第26話 羨望 ー 短い家庭生活 ー
エイジャはザバッと水から顔を上げると、遠くまで続く広い水面を眺めた。
湖は碧く豊かな水を湛え、そこを迂回して都の北門まで続く北大路の周りには、美しい田畑が永遠と続いていた。
碧沿は交易と農耕で潤い、不毛な砂漠の中にありながら、奇跡的に豊かだった。
エイジャは随分と長い水浴びを、そろそろ切り上げようとしていた。
リヤンの家に居ると、どうも苦しかった。
食事が出てきて、寝る所、着るものにありつける事は誠にありがたかったが、何だか寂しかった。
ミーナやリヤンが、彼を自分の子供と分け隔てなく扱おうとしてくれている事は、エイジャも感じていた。
それでも彼は、"幸せな家庭"の中に居ながら、かえって外に居るような気がした。そして、その中に居るリファやリワンが羨ましかった。
そんな扱いは一つも受けていないにも関わらず、エイジャの中に、劣等感や疎外感なるものが生まれつつあった。
何だかここは、自分の居場所では無い気がしていた。
タチが悪いのは、エイジャがこの羨望に自分では気付いていない事だった。
エイジャはこの所、その鬱憤を、家の中で最も弱いリファに向けつつあった。
そしてそれは、好きな子に嫌がらせをしたいという子供ならではの心理も、多少手伝っていた。
彼は自分でも、なぜリファに意地悪してしまうのか、分かっていなかった。
ミーナ「エイジャー! エイジャー!! ったくあの子ってば、いっつも水浴び行ったら帰って来ないんだから! 溺れてやしないだろうね」
ミーナと王妃が"相談"のお茶を切り上げると、二人はリファやアイラと一緒に、湖畔に沿ってエイジャを探しに出た。
やや後ろからカルファが付いて来る。
ミーナ「エイジャー!!」
エイジャ「うっせーな、ここにいる!」
エイジャが水の中から顔を出して言った。
ミーナ「あ! 居た! もう…、探したよ!」
エイジャ「は? 何で探すの?」
ミーナ「帰りが遅いからに決まってるでしょうが! 溺れたかと思うでしょ!」
エイジャ「溺れてねーし」
ミーナ「そんなの、こっちには分からないから! それに、うっせーとは何だ! 目上の人への言葉か!」
エイジャ「うるさいでございます、ここにおりますー!」
エイジャは憎たらしいような口振りで言い直した。
王妃は笑った。
ミーナ「心配かけてごめんなさいでしょ!」
エイジャ「へっ! 心配なんてしてねーくせに!」
ミーナ「ったく、ヘソ曲がってんだから!」
エイジャ「フン!」
エイジャは、わざと裸のままザブザブと湖から出てきた。
リファ「きゃっ」
リファはスッポンポンのエイジャを見ると、母の後ろで 目を小さな手で覆った。
エイジャは、リファの困った顔を見ると、意地悪くニヤリと笑った。
アイラ「……。」
アイラは、リファとエイジャをそれぞれ見た。
アイラ「ふーん?」
アイラは首を前に出して、自分と違う部分をまじまじと観察した。
アイラ「エイジャ、尻尾が生えてる! ゼダも生えてたよね。ね? 母さま」
王妃はクスクス笑いながら
王妃「そうね。エイジャ、可愛い尻尾ね」
と言った。
エイジャは何だか急に恥ずかしくなり、いそいそと服を着ようとした。
その時、いつの間にか近くに来ていたアイラが、呼び鈴の紐のように、遠慮無くエイジャの尻尾を掴んで引っ張った。
エイジャ「い"?! やぁ…っ?!」
エイジャは、それまでの短い人生の中の どの瞬間よりも驚いた。
彼は仰天して咄嗟に"くの字"になると、片手でアイラの手を跳ねのけ、もう片方の手で前を隠した。そして、目をひん剥いてアイラを見た。
アイラ「伸びる!」
アイラは面白そうに、エイジャにカラカラと笑って言った。
エイジャは目を白黒させ、普段なら何か言う筈の声が出てこなかった。
その場に居た一同は固まった。
リファ (アイちゃん…?!)
母の後ろで見ていたリファは、驚愕して目を丸くした。
アイラはまだ興味津々に、エイジャの尻尾の辺りを見つめていた。
エイジャは、ビクつきながら急いで後ろを向き、這うようにして服を着た。
王妃「アイラ、尻尾に触ったらいけません!」
アイラ「だって、出してるんだもん」
王妃「ダメ。尻尾は大事なの」
アイラ「ふーん? エイジャは尻尾は生えてるけど、お髭は生えてないね。母さまは尻尾は無いけどお髭が…」
ミーナ「おおおっとぉお!? 待った待った待った! お股の話は外でしないの! 恥ずかしいでしょ!」
王妃「アイラ、手を洗ってらっしゃい」
王妃は動揺して、聞こえないようにコソッと言ったつもりの声が、カルファにまで聞こえていた。
カルファ「……。」
エイジャ以外で その場に居た唯一の男性であるカルファは、しばらくは何も表情を変えなかった。
が、少しすると顔を下に向けた。
カルファ (伸びる!)
カルファは、伸ばされた時のエイジャの顔と くの字を思い出し、あと引く笑いに何度も
カルファ「フフッ」
と顔を歪ませた。
ミーナ「あんたそれ、服 新しいの着てる?」
エイジャ「き…着てる!」
エイジャはまだ動転していた。
ミーナはエイジャに近付くと、くんくんと鼻を近付けた。
エイジャ「着てる、つってんだろーが! 嗅ぐな!」
ミーナ「着たつもりで古いの着てる時あんでしょーが! あ!ボタン掛け違ってる! 裏表も 逆!」
エイジャ「いい! 分からない!」
ミーナ「分かる! 返事はハイ!」
エイジャ「うるせぇ! ほっとけ ババァ!」
ミーナ「あんた、そんな口きいてたら、夕飯出てこないよ! 早くやる!」
エイジャ「るせーな! やりゃいーんだろ、やりゃあ!!」
エイジャは渋々ボタンを外し始めた。
ミーナ「返事はハイ!」
エイジャ「やってんだろが!!」
アイラと王妃は目をパチパチさせて、そのやりとりを見ていた。
ミーナはボタンを手伝ってやったり、後ろ側を整えてやったりした。
服を着たエイジャを、リファは小さな手の指の間から覗き見た。
きちんとしたリワンの服を着たエイジャは、黙っていれば、なかなか美しく可愛い少年だった。
リファ (綺麗な金色の瞳…)
リファは目を覆っていた手を顔から外すと、母の後ろから、少しの間 ポーッとエイジャを見つめていた。
アイラも、身なりが綺麗になったエイジャを見て、ちょっと見とれた。
アイラ「…何かエイジャ…、ちゃんとした子みたいだよ? あんたって、実はハンサムなんだね。リワンの服のせいかな?」
エイジャは、まだ少し警戒しながらアイラを見た。
エイジャ「んだそりゃ! じゃあ いつもはどう見えてんだよ」
アイラ「猿とか豹とか」
エイジャ「…お前、喧嘩売りに来たの?」
アイラ「ううん、二人の具合を見に来たの」
王妃「エイジャ、傷はどう? 見てもいい?」
王妃はそう言うと、エイジャに近付き、袖をまくって肩の傷を見た。
傷跡はまだ痛々しかったが、心配ない状態に落ち着いていた。
エイジャ「別に…、こんくらい…」
エイジャは目を逸らしながら言った。
王妃「そう。良くなって良かった…。アイラの為に御免なさいね。よく一緒に連れて帰って来てくれたわ、本当にありがとう。何てお礼を言っていいか…。果物を持って来たから、良かったら後で皆で食べてね」
エイジャ「あ! じゃあ俺 もーらい!」
そう言うと、エイジャは我先に駆けて行った。
アイラ「何それ! ズルい!」
アイラも走って後を追った。
リファ「ま、待ってよぉ…!」
リファは後ろからノロノロと追いかけて行った。
三人は家まで、湖畔を追いかけっこをしながら帰って行った。
母親二人が、後からのんびりと続く。
カルファは やや気遣わし気にアイラを目で追っていたが、視界から途切れそうになると、母親二人を追い越し、アイラが無事 家に入った所までを見届けた。
エイジャは、ノロノロと走ってくるリファをヤシの木の陰で待ち構え、母親達から見えない木の死角へ彼女が来ると、リファをドンと湖へ押した。
リファは水浸しになった。彼女は驚いて暫く何も言えずにいた。
エイジャは、びしょ濡れになったリファに顔を近付け、
エイジャ「チクったら、もっと酷い目に遭わすからな!」
と言った。
リファは、さっき美しいと思った彼の金色の瞳が、途端に恐ろしいものに変わった。
彼女は、相手が同い年にも関わらず、怯えた目でエイジャを見て言った。
リファ「ど…、どうしてこんな事するの?」
エイジャ「何かムカつくんだよ!」
リファはシクシク泣き出した。
カルファの位置からは、エイジャの悪行が全て見えていた。
カルファ「……。」
エイジャは何事も無かったように、家へ走って行った。
カルファ (あのクソガキ…)
カルファは渋い顔でリファに近寄って行った。
母親達も、カルファの目線の先の木の陰が気になり、足早に近付いて来た。
・・・・・・・・・・・
家に一番に着いたのはアイラだった。
アイラ「あれ? エイジャ来ないな。どうしたんだろ…」
リワン「追いかけっこですか?」
アイラ「うん」
アイラはリワンの寝台に近付き、横の椅子に座ると、大好きなリワンを見つめた。
弟を失ったアイラにとって、リワンは新しくできた兄のようだった。
殊に今回の襲撃事件では、ずっと彼女と手を繋ぎ、自分が傷を負っても守ってくれようとした。
アイラはリワンに、肉親のような愛着を持つようになっていた。
リワン「姫、謹慎は…、大丈夫でしたか? 北の塔にずっと一人で?」
アイラ「明るい内だけだよ。それに、母さまがご飯を届けてくれたの」
リワン「〈微笑んで〉そうでしたか。それは良かった…」
アイラ「うん。…リワンは? 大丈夫?」
リワン「はい。時間はかかりますけど、大丈夫です」
アイラ「良かった…」
アイラはホッとして言った。
アイラ「しんじゃったらどうしようかと思った…。ゼダの時みたいに、また悲しくなっちゃうよ」
リワン「僕も、あなたが死んでしまったらどうしようかと思いましたよ。あなたはこの国の大事な姫なのに…」
エイジャが走って家に入って来た。
エイジャ「お? これか。あったあった」
彼は早速、果物が沢山入ったカゴを見つけると、葡萄の房を取り出して、長椅子に腰掛け 二、三個 口に放り込んだ。
アイラも葡萄を一房取りに行くと、またリワンの隣に戻って来て、寝ている彼にも渡しながら、自分も食べた。
アイラ「リワンちのお泊まり、いいなー。アイラもお泊まりしたい」
エイジャ「は? 冗談じゃねーよ! こいつの母ちゃん、いちいち うるせーんだよ!
汚い、着替えろ、手ェ洗え、こぼすな、片付けろ、匙の持ち方が変、自分の皿は自分で洗え、背筋伸ばせ、いただきますとご馳走様言え、座って食え、食べてる時 立ち歩くな、鼻ほじるな、鼻くそ食うな、尻かくな、起きたら顔洗え、水浴びしてこい、着替えは新しいの着ろ、洗濯物自分で洗え、汚れが落ちてない、洗濯物は畳め、髪は櫛でとかせ、爪切れ、床に物置くな、綺麗な言葉使え、こうしろ ああしろ、何はダメ かにはダメって…」
エイジャはここまで一息で言い、ヒステリックに大きく息を吸った。
エイジャ「一っっっ日中、うるっっっせーの何のって!!! 俺もう、そっちで死にそう…」
エイジャは長椅子に情けなく しな垂れた。
アイラはケラケラと笑った。
アイラ「良いじゃん。あんた、お母さんが教えてくれること、教わってないんだもん。一ヶ月で教えてくれてるんだよ。こういうの、たんきしゅーしゅーっていうんでしょ?」
リワン「短期集中、ですね」
アイラ「あぁそれ!」
エイジャ「頼んでねーし!!」
アイラはまた明るく笑った。
リワンは、何日かぶりに彼女の笑顔を見て、なぜかホッとした。
エイジャは長椅子に寝そべったままチラとアイラを見ると、葡萄をムシャムシャ食べながら言った。
エイジャ「それで? また恩を売りに来たっての?」
アイラは、目をぱちぱちさせてエイジャを見た。
リワン「エイジャ、お前…」
リワンは嗜めるように言った。
エイジャは自嘲して言った。
エイジャ「そうだよ。こいつがああ言ってくれなきゃ、俺なんか今頃、殺されてたよな」
アイラは目をパチパチして、何も言わなかった。
エイジャ「何でまた庇ったわけ? 二回目じゃん。お前、罰まで受けたんだろ?」
アイラ「だから、あんたが殺されちゃうと思ったから」
エイジャ「ハッ! それはそれは、ありがとうございますね。つか、どうして俺が殺されちゃいけないわけ? お前に関係無くね? 別にいいじゃん、俺とか居ても居なくても。誰も心配する奴いねーし」
リワンはエイジャの言葉を聞きながら、小さく息をついた。
アイラは暫く、くねくねと首を傾げていた。
アイラ「だったら、やっぱりアイラのごえいになってよ」
男子二人は驚いてアイラを見た。
エイジャ「…は?」
アイラ「だって、しんでも困らないんでしょ?
あんた足速いし、煉瓦投げるの上手いし、それに私のごえいになったら、ご飯おかわりできるんじゃない?
私のごえいになったら、あんたが居なくなったらアイラが困るし、心配もしてあげる。かんけい、あるよ。
こういうの、もちもちたれず って言うんでしょ?」
エイジャ「あ?」
リワン「持ちつ持たれつ、ですかね」
アイラ「あぁ、それそれ!」
エイジャ「……。」
エイジャはほんの暫くの間、葡萄を食べる手を止めて黙り込んだ。
リワン「姫、エイジャが護衛になったら、むしろそれが一番の危険ですよ」
エイジャ「んだそれ?!」
リワン「本当のことだろ? お前、見えない所でリファを虐めてるの、知ってるぞ! 今度 妹を虐めたら、タダじゃおかないからな!」
エイジャ「はん、知らねーな」
エイジャはニヤニヤしながら葡萄を放り投げて食べた。
アイラ「リファを虐めたら、私も許さないよ!」
エイジャ「フン。じゃあやっぱ、信頼に足らねーんじゃねーか?」
エイジャはムシャムシャしながらニヤリとアイラを見た。
アイラはムッとして暫く黙っていたが、ポツリと言った。
アイラ「……。でもエイジャ、アイラを置いて行かなかったもん…」
エイジャ「は? それは、その方がこっちも良かっただけだ。勘違いすんな」
アイラ「……。」
エイジャ「でもよ、前も言ったけど、別にいいぜ? メシ沢山食えるなら、なってやるよ、お前の護衛」
エイジャはニヤニヤとして、大変不真面目に言った。
リワン「…!」
ミーナ「こらーっ!! エイジャーっ!!」
外からミーナの怒鳴り声が聞こえてきた。
エイジャは、再び放り投げた葡萄を喉に詰まらせた。
アイラ「〈半目になって〉…あんた、何したの?」
エイジャ「〈むせながら〉知らね」
玄関に足音がして、ミーナが鬼の形相で部屋に入って来た。
彼女は、エイジャの長椅子の前までズカズカと来ると、仁王立ちになって言った。
ミーナ「あんた、リファを湖に突き飛ばしたね?!」
リワンとアイラは眉間に皺を寄せた。
エイジャ「あいつ…チクりやがって…」
ミーナ「チクりやがって?! その上 脅したのね?! リファに謝んなさい!」
エイジャ「やなこった! 」
ミーナ「何だとぉ…?!」
ミーナは腕を捲った。
王妃「あの…すみません、着替えは…」
王妃がリファの着替えを取りに入って来た。
ミーナ「あぁ、王妃さま すみません、そこの棚です。いえ、私やります」
ミーナは着替えを取って、またパタパタと外に出て行った。
王妃「いたずらぼうず、ね」
王妃は長椅子のエイジャの隣にそっと腰掛けると、彼の頭をふんわりと撫でて、イタズラっぽく笑いかけた。
エイジャは何も言わずに目を逸らし、房に残った葡萄を口に詰め込んだ。
暫くすると、リファが着替えて、泣きべそをかきながら母のスカートの後ろにくっ付いてそろそろと入ってきた。
エイジャは長椅子から立ち上がり、リファ達の居る出口の方へ向かった。
彼は通りすがりに、リファのスカートのお尻の方を、両手でバサァっと大掛かりにめくり、そのまま外へ逃げていった。
ミーナ「あっ!」
リワン「エイジャ!」
リファは、下にズボンは履いているものの、非礼への驚きと怒りで真っ赤になり、わーっと母にしがみついた。
アイラと王妃は唖然と見ていた。
ミーナは窓から外へ怒鳴った。
ミーナ「コラーっ!! ちょっと! どこ行くか言ってから出かけなさい! いつ帰ってくるの?!」
エイジャは頭の後ろで手を組み、無視してどこかへ歩いて行ってしまった。
ミーナ「全く…!」
ミーナは頭から湯気を出しながら、お茶の盆の片付けに台所に立った。
リワンは傍に居るアイラに話しかけた。
リワン「…姫」
アイラ「ん?」
リワン「僕、近衛隊の見習いに入ろうと思うんです」
アイラ「え…? じゃあ、リワンもアイラのごえいになってくれるの…? でも…」
アイラは顔を曇らせた。
リワン「いえ…。この通り、僕にはあなたを守れる力はありません。ただ少し武術を身につけようと思ったんです。今回の事で、ある程度は強くないと、と思ったので…」
アイラ「ふーん。じゃあこれからはもっとリワンと会えるのかな?」
リワン「…どうでしょう…。毎日 兵舎に行く事になるとは思いますが…」
アイラ「ふーん。私、リワンのこと好きだよ。ずっと一緒にいてほしいな」
リワン「…はい?」
ミーナは、台所で片付けながら吹き出した。王妃も、長椅子から驚いて娘を見た。
ミーナ「ねぇアイラ、それはプロポーズの言葉じゃないの?」
アイラ「ぷろぽーず?」
ミーナ「そう。結婚してほしいってこと」
アイラ「あぁ! 私、大きくなったらリワンのお嫁さんになる。リワン優しいもん。よその国にお嫁さんに行くより、リワンにぷろぽーずする!」
リワンは困ったように苦笑いした。
リワン「姫、あなたは大役を担っていますから、僕とは結婚できませんよ」
アイラ「たいやく? たいやくしないよ。アイラ、リワンと結婚する。大好きだもん」
リファ「だめ! 兄さまはリファのだよ!」
リファが 母のスカートから兄の寝台の傍まで来て言った。
アイラ「えーっ! じゃあリワン、アイラとリファのどっちが好き?」
アイラはリワンの寝台に乗り出して聞いた。
ミーナがニヤニヤして言った。
ミーナ「あんた、随分モテるのね?」
リワン「ハハ…」
リワンは苦笑いでやりすごそうとしたが、リファが、アイラの反対側からリワンの寝台に乗り出してきた。
リファ「兄さま、リファとアイちゃんのどっちが好きなの?」
リワンは先ほどから面食らったまま、たじたじと答えた。
リワン「え…。いや、二人とも好きだけど、結婚はどちらともできないよ」
アイラ・リファ「えーっ!?」
ミーナは、台所でケタケタと笑った。
王妃は、娘を心配そうに見つめた。
・・・・・・・・・・・・
エイジャは北大路を突っ切り、路地裏を通って、暫くぶりに街に来た。
交易路の要衝であるこの街は、往来の人は相変わらず多かったが、先日の襲撃以来、露店や商店は閑散としていた。
エイジャ (あー、何か気が楽だなー。一人ぼっちだけど、それより悪くねーっつーか…)
エイジャはぶらぶらと街をほっつき歩いた。
エイジャ (腹減ってきたな…)
エイジャは、例によって財布をすろうかと思ったが、ミーナの言葉が頭をよぎった。
<回想>
ミーナ「盗みはダメ! 悪いことすんな!」
<回想終わり>
エイジャ「チッ! っるせーな…」
エイジャはガシガシと巻き毛の頭を掻くと、スリを踏みとどまり、またぶらぶらと歩き出した。
ふと、エイジャは一つの小さな露店が目に入った。
そこは色とりどりの長い三つ編の髪の毛を売っている店だった。
エイジャが店の前まで行って見てみると、それらは まぁまぁ良い値段で売られていた。
彼は、水煙草をプカプカとふかす、南方の魔法使いのような店のオヤジに話しかけてみた。
エイジャ「お兄さん、これ何に使うの?」
店主は、煙草の煙をフワフワと吐きながら、眠そうに答えた。
店主「色々さ。ハゲちゃったご婦人が使う事もあれば、人形屋が買ってくこともあるよ。呪い師が買っていく事もあるし。かつら職人も紹介できるよ。
あと、買取もしてるよ。お母さんのとかお姉さんのとか、長くて綺麗だったら持って来てみな」
エイジャ「へぇ?」
エイジャはピンときた。
・・・・・・・・・・・・・・
リファの長い一つ結びの三つ編みが、寝ている間にバッサリ切られているのに気付いたのは、翌朝の事だった。
丁度 前日の夜、エイジャがリファをターゲットにしている事を、ミーナは夫のリヤンに相談したばかりだった。
その朝、リヤン宅はミーナの叫び声で起きる事になった。
ミーナ「何っっじゃ こりゃあ!!!」
ミーナは、朝 起こしに行った娘の金色の髪が、短いざんぎりのショートカットになっている事を、見てから何秒かして認識した。
そして、叫んだ。
妻の叫び声に驚いて、夫が飛んで来た。
リヤン「おぉ…、さすが野生児。やってくれたな…」
リヤンは観念したように言った。
リワンは寝台から身を起こして、何事かを理解した。
リファは寝台の上にちょこんと座り、呆然としていた。
リファの寝台の上には、金色の髪が散らかり、外の物置に置いてあった羊の毛を刈るハサミが使いっぱなしのまま置いてあった。
エイジャは居なくなっていた。
リワンは緑がかった瞳に怒りを滾らせ、口を引き結んだ。
リワン (よくも妹を…! 言ったはずだぞ。タダじゃおかないと…!)
リワンは息が荒くなるのを抑えながら、ゆっくりと身体を起こし、寝台から立ち上がろうとした。
リワン「っ…!」
彼は苦痛に、床に膝を付いた。
リファ「兄さま…?」
両親は急いで息子に駆け寄った。
リヤン「まだ傷が癒えていない。無理をするな」
リワンは唇を噛んだ。
リワン (早く良くならないと…! このままで済むと思うなよ、エイジャ!)
リワンは、心配そうに自分を見つめる 男の子みたいになった妹を見て、拳を握りしめた。




