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砂漠の月  作者: kohama
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第一話 望まぬ縁談

二つの大国に挟まれた砂漠のオアシス国家 碧沿へきえん王国の王女アイラは、北の獰猛な遊牧騎馬民族 草馬そうま帝国へ嫁入りすることを、父である王に命じられる。

この王命を受け、アイラは出発日までの半月の間の内に、せめて一度だけでも思い人リワンと結ばれることを望むのだった。


幻となる故郷 碧沿へきえんで送った、アイラの幼少期から嫁入りまでの日々。

砂漠のオアシス国家 碧沿へきえんの城で、一七になる王女アイラは、父である王に断固抗議していた。


アイラ「嫌よ! 絶対嫌! 私 草馬帝国へお嫁になんか行かない!」


アイラは、長い黒髪を後ろで一本のおさげにし、黄色おうしょくの肌に茶色の瞳をしている。彼女はこの地方独特の少しエキゾチックな顔つきで、父である王を睨みつけた。


王はため息をついた。想像通りの反応が 気難しい娘から返ってきたためだ。


東西交易路の要衝として栄えるこの国は、二つの大国に挟まれ、いにしえから その勢力争いに多分に翻弄されてきた。

その国の王であるアイラの父は、五十二歳のややくたびれた風貌の中年男性で、即位以来の断続的な心労により、年齢よりずっと老けて見えた。顔色は悪く、ごま塩頭がハゲかかっている。


疲れ切った王は、力なく娘に告げた。

王「アイラ、お前の意思は関係無い。向こうがそう決めたのだ。我々に選択の余地は無い。国のためだ、行ってくれ」


広間には重臣達が集まっていた。草馬帝国出身の城の常駐役人は笑みを隠し、もう一つの大国であるごう国出身の常駐役人は 苦い顔で 王の言葉を聞いている。


アイラの両斜め後ろには、アイラ付きの護衛リワンとエイジャがひざまずいて控えていた。

リワンは二十歳はたちになる見目麗しい青年で、黄色おうしょくの肌に緑がかった瞳をしていた。その理知的な目はどこか冷め、長い金髪を高い位置でまとめている。

もう一人の護衛エイジャは、リワンより三つ下、アイラと同い年の十七歳である。小麦色の肌に 巻き毛の黒髪、掘りが深く、瞳は茶色の色素が薄いために金色きんいろに見え、野生のひょうのようだった。

二人の護衛は主人あるじである王女アイラの後ろにひざまずき、リワンは硬い表情で、エイジャは下を向きながらも不真面目に、目はそっぽを向いていた。


外からの強い日差しが眩しい中、王の命令に対し、アイラは髪を逆立てて抵抗した。

アイラ「絶対嫌! 母さまもそうやって行って、すぐに死んでしまったわ! 母さまを殺した国なんか…、大嫌いなんだから!」

アイラは母を思い出すと、涙がにじんだ。

王「殺されたんじゃない、…病死だった」

アイラ「何の病気よ! 元気だったのに…! あんな…、あんな残虐でヤクザみたいな国…!

…それとも父さまは…、母さまだけでなく、私まで死んでも良いっていうの?!」

アイラは怒りと驚きで震えながら言った。

王「そんな訳なかろうが! だが、これ以外に この国が生き残る道はない。儂は父である前に王であり、お前は娘である前に王女なのだ」

アイラ「そんな…! 王女なのは私が決めた事じゃないわ!」

王「アイラ、わがままを言うな」

アイラ「わがまま? これがわがままだっていうの? どうして私の結婚を、他の人に決められないといけないのよ! 私は王女である前に、一人の人間よ!

私は…〈大きく息を吸い〉私はリワンが好きなの! リワンと結婚したい!」

アイラは、皆の前で勢いに任せて叫んだ。

広間の一同は呆気にとられた。

彼女の後ろでひざまずき下を向いていた護衛のリワンは、驚いて顔を上げ、目を見開いた。


リワンの隣に控えるエイジャがたまらず吹き出し、苦笑している。

エイジャ「くっ! 今…、ククク、今ここでですか!」

アイラ「…今言わないと私、どうなるか分かったもんじゃないわ」

斜め前に立つアイラを、リワンはひざまずきながら見上げた。

アイラは、恥ずかしさのあまりリワンを振り返れず、耳まで赤くなり、握りしめた手は小刻みに震えていた。

王は、深いため息をついた。

王「〈ため息〉…父としてお前の気持ちも叶えてやりたいが、それは来世に期待してくれ」

後ろに控えていたリワンは再び目を伏せ、いつもの冷静な表情に戻った。

リワンのその顔を、エイジャがニヤニヤと横目で見ている。


アイラは、感情がたかぶり、泣きそうになるのを堪えながら叫んだ。

アイラ「父さまのバカーッ! 来世なんて無いから!!」

王の側近が遠慮がちに口を挟んだ。

王の側近「姫さま、王様に向かってそのような…」

王は無言で、指で軽く頭を抱え、小さくまたため息をついた。


アイラは、斜め後ろに控えるリワンを恐る恐る振り返った。リワンも顔を上げる。

アイラはリワンをまっすぐに見ると

アイラ「リワン…。私 あなたが好き。小さい頃からずっと、あなたのことが大好きだった…。あなたと結婚したい…!」

リワン「姫…」

二人は少しの間 見つめ合った。

リワンの緑がかった目に映るアイラは、周囲の圧力に対し、陥落前の最後の抵抗をするような弱々しさと、よりにもよって皆の前で求婚した恥ずかしさの為に、崩れてしまいそうに見えた。

リワンは、やや苦しそうに目を伏せ

リワン「姫…。姫様のお気持ち、私には身に余る光栄です。ありがとうございます」

リワンは下を向きながら、僅かに困ったように はにかみ、

リワン「私は姫の事は、何よりも大切に思っております。あなたが四つの頃 お会いしてから、十三年間ずっと…」

アイラは、全身が心臓になったかのような鼓動がうるさい中、もしかしたらという小さな希望と共に、彼の言葉に集中した。

リワン「ですが…、ですが私は…」

リワンはその緑がかった瞳で一瞬アイラを見据えると、視線を床に落とし、こうべを垂れて静かに言った。

リワン「私は臣下として、あなたをお慕いしております」



アイラは呆然となった。リワンの横に控えていたエイジャは、また笑い出した。

エイジャ「ククククク…。リワン、お前って意外と手厳しいな。そういうのは二人だけの時に言えばいいだろ。わざわざ公開処刑しなくたって」

アイラは呆然としながら、弱々しく立ち尽くし、言葉をはさんだ。

アイラ「いいのよエイジャ…。私が先に仕掛けたんですもの…」

アイラは万策尽きたといったていで、ぎこちなく再び王の方へ向き直り、父と目を合わせずに力無く言った。

アイラ「…父さま、わかったわ…」

父は、言葉とは裏腹に、まるでそう言ってほしくなかったかのように、残念そうに

王「そうか、それなら良い」

と言った。


アイラは父の言葉を聞きながら、何日か前に聞いた、同じ立場であり友人であるリファの言葉を思い出していた。

<回想>

アイラン「そんな…! じゃあ私達にどんな道があるのよ?!」

リファ「逃れられないわ。大人しくお嫁に行くか、病気か何かで死ぬか…」

<回想終わり>


不意に、アイラはボソリと呟いた。

アイラ「死んでやる…!」

広間にいた一同は、その小さな声にもかかわらず、全員がそれを聞き取り、ギョッとしてアイラを見た。

アイラ「死んでやる! どうせ向こうで殺されるんなら、ここで死んだ方がまだマシよ!」

王「な、何を申すか! 生きたお前を差し出す事 自体に、意味があるんじゃろうが!」

アイラ「私は屠殺場に送られる牛じゃないのよ! 意思があるんだから! 父さまも皆も、どうせ私のこと、人間として見てないんじゃない! 政治の道具だわ!」

王「アイラ。お前も王家に生まれたのなら、民のために…」

アイラ「役に立ってから死ねって言うんでしょ?! 嫌よ! 役になんて立ってやるもんですか! 私を利用しようったって、そうはいかないんだから!この際、こんな弱っちい国なんて、滅びちゃえばいいのよ!」

それを聞いた王は、つかつかとアイラのそばまでやって来ると、パァン! と平手で娘の頰を打った。

王「お前というやつは、どこまでワガママなんだ! お前が居ることで、この国の民が救われるとは思わんのか!」

アイラは左右に首を大きく振りながら、目に涙をいっぱいに溜めて叫んだ。

アイラ「そんなの一時的なことじゃない! 人質を送った所で、何年かしたらまた同じことが起きて! 弟が取られ、母さまが取られ、次は私! こんなの、一体いつまでやるつもりなの?!」

王は苦し気に答えた。

王「ぐっ…。大国に挟まれておるこの国の立場上、仕方なかろうが…! それに、例えほんの何年か何十年かでも、民が血を流さずにおられるのだ、良いと思わんのか?!」

アイラ「思わないわ! だって私は、まだこの人生で何もやってないのよ? 自分のことは諦めて人柱になれっていうの?! 人質なら、離宮にいる"まだお迎えが来ない"っていつも言ってるお婆様方に行ってもらってよ! 私は、まだやりたいことがあるの! 自分が満足してないのに、人の為になるなんてできないわ! まず私が幸せになったら、他の人の事も考えてあげるわよ!」

アイラは、普通は隠すであろう その利己的で至極当然な本心をぶちまけた。


王「! お前というやつは…!」

王は口をひん曲げて、再び娘に手を上げた。

その時、後ろで控えていたリワンがいつの間にか立ち上がっていて、アイラを素早く庇ったが、父は構わずリワン越しに娘の黒い髪を両手で引っ掴んだ。

アイラもリワン越しに、父の薄くなった髪の毛を容赦なく引っ張った。


その後は、見苦しい親子喧嘩となった。

王「なぜそんなに自分の事しか考えられんのだ?! 儂が甘やかしすぎた! このできそこないが! 役に立つつもりがないのなら、お前なんて死んでしまえ! 民の作った麦をみながら、国の役に立たんとは何事か! この穀潰しめ!」

アイラ「できそこない? 自分の子育ての結果を私になすりつけないでよ! 産んだのはそっちの都合でしょうが! 私、王女になりたいなんて言って生まれてきた訳じゃないから! 人質に行くなら、自分が行けばいいでしょ!」

王「なにをぉ?! 黙って聞いていれば、こん…の、できそこないのバカ娘が!」

揉み合いの中、親子の間に居るリワンも、何度か理不尽にも肘鉄や張り手を食らう羽目になった。

エイジャは、後ろでひざまずきながら、さも面白そうにニヤニヤと親子の取っ組み合いを観戦している。

リワンは少し息を上げながら、湯気の出る親子を引き分けた。


父と娘は、共に髪がボサボサになっていた。

こと王に至っては、禿げ散らかした頭部が もはや一国の王としての威厳とは程遠い様相で、後ろで見ていたエイジャや一部の楽天的な性格の従者にとっては、状況の悲哀さと 目の前の珍景とのギャップに、笑いをこらえるのは極めて困難であった。

王はその、何かを失敗した博士のような頭で、息荒く叫んだ。

王「リワン! 止めるな! このバカは言葉で言ってもわからん!」

リワン「王様どうか…! 姫様も苦しいお立場です」


王「くっ…!」

王は腹立たしげにゼーゼーと息をした。アイラはリワン越しに同じく息を上げながら、父を睨みつけた。

王「フン!」

睨み合いの末、父は娘に背を向け 踵を返して王座へ戻り、不機嫌にドスンと座った。リワンは密かに安堵のため息をついた。

王「あ…、たたたた」

王は座ると同時に、胃を抑えて丸くなった。側近が心配げに言った。

側近「王様…! 大丈夫ですか…?」

アイラはツンとそっぽを向いたまま、父を見向きもしない。王はうなった。

王「うぅ…、問題ない…。よいか! 出発は半月後だ。この決定は覆らん。心しておけ!」

王は胃痛に顔を歪めながら一同にそう言い放つと、今度はリワンとエイジャを指さして、

王「それからお前達!」

リワンとエイジャは顔を上げて王を見た。

王「アイラを厳しく見張っておけ! こやつ、何をしでかすか分からん!」

リワンはやや沈んだ様子で、エイジャは下を向きながらもそっぽをむいて

リワン・エイジャ「はっ」

と答えた。

王「アイラ! 何か起こしてみろ! ただじゃおかんからな! 〈また胃を抑えて〉あ…たたたた」

王は胃に当てた手の他に、もう片方の手で頭を抱えた。

アイラは何も言わないが、息荒く目をらしたまま、瞳は暗く、爆弾を抱えたような様子で突っ立っていた。

リワンとエイジャは、気の荒い主人あるじの様子をそっと目で伺った。



アイラ達三人は広間を出て、日干し煉瓦でできた廊下を歩いた。

アイラの少し後ろに、リワンとエイジャが続いている。エイジャが前を行く主人あるじのボサボサになった黒い髪を見ながら、頭の後ろで手を組んで話しかけた。

エイジャ「てぇことは? べったり張りついとかねーとダメなんかな? 見・張・り。ちょいちょい安否確認する、とか?」

リワンが淡々と続けた。

リワン「……。宜しいですか? 姫」

アイラは何も言わずに 先を歩いた。

アイラ「……。」

その不穏な後ろ姿を見て、護衛の二人はチラと目を合わせた。エイジャは場を取り持つ感じで一つため息をつき、


エイジャ「なぁアイラ、何も好きな男に振られたからって、死ぬこたねぇだろ? あっちの王もさ、実は〈リワンを親指で差して〉こいつよりずっと良い男かもしんねーじゃん」

アイラは無言のまま歩いて行く。リワンが、茶化すような事じゃないとたしなめる。

リワン「エイジャ」

エイジャ「ちげーって、そうじゃなくて! 死ぬなっつってんの!〈口を尖らせてボソッと〉俺らが罰 食らうだろが。

おめーらみたいな金持ちにはわかんねーんだろうがなぁ、生きてるだけで丸儲けだろ! おい、聞いてんのかアイラ! 死なねーって約束しろ!」


アイラは、ふと足を止めた。

後ろから付いて来ていた二人も、おっ、と つんのめる感じで足を止めた。

アイラは、沈んだ声でまたボソリと呟いた。

アイラ「…ごめん…」

エイジャ「あっ?」

アイラ「〈しっかりした声で〉ごめん」

エイジャ「……。ごめん、って…、オイ! 何がごめんなんだよ! 意味わかんねーし! おめーなぁ! この際しゃあねーだろ、王女なんだから。オイ、聞いてんのかよ?!」

エイジャはアイラの腕を乱暴に掴みこちらを向かせると、アイラはボロボロに泣いていた。

エイジャ「ゲッ! んだよ、泣くなよ…」

アイラはエイジャの手を振り解き、再び前を向いた。

エイジャ「〈ため息をつきながら〉おめーさぁ、とりあえず飯食えれば、何だっていーだろーが。あっちの国行ったって、側室待遇なら、何不自由なく暮らせるって」

アイラ「良くない! 嫌なものは嫌!」

エイジャ「嫌…っつーかさぁ! あんなぁ、おめーに一体何人の命がかかってると思ってんだよ! だし、今まで何でおめーのことまもって来たと思ってる訳?! まさかお前の事を好きだからとか可愛いからとか思ってる訳じゃねーだろが?! このためだろうが!」

リワン「エイジャ…!」


アイラは、冷え切った瞳でエイジャの言葉を聞いていた。

アイラ「…あんたの言う通りよ…」

エイジャは、いつものようにアイラが言い返してくると思ったのが外れ、意外そうな顔をした。

アイラ「ごめん…。こんな主人あるじでごめん。…迷惑かけて、申し訳ないと思ってる」

二人は、一瞬 呆気に取られて言葉が出てこなかった。


アイラはいきなり走り出した。

エイジャ「?! オイ!」

二人は驚いて追いかけた。

アイラは自室に走って入ると、バタンと勢いよく扉を閉めた。

追いかけてきた二人が扉の前まで来ると、エイジャが叫んだ。

エイジャ「オイ! 何なんだよお前…」

その時、

ばっしゃーん…

大きな水音が聞こえた。

二人はまさかという顔で、扉の前で目を合わせ、急いで部屋に入ってバルコニーへ走り、身を乗り出してその下の湖を見た。アイラが湖に落ち、白い小さな無数の泡と 水面すいめんに波紋ができているのが見えた。

二人「!!」

エイジャ「あんの…! クソバカ…!!」

エイジャ口から、驚愕と共に悪態が漏れた。

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