閑話 密かな想い
カタパルトさんがハル・アルフィード。
そう確信したものの、どうしてももう1つ確証が欲しい。
それに、ハルがカタパルトさんだとして、彼の秘密だけ話してもらうわけにはいかない。
私のジョブの【軍師】。
これは国家機密に指定されるほど強力なジョブ。
このジョブが授かった理由についてなんとなく推察できる。
それは私が前世でチェスなどのボードゲームが好きだったから。
駒をどのように配置すれば戦局を優位に進められるか。
どの駒と駒がぶつかっているか。
どの駒を犠牲にして勝利を掴むか。
相手がどんな策を考えて駒を動かしているのか。
そんなことを考えながら打つのが楽しかった。
前世ではカタパルトさんとはたくさんチェスを打った。
彼に気づいてもらう手段として最適なハズ。
それは、『ボンクラウド・オープニング』。
このオープニングは序盤からキングを動かすという手損のオープニング。
チェスではキングを動かすとキャスリングの権利を失ってしまう。
チェスを知る人ならこんな悪手をわざとやる必要なんて無いこともすぐに分かる。
公平性を保つために手損をするなら、わざわざキングを動かさずともいい。
夏休み中、私は学校に訪れ、自分のジョブの熟練度を確認した。
国家機密であるために、わざわざ護衛がたくさん付けられたけど。
そうして熟練度を確認したら、なんと熟練度が5にもなっていた。
おそらく、エルミリア選手権でアスタロトとドラゴンを倒す際、私のスキルでローガン氏と黒衣の騎士にバフを掛けたことで、間接的に経験値を得たせい。
確認が終わった時、ハルが弟を連れて校内を案内していたのに遭遇した。
弟はハルに少し似ているけど、ハルとは違ってフォーマルな服装ね。
でも、リアクションはハルと似ていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
なんとか機会を伺いたくとも、中々に言い出すきっかけが出来なかった。
おそらく、これは怯え。
ハルがカタパルトさんだったとしても、私の事なんて覚えていないかもしれない。
ピースの正体が私だと知って落胆するかもしれない。
私がピースだと名乗ったところで、それで終わるかもしれない。
そんな時に、ちょうどいいタイミングが訪れた。
『魔力の出力を調整する訓練』。
この調整は本当に難しい。
体の内に流れている魔力の流れを掴むというのは、体を巡る血液の流れを感じ取るのと同様。
皆が苦戦する中、1人の男がすぐさま出力調整を物にする。
その人はハルだった。
彼は黒衣の騎士として毎日活動し、ローガン氏と連携してドラゴンやアスタロトを倒す程の腕前を持っている。
1度カタパルトさんに聞いた事がある。
「どうしてそんなにゲームが上手いんですか?」と。
彼は言った。「反復練習です。」と。
おそらく、ハルは今世でも同様に【人形師】でたくさん反復練習をこなしたのだろう。
それも、何度も魔力枯渇に陥るほど。
その時、ふと私は思い出した。
前世で御堂に刺されたあの時、私は自分の身体から血が溢れ、流れ落ちる感覚とともに、命の灯火が消えてゆく感覚を。
忌まわしい記憶ではあるものの、あの時初めて自分の身体に流れる血を感じ取れた……気がする。
となれば、今回の魔力の流れを掴むというのも、魔力枯渇に陥るほど何度もジョブを使えば感じ取れる可能性が高い。
私はその考えのもと、寮に戻ってから何度もジョブを発動した。
そして、一度魔力枯渇に陥った。
こればかりは、そう何度も体験したくは無いものね。
とてつもない疲労感に全身の痛み。それと、空腹感。
こんなもの、好き好んで何度も味わおうとする人なんてそうはいない。
でも、ハルは多分、こうやって身につけた。
私はそれからも何度かわざと魔力枯渇を引き起こした。
そうしている内に、魔力の流れを感じ取る事が出来た。
ただ、私は『魔力の流れを掴むコツを教えて欲しい』という口実で、ハルを呼ぶことにした。
私がピースだと知らされて、彼がどんな反応をするかは分からない。
それでも、どうしても知って欲しい。
部屋で2人きりになった私はチェスを誘う。
ハル、ポーンe4。
私、ポーンe5。
ハル、ナイトf3。
私、キングe7。
これは、私が前世でカタパルトさんに教えた『ボンクラウド・オープニング』。
私がキングを動かした時、ハルはハッと驚いて私の顔を見つめた。
彼はその後、少し震えたような手で駒を動かした。
ハル、ナイトe5。
私、キングe6。
彼の顔が、確信へと変わった。
・
・・
・・・
「……チェックメイト。」
そうして対局は終了した。
結果は私の辛勝。
でも、勝ち負けなんてどうだっていい。
「………参りました。」
「対局、ありがとう。」
「……こちらこそ………ピースさん。」
そう言った彼の目には、少しばかり潤んでいた。
その表情を見て、私の目にも涙が込み上げてきた。
「………やっぱり………アナタがカタパルトさん……!」
彼は私がピースだと知っても、態度を変えることなく、むしろ嬉しそうにしてくれた。
それだけで私には十分だった。
「………ハルは………私がピースだと知って失望したかしら……?」
彼がピースにどんな幻想を抱いていただろうか。
しかも、その幻想の正体が私だったなんて。
「え!?そ、そんなこと無いよ!?むしろ、俺としては……嬉しいというかなんというか……」
………嬉しい………?
………嬉しい……か………
「……ありがとう……」
その後、彼に私のジョブについて明かした。
彼もまた、私に【人形師】について説明してくれた。
それだけでなく、今ある他の人形についても。
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【人形師】
熟練度1 人形を操れる。
熟練度2 精度が増す。
熟練度3 三人称視点の追加。
熟練度4 さらに精度が増し、パワーとスピードが増す。
熟練度5 俯瞰視点の追加。
熟練度6 さらに精度が増し、さらにパワーとスピードが増す。
熟練度7 並列思考が強化され、2体の人形を操れる。
熟練度8 以下不明。
人形
Axel 黒衣の騎士。パワー・スピードのバランスタイプ。
Blaze パワータイプ。体内に別の人形を格納できる。
Frost スピードタイプ。小型で速度重視だが、耐久力が劣る。
Shadow 潜入型。超小型だが戦闘能力は皆無。
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これほどの情報を、私なんかのジョブの秘密を明かしたところで釣り合いが取れない。
でも、彼はそうしたいと申し出てくれた。
それにしても、【人形師】の能力をひた隠しにしたのも頷ける。
このジョブは、扱える人形の数だけ戦力になる。
それも、黒衣の騎士と同等の力を持つ人形を。
当然、魔力が尽きればそこまでだけど。
でも、彼はこのジョブを悪用するどころか、人のために使用している。
黒衣の騎士が現れてから、このヴァレンティアでは犯罪数が激減したとの報告もある。
彼に「どうしてそこまで人のために動けるの?」と尋ねてみると、彼は「楽しく生きたい」と答えた。
楽しく生きる。
彼の言う「楽しく生きる」は、自分だけが楽しければ良いという訳ではない。
彼は、皆が楽しく生きて欲しいと、それがゲームで得た教訓だと言った。
ゲームと違い、人生にコンティニューは無い。
だからこそ、人生は楽しく生きなければならない。
彼と別れた後、馬車に乗り込んだ私を見た護衛のエストリアは、私の表情を見てこう言った。
「……お嬢様、何か嬉しい事でもあったのでしょうか?」
……そんなに嬉しそうな顔をしていたの?
「……秘密よ。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数日後、城内は騒然としていた。
それは、セルス山にてドラゴンと魔人が現れたという。
今回はそれだけじゃない。
なんと、それを黒衣の騎士が倒したという。
当初はセルス山に住み着いていたドラゴンの調査と討伐を依頼された黒衣の騎士だったが、そこへ別のドラゴンが魔人を乗せて現れ、黒衣の騎士が討伐したのだという。
……全く、どうしてそんな無茶を……
確かに、ハルなら倒せる実力を持っているかもしれない。
でも、もしも失敗したらどうするつもりなの。
私はハルを呼び出して問いただした。
………でも、これは私の建前。
私は、力になりたい。
強いハルにとって、弱い私はただの足でまといかもしれない。
アナタの邪魔になるかもしれない。
それでも、力になりたい。
……どうして……私はこんなにもハルを失うことを恐れているのか…………
理由なら……少しは検討が着く。
………私がアナタとどうなりたいのか。
………こんな気持ち………初めてで…………
…………
……でも……
………でも、私は桜庭愛梨沙であり、ピースでもあり、そしてアリシア・ヴェラ・エルミールでもある。
アナタには……私の重荷を背負わせたくはない………
ハルには約束を守らせておいて、自分は約束を守らないなんて………
………私はとんだ卑怯者ね。




