はすぐさまRexへとリンクする。
「………ほほう………かような攻撃方法があるとは……人族というのは本当に興味深い生き物ですね。」
仰け反りながらアザゼルが褒めた。
……マジかよ……
脳天を撃ち抜かれてるってのにまだ生きてやがる。
「もしもこれが実体であれば私を仕留めていたことでしょう。いやはや、本当に恐れ入ります。」
そう言い放つとアザゼルの頭の銃創が一瞬のうちに塞がり、仰け反っていた体勢を引き戻す。
「先ほどのような遠距離からの攻撃方法があるとは…やはり人族というのは捨ておく訳にはいかないようですね。そろそろ私もお時間ですし、冥土の土産に私のとっておきをご披露致しましょう。」
……もう、好きにさせてたまるか。
俺はRexで駆け出し、一気に詰め寄る。
しかしアザゼルは不敵な笑みを変えることなく向かってきた俺と対峙した。
「……ふむ……先ほど私の攻撃を防いだ御仁と似ておりますね。人族にはジョブというのがあると聞いておりますが、もしやそのジョブでしょうか?」
答えるわけ無ぇだろ!!
袈裟斬りを見舞うも、アザゼルは軽く飛び避ける。
その後も次々と攻撃を繰り出すも、アザゼルは片手1本で俺の攻撃を逸らしてゆく。
……それなら……!!
俺は右手に刀、左手にナイフを握らせて二刀でもってアザゼルへと攻撃を仕掛けた。
さすがのアザゼルも次々に繰り出される攻撃に片手1本では足りないらしく、距離を取るべく後ろに飛び避けた。
さらにアザゼルは左手を翳すと、そこから深い霧が現れた。
……ステラと同じ魔術……か。
ステラと同じ能力があるのなら、この霧の中ではアザゼルは俺の位置を的確に捉えている。
その読み通り、アザゼルは動き回る俺に向けて的確に火魔術を撃ち込んできた。
これがただの人間なら、その手も通用しただろう。
けど、Rexには通用しない。
俺は撃ち込まれた魔術に向かってそのまま突撃する。
打ち出された火魔術の火元には、アザゼルが居るはずだから。
Rexは直撃した火魔術により焼かれるが、そんなもの屁でもない。
中身が無いんだからな。
そして火元へと向けて突進し、1度刀を鞘に戻して居合切りを放った。
読み通り、火元にはアザゼルがおり、俺のまさかの攻撃に避けられず、居合切りをまともに受けてアザゼルの胴を両断した。
「…お見事です…!まさか私の火魔術をモロに受けながら突っ込んでくるとは。ですが、もうご存知でしょう。召喚体の私にいくら攻撃しても意味が無いということを。」
今までの会話で何となくは分かってる。
…が、お前はこうも言った。
「そろそろ時間だ」と。
今のお前をどれだけ攻撃しても無意味なんだろうが、時間制限があるはずだ。
俺はアザゼルへとさらに剣戟を加え、縦に、横に、斜めにと細切れにする。
が、アザゼルは忽ちのうちに復元されてゆく。
関係無ぇ!!
俺とお前、どっちが先にタイムリミットを迎えるか。
決着が付かないんじゃない。付けさせてやらねぇ!!
復元しては細切れ。
また復元しては細切れ。
それをひたすらに繰り返す。
「……なるほど……!私の時間切れを狙っているのですね。ふむ。それならばこの攻撃についても理解しましょう。ですが、私は申し上げたつもりです。私のとっておきをお見せ致すと。」
アザゼルがそう言い放つと、細切れになっていた肉片が上空へと浮かび、やがて1箇所へと集まる。
俺は跳躍して復元させまいと投げナイフをアザゼルへと投擲したものの、突き刺さったナイフは忽ち融解した。
そして肉塊はアザゼルの形へと戻ったが、その体は赤く、高熱で輝いている。
「……それでは皆様、ごきげんよう。」
………まずい………!!
防御耐性を取ったのもつかの間。
アザゼルの身体は1度収縮し、やがて今度はそれが大爆発を引き起こした。
………
………………
………………………
時間にしてどれくらい経っただろうか……
アザゼルの身体が爆発し、周囲に高熱と爆風が襲いかかった。
爆発は俺本体のほうまで及び、さっきから頭がズキズキと痛む。
おそらく、瓦礫か何かで頭を打って怪我をしたんだろう。
俺の意識はまだRexにある。
爆発による砂埃で視界が効かなかったが、ようやくそれが晴れてきた。
すぐさまアザゼルの気配を探ったが、どうやらアザゼルはすでにこの場から消えていた。
おそらく、奴のとっておきってのがこの自爆ってことか……ふざけやがって………
Rexの身体は……あれほど至近距離で爆発に巻き込まれたというのに、左腕を失った程度で済んでいる。
溶け落ちた、という様子はなく、とてつもない爆風により間接部が破壊され、吹き飛んで行ったんだろう。
…いや、それよりも。
周囲を確認すると、周りで倒れていたエルミール軍が見当たらない。
爆風により吹き飛ばされたに違いない。
俺の背後には何人かの呻き声が聞こえる。
おそらく俺の体が盾となったお陰で、あの爆風を生き延びられたんだろう。
同じように、どうやらAxelは最後の力を振り絞り、アリシアとロータス、そしてエリオらの盾となったようだ。
そのせいでAxelは完全に破壊され、『転写』スキルも解除されていた。
そうして3人の盾となった訳だが、それでも無傷という訳では無い。
ロータスやエリオも吹き飛んできた瓦礫によってあちこちから血が出ている。
……いや……そんなことよりも………
俺は走ってアリシアへと駆け寄る。
アリシアも吹き飛んできた瓦礫によってか、頭から血を流して意識を失ってしまっている。
俺はアリシアを担ぎ、すぐ容態を確認したが、どうやら大事には至らなそうではある。
……それでも、アザゼルに……魔人に………そして俺自身に、どうしようもない怒りを覚えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
城の療養所。
いつもはここで寝ているのは俺の役回りだったわけだが、今回はアーサー、ロータス、エリオを始め、多数のエルミール兵らが横たわる。
アーサーは治療を終えるや否やすぐさま起き上がって訓練するって言い出していたが、【治癒士】や衛兵に止められて今は大人しくしている。
アリシアの容態については問題は無い。
今はアリシア自身の寝室にてゆっくりと療養しているため、会いに行くことが出来ないが。
ロータスやエリオのケガもあまり大したことは無い。
Axel、ありがとな。
それよりも、エルミール軍のほうが深刻だ。
今回の奇襲を受け、エルミール兵だけでなく一般市民にまで多数の被害が出ている。
アルバートさんによると、まだ確認されてはいないものの、死者はおそらく500人は上回るそうだ。
それでも今回の襲撃の規模からすると、よくそれだけで済んだとも言えるそうだ。
そういうアルバートさんは左肩から先が無くなってしまっていた。
「そう暗い顔をしないでくれ。君たちの尽力が無ければ、私も生きてはいまい。それに、特に貴殿がいなければ、あのアザゼルによってもっと多くの民の命が失われていたはずだ。貴殿には、誠、感謝してもしきれない。」
そういって頭を下げられた。
それでも、俺の気が晴れるわけじゃない。
命の値段が軽い世界だ。
いつかは目の前で人が襲われ、死ぬ光景を見ることもあるだろう。
分かってた。
分かってたつもりだった。
……………でも、いざこうして実際に見せつけられると、自身の無力さに腹が立って仕方ない。
それ以上に。
魔人に、アザゼルに。
言うなれば、他人に。
これほどまで復讐心で心が満たされることなんて今まで無かった。
俺がもっと上手いことやれば、アザゼルが自爆する前になんとか出来たんじゃないか?
俺がもっと上手いことやれば、アザゼルの召喚を食い止められたんじゃないか?
俺がもっと上手いことやれば、アリシアにケガを負わせることなんて無かったんじゃないか?
…………………
…………傲慢だな。
分かってる。
『してあげられた』なんて、俺は一体何様のつもりだ。
……でも、それでも考えてしまう。
もっと上手く出来たんじゃないかって……
「ハル様……いえ、皆様にも。少しよろしいでしょうか?」
振り向くと、療養所の扉からステラが声をかけてきた。
「どうした、ステラ殿。」
代わってアルバート隊長が応対する。
「皆様には知らせておかなければならない事があるのです。此度の魔人の襲撃について。」
皆がステラの突然の申し開きに耳を傾けた。
「……此度の襲撃……それは、我が娘、シエルの誘拐…もしくは、抹殺を目論んでいた可能性があるのです……」




