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40.5話 忍び込むは

おまたせいたしました。

久しぶりすぎる更新です。


1の月19日目になったばかりの深夜。高く登った三日月が薄雲に隠れ、辺りは一層と暗くなっていた。焦げ茶色の、お世辞にも衛生的とは言えないつなぎに身を包んだ二人組の男達が高い高い白亜の塀を見上げていた。男たちは腰に揃いの黒い小さなポーチをつけており、一見すると何かの作業員のように見える。二人とも年は三十代に届かないほどで、ひょろりとした背格好も暗い髪色も眠そうにしているように見えてしまう容貌もよく似ていた。着ているものが同じなのも助けてか、年子あるいは双子の兄弟を思わせる、そんな二人であった。唯一の違いは髪の毛の分け目くらいであり、まるで鏡合わせにしたようである。


辺りには雪がうっすらと積もった林が広がり、そこに似つかわしない白亜の分厚く威圧感がある塀が存在していた。その高さはおよそ10メートル。塀というよりはもはや壁である。男たちの他に人は無く、冷たい風が木々を揺らす音とミミズクの鳴き声、そして男たちの雪やら落ち葉やらを踏みつける音だけが響いていた。


「まさかこんなところに隠してやがったとは」

「王宮よりは楽でよかったな。早いところ奪っちまって兄貴たちと合流しようぜ」


そう小声で言いながら、男たちは高い塀の横を足早に歩き続けた。しばらくすると数十メートル先に高い塀の終わりが見えてきた。

男たちはより一層声を潜めた。

「しかし、兄貴はなんであんなもの欲しがるんだろうな。あの人、本なんか読みそうにねぇのに」

髪を右分けにした男ガルがそう言った。

「俺たちが知ったこっちゃねぇよ。元軍人様の頭ん中なんてわかる気がしねえって」

左分けの男ダルがそう答えた。

「それもそうだ。俺たち双子は兄貴の手足として動くしか脳がねぇからな」

ガルのその言葉に、ダルは首をすくめながら、それな、と返した。




兄ガルと弟ダル。苗字はない。

彼らはシェナヴィーゼの市街地にある、"裏"と呼ばれる地域にぎりぎり入らないところにある孤児院出身の双子である。

十分な教育に触れる機会がなく、生きるために殺人以外なら何でもしてきた二人には頼れる"兄貴"たる人物がいた。双子と同じ孤児院出身でありながらリズニア王国軍に所属していた経験がある男である。

ガルとダルは幼い頃から彼に憧れ、ずっと従ってきた。

数年前軍を退役したその男に誘われて、双子はある組織に属した。



それが正しい道であると信じ続けて。




二人は一度立ち止まり、周りに誰もいないことを今一度確認した後、ガルが胸ポケットから折りたたまれた大きな紙を取り出した。


そこに広がるは構内図であった。手書きであるものの、細部まで書き込まれているそれは、原本から精密に書き写されたものであることがわかる。


上部には美しい字でこう書かれていた。


"ダリエ学園 構内図"と。


地図にはたくさんの書き込みがなされており、赤いインクで丸がついている箇所がいくつかあった。その一つが図書館であった。その付近にはたくさんのメモが書かれていた。


「緊張してきたな。盗みはいくらでもやったが、今回は規模が違う」

ガルの言葉にダルはそうだな、と答えた。

「鉄の学園の異名を持つ貴族様学園だしな。ガードも堅い」

「兄貴の策を信じるしかない」

二人は覚悟を決めたように同時に頷いた。



◇◇◇



守衛の男は、一人ぽつんと白亜の塀の切れ目にある大門の外側に立っていた。

ここはダリエ学園西門。多くの生徒が馬車で利用する正門や寮と直結している北門とは違い、一部の職員や生徒しか利用しないこの門は、林に面していることもあり昼間でも閑散としている。夜間などさらにである。


本来は2人1ペアで門を守っているのだが、相方は用を足しに行った。

それは勤務中にはそれほどまで珍しいことではなかった。自然の摂理には敵わない。それに、夜中にこんなところを訪れる者など皆無に等しかった。守衛の男がこの職についてから5年が経ったが、夜中の勤務中、ここを人が訪れたことなど片手の指で収まるほどであった。


彼の夜中の任務はこのダリエ学園に誰も入れないこと。

こんな時間帯に訪れる客などまともな者はいない。

片手に収まるほどの訪問者たちは皆、ダリエに侵入しようと試みたものの、彼やその仲間の手によってあっけなく捕縛された。


入り口に立つ男、元王国軍下級兵士だった彼は、結婚を機に軍を退役しダリエ学園の守衛の職についた。給料はさほど変わらず、王国軍に属すよりは安全な職だからである。夜勤はあるものの、その分休暇も充実しており、家族と過ごせる時間が多いのも魅力の一つであった。


"帰ったら子どもに頼まれてた絵本を買ってやらなくちゃな"

ふとそんなことを考え頬を緩めていた矢先、彼は甘い匂いに気がついた。


「な、なんだ?!」


そう言ったと同時に、守衛の男は意識を失い、膝から崩れた。



「おい!大丈夫か?!」


そう言って門の内側から駆け寄ってきたのは、用を足しに行っていた相方。


彼は駆け寄ってくるべきではなかった。

マニュアルがあり、こういう非常事態にはすぐに警報弾を打ち上げ、他の門や守衛本部に構える仲間たちに知らせなければならなかった。


しかし、突然の出来事にパニックを起こしてしまった彼はそのマニュアルのことを忘れ、相方を助けようとしてしまったのだ。


もちろん、相方の彼も謎の甘い香りの犠牲になり、すぐさま意識を失ってしまった。




◇◇◇



「さすが兄貴の眠り薬だ。守衛も子猫ちゃんみたいにぐっすりだとは」


頑丈な防塵マスクを外した二人は入り口の守衛から鍵を奪って颯爽と構内に侵入した。


ガルとダルは、二人の守衛の手足を縄で縛り、門近くの小屋に閉じ込めた。


「こ、殺さなくていいんだよな?」

少し震える手で小屋の鍵を閉めながらガルがそう呟いた。ダルは小さく頷いた。

「殺しちまったら、俺達は戻れないところまでいっちまう」

「だよな。俺たちはコソ泥で十分だ」


こうして二人は静まり返った園内を、頭に叩き込んだ地図を元に進んでいった。

途中、巡回している守衛のランプの光が目に入り、建物の陰に隠れた。幸いにも守衛は二人に気がつくことなく通り過ぎていった。

二人は守衛が西門の異変に気づかないかヒヤヒヤしたが、その守衛は逆側に向かっていった。

二人は胸をなでおろし、図書館を目指した。



◇◇◇

二人は中央にある大きな校舎の隣に位置する2階建ての建物についた。隣と言っても隣接しているというわけではなく、校舎同士をつなぐ小道を少し行ったところにある。他の校舎より小ぶりなその建物の入口には"図書館"と書かれた看板があった。


ダルはニヤリと笑みを浮かべると、自身の腰につけていた黒い小さなポーチから数本の針金を取り出した。

そして鍵穴をいじること十数秒で解錠に成功した。




「すげぇ」

思わずガルがあたりを見渡しながら小さく呟いた。

それもそのはず。双子はこんなにたくさんの本に囲まれたことなどなかったのだから。

ダルはそんなガルを放っておいて目的の"貸し出し禁止区域"を探した。

目当てのイズールの本は禁止区域の奥にある、とメモには記されているのだ。



二人は懸命に貸し出し禁止区域を探したものの、その本は見つからない。

タイトルがイズール語であるのでいちいち"兄貴からのメモ"と見比べなければならないのと、あまりランプを本に近づけすぎて火災になっても困る。

そんな小さなストレスが双子のイライラを募らせていった。

「くそ。ねぇじゃねえか!貸し出し禁止区域にあるんじゃなかったのか?!」

「特殊な文献らしいからな。兄貴、たしか、そこになければ裏の管理室にあるって言ってたよな?」

「そんなことはわかってる!急がねえと守衛の交代時間になっちまう!」

二人は裏の管理室を目指し、そこのドアもピッキング道具ですんなりとあけた。



その本は管理室の奥の棚の下段に静かに佇んでいた。

「あった!これだ!よし、撤収だ!」



二人は一安心した。

これで西門から抜ければ問題ない、と。

二人は図書館を出て来た道を引き返した。



しかし、二人の思惑は大きなサイレンによってかき消されることとなった。



長いサイレンが終わると、次々と足音が聞こえた。

二人は小道の雑木林に身を潜めた。

「ちっ、もう嗅ぎつかれたか。出入り口も塞がれてるとは」


そこから遠目に見えたのは、西門の隣の小屋から守衛が運び出された様子だった。



「しょうがねぇ。潜伏するしかねぇか」




こうして二人はさらに来た道を引き返すこととなった。



図書館の隣にある、大きな建物に二人は侵入した。

看板には"中央校舎"と書かれていた。


幸いにも守衛などはいないようで、校舎内は静まり返っていた。


二人はそのまま一階で潜伏できる場所を探した。



二人は一階の最奥、医務室の隣にあった部屋の看板を見上げた。

「旧実験室?なんか汚えし、長らく使ってなさそうだ。ここがよさそうだな」

ダルの言葉に、ガルは大きく頷いた。

ダルは念の為、鍵を内側から締め直しておいた。




二人は気がついていなかった。


長らく使っていないにしてはホコリが少ないことに。


それに気づいていればこの双子の運命は変わっていたのかもしれない。



ガルとダルは実験机の下に潜り込み、水袋に口をつけた。

ついでに携帯食も口に放り込んだ。


二人はできる限り小さな声で会話した。

「隣が医務室ってことは、かわいい姉ちゃんがいるんじゃねえか?看護見習いのさ。いざとなればそいつを人質にすればいい。ついでにイタズラもして、、」

「ほら、ゲスいこと考えるな。今は脱出が一番だろ」

ガルのどうしようもない発言にダルは小さくため息をついた。短絡的な(ガル)にストップをかけるのが(ダル)なのである。双子で育ってきた環境も全く同じなので、あくまでも微々たる個性差ではあったりするが。



こうして二人は仮眠を取りながら夜が明けるのを待った。




◇◆◇

旧実験室にも薄く陽の光が入ってきた。

とはいえ、窓という窓には暗幕がかかっているので時間は予想できなかった。

無論、この部屋の時計は時を刻んではいないのだった。



二人がこのあとどうしようか相談をしていた時、2つの足音に気がつき、そっと机の下に隠れた。


双子はじっと息を潜めた。



ガチャリという音と共に、声も聞こえた。



「ほんとにいるんですかねぇ?泥棒なんか」

その声は中年の女性のものだった。

もう一人の方は声を発さずに、そのまま実験室内に入り、ぐるりと見て回っていた。



泥棒、という単語に双子の心臓は跳ね上がった。



見回っていた方が、自分たちの机の前でとまった。


スラリとした黒のトラウザーズと、白衣の裾らしきものが見えた。

長身の女性とも、細身の男性とも取れる脚だった。




その脚はまた遠ざかっていき、中年の女性とともに外に出ていった。



二人は足音が遠ざかるのを確認した後、ため息をついた。



「バレたかと思ったぜ」

「だな」

互いの額には薄っすらと汗が浮かんでいた。




そこに、また一人分の足音が近づいてきた。



またガチャリと鍵を開け、扉を締めたのがわかった。



「こんなところに隠れてたのね。今彼女にはガードマン達を呼んできてもらってるの」


それは、先程の中年女性の声ではなかった。

一般的なものより少しだけ高めの、男の声。


二人は沈黙を貫いた。

男の声が続く。

「奪ったものも返しなさいな。あれは大切な資料よ。返して」


二人は顔を見合わせ、頷いた。



相手が一人しかいない、今が最後の機会だと。



ガルとダルは机の下から抜け出し、男と対峙した。



その男の容貌に、二人は見とれてしまった。

後ろに束ねられた黒髪、切れ長で美しい黒っぽい瞳、バランスの取れたパーツに、左目尻にある控えめな黒子。

男装の麗人、と言われればそうとしか見えない、そんな容貌だった。


見とれていたのは男にもバレたらしい。

「人の顔に見とれてるなんて、呑気なものね。自分たちの状況がわかっていないの?」

そう言われてはっと気がついた二人は指摘が正しすぎてヤケになって反論した。


「その言葉、お前にそのまま返してやるよ。俺たちは二人、ましてやお前はか細いただのカマ。お前を人質にして逃げてやるよ」

ガルの言葉に男はふーん、と興味のなさそうな返事をした。

「で、なんでイズールの書物なんて盗んだの?わざわざ図書館の管理室から盗み出すなんて」

「お前、随分と余裕だな」

ダルも反論した。が、やはり男は二人の話を聞かない。

「いいから答えなさいよ。何が目的なの?」

「このカマ野郎。痛い目見ないとわからねえみたいだな!!」

全く話を聞いていない男に、短絡的なガルがブチ切れた。


「バカね。相手の力を推し量ることもできないなんて、ド素人なのね」

「う、うるせぇ!!」

「吠えることしかできない駄犬にはお仕置きが必要ね?ねぇ、どっちがいい?選ばせてあげる」

「な」

「凍傷と火傷、どっちがいいかしら?」


男のぞっとするような微笑みに、二人は体を引いた。

「やべぇよ、こいつ。なんかやべぇ」

ダルはその"ヤバさ"に気が付き、とっさにガルの手を引いて逃げようとした。

しかし、体はうまく言うことを聞いてくれない。



「今更気づくなんて。ねぇ、どっちがいい?選べないのなら」



「両方味わってもらおうかしら」

男の笑みはどこまでも美しかった。



しかし二人はもう見とれている余裕などなかった。



男は続けた。


鉄の学園(ダリエ)に忍び込んだ勇気は認めてあげる。でも詰めが甘かったわね。なぜ鉄の学園なのか?ガードマンが沢山いて警備が整っているから?ふふ、そんなに甘くないのよ」



「「ひぃ!!!」」

二人は一目散に逃げ出した。

先には暗幕のかかった外窓がある。

ガラスで怪我をしてでも外に出たほうがいい、そう二人の脳内は判断したのだ。



『フォイアー』



男がよくわからない言語を発した途端、行く手にあった暗幕が燃え上がった。


それは青白い炎に包み込まれている。



すべてを溶かしてしまうような、高温の炎に。



「ま、魔法、だと?!?!」

「な、な、なんで!!?魔族じゃないのに?!」


「世の中にはね、知らない方がいいことがたくさんあるの」



男はゆっくりと二人に近づいてきた。


「大丈夫。ちゃんと治療もしてあげるわ。私、学校医、ですから」

男はニコリと微笑んだ。




「やめ、やめろーーーー!!!」

「ギャーーーー!!!」





双子の悲鳴が、中央校舎の一階に響き渡ったのだった。




ごめんね、リットくん。

作者から謝っておきます。

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