第34話 誕生
この所、母のお腹は ぐんぐん大きくなっていた。
母は、薄暗い部屋に引きこもっていた頃から二、三ヶ月程するとまた動けるようになり、午前中の涼しい時間に、再び中庭でアイラに舞を教えるようになっていた。
カルファ「王妃様、ご無理をなさいませんよう…」
アイラと一緒に 回ったり足を上げたりする王妃を見て、護衛のカルファはハラハラして言った。
アイラは、カルファが今までになく母を気遣っているのを、目をパチパチして見ていた。
アイラ「カルファも、ハラハラするんだね」
アイラは、カルファのそんな様子はこれまで見たことが無かったので、きょとんとして言った。
カルファは青い瞳を見開いた。
カルファ「えっ?!」
アイラ「あ、今度は驚いた。ふふふふ。カルファ、何だか前と違うね。前は居るか居ないか分からない位だったのに」
アイラはカラカラと笑った。
カルファは、アイラの何気ない一言にギョッとした。
確かに、この所 彼は以前よりもずっと王妃の近くに控えるようになっていた。
"居る"と認識し易いのはその為もあった。
が、存在感が増したのは、以前は空気を装っていた彼の心が、愛に生き始めてからは、隠し切れずに漏れ出ている為でもあった。
カルファは今更ながら片手で口元を隠すと、目を伏せた。
王妃「カルファ、大丈夫よ。心配しないで」
カルファ「はい…」
カルファは小さく息をつくと、引き下がった。
アイラはかなり長い間、母のお腹に全く気付かなかった。
母のお腹が膨らんでくると、アイラはしげしげと母のお腹を見つめて言った。
アイラ「……。母さま、お腹に赤ちゃんがいるの?」
王妃「そうよ。あなたにまた、弟か妹ができるのよ」
アイラ「そうなんだ! ゼダがいなくなっちゃったから、アイラ、楽しみだよ!」
アイラは抱っこしているゼダガエルをキュッと抱きしめた。
母は幸せそうにアイラの頭を撫でた。
ノシノシと大きなお腹を抱える頃になっても、母はまだアイラに稽古をつけていた。
カルファ「王妃様、稽古はもうおやめ下さい! 転んだらどうされるのですか!」
王妃「大丈夫よ、もう三人目だもの。慣れているわ」
カルファ「そうは言いましても…! 女性の死因の多くがお産です。そろそろ臨月なのに…、何があるか分かりません!」
王妃「もう、心配性なんだから…」
母は幸せそうに笑ってくるりと回ると、案の定、お腹の重みでバランスを崩した。
王妃「〈悲鳴〉」
カルファ「!」
カルファは血相を変えて咄嗟に王妃の上腕を掴み、続いてもう片方の腕も掴んだ。
王妃はカルファのすぐ傍で、驚いて目を見開いた。
カルファは大きくため息をついて、安堵した。
王妃「ありがとう…」
カルファ「いえ…。王妃さま、どうか稽古はもう見るだけにして下さいませんか? 私のためにも…、お願いします…」
カルファは懇願するように王妃を見つめた。
王妃は申し訳無さそうに下を向いた。
王妃「…分かったわ…。心配かけてごめんなさい」
カルファ「いえ…」
カルファはやっと彼女の腕を離した。
アイラは、目をパチパチして二人を見つめていた。
アイラ (何だか、お父さんとお母さんみたいだな…。
あれ…? もしかして、赤ちゃんのお父さんは、カルファなのかな? 父さまじゃなくて? …そういうことってあるのかな…?)
アイラはくねくねと首を傾げた。
・・・・・・・・・・・
王妃が身籠ってから、十ヶ月が経った。
明け方から、彼女が死ぬんじゃないかというような叫び声を上げている間、カルファは王妃の部屋の前をウロウロと行ったり来たりしていた。
三人目なので、赤ん坊は割合に早く生まれた。
二十七になる王妃は、橙色の日が昇るのと共に、美しい女の子を出産した。
廊下に元気な産声が聞こえてきた。
カルファは青い目を見開いた。
胸がぐっと込み上げて、彼は涙ぐんだ。
カルファは、パタパタと医官や侍女達が行き交う中、皆に表情を見られないよう、できるだけ壁の方を向いて俯いていた。
諸々(もろもろ)落ち着いて、王妃の部屋は王妃と赤ん坊の二人になった。
というか、残っていた侍女が気を利かせて、親子水入らずにしてくれたのだった。
侍女「カルファさん、ちょっとだけお二人の事を見ていて貰えますか? 王様をお連れします。すぐ戻りますので」
年増の侍女は、カルファの目をそっと見た。
彼女の目は、口では決して言えないが、"おめでとう"と控え目に言っていた。
カルファはハッとして彼女を見つめ
カルファ「はい」
と返事をすると、頭を下げた。
侍女はパタパタと行ってしまった。
カルファは
カルファ「失礼します」
と言うと、ドキドキしながら部屋に入った。
窓が開けてあるとはいえ、そこはまだ少し血の匂いがした。
彼は一心に王妃の寝ている寝台を見つめて近付いた。
近付くと、王妃の向こう側に 小さな小さな赤ん坊が すやすやと眠っているのが見えた。
カルファ「!!」
カルファは胸がいっぱいになった。
王妃「かわいいでしょ?」
王妃は憔悴して言った。
カルファ「…はい。信じられない位…」
王妃「困ったわ」
カルファ「…え?」
王妃「私よりも、あなたに似ているわ」
彼女は本当に困ったように笑った。
カルファは目を大きく開けて、王妃の向こう側に寝ている小さな我が子を見た。
確かに自分にそっくりだった。彼はフフっと思わず笑みが溢れた。
カルファ「あの…抱いても?」
王妃「勿論」
彼女は赤ん坊を抱き上げると、父親に渡した。
カルファは、我が子を恐る恐る大きな両手で抱き上げた。
彼女は本当に小さくて、すぐに壊れてしまいそうだった。
カルファ「可愛い…」
カルファは、溶けてしまいそうな顔で言った。
彼は赤ん坊をそっと胸に抱きしめると、小さな小さな彼女の手のひらを、人差し指でツンツンとつついてみた。
すると、赤ん坊はカルファの人差し指をキュッと握った。
彼女の手は、カルファの指の第一関節位までだった。
彼女の手は温かく、ぴっとりと湿っていた。
カルファは、うるうるとした。
王妃「? どうしたの?」
カルファ「だって…、こんな日が来るなんて思っていなかったので…。
私はあなたの事を…ずっと遠くから見ていただけで…。まさかこんな…」
カルファは唇を噛んで、幸せ一杯に赤ん坊を抱きしめた。
王妃も幸せいっぱいに微笑んだ。
王妃「名前は…何かある?」
カルファ「あなたは?」
王妃「王様がおつけにならなければ、キュンというのはどうかしら? 陽の光という意味よ。
アイラが月の光だから、二人が助け合って仲が良いように…」
カルファ「いいですね。キュンか…。可愛い…」
カルファが赤子のほっぺに頬擦りすると、赤子はむず痒がって泣き出した。
カルファ「わ、わ、どうしよう…」
王妃は微笑んで身体を起こすと、赤子を引き取り授乳を始めた。
カルファは母子の様子を見ながら、話には聞いていたが、こんな幸せとか平和とかいうものがあるのだなと思った。
ノック音が聞こえ、王が部屋にやって来た。
カルファは、パッと王妃の傍を離れ、頭を下げて部屋を出て行こうとした。
王「良い、其方もここに居ろ」
王はそう言うと、王妃が授乳している赤ん坊を見た。
王「可愛いな」
彼は心からそう言うと、大きな手で赤子の頭を優しく撫でた。
思わず笑みが溢れた。
王「女の子か。アイラの妹だな。名は決めたのか?」
王妃「あなたは…何かありますか?」
王「お前はどうなんだ?」
王妃「あの…キュンという名はいかがでしょう? 陽の光という意味です。
アイラが月の光ですので、二人で助け合って行けるように…」
王「キュンか。可愛い名ではないか。ではそうしよう」
王は、ぐいぐいと乳を飲む赤子を、微笑んで見た。
王妃は、こんな状況になっても 優しい言葉をかけてくれる夫に、心から感謝した。
王妃「あなた…」
王「ん?」
王妃「あなたに…、何とお礼を言って良いか…」
カルファも王妃の言葉を聞くと、入口の近くに跪き、頭をぐっと下げた。
王「礼か…」
王は顔を曇らせた。
王「私の子として生まれたからには、お前達が私を憎む日が来るかもしれんぞ」
王妃「えっ…?」
王はすぐに首を振った。
王「いや、今はそんな話をしたいのではない。すまない、野暮な事を言った。
とにかく、無事に生まれてよかった。母子ともに大事にせよ。カルファ、引き続き頼んだぞ」
カルファ「はっ」
王は部屋を出て行った。
二人は、王の言葉の意味を理解した。
王妃は、泣き叫んで連れて行かれるゼダの事を思い出した。
彼女は産後のハイテンションで情緒不安定な中、突如恐怖に襲われ始めた。
王妃「カルファ…、どうしましょう…、私ったらすっかり浮かれて…!」
王妃は不安に目を見開いた。
カルファは足早に彼女に寄った。
カルファ「王妃さま、落ち着いて下さい。今 考えても仕方のない事です。
私も出来得る限り、この子をお守りします…!
ですから今は、この子との時間を目一杯 楽しみましょう」
カルファは腰を屈めて彼女の両肩をギュッと掴むと、愛する女を優しく見据えた。
王妃は口をぎゅっと引き結ぶと、不安を踏みしだくように ぐっと頷いた。
カルファは不安と決意を胸に、母子を優しく胸の中に包んだ。
キュンの小さな口が母の乳房から離れ、彼女は泣き出した。
・・・・・・・・・・・・・・
午後になると、アイラは生まれた赤ちゃんに会いに、エイジャ、リワンとリファと一緒に来た。
リファはお祝いの小さな花束を摘んで来ていた。
王妃「ありがとう」
王妃は微笑んだ。
四人は生まれたての赤ん坊を取り囲んだ。
アイラ「わぁ〜、可愛い〜!!」
リファ「歯が無いわ! 歯茎だけなのね!」
女子二人は、動くぬいぐるみさんに、まさにキュンキュンした。
リワンは緑がかった瞳で赤ん坊をじっと観察した。
リワン (臓器も小さいんだろうな…)
リワンは相応しからぬ言葉が頭をよぎり、自分でもびっくりして頭を振った。
エイジャ「……。」
エイジャは半目で赤子を見流し、何も言わなかった。
赤子の垂れそうなほっぺと 手足をバラバラに動かす仕草が、可愛くない訳ではなかった。
アイラ「妹ができた! 名前は何て言うの?」
王妃「キュンよ。陽の光という意味なの。あなたが月の光だから、妹と仲良く助け合って行くようにね」
アイラ「キュン! 可愛いね! キュン!」
アイラがキュンに話しかけると、彼女はアイラを見てニコニコと笑った。
帰る時、入口に座っているカルファは、もう昔の彼は一体どこへ行ったのかという程、表情豊かに幸せそうにアイラ達を見送った。
アイラは、やっぱりカルファがお父さんだと思った。
・・・・・・・・・・・
生まれて一月程すると、王女のお披露目会が催された。
皆の集まる二階の広間に、王妃がキュンを抱いて 王と一緒に現れた。
王妃「皆さんのお陰で、無事に産むことができました。アイラの妹、名前はキュンです。
この子をどうぞ、宜しくお願いします」
皆は めでたそうに拍手した。
キュンは、瞳が青みがかっていた。
肌はやや白く、髪の毛は茶色だった。
王妃と その隣の王座に座る王は、瞳は茶色、肌は黄色で、髪は黒髪だった。
王夫妻と、その子供とされる赤ん坊は、牛が羊を産んだ位の乖離があった。
ナザルは半ば呆れて、心の中で突っ込んだ。
ナザル(見た目!! どう見たって違いすぎんだろ!!)
王妃の後ろに控えるカルファは、青い瞳に白い肌、髪の毛は淡い茶色だった。
リワンは、どう見てもカルファにそっくりなキュンを見て、横にいるナザルにこっそりと言った。
リワン「…ありなんですね」
ナザル「いや、無しだ」
ナザルは前を向いたまま、すかさず言った。
王と 赤子を抱いた王妃の前に、皆は次々に新たな王女への挨拶に来た。
彼らは、口から出そうな言葉を大人だから飲み込み、和やかに祝辞を述べていった。
特に、誰に似ているなどという類の話については、誰一人触れなかった。
アイラは一番最後に、母とキュンの前に来た。
彼女は、手にオレンジ色の花を摘んで持って来ていた。
先に挨拶を済ませたナザルとエイジャ、リワンとリファ、リヤンとミーナは、横の方でアイラを見ていた。
王妃「アイラ、妹を宜しくね。二人で助け合っていくのよ?」
アイラ「うん!」
アイラはニッコリと笑って、キュンの繊細な茶色の髪を撫でた。
キュンは新生児微笑を浮かべ、フワァと笑った。
アイラ「かわいい…」
アイラは、母が抱いている小さなキュンを見つめ、後ろに控えるカルファを見つめ、隣の王座に座る父を見つめた。
そして目をパチパチすると、出し抜けに明るく言い放った。
アイラ「お父さんはカルファでしょ?」
ナザル「どぅあっっ!?」
ナザルは、横からいきなり意味の分からない叫び声を発した。声が裏返っていた。
アイラ「?」
アイラは横の方にいるナザルを、目をパチパチして見た。
ナザルは首を もげそうなほど傾け、強面の目を見開いて、業務用のスマイルで にっこりとアイラを見た。夢に出てきそうなやつだった。
言うまでもなく、場は凍りついた。
王妃とカルファは瞬時に爪の先まで凍結し、その後 ピクリとも動かなくなった。
エイジャ (あいつ、本物のバカだな…)
エイジャは半目になって思った。
リワン (この子…、やっぱりヤバい子だ…!)
リワンは表情を変えずに俯いた。
リファ (そうなの…?)
リファは、王と後ろに居るカルファを、目をパチパチして見比べた。
リヤンとミーナは大人なので、ズーンと押し黙っていた。
ミーナは、王妃の相談に乗った手前、
ミーナ (まずい事になっちゃったかな…)
と今更に思った。
その時、王が厳かに言った。
王「私が父親だ」
一瞬の静寂の後、場はサワサワとし始めた。
リワンはまた、横のナザルにこっそりと言った。
リワン「やっぱり、ありなんですね」
ナザル「いや、無しだって」
ナザルは既に、魂が抜けたようになっていた。
・・・・・・・・・・・・・・
交易路の要衝 碧沿を抑えた江は、この三年の内に、西域諸国への隊商や使節を大幅に増やしていた。
西へ絹をじゃんじゃん売り捌き、帰りには、宝石や金、ガラス、玉〈翡翠〉などを仕入れて帰って来た。
ただ単に儲けというだけではなく、見果てぬ西へ旅路は、何とも夢とロマンのある話だった。
が一方で、一旗当てようと新天地に希望を見出す彼らは、道中の強盗や厳しい自然環境等、砂漠への命懸けの旅を請け負う定めにあった。故に彼らは、あまり教養のない貧民が多かった。
彼らは碧沿を通り越して更に西に行く事もあったし、碧沿と江本国との行き来の者もあった。
が、いずれもその振る舞いは、傍若無人で下品だった。
市民 娘「〈悲鳴〉」
市民 母親「!? ウチの娘に何するんだい!」
江の使節一向「ケチケチすんな、ちょっと貸しとけやぁ」
市場を歩く母娘に目を付けた江の使節の連中は、馬の上からいきなり娘の手を引っ張って、連れ去ろうとした。
それを見ていた果物露店のオヤジは、使者目がけて西瓜を投げつけた。
見ていた他の市民達も、足元の石や何かを拾って投げつけた。
使節一行の、チンピラみたいな護衛は、やにわに果物露店のオヤジに馬を向けて近付くと、店を馬で蹴散らしてめちゃめちゃにした。
果物露店の店主と、周りの市民達は慄然とした。
江の使者「へっ、小国の市民の癖に生意気なんだよ!」
使者はそう言い捨てると、娘を馬に乗せて連れ去ってしまった。
皆は怒りに震えた。
元々、江からの締め付けで市民に不満が溜まっている所へ、輪をかけてマナーの悪い外国人が押し寄せることで、江への反感はパンパンに高まっていた。
やって来る外国人の方が力関係が上というのも、不満に更にもう一役買っていた。
江の使節へ対する碧沿市民の妨害行為はエスカレートし、市民が彼らに投げつける石は、初めの頃のような可愛げのある小石などではなく、殺る気満々のごっつい石になっていた。
それは、日干し煉瓦の大きな欠片であったり、玉だと思って浅い川から拾って来て、宝石買取商にタダの石だと言われたような大きな石だったりもした。
それらは、使者の一行目がけて容赦なくバンバン飛んで来て、ボスンボスンと乾いた地面に落ちた。
街の商店に居る草馬人達は、江人への このいやがらせ行為を横目で見ていた。
市民達は、執拗に投げつけた。
相手も同じ人間だと冷静に考えるならば、それはちょっと酷い仕打ちだった。
が、碧沿人にとって江人は もはや、同じ人間ではなくなっていた。この国から出て行ってほしかった。
この日、江の使者はついに大きな石に当たり、頭から流血するという事態になった。
江の特使は怒った。
江の特使『江を愚弄して、タダでは済みませんぞ!』
王『いやいや、どうかご勘弁を…。〈胃を抑えて〉あたたた…。市民にこのような事をしないよう、伝えましょう』
江の特使『ぐぬぬ…!』
特使は奥歯を噛み締めると、王を睨みつけた。
王は胃を抑えながら、バツ悪そうに目を逸らした。
一方、草馬に経済の面から力を持たせて江との均衡を図るという、一年前の施策は実ってきていた。
少しずつ、碧沿を流通する富の内、草馬へ流れる富の量が増えていった。
碧沿市民は、羽振りの良い草馬人の店へ相談へ行った。
市民「江人には困っているんです…。ご存知でしょう?
しかし、ここの店も随分儲かっていますね。何せ一等地ですものね…」
草馬人の店主は顎をボリボリと掻くと、店の入口近くに立つ男と目を合わせた。
・・・・・・・・・・・
数日後、城の二階のバルコニーには 江の特使が立っていた。
彼の左には江出身の常駐役人ら、右にはアイラの父 碧沿王、その横に重臣達も居た。
王妃はキュンと一緒に居る為、来ていなかった。
父のすぐ横には、アイラも来ていた。
この日は何故か、彼女は自分も行った方が良いような気がして付いて来たのだった。
アイラの後ろにはナザルと、見習いのエイジャとリワンも くっ付いて来ていた。
江の大使は偉そうに言った。
大使「碧沿の民に告ぐ。我々への妨害は江への冒涜だ。
今のまま我々を愚弄するなら、容赦はしない。
本国へ報告し、大軍をもってこの碧沿を制圧する。
これは最終通告だ!」
市民はざわざわと隣人同士で話し始めた。
ざわざわとなった所で、突然、特使や その左側に居る江出身の役人達を目がけて、矢が何本も飛んできた。
特使の護衛『!』
特使の護衛は、自分の警護対象に覆い被さった。
矢は護衛の背中に刺さり、護衛は倒れた。
アイラ「父さま!!」
アイラは、江の特使の横に居る父の手を、咄嗟に自分の方へ引っ張った。
アイラが引っ張ると同時に、王の護衛も王を庇って伏せ、同時にナザルもアイラを小脇に抱えるようにして庇い、その場に伏せた。
場は騒然となった。
矢はまだ、江人達の居る左側にヒュンヒュンと飛んで来ていた。
一階の方で、
警備兵『誰だーっ!』
などと、奇襲犯を捕らえようとする江の警備兵の声が聞こえてきた。
人々がどよどよと騒ぎ、下は半ばパニックになっていた。
二階のバルコニーでは、警護に当たる者達は皆、訓練された身のこなしで要人を守った。
エイジャ (うっわ…、マジでこんな事あるんだ…)
リワン (姫は…!? 良かった、無事だ…!)
エイジャとリワンは自身も伏せながら、初めての修羅場に驚き、護衛業の何たるかを肌で感じた。
王 (愚かな…! 何という事を…!!)
王はバルコニーに伏せながら、江人達の居る方に落ちている矢を、目をしかめて見た。
特使は、自分の上に倒れた護衛の身体を退けると、怒りに震えた。
特使『おのれ…! 小国の分際で! 俺に矢を放つとは、江に矢を放ったのと同じことだ!』
彼は顔を引き攣らせ、ついに本国に報告した。
遠くから、キュンの泣き声が 風に乗って聞こえてきた。




