第27話 迎え
王妃が、頭に包帯を巻かれ 意識を失った自分の娘を見たのは、城へ戻ってからだった。
ナザルがアイラの容体を優先し、一刻を争って帰って来た為だった。
ナザルの抱っこするアイラの身体は、冷やされたスイカさながらに冷えていた。
ナザルは自分のベストを脱ぐとグルグルとアイラを巻き、作業員達に"先に帰る"と言伝を頼むと、自分まで青くなって馬を駆った。
ナザルは、もう一人の護衛にエイジャを乗せるように言い、アイラを救出したエイジャも城へ連れて来た。
一階の医務室の寝台に寝せられたアイラは、昏々(こんこん)と眠っていた。
母は娘の傍を片時も離れず、不安に打ちひしがれながら祈っていた。
リファは、手が空くとアイラの寝台に来ては、心配そうに彼女を見つめた。
カルファは医務室の入口に座って待機していた。
カルファ (姫、おてんばも程々にしてやって下さい…。あの人のあんな顔は見たくありませんよ。
にしてもナザル、二回目か…。大丈夫かな…)
・・・・・・・・・・
ナザル「大っ変、申し訳ございませんでした!!」
二階の広間で、ナザルは片膝をつき、王に深々と頭を下げていた。
ナザルの横には、エイジャが跪いていた。
王は
王「うむ…」
と言ったまま、胃をさすりながら、困ったようにため息をついた。
王「事情を聞かせてくれ。なぜこうなった?」
なぜこうなった、という問は、ナザル自身が聞きたい位だった。
彼は事の顛末を端的に報告した。
王「うむ。して」
ナザル「私が一つ下流の井戸から地下水路を通って救出に行きました所、エイジャが姫を背に引きずって、大分近くまで歩いて来ていました」
王「そうか」
王はエイジャを見た。
王「娘が、またお前に助けられたようだな、エイジャ」
エイジャは驚いた顔で王を見て、また目を伏せた。
エイジャ「別に俺は…。あいつが勝手に一緒に落ちてきただけで…。それに、助けに来たのはナザルだし…」
ナザルは声をひそめて注意した。
ナザル「あいつじゃなくて姫だろ! 敬語!」
エイジャは、すんませんというように 首をひょこりと下げた。
王「そうか…」
王はエイジャをじっと見据えたまま、暫く思案顔で黙っていたが、
王「謹慎期間が明けたら兵舎に戻って来い」
と さらりと言った。
エイジャ「! …はい、ありがとうございます」
王「それと、リファに謝りに行け。いいな?」
エイジャはバツ悪そうに目を逸らすと、聞こえない位 小さな声で言った。
エイジャ「…はい…」
二日後の朝、アイラは目を覚ました。
王妃と、報告を受けた王は胸を撫で下ろした。
・・・・・・・・・
リワンは謹慎期間が明けると、王と王妃に挨拶をし、父と妹と一緒にまた医務室の手伝いにやって来た。彼はまだ少しびっこを引いていた。
リワンはアイラが寝ている寝台へ近付いた。
そっと彼女の首の脈に触れると、アイラは薄く目を開けた。
アイラ「リワン…。元気になった?」
リワン「お陰様で、大体は。まだ兵舎に通える程ではありませんが…。〈笑って〉姫と逆になっちゃいましたね」
アイラ「そうだね」
アイラは弱々しく笑った。
アイラ「エイジャも戻って来た?」
リワン「知りません!」
リワンはムッとして言った。
リワン「姫、どうしてあんな奴を助けようとしたんですか! 放っておけばいいのに!」
アイラ「リワン、エイジャの事 嫌いなんだね」
リワン「当たり前です。妹をあんなにして…! ただじゃおきません」
アイラ「そう…だよね…」
アイラ (エイジャにごえいになってもらったら、リワンに嫌われちゃうだろうな…)
アイラは困ったようにリワンを見た。
・・・・・・・・
エイジャは、謹慎期間が明けても、なかなか戻って来なかった。
アイラは医務室から自分の部屋に移って来ていた。
アイラ (やっぱり…、来ずらいのかな…。あんなにご飯食べられる事、嬉しがってたのに…)
寝台に上体を起こし、窓から北に見える湖をぼんやり眺めながら、アイラは思った。
アイラ (迎えに…行ってみようかな…)
・・・・・
ナザル「えぇっ?! エイジャを迎えに また街へ行く?!」
アイラ「うん」
アイラは、まだ頭に包帯を巻いていた。
ナザル「勘弁して下さいよ。もう俺、ミス二回目ですよ? リーチかかってます。今度あなたに何かあったら、俺クビになっちゃいますから!
来ないなら来ないで、仕方ないじゃないですか。その頭の怪我だって、まだ包帯も取れてないのに…。城で大人しくしていて下さい!」
アイラはしゅんとして下を向いた。
休憩で兵舎に戻って来ていたカルファが、アイラのしょげた顔を可笑しそうに見ていた。
彼は青い瞳に笑いを含んで言った。
カルファ「じゃあ、俺 一緒に行きましょうか?」
アイラ「え?」
ナザル「え、だってお前…」
カルファ「今日は午後からは非番だ。王妃様も午後からは公務も無いし、午前中の来客対応で少し疲れたと仰っていたから、部屋でゆっくりされるだろうし…」
アイラ「ありがとう!」
カルファ「じゃあ、王様と王妃様に聞きに行きましょう。多分ダメって言われそうですけどね」
アイラ「うん…」
ナザル「…待て待て、分かった。俺も行く…。仕事を投げ出す気は無い」
ナザルはげんなりして言った。
・・・・・・
アイラは、今日はカルファの馬に乗っけて貰って街へ繰り出した。
王も王妃もひどく反対したが、アイラは すぐ帰ってくる、と言って粘り倒した。
彼女の後ろに、ナザルの他に、無言でカルファが付いていたのも、一役買ったらしかった。
アイラは、またカゴに食糧を詰めて持って行った。
エイジャはこの日も路地裏に居なかった。
表の扉を修理したパン屋さんに顔を出して聞いてみると、
パン屋「あぁ、何か今日は、朝から北大路の畑の荷物運びに行ってるよ」
との事だった。
ナザルは眉間に皺を寄せた。
ナザル (またこのパターンか…)
ナザルは、麻袋に次いで、北大路も嫌いになっていた。彼はアイラが井戸に吸い込まれた忌まわしい記憶に顔を歪めた。
ナザル (畑…、畑…。…今度は何だ? 蠍でも捕まえるんじゃないだろうな?!)
彼は、アイラの予測不能な行動にビクビクしていた。
三人は北大路まで馬を飛ばし、人に聞きながら行くと、広い葡萄畑の中にエイジャを見つけた。
彼はカゴいっぱいの葡萄を運んでいた。エイジャはコロコロと地面に落ちた葡萄を、順次 口に放りこみながら作業していた。
彼がアイラを見つけると、いつものようにゲッ、という顔をして、すかさずまた他人の振りをした。
アイラはカルファに馬から降ろしてもらうと、食糧のカゴを持ってエイジャに近付いて行った。
エイジャは無視を決め込み、黙々と仕事を続けた。
アイラは何も言わず、エイジャの後ろをちょこちょことついて回った。
エイジャはイライラとして、ついに口を開いた。
エイジャ「何?! 今度は何の用だよ!」
アイラは、黙って食糧のカゴを差し出した。
エイジャは、カゴをぶっきらぼうに受け取った。
アイラ「きんしん、終わったよ。戻って来ないの?」
エイジャ「あぁ…。何か…、謝れって言うし…」
アイラ「え…? あぁ、リファに? 誰が?」
エイジャ「お前の父ちゃんだよ!」
アイラ「あぁ…」
アイラは目をパチパチとした。
エイジャは面倒臭そうにブスッとして目を伏せると、食糧のカゴの中から肉を取って口に放りこみ、ムシャムシャしながらまた作業を始めた。
アイラはまた、彼の後ろをついて回った。
アイラ「私も一緒に謝りに行ったげる」
エイジャ「いい! 謝る気なんてねぇし!」
アイラ「……。ねぇ この仕事、いつ終わるの?」
エイジャ「夕方」
アイラ「ふーん?」
アイラはエイジャを手伝おうと、彼の運んでいるカゴを持ってみた。
葡萄のぎっしり詰まったカゴは重く、力を入れると頭の傷がズキンと傷み、ぐらりと目眩がした。
アイラ「っ…」
アイラは包帯の上から小さな手を当てると、その場に座り込んだ。
エイジャ「?! 余計なことすんな!」
見守っていたカルファとナザルが寄って来た。
ナザル「姫、今日の所はもう帰りましょう。その体調じゃ心配です」
アイラ「…終わるまで待つもん」
大人二人はため息をついた。
ナザル (すぐ帰るんじゃなかったんかい!)
ナザルは不安になってきた。
アイラはカルファの膝を借りて、お昼寝を始めた。
エイジャは不機嫌に作業を続けた。
ナザルは仕事が早く片付くよう、エイジャを手伝ってやった。
夕方になると、エイジャは金を受け取り、歩いて帰ろうとした。
アイラはエイジャの前に立って、エイジャをじっと見つめた。
エイジャ「……。分かったよ! しつけーな! でも俺 謝んねーからな!」
アイラはパァッと笑った。
エイジャはナザルの馬に、アイラはカルファの馬に乗っけて貰い、四人は帰路についた。
・・・・・・・・
城の近くまで戻って来ると、城の前の中央広場は、何か不穏な空気がした。人々の顔は険しかった。
丁度 城から江の使者が出て来て、広場を抜けて行く所だった。
一向が走っていく時、例によって使者を狙って石が飛んできた。
アイラ (危ない!)
アイラは、薄暗くなる空の前方から、西方のガラスの花瓶の割れたのが飛んでくるのを見た。カルファは、手綱を引いていない方の手でアイラを抱き寄せて庇った。
カルファ「っ…」
アイラ「?!」
見ると、カルファの腕に血が滲んでいる。
アイラ「カルファ…!」
カルファ「かすり傷です。問題ありません。あんな尖ったのを投げたらいけませんね。丸っこい小石とかにして貰わないと…」
カルファは冗談っぽく言った。
二騎は中央広場の渦中を抜け、正門から城へ入った。
王「遅い! お前はどれだけ周りを心配させれば気が済むんだ!」
城に帰ると、アイラは父に雷を落とされた。
母は王座の隣で、華奢な指で頭を抱えていた。
カルファとナザルは、アイラの後ろに控えたまま黙っていた。
アイラ「ごめんなさい。でも待ちたかったの…」
アイラは素直に謝った。
王はため息をつくと、後ろに跪くエイジャをチラと見た。
王「……。もう良い…」
父はまだ何か言い足りなかったようだが、それ以上 追及しなかった。
カルファは、城の前で江の使者が、市民に石を投げられていたことを報告した。
アイラ「カルファ、ガラスの花瓶が飛んできたのを避けてくれて、手に怪我したんだよ」
王妃「えっ?!」
カルファ「かすり傷です。ご心配には及びません」
王「そうか…」
王は顎髭を弄りながら、眉間に皺を寄せた。
王「どうしたものかな…。行きすぎると、向こうも黙っておるまい…」
カルファ「はい…」
エイジャは始終黙っていた。
この夜、彼は久々に兵舎の夕食と寝床にありついたのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・
その日の夜は、美しい夜だった。
月が明るく、心地良い夜風が吹いていた。
王妃は部屋へ帰る前に、二階のバルコニーから街を見渡した。
土壁に沢山の灯が灯り、人々の暮らしが無数の星のように輝いている。
遥か彼方の城壁の外には、荒涼とした砂漠が広がっている。
王妃「綺麗ね。皆 暮らしているんだわ…」
王妃は少し後ろに居るカルファに言った。
カルファ「はい」
王妃はカルファを振り返った。
王妃「手を怪我したって、どこ?」
カルファは、血の滲んでいる袖口をもう片方の手で隠して言った。
カルファ「怪我という程の事では…」
彼は無難に笑った。
王妃はカルファに寄り、隠している袖口の手をどけてみた。
血が滲んで破けた服の下に、切り傷ができていた。
王妃「手当てしてないの?」
カルファ「洗えば平気です」
カルファは植栽用に置いてある水瓶の方へ行くと、蓋を開けて袖口ごとざっと洗った。
乾燥した風は、濡れた袖口をみるみる乾かしていく。
カルファ「そろそろ参りましょうか。風が冷えてきました」
カルファ「えぇ」
・・・
王妃は自室に入ると、小さな裁縫箱を取り出し、扉の外に控えるカルファを呼んだ。
カルファ「?」
王妃「ちょっとそこへ座って頂戴」
カルファに長椅子を勧めると、彼女は隣に腰掛けて、破けた袖口をチクチクと内側から縫い始めた。
カルファ「わざわざ王妃様にやって頂かなくても…。後でお針子に頼みますから…」
王妃「私じゃ嫌? お針子よりは下手だけど、私 これでも縫い物は得意なのよ? 見習いの頃、衣装を縫っていたんだから」
カルファ「あ…、いえ、そうではなくて…」
カルファは落ち着かなくて仕方なかった。
すぐ目の前に、愛する女が居る。
カルファは密かにため息をついた。
王妃「できたわ」
王妃は糸を噛みちぎると、針を裁縫箱に戻しカルファに笑った。
王妃「娘を守ってくれて、ありがとう。怪我をさせてしまったわね…」
カルファ「いえ…。仕事ですから…」
カルファは眩い王妃の笑顔に、目のやり場に困り、一旦 目を伏せた。
が、苦しげに一つ息を吐くと、美しい青い瞳で王妃を見つめた。
王妃 (あっ…)
王妃は、随分とカルファの近くに居たことに気付いた。
彼女はカルファの目を逸らせなかった。
いつの間にか すっかり王妃の血に広がったときめきに、彼女は抗えなかった。
カルファはまた苦しげに息をつくと、やはり下を向いて目を逸らし、立ち上がろうとした。
王妃は、手にしていたカルファの袖口を離さなかった。
カルファ「…!」
カルファは驚いて王妃を見た。
王妃は困ったような顔で俯いた。
カルファは腰を屈めた状態で、苦しそうにもう一度 王妃を見つめた。
王妃も、苦しそうにカルファを見つめた。
二人はどちらからともなく、口付けた。
カルファは王妃を長椅子に追い込みながら、これまでの想いがいっぺんに溢れたように口付けた。
長椅子で事足りなくなると、カルファは王妃を寝台へ抱きかかえて行った。
カルファは王妃のジャンパースカートのリボンを解く時、もう一度 彼女の美しい茶色い瞳をしっかりと見た。王妃もカルファをじっと見つめた。彼女は止めなかった。カルファはリボンを解いた。




