第57話 花火
ヴァレンティアの夜は俺のいたシルバーレイクのそれとは程遠い。
街中には至る所に明かりが照らされており、どこもかしこも人が賑わっている。
特に今夜は年越しを控えているため、いつもの街並みと比べても人通りが多かった。
レストランに雑貨屋。
今日は露天商もたくさんいる。
普段ならこんな街中にアリシアがいるとなると騒然とするところだが、誰も彼もアリシアがこんな近くに居ることにすら気付いていない。
ま、いつものアリシアっぽくない服装に帽子まで被ってるし、それに明かりがあるとはいえ夜で暗い。
「あ!あそこの串焼き、この前食ったけど美味しかったな!アリシアもどう?」
「……え、えぇ……もらおう……かしら……」
アリシアは今まで感じたことの無い人混みのせいか緊張しているようだ。
露天商で2人分の串焼きをもらい、そのまま頬張る。
「………美味しい……!」
「だろ?日本とはまた違う味付けだよな。」
「……ハル、口元。」
「……んぇ?」
アリシアはカバンからハンカチを取り出しては俺の口元に付いたソースを拭き取った。
「………あ……ありがとう………ってかハンカチ汚しちゃった!!?」
「別に構わないわ。それよりも、これでお終い?」
「……い、いやいや!まだまだ紹介したいところいっぱいあるから!」
露天商では普段街では売られていない珍しいものも多数あった。
ボールを投げて穴に入れ、規定の点数を入れれば景品が貰えたり。
クジを引いて景品が貰えたり。
さすがに金魚すくいは無かったな。
日本でも見かけたことのないようなスイーツを見かけ、2人してそれを注文して食べる。
まるで、同窓会での出来事を繰り返している気分だった。
「……少し……ゆっくり出来る場所は無いかしら?」
「それなら打って付けの場所があるぜ。」
人混みを抜けながら目的地へと向かう。
その間も俺ははぐれないようにアリシアの手をしっかりと握りしめ、アリシアもまたしっかりと握り返していた。
もうこのまま一生時間が止まって欲しい!!
……とまあそんな無茶が起こるわけもない。
ようやく目的の場所へと辿り着き、扉を開けた。
「……いらっしゃい………って、なんだ。ボウズが。」
「マスター、こんばんわ。」
着いたのは師匠の友人が経営するいつもの喫茶店だ。
相変わらずこの店はガラガラだな……
「おぉなんだ!ハルじゃねぇか!」
「師匠!こんばんわ!」
師匠も変わらず元気そうだ。
「……えっ……グ、グレンダーさん!?」
「なんだハル、連れがいたのか。まさか、お前のコレか?」
師匠は俺に小指を立ててそう言った。
「い、いや、違うって!!友達だよ。」
「……好きなとこに掛けな。コーヒーでいいか?」
「あ、はい。アリシアは?」
「……え、えぇ……私も同じのを頂くわ。」
「なら俺も貰おうか。マスター。」
「……ったく。テメェは雑用だろうが。」
「良いじゃねぇか。どの道ヒマなんだからよ。」
そう言って師匠も座る。
アリシアは『なぜこんなところにローガン・グレンダーがいるのか?』とでも言いたげな表情で俺を見つめていた。
……まぁ、追々それは説明するよ。
しばらくもすればコーヒーの香りが立ち込め、俺たちのテーブルの前にそれぞれコーヒーが現れた。
「………いい香りね………この豆はもしかしてリベルタスから?」
「その通りだ。よく分かったな、お嬢ちゃん。」
「この独特な香りはリベルタス特有ですから。それにしても本当にいい香り……」
「こっちの脳筋とボウズも少しはこの嬢ちゃんを見習って欲しいもんだな。」
「……うっ………ぜ、善処します……」
「コーヒーなんてどれも同じだろう?」
「ハルがこんないいお店を知っていたなんて。」
「師匠のお陰だよ。」
「相変わらず謙虚なのね。」
そう言ってアリシアは帽子を脱いでテーブルへと置いた。
その途端、師匠とマスターは盛大にコーヒーを噴いた。
「……お、おいハル!!と、友達ってこりゃあ……」
「……ア、アリシア姫……!?」
「あ、すみません。紹介が遅れました。」
「……お、遅れたって……なぁ……?」
「……ボウズ……お前ぇはいつもいつも驚かせてくれやがるぜ………」
まさかのアリシア姫の登場とあってマスターも師匠も驚いていた。
アリシアはコーヒーが好きらしく、マスターとも色々とコーヒーの談義を重ねていて意気投合しており、様々なコーヒーについて語り合っている。
アリシアがコーヒーが好きなんて新しい一面だな。
「……おいハル……ちょっと来い。」
師匠が小声で俺を呼び出した。
「お前……アリシア姫とどうなんだ?」
「……どう……というのは……?」
「好きなのか?」
「……んえ!?……い、いや……まぁ……好きというか……憧れというか………」
「ハッキリしやがれ!」
「………好き………です…………」
俺はアリシアには聞こえないよう小声で話す。
好きだという気持ちは嘘じゃない。
あれは忘れもしない。
この前に誕生日プレゼント渡した時の笑顔を見た時。
あの時から、俺の心は完全にアリシアに奪われた。
「……そうか………いいかハル、よく聞け。」
何を言われるのだろうか。
相手はこの国の王女であり、身分が違うから諦めろ、かな。
………それが当たり前だろう。
俺とアリシアでは分不相応というものだ。
「諦めるな。それだけだ。」
「………諦めるな………?」
師匠はいつものようにそう言った。
『諦めるな。』か………
そりゃあ俺だって諦めたくなんか無い。
アリシアがどこかの国の王子とか、貴族の連中に貰われる光景を思い描いただけで胸が張り裂けそうになる。
……けど、だからって俺がアリシアと釣り合う訳も………
……………
………いや、だからこそ、師匠は諦めるなって言ってくれてるんだろう。
アリシアに相応しくないと思うのなら、相応しい男になれ、と。
「……ねぇ、何の話をしてるの?」
「ふぇっ!!?」
「………また驚いてる。」
「あ、いや……べ、別に変な話をしてた訳じゃ無くって………」
「……別に疑ってないわよ。」
「……あ、は、はい……」
「それより、話が済んだのなら聞かせてくれない?ハルとグレンダーさんの関係について。」
「……あ……そ、そうだね。」
アリシアは俺が師匠と出会い、鍛えてもらっていた事などについて耳を傾けていた。
その際、マスターは相変わらず厳しい口調で師匠にツッコミを入れていたが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……そろそろ、姫様も帰らにゃあならねぇんじゃねえのか?ボウズも門限とやらはとっくに過ぎてんだろ?」
マスターに言われて気付いたが、すでに時刻は21時を過ぎていた。
一応俺の方は寮長さんに遅くなるって伝えてはいるけども。
「………そうね。ハル、そろそろお暇しましょう。」
「……あ、うん。」
「ありがとうマスター。またコーヒーを頂きに来ます。グレンダーさんも、今後ともよろしくお願いします。」
「……そんな姫様に改められるとなぁ……まぁ、またいつでもいおいで。」
「あぁ。ハル、アリシア姫をしっかりと守ってやれよ。」
「はい。師匠、マスター、ご馳走様でした!」
扉を開けると外の風がより一層冷えていた。
「うぅ!!寒っ!!」
「……一段と冷えるわね。」
アリシアは不意に俺の手を取り、思わずドキリとする。
「……もう誘拐は終わりかしら……?」
「……俺のほうはまだ大丈夫だけど………アリシアは?」
「…………どうかしらね。今頃王城では騒然としてるかも。」
「……え……だとヤバいじゃん!!」
「………そうね………でもきっと大丈夫よ。私を誘拐しているのはハルなんだから。」
「………そ、そうは言っても………もしもの時は弁護してくれよ……」
「フフッ。ねぇハル、もうすぐ花火の時間よ。せっかくだから見に行きましょう。」
「……そういや毎年花火が上がるんだっけか……」
ヴァレンティアでは毎年の年末に花火が打ち上がるらしい。
俺が暮らしてたシルバーレイクじゃあ年越しに花火も無ければ露天商も無くて寂しかったな。
それどころか、夜に人が外を出歩いてる事の方が珍しかったもんだ。
「……でも、いい場所はどこも人が多そうだな……」
「……人混みはもう満足したわ……」
「なら、ちょっと大変だけどいい場所があるんだ。Axelでよく街を見下ろしてる時に使う場所でさ。」
「……大変っていうのは……?」
「登るのがちょっと大変なだけだよ。大丈夫。」
そう言って俺はアリシアの手を引いて歩き出した。
こうしてみると、カップルみたいだよな。
そうだといいな。
そうなれたらいいな。
…………
目的の場所はすぐだった。
その場所は寮の近くにある図書館。
いつもはAxelで屋根伝いで登り、街を見下ろす絶好のポイントだ。
とはいえ今は生身。
……って言ってもまあ大丈夫だろう。
図書館は閉館していたが、俺は秘密の抜け道があるのを知っている。
というか、ここの館長が門の鍵を花壇のレンガの下に隠しているのを知っているだけだ。
門を開け、中に入る。
中には当然誰も居らず、普段からでも静かな図書館だがより一層シンとしている。
「……まるで泥棒みたいね。」
「……うっ………そ、そんな事言うなって……」
「フフッ。でも……ちょっとだけ怖いわ……」
確かに、誰もいない暗い図書館というのは怖い。
ギッシリと本が敷き詰まっている棚や暗い階段の先から得体の知れないものがニュッと出てきたり……なんて想像するだけで少しばかり足が竦む。
……ままま、まあ、出て来たら出てきたでおおお俺が倒してやるんだからねっ!!
いい、今こそ!男らしい姿をアリシアに……!
……と勇んでみたものの、結局屋上に着くまで何も起こるはずも無かった。
扉の鍵を開けて屋上へと出ると、いつもAxel越しに見える街並みが広がった。
「………へぇ………中々良い景色ね。」
「ここなら人混みもいないから特等席だな。」
屋上にはベンチもあり、俺たちはそこへと腰掛けて花火が打ち上がるのを待つ。
………にしても、ここに来るまで、俺は一生分の勇気を振り絞った気がする……
『アリシアを誘拐する。』なんて気障ったらしい言葉をかけ、挙句には手まで繋いで夜の街を楽しんだ。
……………
………今思うと小っ恥ずかしい………
…………でも……それを拒否しなかったってことは…………脈アリなのかな………?
………いやいやまさか!
手繋いだだけで脈アリとか童貞脳が過ぎるって!
「……それにしても、少し寒いわね。」
「……たた……確かに………」
……ごめんアリシア。
適当にそう言ったけど今は寒さとかあんまり感じる余裕が無くって………
むしろ、自分自身の言動を振り返って逆に暑いくらいです。
そうこうしているとヒュルルルル……という音の後、夜空に大きな花火が咲き誇った。
花火はその後も絶え間なく打ち上がり、夜空に彩りを与えた。
「………おぉ………すげぇ………」
「………王城で見るよりキレイ……!」
この世界で花火なんて初めて見た。
日本でもいくらか花火を見たこともあるが、それに比べれば種類は少ない。
……でもさ、こうして好きな人と一緒に見る花火はなんていうか……特別だ。
横目でアリシアの表情を確認すると、打ち上がる花火を見て少し嬉しそうな表情だ。
夜空を彩る花火は、夜空だけでなくアリシアの瞳まで彩っている。
「……そういえばハル。今日呼び出した本当の理由をまだ言って無かったわね。」
「……え………あ……そうだっけ……?」
「………私………自分でもこんな気持ちになるのは初めてだったから………でも、この前にハルに助けてもらって改めて思い知ったの。」
「……うん………」
「………この気持ちを伝えないままにはしておきたくなかった………」
「………………」
「……私は………ハルのことが好き。」
「………へっ………!?」
…………………
……………え、これ、夢?
………あのアリシアが………
あの女神様が………
俺の事を………!?
俺は自分で自分の頬を抓った。
「………痛い………?」
「………古典的ね。夢じゃないわ。」
「……お、俺なんかの事を……!?」
「………『なんか』って言わないで。アナタは凄い人よ。前世でも、今世でも。」
………今すぐにでも飛び上がって喜びたい。
まさかアリシアが俺の事を好きって言ってくれただなんて。
………夢みたいだ………
………って、お返事しないと!!
「…う、嬉しいよアリシア………お、俺もさ……ずっとアリシアは憧れで……でもそんな人でも色んな苦労があったってのに、俺はバカだから中々気付けずでさ………」
…………
…………俺は今まで、桜庭さんの外見しか見てなかった。
スタイルも良くて、美人で、サラリとした髪。
スポーツはもちろん、勉強はとびっきりの優秀で。
そんな桜庭さんがキレイだと思って勝手に憧れた。
……でも、それは外見でしか無かった。
転生してから桜庭さんがピースさんだと知った。
アリシアと友達になれたことで、彼女の人となりが分かり始め、今まで彼女を取り巻いていた環境を知った。
俺の中でどんどんアリシアが、憧れという感情では抑えられないほど存在が大きくなっていった。
そしてあの笑顔を見た時、俺はアリシアに本当の意味で惚れた。
ずっと一緒にいたい。
ずっと隣に居て欲しい。
そんなアリシアが、俺の事を好きだと言ってくれた。
「……俺さ……転生前に初めて見た時、めちゃくちゃ綺麗だし髪もさらさらで凛としてて……おまけにスポーツも勉強もできる桜庭さんに……心を惹かれてさ…………」
「………でも、それは桜庭さんの外見でしか無かった…………桜庭さんの嫌う人らと俺はそう変わらないんだ…………」
「……そんな中、こうして転生してからアリシアと友達になれて……いろいろと知って………俺はアリシアのことを全く知らなかったんだって思い知ったよ……」
「……転生して……アリシアの事を色々知っていくうちに………だ、段々と……アリシアの存在が大きくなったっていうか…………」
「……そんな俺でも……良いって言うの?……俺は他の連中とおんなじ………で…………!?」
俺の言葉は突如遮られた。
俺の口に、アリシアの唇が優しく触れていたから。
やがてアリシアの唇が離れたかと思うと、アリシアは頬を赤らめながら優しい笑顔で俺を見つめていた。
「………これでも………まだ言い訳をするの?」
「…………そ……そんなわけは…………」
「………………」
もう照れ隠しは良そう。
俺はアリシアが好きだ。
そんなアリシアが、俺の事を好きだと言ってくれたんだ。
「……俺も………アリシアが好きです………転生前からずっと………ずっと…………!!」
「………ありがとう、ハル……」
まるで俺たちを祝福してくれているかの如く夜空にはいくつもの花火が咲き乱れ、俺は再度アリシアと口付けを交わした。




