第33話 Bongcloud
先の訓練の事もあってか、魔力の流れを感じ取る方法について俺はクラスメイトから相談を受けることが多くなった。
おそらく一番の近道はジョブをめちゃくちゃ使いまくることなんだろう。
ただ、なかなかそうもいかない。
皆の訓練に付き合わされるようになってから、俺は皆よりも魔力量が遥かに多いんだと自覚した。
皆のジョブの発動時間はせいぜい30分が限界だった。
でも俺は丸1日ジョブを発動させていても問題ない。
特に、今回の出力調整を行うことで丸1日どころか、戦闘しなければ1週間は発動しっ放しでも大丈夫だ。
……まだ試したことは無いけど。
ちなみに、アキとトーヤは2時間はいける。
まあ、俺が無茶な注文をしてジョブを使いまくってくれたお陰だ。
ただ、予想外にも魔力総量が多かった人間が1人いた。
皆が俺にコツを聞いてくる中、アーサーだけは頑として俺を頼ろうとはしなかった。
まあ、アイツのプライドが許さないよな。
というか、アイツは出力調整の訓練はあまりやる気が無いようだ。
偏見だけど、『力こそパワー』って考え方なのかもしれないな。
「……うーーん………全然分かんないよ……耳を澄ますってこと?」
「そうじゃなくって……えーっと……身体の中に流れる血の巡りを感じ取る感じっていうか……」
「……えぇ……みんな……そ、そんなの分かる?」
「……いやぁ……」
「……んーー、感じ取れっていわれても……」
苦戦しているようだ。
「ねえねえ、ハル君は1週間に何回ジョブを発動させてるの?」
「……うーーん……まあ、1週間でなら……7回くらいかなぁ……」
「えーー。7回とかめちゃくちゃ少ないじゃん。それなのにもう出力調整できるってさぁ……」
マディことマデリンによると、彼女は1日に3回はジョブを発動させているらしい。
俺は嘘は言ってない。
だって毎日ジョブ発動させてるし。
……稼働時間が長いけど。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして訓練から1週間。
俺の他にもう1人の生徒が魔力の流れを感じ取る事に成功した者が現れた。
「なるほど!ミスターアルフィード!これが魔力か!!ようやく私にも分かり始めたようだ!」
そう、サイラスだ。
サイラスは音楽部に所属し、自室に戻ってからでもジョブを発動しては音楽を演奏していたらしい。
この前に魔力総量が予想外に多い人間がいたってのはサイラスのことだ。
サイラスのジョブの連続稼働時間は5時間が限界だとか。
『一流の【音楽奏者】ならコンサートくらい笑顔で乗り切れるようでなければね!』と眩しい笑顔だったけど。
皆はサイラスに先を越された事に悔しそうにしてるけど、俺はサイラスを認めてる。
サイラスは戦闘職でもないのにファングラビットと立ち向かったし、自信満々だがその分人一倍努力家だ。
そして、その次に魔力の流れを感じ取ったのは意外なことにリリーことリリアンだ。
リリーは毎日カフェで間借りしては占いをしてる。
このクラスの中で、ジョブの発動回数で言えば彼女がぶっちぎりだろう。
リリーに続いてようやくトーヤだ。
まあ、アキや俺の無茶ぶりにジョブを発動させてたからな。
そこから少し遅れてアキも魔力の流れを感じ取れた。
クラスの中で徐々に魔力を感じ取る者が現れたものの、アーサーだけは相変わらずその訓練は行っている様子は無かった。
「……ハル、今日の放課後、少し空いてる?」
「ふぇっ!!?」
この透き通る美声は!!
「……ア、アリシア……ど、どうしたの?」
「……私にも、コツを教えてもらいたくて。」
「……え……お、俺に……?」
「えぇ。ダメかしら?」
ダメなんてことありません。
むしろ、喜んで!!
「ぜ、全然OK!!」
「じゃあ宜しくね。」
……はぁ………
彼女はいつも美しい。
いや、神々しい。
……って、それよりも。
なぜ俺に?
アリシアならリリーとかのほうが聞きやすいような気もする。
実際、クラスの女子は今では俺じゃなくてリリーに聞いてるし。
……ま、まあ、女神様からご指名なんだからいっか!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
授業が終わり、俺はアリシアにより別室に案内された。
部屋の前には屈強な衛兵がすでに待機しており、アリシアは「じゃあ宜しくね。」と衛兵に言葉を掛け、衛兵は黙って敬礼した。
『宜しく』というのは、おそらくはアリシアのジョブは機密だから、誰にも入室させないようにってことかな?
けど、じゃあ俺は【軍師】について教えてもらうってこと?
いやいや、そんな訳ないか。
「ここでいいかしら。」
「……あ……うん……」
俺とアリシアは机を挟んで対面する形で椅子に座った。
アリシアはそのまま俺の顔をじっと見つめている。
………えっと…………
あ、そっか!
「ま、魔力の流れを感じ取るコツだったよな!あ、あれはえーっと……」
「その前に、少しいいかしら?」
「ふぇっ!?」
彼女はそう言うとカバンから何やら取り出し、机の上へとそっと置いた。
置かれたのはチェスの駒とボードだった。
「……一局、いい?」
「……え……は…はぁ……まあ、うん。」
彼女はそのしなやかな指で駒を掴んで配置する。
俺もそれに倣うように駒を配置させてゆく。
そうして全ての駒の配置を終え、対局が始まった。
俺、ポーンe4。
アリシア、ポーンe5。
俺、ナイトf3。
前回とは違ったオープニングか……と思っていたところにアリシアが放ったのはとんでもない手だった。
アリシア、キングe7。
チェスでは、序盤からキングを動かすようなタクティクスは存在しない。
なぜなら、キャスリングと呼ばれるキングを安全にするための権利を放棄するからだ。
それだけじゃない。
キングを序盤から動かすのは、それだけ手損する。
チェスは将棋とは違い、一局当たりの手数も短い。
それだけ短期で決着が付きやすいということだ。
つまりは、無駄な一手は自分を苦しめることに他ならない。
ただ、これは見た事がある。
俺は動揺したものの、対局を続ける。
俺、ナイトe5。
アリシア、キングe6。
アリシアは俺のナイトによりポーンを失っても、尚もキングを無駄に動かした。
………間違いない。
………この手は………
………この手は、鮮明に覚えている。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ボンクラ……え?」
『ボンクラウドです。序盤からキングを動かすジョークです。』
「……なんでそんな手を……」
『チェスでは駒落ちがありません。なので、こうやってキングを動かしてわざと手損するのです。』
「うわーー!!ピースさんに舐めプされたぁぁぁぁあああ!!!!」
『舐めプではありませんよ。公平性を保つためです。』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
俺の脳裏にその時の光景が蘇る。
「………………」
「………………」
俺もアリシアも、その後もただ口を閉ざしてチェスを打つ。
そんなまさか。
いやでも、そうとしか思えない。
俺は震える手を抑えながらも駒を動かした。
・
・・
・・・
「……チェックメイト。」
そうして対局は終了した。
結果は俺の負け。
……いや、まあ、いい勝負はしたと思うんだよ?
……ただ、動揺したせいかブランダーが多かった。
「………参りました。」
「対局、ありがとう。」
「……こちらこそ………ピースさん。」
俺がそう言って彼女を見つめた。
アリシアは優しい笑みを浮かべていた。
「………やっぱり………アナタがカタパルトさん……!」
俺の頭の中はぐちゃぐちゃだ。
前世でオンライン上でのフレンドとして仲良くしていたピースさん。
たくさん遊んで、たくさん相談した相手。
でも、そんなピースさんが俺の憧れの人だった。
俺はこの世界で転生した当初は、もうピースさんにも会えないのかと落胆した。
でも違う。
違ったんだ。
ピースさんがアリシアだったんだ。
「………どうして俺がカタパルトだと……?」
「……黒衣の騎士………彼の戦い方は、カタパルトさんだと。カウンターを誘発させてのカウンター。昔に得意技だって、そう言ってた……」
「………そ……そういや……言ったかな……ハハ……あれでバレるだなんて………」
「……それだけじゃない。カタパルトさんはとても優しい人。困ってる私なんかを助けてくれた。黒衣の騎士が見返りも要求せず人を助けるその姿は、紛れもなくカタパルトさんだと……!」
「……そっか……そりゃあピースさんにはバレますよね。」
「………ごめんなさい。試すようなことをして。でも、どうしても確証が欲しかった……」
「い、いや!別に謝らなくても!」
「………ハルは………私がピースだと知って失望したかしら……?」
「え!?そ、そんなこと無いよ!?むしろ、俺としては……嬉しいというかなんというか……」
「……ありがとう……」
そう言う彼女の顔は相変わらず優しい笑顔だ。
……待てよ。
ピースさんがアリシアさんだってことはさ……
……おいおい………
俺、ピースさんに色々喋っちゃってるって!!
プロゲーマーの推薦が無くなったこととか!上司の愚痴とか!
憧れの人に会いたいとか!!
「でも、これでようやくスッキリしたわ。」
「……スッキリ……?」
「えぇ。前々からアナタには妙な違和感を覚えていたから。」
「えっ!?」
「最初に黒衣の騎士が私たちの前に現れた時、アナタと友達2人はその場には居なかった。その後のウェアウルフの襲撃に遭ったと報告があった時も、あなた達は妙に落ち着いていたし。」
……マジか。
俺って、そんな分かりやすかったのか……
「………アハハ………」
「安心して。皆には言わないでおく。どうやらその力を隠したいみたいだし。」
「……そうしてもらえると助かるなぁ……」
「ただし、私だけが秘密を握るのは不公平ね。」
そう言ってアリシアはカバンから1枚の紙を取り出した。
「この紙には、私の【軍師】の熟練度と、今現在何が出来るのかを書いてあるわ。この前の夏休みに調べた時にね。」
「……あぁ……そういえばあの時確かに……って、えっ!?いやいや!そんなの俺に教える必要なんて……」
「……こんなことで公平性が保たれる訳では無いと思うけど。」
……だよなぁ。
それなら……
「なら俺も渡すから!今の熟練度と、今何が出来るかを。っていっても、熟練度2以降のスキルは俺の手探りで分かったことだけど……」
「……ち、ちょっと待って!!それじゃあ公平性が……!!」
「……ま、まだ足りないよな!!なら、今作ってある人形で……Axelの他にもう3体いて……」
「だからちょっと待ってって!!そうじゃないわ!!アナタは手の内を晒しすぎよ!!」
「……え?」
アリシアはその後公平性について説明……いや、お説教された。
……だってさ?
【軍師】は国家機密なんだろ?
それを知るってことは、よっぽどの情報を渡さないといけないかなぁってさ?
そう思ったってのに。
「……まぁいいわ。こうなったら、私も出来る限り話すわ。」
「……ってか……そんな国家機密レベルを俺に話しても大丈夫なの……?」
「構わない。アナタはこの国に仇なす存在では無いと、私は断言出来る。」
……そこまで信じてもらえるなんて………
………でも、これは多分、俺がクラスメイトだからって訳じゃ無いと思う。
もちろん、俺だってこの国に危害を加えるつもりなんてさらさら無い。
人を信じるっていうのはとても難しい。
人から信用を勝ち取るためには本来長い期間を要する。
しかし、それはただクラスが同じだったから勝ち取れるというものではない。
その人が信用に足る人物かどうか、まずは疑わないといけない。
……と、偉そうな事を吐かしているけど、これはとある漫画の受け売りだ。
でも、本当にそうなんだと思う。
特に、アリシアはこの国の王女という存在でありながら、ジョブは国家機密。
そんな人が俺を信用してくれる。
当然俺は女神様の忠実なる下僕。
女神様がカラスは白いと言えば、紛れもなく白だと答えましょう。
「……分かった。俺もアリシアのジョブについては誰にも漏らさないと誓うよ。」
そうして俺たちは互いのジョブの熟練度とスキルについて交換した。
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【軍師】
熟練度1 多角的思考能力上昇。自身へ『俊敏』『剛力』の上昇効果を付与。〇
熟練度2 対象に『俊敏』『剛力』の上昇効果を付与。〇
熟練度3 対象に『衰弱』の下降効果を付与。〇
熟練度4 『緊急招集』スキル。任意の対象を即座に自身の周囲へと呼び出せる。〇
熟練度5 『転送』スキル。対象を任意の地点へと即座に送り込む。〇
熟練度6 自身や他者に『隠密』の上昇効果を付与。✕
熟練度7 対象に『毒』『混乱』の下降効果を付与。✕
熟練度8 以降不明。✕
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それぞれの項目の最後に〇と書かれているのは現在アリシアが会得しているスキルのようだ。
………にしても、【軍師】パネェ。
反則級に強いじゃんこれ。
【軍師】のいるいないで戦局が大きく変わってしまうレベルだ……
…………あれ…………?
ちょっと待てよ?
「……この『俊敏』と『剛力』って……確か……」
「そうよ。アスタロトとドラゴンが襲撃してきた時、ローガン氏と黒衣の騎士に行った上昇効果よ。」
覚えてる。
……そっか。あれ、アリシアが支援してくれたお陰か。
……それにしても、だ。
「……熟練度5って、かなり高い……アーサーよりも。」
「……それ、嫌味かしら?」
「……んえっ!!?そ、そんなつもりなんて!!」
「私から言わせてもらえば、すでに熟練度が7もあるアナタのほうが凄いわよ。」
「ちち、ちがう!!そうじゃなくって……その……」
「………冗談よ。……それにしても………」
アリシアは俺から手渡した熟練度のメモ書きについて改めて見つめた。
「……ハルのジョブ……凄いわね。2体の人形を操れるだなんて……」
「……気付いたのは最近だけどね……お陰で父さんの家業を手伝ったりと助かってるよ。」
「……それを聞いて、益々ハルを信用して良かったわ。」
「………え?」
「本来なら、この人形で数的優位に戦闘をこなす事だって出来るもの。」
「…ま、まぁ、そういう使い方も一応考えてはいるけども……」
「それよりも家族を優先したのでしょう?」
「……そ……そう言われると……まぁ……」
「立派よ。ハルはジョブを人のために使う。家族のために使う。強者に立ち向かうのも大切だけど、アナタは弱者に手を差し伸べる。」
「……そ、そんな褒められたって何も出来ないけどさ……」
「……どうしてそこまで人のために……?」
どうして、か……
ヒーローに憧れてた、なんて訳じゃない。
ゲームの世界は罵詈雑言が当たり前のように飛び交う。
それが対戦ゲームであろうと、協力するゲームであろうと。
そんな世界に、少しだけ辟易していた。
ゲームは楽しくやる。楽しく無ければゲームじゃない。
これが俺のモットーだ。
だからだろう。
ゲームで躓いて楽しくなさそうな人にも、俺は楽しんで欲しいと思う。
……あぁ、そうか。
なんとなく気付いた。
「……上手く言えないけど……俺は多分、楽しく生きたいんだと思う。」
「……楽しく……?」
「うん。ただ、それは俺だけが楽しいんじゃない。友達とか、みんなが楽しんでくれる。その上で、俺も楽しく生きたい。誰かが損な役回りしてたら、俺は多分楽しめない。それがゲームで得た教訓なのかも。」
「……なるほど………確かに、私もハルと一緒にゲームが出来て救われたし、楽しかった。」
「……そう言ってもらえて良かったよ。まあ、ピースさん……いや、アリシアにはいつもチェスでボコボコにされてたけど。」
「フフッ。懐かしいわね。」
その時、突然扉がノックされ、外から護衛が「お嬢様、そろそろお時間かと……」と聞こえた。
思い出話に夢中になってか、時間を忘れてしまっていたようだ。
「……あ!!ってか、魔力の流れを感じ取るコツについてまだ何も教えてない!!」
「それなら大丈夫。というより、それは建前だったから。」
「……あ……そなの?」
「ハル、ありがとう。あなたがカタパルトさんで本当に良かった。」
「……ハハ……ま、また何か困ったらいつでも相談に乗るよ!」
「えぇ。それじゃあ、また明日。」
「ま、また!」
女神様は微笑みながら去っていった。
俺はなんて幸運なんだろう。
死んでしまったものの、こうしてまた憧れの女神様にお会いできた。
しかも、その女神様はネットで仲良くピースさんと同一人物だった。
そんな女神様が、俺のことを信用してくれた。
こんな幸運、宝くじで1等が当たる確率よりも低いだろう。
その後、俺も寮へと帰宅したが、多分終始ニヤけたまんまだっただろうな。
だって子供が俺のこと指さして「あの人ニヤニヤしてて気持ち悪い」って言われたからな。
そういう文言には必ず母親の「シッ!見ちゃダメ!」がセットだ。
ただ今の俺には効かん!!
だって、あの女神様とこんなにもお近付きになれたんだからな!!




