第四話 アイラの望み
リファ「!! ア…、アイちゃん…!起きてたの?!」
アイラ「俺にとっては それだけ、か…」
午後の風が、カーテンをまた明るく揺らした。
リファ「あ…」
リファは言葉に詰まった。
アイラ「ごめん…。盗み聞きするつもりは無かったんだけど…」
リファ「ううん。い…、いつから?」
アイラ「リファが抱き抱えてくれた辺りから、耳だけ聞こえてた。起きたかったんだけど、金縛りみたいになって…」
リファ「そう…。あの…、ごめんね、アイちゃん。兄さまが言ったこと…、アイちゃんを傷付けてしまったわね…」
アイラ「ううん、いいの。何かもう、はっきりしたっていうか…。リワンが私に優しかったのは、大事な駒だからだった、って」
リファ「アイちゃん…。あの…、兄もそんなつもりで言ったんじゃないと思うの。兄ってほら、理性が強すぎて 自分の感情を自分でも分かってない所があるっていうか…」
アイラ「きっと…、言った通りだよ」
リファは困ったように黙り込んだ。
アイラは力無く天井を見つめた。
アイラ(あぁ…、横になっているのにフワフワする…)
アイラが目眩で揺れる視界でリファの顔をチラと見ると、リファは自分の身内が友人を傷付けてしまった事を申し訳なさそうにしていた。アイラは少し笑って言った。
アイラ「ふっ。リファのせいじゃないから。あんたのお兄ちゃんったら、優しいからさぁ…。〈少しだけ頬を膨らませて〉紛らわしいのよね」
リファ「〈うつむいたまま〉ん…。ごめんね、アイちゃん…」
アイラ「そうじゃなくて…。〈努めて明るく〉あぁリファ、私、あんたが羨ましい」
リファ「〈顔を上げて〉? どうして?」
アイラ「〈リファに優しい目を向けて〉だって、こうして毎日リワンと一緒に居られて」
リファ「〈目をぱちくりさせて〉アイちゃんだって、毎日一緒に居るじゃない」
アイラ「そうじゃなくて…。同じ家に住めて、っていうか…」
リファ「〈再び目をぱちくりさせ〉兄さまは、ここには寝に帰って来るだけよ?」
アイラ「んー、何て言うの? あぁそう、リファはリワンにとって、かけがえのない家族でしょ? 私は…、仕事で付き合ってもらってるだけで、リワンが私付きの護衛でなくなったら、もう会わなくなる訳でしょう?」
リファ「〈首を傾げて〉そうかしら?」
アイラ「きっとそうよ。仕事じゃなくなったら、わざわざ会いに来てなんかくれないわ」
リファ「…兄さまがアイちゃんの護衛じゃなくなるなんて、無いんじゃないの? だって、兄さまが護衛になったのって、小さい頃 アイちゃんが口説き落としたからなんでしょ?」
アイラ「口説き落としたって言うか…、見かねてなってくれたって言うか…」
リファ「〈首を傾げて〉兄さまにとってアイちゃんは、特別な人だと思うけどな…」
アイラ「でもさっきは、政治の駒でしかない、って言ってたわ」
リファ「それは…、だから、兄さまは理性で考えようとする人だから、そう割り切ろうとしているんであって…。心は別の所にあると思うんだけど…」
アイラ「〈ぼんやり〉そう…かな…」
リファ「〈微笑んで〉そうよ」
二人は、ぼんやりと白いカーテンが揺れるのを見た。
アイラは窓を見る美しいリファの横顔を見て、訊いた。
アイラ「リファ、あんたは?」
リファ「え?」
アイラ「あんたは、エイジャの事、好きなのよね?」
途端に赤くなったリファを見てアイラは驚き、弱々しく尋ねた。
アイラ「リファ、あんた、あんなののどこが良いの?」
リファは恋する乙女の顔になって言った。
リファ「アイちゃん! わ、私こそあなたのことが羨ましくて仕方ないのよ。エイジャとあんなに毎日一緒に居られて、その上、ま、ま、守ってくれるなんて…!」
アイラは耳を疑った。
アイラ「…ねぇリファ、あんたちょっと何か誤解してると思うわよ? あれは本当に、食う寝るやるしか考えてないような男よ?」
リファ「〈頬を染めて俯き〉それは…、否定しないわ…」
アイラ「大人しくて理知的なあんたが、どうしてあんな野蛮なのを好きになるのか、ちょっと理解できないんだけど…」
リファ「どうしてって…、つ…、強そうだし…。顔も好き。身体も逞しくてかっこいい。声も好き。性格もカラッとしてて大好き。全部好き! あぁ! あの強そうな腕で抱きしめられたら…、うぅ…!〈顔を両手で隠して 一人突っ伏す〉」
アイラは顔色の悪い顔で、困惑に満ちてリファを見た。
アイラ「小さい頃から、よく虐められてたのに…。いつからそんな…」
リファ「いつから? わからないわ。気が付いたら、エイジャが傍にいるとドキドキするようになっていたの…」
アイラは、我知らず下手物でも見るような目になっていた。
リファはその眼差しに耐えかねて、やり返した。
リファ「ア、アイちゃんだって、兄のこと、好きじゃない!」
アイラ「〈弱々しく面食らって〉リワンはエイジャと違って、ちゃんとした人だもの」
リファ「ア、アイちゃんは知らないのよ」
アイラ「何をよ?」
リファ「兄は…、兄は、暇さえあれば、か…、解剖ばっかりしているわ。その光景ったらもう、びっくりしちゃうんだから…」
アイラは、初めて聞くリワンの一面を想像して驚き、押し黙った。
リファ「〈目を逸らしてモゴモゴと〉あ…、言っちゃいけなかったかな…?」
アイラ「……。」
リファはチラとアイラの顔を見ると、縮こまって自分も黙った。
リファは、恥ずかしそうにおずおずとアイラの手に自分の手を這わせ、そっと握り締めた。
リファ「アイちゃん、死なないで…」
アイラは一瞬驚いた顔をすると、涙ぐむのを隠すために再び目を伏せた。
リファ「ねぇ、アイちゃん…。時の鍵穴が合う時が来るかもしれないわ」
アイラ「時の鍵穴?」
リファ「そう。遠い西国から遥々(はるばる)嫁いだ母が言ってたんだけどね、時の鍵穴が合えば、一年前には思いもつかなかった所に自分が居る事に、ふと気付く事がある、って」
アイラ「……。」
リファ「時って、幾重にも交錯している中で、一瞬しか鍵穴が現れない事がある。ある時は、どう足掻いても扉は開かないのに、ある時が来たらカチッと鍵が合って、簡単にそこへ行けたりする、って…」
アイラ「へぇ…」
リファ「だから、今はアイちゃんと兄さまは、時の鍵穴が現れていないのかもしれないわ。
でも、生きていたら、ふと気付いたらそれが現れていて、二人が結ばれる日も来るかもしれないじゃない」
アイラ「〈暗い瞳で〉そんなこと…、草馬に嫁いでしまったら、あり得ないわ」
リファ「分からないじゃない、先がどうなるかなんて。死んでしまったらそこでお終いよ」
アイラ「……。」
リファ「ね? だからお願い、こんな事 二度としないって、約束して? 死なないって」
アイラ「でも、嫌なの。〈手の甲を目の上に乗せ、涙を隠そうとして〉あんな国へなんて行きたくない…! このままずっとリワンの傍に居たい…」
リファ「うん…。そうよね…。…分かるわ…〈悲しい顔で思案〉」
リファ「ねぇ、じゃあ、私、協力するから」
アイラ「?」
リファ「草馬にお嫁に行くことは、もうどうにもならないとして、その前に、兄との恋を応援してあげる!」
アイラ「どうやって?」
リファ「アイちゃんは、その…、ど、どこまでで満足なの?」
アイラ「?」
リファ「だ、だからその…、兄に、だ、抱きしめられる、とか、〈赤くなりながら〉く…口付けまで、とか…。ほっぺなのか、〈モゴモゴと〉くく唇なのか、とか…」
アイラは暫く天井を見て無言でいた。そしてボソリと
アイラ「リワンの子を妊娠する所まで」
リファ「……。はっ? …ごめん、何か聞き間違えちゃったみたい」
アイラ「〈弱々しく真顔で〉リワンの子を産みたいの」
リファは口を開けたまま黙った。
アイラ「私、草馬王の子なんて、絶対産みたくない。でも、あっちに行ったらきっとそうなる。だから、リワンの子を妊娠して向こうに行きたいの」
リファ「〈目を白黒させて〉えっ…と? ちょっと、言ってる意味がよく分からないんだけど…」
アイラ「産むなら大好きな人の子が良いの。一生に一度だけでいい、私、大好きな人に愛されてみたい」
リファ「そうよねぇ、わかるわぁ。??? それ…で? 兄の子を妊娠して草馬に行く? …と、アイちゃん殺されちゃうんじゃない?」
アイラ「〈大真面目に〉だから、その子を草馬王の子っていうことにするのよ」
リファは、もはや宇宙人でも見るような脅威の目でアイラを見た。
リファ「…だって…、え? だって、それだと出産の時期がおかしいことにならない?」
アイラ「向こうに着いたら、すぐヤるのよ」
リファは口を開けたまま、再び目を白黒させた。
リファ「え…? だって…、いや だって仮にそうできたとしてもよ? 兄の子だったら、金髪になっちゃうかもしれないじゃない」
アイラ「私に似るかもしれないわ」
リファは椅子からずり落ちそうになった。
リファ「そんっっな訳ないじゃない! 草馬人って全員 黒髪でしょ?! 絶対バレるわよ! アイちゃん、バカも休み休み言ってよ!」
アイラは目眩のために、リファの言葉があまり入って来なかった。