第25話 森の中での一局
俺たちはリックス班から遠ざかるために移動する。
正直言うとせっかくの拠点を動かさざるを得なくなってしまって負けた感じがする。
が、これ以上のいざこざは御免だ。
早々にテントを片付け、俺たちは再度森の中を彷徨う。
と言っても、なるべく川沿いに上流を目指しているだけだ。
演習が始まって3日目ともなるとみんなは森の中での活動も慣れてきたようだ。
歩いて1時間もすれば再度拠点におあつらえ向きな場所が現れ、俺たちは早速そこでテントを張った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それからは大したことも無く時間が過ぎた。
念の為に罠は仕掛けてはいるものの、それに掛かるのはファングラビットとかジャイアントラットっていうデカイネズミの魔物だった。
ネズミを食べるのに女子は少し嫌そうな表情をしていたな。
一応ヘビも捕まえたけど、これも女子は嫌がってた。
まあ、日本で生まれ育っているとそういう類の料理って抵抗あるよな。
サイラスだけは逞しいのか、あまり気にせずに食べていたけど。
てっきり森の中だもんでフォレストベアーくらいは出てくるかと思っていたものの、そんな気配すら感じなかった。
多分、ここは俺がいた田舎よりも都会に近いため、そういう危険な魔物は冒険者らに討伐されて田舎のほうへと追いやられたんだろう。
前の校外学習の時のウェアウルフは例外的だったんだな。
そんなこんなで4日が経ち、5日が経ち……そして6日目となった。
アルバートさんから聞いていた闇ギルドの件も気にはなっていたものの、特にそんな気配すらない。
それに、リックス班が再度襲撃を仕掛けてくる様子も無い。
このまま合同演習が無事に終わってくれればなぁ。
「ねえ、チェスは知ってる?」
「ぶふぇっ!!?」
相変わらず女神様はいきなり背後から話しかけてくる。
それ、心臓に二つの意味で負荷がかかるんです。
女神様の声にときめくのと、単にビックリするのとでさ。
……ってか、チェス?
「……ま、まぁ……出来なくは無いですけど……?」
「良かったら一局どう?」
どうやらアリシアさんはチェスボードと駒を周囲の木を削って作っていたようだ。
見てくれに関してはそこまで悪くはない。
というより、女神様直々にお作りになられたこのチェスボードと駒はそれこそ国宝級だ!
「…じ、じゃあ……お手合わせお願いします。」
……チェスなんて久しぶりだな。
前世ではピースさんに誘われてからハマって打ちまくったっけ。
毎回ボッコボコにされるんだけどさ。
……あ、でも最後に打った時は結構惜しかったんだよな。
俺は頭の中でルールを再確認しながら駒を動かす。
俺は白番だ。
白・ポーンe4。
黒・ポーンc5。
なるほど。確かこれ、シシリアンディフェンスとかいうやつか。
確か色々研究した覚えがあるんだけど………だめだ、思い出せん。
………まぁ、アリシアさんが引っかかるかどうかは分かんないけど、一応仕掛けてみますか。
白・ビショップc4
黒・ポーンd6
白・クイーンf3
黒・ポーンe6
………ふむ………
やはり駄目か。
俺のこの手はスカラーズメイトと呼ばれ、最短でのチェックメイトを狙う手筋だ。
最初にピースさんにやられてわずか4手でチェックメイトされたんだよな。
さすがにアリシアさんには通用しないか。
・
・・
・・・
・・・・
「………ぐぬぬ………」
アリシアさん、バカ強ぇ。
俺もピースさんに鍛えられてからそこそこ強くなってたと思ってたけど、アリシアさんは俺の攻撃の数手先を読み切って全ての攻撃の芽を摘んでくる。
それだけじゃない。
俺が攻めてると思ってたのに、いつの間にか盤面は俺が攻められてる。
手も足も出ないとはまさにこの事。
「……これ、さすがにハル君の負けじゃない?」
「ふむ。ミスターアルフィードの攻めも中々に面白かったが、さすがにプリンセスアリシアには敵わなかったというわけか。」
外野、うるせぇぞ。
劣勢なのは百も承知だ。
ただ、チェスは一手のミスで盤面が大きく変化するもんだ。
それに、チェスにはステイルメイトと呼ばれる引き分けが存在するんだ。
粘れ。
アリシアさんのミスを………
……………
「……チェックメイトね。」
「………ま……参りました………」
いや〜、さすが女神様。
ミスとか無いよね。女神様には。
うん。完全に負けです。
ボロボロのぼろ負けでございます。
「アリシアさん凄い!なんかルールはよく分からないけど、アリシアさんのがたくさん駒残ってるし!」
「……ふーむ……俺もチェス覚えてみようかな。」
「実に見事な手筋だプリンセスアリシア!こんな森の中で素晴らしい一局!」
……お前ら、負けた俺のこともうちょっと慰めてくれたっていいじゃん?
「……対戦ありがとう。楽しかったわ。」
「………い、いえ……弱くて全然相手にならなかったんですけど……」
「……そんな事は無いわ。安易にスカラーズメイトを狙うのはあまり良くないけど、攻めを続けようという意思は良かったんじゃない?」
「……は、はぁ………」
「あとはもう少し相手の狙いについて考えて打ってみれば今よりもっと良くなると思うわ。」
「……相手の狙い、ねぇ………」
そういやそんなこと、昔ピースさんにも言われたっけ。
駒はただそこに置くだけじゃなく、どこを攻めるか。または、自分のどこが弱点か。
相手の駒が自分の駒のどこに当たってるか。
そこから相手の狙いを予測するといい。
って、確かそんな感じ。
「ではプリンセスアリシア。私ともご一局願おうか?」
「えぇ。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……うーむ……さすがはプリンセスアリシア。全勝か。」
サイラスに続いてロータスとリリアンさんともチェスを打った。
さすがに初心者2人にはハンデとしてナイトとビショップを1枚ずつ落として戦ったものの、それでも圧倒的だった。
「……むむむ……アリシアさん強すぎる………」
「……ハンデもらっても負けた………」
「みんな、対局ありがとう。」
「時にプリンセスアリシア。この中でだと誰が一番手強かったのかな?」
なんだよその質問は。
自分だって言って欲しいのか?
「……そうね………この中でだとハルね。」
「ふぇっ!?お、おお、俺ですか!!?」
「えぇ。攻め続けるための駒の配置、苦しいながらも最善を尽くすための手筋。ブランダーもあったものの、それでもなんとか引き分けに持ち込もうとする気概は良かったわ。」
「ふむ。その点は私も同意見だ。ではミスターアルフィード、次は私と一局手合わせ願えるかな?」
「……お、おぉ。」
女神様に認めて貰えた!!
……ってか女神様、俺の引き分け狙いも見抜いていたのね……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
チェスは面白い。
将棋と違って相手の駒を持ち駒に加えることが出来ない分、後半に行くほど盤面がシンプルになる。
将棋とチェスを比べる人もいるが、俺はどちらかと言うとチェスのほうが性に合う。
将棋が嫌いって訳では無いが、持ち駒がある分対局が長引きやすい。
その後も仲間同士でチェスに興じた。
あ、ちなみにサイラスには勝った。
ギリギリだったけど……
それにしても、アリシアさんがチェスが強いなんて意外だった。
もしかすると貴族の嗜みかな?
それとも、前世の時からやってた、とか?
……そういや俺、アリシアさんのこと、ほとんど何も知らないんだな……
「……それと、前々から言おうと思っていたけど……」
アリシアさんは俺に向かって改まった。
「別に私に敬語なんて使わなくて大丈夫よ。」
「……え……」
「立場は違えども私たちは同い年なんだから。名前も呼び捨てで構わないわ。」
「……いやぁ……なんというか……クセみたいなもんで……」
「敬語だと私が偉ぶってるみたいなの。」
「そうだよハル君!友達なんだから敬語とか無し無し!」
「……と……とも……だち…………」
俺と女神様が友達だと……!?
許されるのか?
そんなことが許されていいのか……!?
「ハルに敬語使わせるんなら、アーサーにこそ使わせるわ。」
「はははっ!プリンセスアリシアは相変わらずミスタードラグルスに手厳しい!」
「サイラス。あなたもそのプリンセスっていうのはよして。私はそんな柄じゃないから。」
「Oh、それは失敬。ではミスアリシアと呼ばせて貰おう。」
「……じ、じゃあ俺も……まだ慣れないけど……アリシア……よ、宜しく……!」
「えぇ。」
………あれ………?
この女神様、いま微笑んでいらっしゃった……?
………美しい…………
…………美しすぎる………!!
尊い!!!!
「そういやあたしも、さん付けなんて要らないから!呼び捨てか、もしくは『リリー』って呼んでね!」
「……わ、分かった。じゃあ、リリー、宜しく!」
前世で女子の名前を呼び捨てたことなんてあっただろうか?
……………
……無いな。
そんな俺が、今世で女子2人の名前を呼び捨てるだなんて。
しかもその内の1人は女神様だ。
この合同演習にて得た物が大きすぎる!!
「……おぉ、情報通りだ……」
「ひゃはっ!見ろ!ホントにあのアリシア姫だ!」
浮かれていた俺は背後から忍び寄っていた男たちに気づくのが遅れ、慌てて立ち上がった時にはすでに3人の男らに囲まれてしまっていた。




