第36話 魔人再び
セルス山。
エルミリア王国首都のヴァレンティアより南西に位置している標高2000メートル程の山だ。
麓には森が密生しているが、ギルドがいくつか中継地点を作成しては冒険者らも利用している。
そのお陰で森の中は比較的安全な地域になってはいるようだ。
しかし、山の中は未だに危険な魔物も多い。
討伐レベルC級やB級の魔物がそこら中で生息している。
中にはA級対象ともなるヨルムンガンドっていう超デカイ蛇を見た、なんて目撃証言もあるらしい。
ただ、こいつらが危険なのは変わりは無いが、ドラゴンが何故こうも恐れられているかと言うと、1つは飛翔能力だ。
ウェアウルフだろうとヨルムンガンドだろうと、移動は陸からだ。
ドラゴンはその飛翔能力で行動範囲が非常に広く、そのせいで人里に損害が出てしまう。
オマケに例のブレスだ。
俺はギルドマスターのグレンさんからの依頼により、現在このドラゴンの討伐のためにセルス山の麓までやって来た。
馬車だと5日は掛かる距離だったので、徒歩で2日かけて辿り着いたわけだが。
途中にギルド職員により止められたものの、通行証を提示するとすぐさま通してくれた。
情報によると、どうやらドラゴンの話は本当らしく、白色のドラゴンがついこの間にこのセルス山に降りたのを見たという。
麓から山を見上げてみたものの、ドラゴンらしい影は見えない。
俺は早速山道から山を登頂する。
山道というのは日本での山登りのように綺麗に均されているわけではない。
馬車の轍通りに地面が軽く凹み、地肌が露出している。
が、それ以外は草が伸び放題だ。
しばらくもすれば山の中継地点として小屋が設営されていためのの、中は無人だ。
皆ドラゴンが来て避難したんだろうか。
そこから先は山道は険しくなり、轍も無い。
人によって踏み固められただけの道だ。
途中に何度か戦闘はあった。
フォレストベアーやウェアウルフといったB級の魔物だ。
トーヤの打った刀の切れ味は凄まじく、魔物の硬い筋肉でもスっと刃が入っていった。
Axelでは食事も不要であるため、殺した魔物の肉を食べる必要がない。
なもんで、倒した魔物はそのまま火葬した。
勿体ないけど、このまま放置していれば他の魔物を呼び寄せてしまうため、致し方ない。
動物愛護が叫ばれる世界だと顰蹙を買うだろうけど、そもそも勝てると踏んで俺を襲ってきたほうが悪い。
山の中はすっかり夜だ。
昼間は学校に通いながらであるため、活動は必然的に放課後となってしまっている。
夏も終わり、日が沈むのも早くなったもんだ。
念の為にリンク中はアキとトーヤが部屋に来てくれている。
が、こいつらは俺の苦労もいざ知らず、俺の部屋でダラダラとくっちゃべってる。
……まぁ、俺本体が安全かどうか見守ってくれてるのはありがたいんだけどさ。
中腹を超えると木々も次第に少なくなり、視界が開けてはきたものの、夜の闇の前にはそれも意味を為さない。
一番気をつけたいのは足を踏み外して崖から転落することだ。
不意打ちも気をつけないといけないが、そちらはまだ魔物の気配や物音である程度は気付ける。
だが、一部の足場が崩れていることなんて物音も無ければ気配も無い。
転落したとてAxelなら耐えられるかもしれないが、転落した先が運悪く岩なんかがあったりすれば、いくら頑丈なAxelでも動作不良の原因に繋がる。
松明にて足場を照らしながら進むものの、なかなか思うようには進まない。
そうこうしているうちに時刻が夜の11時になったところで、アキが俺本体の肩をポンと叩く。
その日の探索を終える合図だ。
俺は近くでAxelの身を隠し、リンクを切ってその日の探索を終えた。
そうして次の日も同じように探索する。
夜のうちは暗闇で見えなかったものの、まだ明るい時間帯こそガンガン進ませないと。
改めて山を見ると、すでに7〜8合目くらいには到達している。
耳を澄ませてみたものの、ドラゴンらしき鳴き声は聞こえず、聞いたことのある魔物の鳴き声がする程度だ。
そうして探索していくも、ドラゴンの姿などどこにも確認できなかった。
もしかするとすでにどこかへ飛んでった?
そんな疑問が生じるも、まだ山のほんの一部しか探索していない。
そうして俺は次の日も、そのまた次の日もどこにいるのか分からないドラゴンを探索し続けていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
セルス山でドラゴンを探し始めて4日目。
俺はようやくドラゴンの住処らしき場所を見つけられた。
というのも、山の中に一部開けた場所があり、そこにはなにやら白く大きい物が動いたのを確認した。
夕暮れ時の薄暗い中、気配を殺しながらゆっくりと近付いて目を凝らすと、大きなドラゴンが丸くなって眠っていた。
時折なにかの物音や鳴き声に反応しては目を開けて首を擡げ、辺りを見回している。
間違いない。
あれが例のドラゴンだ。
白色のドラゴンがそこにいた。
しかしながら、どうしてここまでこのドラゴンを見つけられなかったのか。
俺はもっとこう…なんと言うか……山の上空でドラゴンが飛び回ってる。そんなイメージを持っていた。
でも実際は丸くなって寝ているだけだ。
こんなのでも、暴れると非常に危険な存在なんだよな……
でも、こうして見るとこのドラゴンも普通のデカイトカゲとなんら変わりは無いんだよな。
そう思うと、わざわざ虎の尾を踏みにいく理由が果たしてあるのだろうか?
……いやいや……何を迷ってる。
もしもこいつが人里へ下りたら、それこそ甚大な被害が出てしまう。
そんなのを分かってて野放しにするのは、『今は危険が無いんだからわざわざ殺すのは可哀想』っていう無責任な発言をする輩と同じだ。
………でも………そう言う人の心理も分からなくもない。
危険があるから排除する、っていうのは、如何にも排他的な主張だ。
他の魔物みたく、いっそのこと襲いに来てくれでもすれば、『返り討ち』という大義名分を得られるわけだが。
俺が悩んでいたその時だった。
白いドラゴンが突然首を擡げたかと思うと、その後大声で唸り始めた。
グォォオオオ!!という地響きのような唸り声と共に、周囲の木で羽を休めていた鳥たちが一斉に逃げ惑う。
まさか見つかったのか?
そう思いドラゴンを改めて凝視するも、ドラゴンは俺とは違う方向を睨んでいる。
俺もドラゴンの睨む先に目をやると、上空から別のドラゴンが飛翔して来ているのが目に映る。
おいおいおいおい!!
なんだよこれ!!?
……仲間か!!?
…………いや…………そうじゃないっぽい……?
飛翔してきたドラゴンは白いドラゴンの前で着地したが、白いドラゴンは威嚇しているように思える。
ただ、さらに俺が驚いたのは、飛翔してきたドラゴンの背中には人が乗っていたことだ。
……まさか……魔人か……!?
俺は気配を殺しながらも2頭のドラゴンの近くまで移動して身をかがめ、さらにジョブを発動してShadowへとリンクし、近くへと行って様子を伺う。
ドラゴンの背に乗っていたのは、アスタロトと同様に長い耳に頭から角が生えていた魔人だった。
「●●●●●●●●●●●」
魔人は分からない言葉を話す。
アスタロトもそう言えば意味不明な言葉を話していた。
おそらく魔人語か。
くそっ!こういう時にエルフ語よりも魔人語を勉強しとくんだった……!!
その後も魔人はドラゴンに向けて色々と話しかけていたが、白ドラゴンは牙を剥き出しにしている。
何やら交渉しているのか。
しかし、どうやらこの白ドラゴンは魔人の交渉には応じる様子もない。
魔人は背中に背負っていた武器を取り出すと、ニヤリと嫌な笑みを浮かべ、あろうことか白ドラゴンに向けて攻撃した。
白ドラゴンも応戦しようとしているものの、なぜかブレスを吐かない。
それどころか、闘技場に現れたドラゴンのような獰猛さを感じない。
……いや……これは違う……?
……白ドラゴンは……何かを守っている………?
防戦一方となる白ドラゴンの体表には魔人の攻撃によりいくつもの傷が付けられる。
何が起こっている?
ドラゴンと魔人は仲良しなんじゃないのか……?
白ドラゴンは身体のあちこちから血が吹き出し、徐々に弱々しくなってゆく。
……ええい!!
もう知らん!!!!
何より、これ以上見てられん!!!!
俺はAxelで一気に駆け寄り、トドメとばかりに白ドラゴンの首を切ろうとした斬撃を刀で受け止めた。
「……●●●●●!?」
生憎魔人語は分からんもんでね。
ただ、お前らがどうして殺し合い……というか、一方的に殺そうとしているのを見ていられない。
それに、この白ドラゴンは明らかに何かを守っている。
こういう時、大体は子どもだ。
だからこそ、こんな一方的な殺戮は見てられなかった。
「……貴様……人間だな。なぜ邪魔をする。」
ほう。
どうやら人語を話せる魔人、と。
でもすまん。俺今話せない。
「そのドラゴンを庇おうというのか?貴様には何の関係も無いだろう。」
俺は話せない代わりに魔人に向けて構え続けた。
「………フン………下等な人間め………貴様も死ね!!」
魔人は今度は俺に向けて剣戟を浴びせにかかる。
俺はその魔人の攻撃をスイスイと躱す。
軽い!!
Axelの軽量化がここまで戦闘に影響するとは驚いた。
俺は魔人の攻撃を紙一重で躱しながら刀でカウンターを見舞う。
その刀は魔人の腹を的確に捉え、そのまま両断しようとした時だった。
何かが俺の視界を遮ったかと思いきや、俺はそのまま大地へと叩きつけられた。
どうやら、魔人が乗ってきたほうのドラゴンが尻尾で俺を叩きつけたようだ。
「……下等な人間め……雑魚のく、せ………!?」
魔人は自分の腹から流れる血に今更気付いたようだ。
俺が尻尾で叩きつけられた際、刀の刃が少しだけ魔人に触れていた。
あまりの刀の鋭さに、刀が掠めていたことにようやく気付いたようだ。
俺は自分にのしかかっている尻尾を力任せに押しのけ、今度はこの厄介なドラゴンの方を相手取る。
「●●●●●!!!!」
魔人が何かを叫ぶと、ドラゴンは俺にブレスを吐いた。
寸前でそれに気付いた俺はブレスを横へ躱した。
ドラゴンのブレスにより草木が凍りついている。
どうやら氷属性ってわけね。
その後もドラゴンは俺を追いかけてはブレスを吐きかける。
さすがに凍っちゃうと動きを封じられてしまう。
俺はドラゴンのブレスを躱しながら上空へと跳躍し、背中に背負っていた槍を握りしめて狙いを定める。
狙うは心臓!!
力任せに槍を投げたが、ドラゴンは寸前でそれに気づいて身を翻す。
しかし、俺の投げた槍はドラゴンの尻尾を貫通し、そのまま大地へと串刺しにした。
ドラゴンは痛みで呻き回るが、俺の攻撃はまだ終わらない。
そのまま刀でドラゴンへと斬りかかる。
しかし、魔人が横から俺を蹴飛ばし、ドラゴンへの攻撃は中断された。
ま、タダで蹴りを貰ったわけじゃあ無いけどな。
「……ガハッ……!!……人間……貴様ァ…!!」
魔人が俺に蹴りを入れる刹那、俺は右手で手刀を叩き込んでいた。
結果的に、魔人はその手刀により脇腹を砕かれ、血反吐を吐いていた。
「……●●●●●!!●●●●●!!」
魔人はそう言うとドラゴンの尻尾を串刺しにしていた槍を引き抜き、俺へと投げつける。
そしてそのままドラゴンの背に乗って飛翔する。
逃がすか!!
俺は投げられた槍を掴み、今度は大地を踏みしめて逃げてゆくドラゴンへと狙いを定める。
そして俺は渾身の力を込めて槍を逃げてゆくドラゴンへと投擲した。
俺の手元を離れた槍は目にも止まらない速度で一直線にドラゴンへと飛んでゆき、そのままドラゴンの胸を貫通した。
「……なっ……!?」
落ちてゆくドラゴンに狙いを定め、今度は大地を蹴って跳躍する。
そして、落ちゆくドラゴンと魔人を居合切りにて両断した。
「……か……下等な………にんげ……ん………が…………!!」
両断された魔人は怒りの表情で俺を睨んだが、その目はやがて恐怖に染まり、次第にその光が消えていった。




