7話 プレゼント選び
13の月7日目の午後。
この日は快晴で、寒さはそこまで厳しくはなかった。
屋根という屋根は先日の雪で覆われ、道端には雪が15センチほど積もっている。
冬のシェナヴィーゼもまたその美しさで有名であった。
俺は父さんを送り出した後、弟のフランツと親友(?)フォルカーと一緒に商業区を見て回る約束をしていた。というのもフランツの許嫁であるリリー嬢の誕生日プレゼントを選びに来たのだ。彼女の誕生日は約2週間後である。
ちなみにブルーノや護衛は連れて歩いていない。連れていたのでは平民になりすましている意味がなくなる。とはいえ影から俺たちをつけているかもしれないが、それは街に出るといつものことなので気にしないこととしている。
俺たちは市民商業区と市民居住区の境目にある中央広場の噴水前で待ち合わせをした。俺たちは一般市民になりすましていた。というのも貴族と市民とのいらないトラブルを避けるためである。貴族が市民区に来るときは大抵こうするのである。俺たちはここから市民商業区と貴族商業区を行ったり来たりしてプレゼントを選ぶ予定であった。
俺とフランツはひと足早く噴水前に到着した。
「フォルカーさんにも来てもらうなんて申し訳ない。」
フランツは本当に申し訳無さそうにしていた。
「気にするな。あいつが勝手についてきたいって言ってるだけなんだから。何買うか候補は絞ってる?」
「髪飾りがいいかなとは思ってるんだ。ネックレスとかは学生が渡すにはちょっとな」
「リリーからは何か言われてないのか?」
「リリーは、その、兄さんと俺が二人で一緒にいるところを見れればそれで十分だって。今度二人のデートについていきたいって言われた」
フランツはもごもごと言いながら少し頬を赤らめていた。
リリー嬢は少し変わった趣味をしている。
「なぁお前、今日プレゼント選びに行くってこと、リリーに話したりしてないよな?」
俺はふと右斜め後ろ、噴水あたりから視線を感じた。
さり気なくそちらを見ると、噴水の後ろの方に赤毛のポニーテールが見えた。
間違いない。あれはリリーだろう。
「えっと、、兄さんと出かけるっていうのは話したけど?」
「そうか」
どうやらフランツはリリーの尾行に気づいていないらしい。彼に言えば緊張して何もできなくなるだろうからこのままにしておこう。
リリーよ、くれぐれもフランツにばれないように尾行してくれ。
「ごめんねー、待った?」
そこに現れたのは市民に扮しているフォルカーだった。
「さっき来たところだ」
俺のその言葉にフォルカーは胸をなでおろしていた。
「フォルカーさん、お久しぶりです。今日はよろしくお願いします」
フランツは丁寧に挨拶をしてペコリと頭を下げた。
なんと礼儀正しい弟なのだろうか。
「もう。昔みたいにフォルカーでもフォルカーくんでもいいんだよ?それに今日は僕は勝手についてきただけだから気にしないでね」
フォルカーは笑顔でフランツの頭をポンポンとした。
「いえ、礼儀は大切なので。ありがとうございます。」
こうして俺たちは出発したのだった。
フランツが前を歩いているときに、フォルカーがそっと耳打ちしてきた。
「なぁ、リリーちゃんだっけ?彼女ついてきてない?」
どうやらフォルカーもそれに気づいたらしい。
「そうなんだ。多分フランツは気づいてないからそっとしておこう」
「わかった。なんかさ、彼女鼻血出してない?」
「いつものことなんだ、気にしないでくれ」
フォルカーはわかった、というとフランツの隣に行きプレゼントについて話をし始めた。
リリーはのぼせるとすぐに鼻血を出す。今日も俺たち兄弟二人だけでなくフォルカーとの絡みも見れてのぼせてしまったのだろう。貧血にならないことを祈るだけである。
俺たちはまず市民商業区から見て回ることにした。こっちには一般市民向けのリーズナブルでシンプルな商品が多い。貴族商業区のものはとてもいいけれどダリエ学園の中等部生が買うには少しハードルが高い。今回は貴族商業区は念の為見て回る程度になりそうである。
「フランツ、リリー嬢の髪は何色だっけ?」
フォルカーはさっき見て知っていながらあえて聞いた。
「キレイな赤毛です。サラサラしてて、手入れが行き届いてて」
フランツは少し照れながら言った。
彼は幼い頃からリリーが大好きなのだ。あまり普段表情に出すことはないのだが、彼女への行動や言動に好意が滲み出ている。
リリーもまたフランツに信頼を寄せており、見ているだけで幸せになれる二人だった。
リリーはサラサラな赤毛に茶色の瞳を持った可愛らしい少女であった。余談ではあるが、ライアー家は赤毛が多い血筋である。3年前に亡くなられたリズニア国王妃アウレリア様もまたライアー家の出身であり、燃えるような真っ赤な赤毛の持ち主だった。アクセル王子の赤毛もその血筋の影響を受けているのだった。
◇◆◇
フォルカーは昔からそういう装飾品に詳しいだけでなく美的センスが高く、フランツにも色々とアドバイスをしていた。フランツは真剣に耳を傾けていた。
何軒か回った後、フランツは最終的にステンドグラス調の蝶モチーフの髪飾りを選んだ。なぜ蝶にしたのかと聞いたら、自由にフワフワと飛ぶ姿が似ているからと言っていた。たしかにそのとおりだと納得した。
時刻は15時半を回った頃だった。
フォルカーはどうしても食べたいものがあるといい、俺たちを市民商業区のスイーツが並ぶ通りに案内した。
"オリーヴィエの菓子工房"という店の前でフォルカーは足を止めた。
「ここだよ、ここ!フルーツタルトが絶品なんだって寮の食堂のおばちゃんが言ってたんだよ!食べてみたかったんだ!」
フォルカーは目を輝かせて言った。
「そうなのか。フォルカー甘いもの好きだもんな」
「じゃあ行きましょうか」
◇
結論から言うと、店内は男3人で来る空間ではなかった。
周りは女性同士か男女のカップルばかりだった。
これは非常に居づらい。けれどフォルカーは何も気にすることがなかった。
「おいしー!最高すぎる!」
フォルカーはフルーツタルトを一口頬張り、ニマニマしながら言った。
俺とフランツも一口食べた。確かに美味しいのだが、とても味わっていられる精神状態ではなかった。
「お前は周りの目線とか気にならないのか?」
周りの女性達は明らかに俺たちを凝視していた。
フォルカーもフランツも見た目がいい。フォルカーいわく俺もそうらしいが自分ではよくわからない。
「そんなの気にしてたら楽しめないからね。僕たちが素敵だから見られてるんでしょ?全然問題ないよ」
フォルカーはそう言うとまた幸せそうにタルトを一口頬張った。彼はやはり鋼の心臓を持ち合わせていたようだ。体も強く心まで頑丈。フル装備だな、なんて考えてしまった自分がいた。少しだけ、少しだけ見習いたいと思ったのは本人に内緒である。
フランツは顔を真っ赤にしていた。
「兄さん、俺、恥ずかしくて耐えられない。タルトの味もわからなくなってきた」
「耐えられるのは目の前にいる男くらいだ」
俺たち二人は目の前でフルーツタルトを頬張っている男をジト目で見続けたのだった。
ふと右側からただならぬ視線を感じた。
そちらをちらりと確認すると、店の端の席に一人で座る赤毛の少女がいた。メニューで顔を覆いながらチラチラとこちらを見ている。
リリー、そんなにキラキラとした視線を向けるんじゃない。
フランツにバレるだろ。あと、また鼻血が出てるぞ。
俺は頃合いを見計らい、手洗いに行くと言い席を離れた。そしてメニューで顔を隠しているリリーに声をかけた。
「リリー。あんまり見てるとフランツにバレるぞ?」
「お、お義兄様!いつから気づいてたんですか?!」
リリーはバレていないと思っていたらしく、挙動不審になっていた。
俺たちは声のボリュームを下げて会話を続けた。
「噴水前で待ち合わせしてた時から。鼻血もどうにかしなさい。領主様が嘆くぞ」
「だって、兄弟愛があまりに尊くて。しかもあのフォルカー様も居るなんて、眼福すぎて幸せが止まりません。あぁ、今日もフランツが素敵で。照れててタルトをうまく食べれてないのがもう可愛くて可愛くて!」
リリーは悶えていた。よかった、相思相愛であるのは素晴らしい。少々方向性が違うのは気にしないこととしよう。
「はいはい。ちゃんと護衛はついてきてるのか?」
「ええ、店の外にいます」
「ならよかった。気をつけて帰るんだよ」
「お義兄様は本当にジェントルマンですね。あぁ、フランツをお嫁にもらって」
「そろそろ黙ろうか」
俺は笑顔でハンカチを彼女に差し出したのだった。
◇◆◇
店を出た時だった。
「リット、あれ」
フォルカーが一点を見つめ、ピリッとした空気を出して言った。
10メートルほど先の十字路を通り過ぎようとしていたのはマグノーリエ先生だった。
俺はその光景に言葉が出なかった。
「あ、マグノーリエ先生じゃん」
俺が声を発する前にそう言ったのはフランツだった。彼も中等部の剣術稽古でマグノーリエ先生にお世話になっているのだろう。
「そっか、お前も世話になってるもんな」
俺は平然を装い言葉を紡いだ。
俺は何をそんなに動揺しているんだ?
先生にだってプライベートはあるのは当然じゃないか。
そんなことは頭ではわかっていた。でもこのザワザワする気持ちは一体何なんだろう。
「先生、やっぱり男好きだったんだ。随分かっこよさそうな人と歩いてるね」
フォルカーは冷めた表情で言った。
そう、先生の隣には男が居たのだ。短い黒髪を持つ、先生よりも少し背が高くそこそこ筋肉質な男だった。フォルカーの言うとおり、遠目で見ても美丈夫であることがわかる。
ここからでは二人の表情などは見えなかった。けれど二人の距離感からは親密さを知ることができた。
二人はそのまま十字路を横に通り過ぎていった。
「ただの友人かもしれないだろ。偏見を持つのは良くない。」
「ったくリットは」
そう言いながらフォルカーは肩をすくめた。普段なら続きも言うのだろうけれどフランツがいる手前自重しているようであった。
「兄さんは優しいよな。俺、あの人チャラチャラしてて好きじゃないんだ」
「え?」
フランツの意外な言葉に俺は思わず聞き返してしまった。
「話し方が軽いっていうかなんというか。オネエ口調だからかもしれないけどさ」
俺はそう感じたことはなかったので驚いた。何よりも、あまり人の悪口を言わないフランツがそんなことを言うことに驚きを隠せなかった。
「それわかるー。軽そうだよね」
フォルカーはふふっと涼しく笑った。それに対して俺とフランツはニッコリとフォルカーに笑いかけた。
「「まぁ、フォルカー(さん)のほうが軽そうだけどね」」
「ショック!!」
フォルカーはがっくりと肩を落としたのだった。
俺は気が気じゃなかった。
隣の男は誰だったんだろう。
そればかりが気になってしまった。
フォルカーは俺達を屋敷の前まで送ってくれた。彼の住む学園寮はもう少しだけ王宮側にあるからだ。
「フランツ、先に戻ってて。少しリットと話があるから」
「わかりました。今日はありがとうございました」
フランツは丁寧にお礼を言って屋敷に戻っていった。
「リット、顔に出すぎ。フランツにバレるよ?」
「何のことだ?」
「とぼけないの。マグノーリエ先生のことだよ。あれからずっと様子が変」
「そんなわけないだろ」
俺は普通にしていたはずだ。
彼のことなど気にしていなかった、気にしていないようにしていたはずだ。
「これで諦めがついたでしょ?僕が居るんだから他に目移りしないで」
そう言ったフォルカーの目は真剣なものだった。俺は思わず目をそらした。
「俺はお前のことそういうふうに見れないんだって。大切な友人だ」
それに対してフォルカーは目を見開いていた。
「ねぇ、それ本心?本心で言ってるの?」
「当たり前だろ。それ以上には見れn」
「嬉しい!君が"大切な"なんて言ってくれたの初めてだよ!」
俺は、え?と聞き返した。フォルカーは目を輝かせていた。
言われてみれば初めてかもしれない。自然とそんな言葉が出てきたことに驚きが隠せなかった。
「今は高望みしないよ。君がそう思ってくれてるってのがわかっただけで十分。じゃあね」
そう言うとフォルカーは嬉しそうに帰っていった。
"大切な、友人"
俺は未だに自分の発した言葉に衝撃を受けていた。
俺は一体どうしてしまったんだろうか。
そう自分自身に問うても答えは返ってこなかった。