小話 怪しい集団
遡ること約一年。新月暦1030年12の月のとある日のこと。
市民居住区の中でも商業区寄りのところに、やや古いレンガ製の4階建てのアパートメントがある。1階部分は一続きの作業所のようになっており、2階以上が賃貸になっているようだ。周りも同じような色や大きさの建物ばかりなので特に目立つわけでもなかった。他と違うのは、やや高い塀で囲まれていて一階の様子がよくわからないことと、その高い塀の中、アパートメントの裏に倉庫のようなものがあることとくらいである。
表向きはただのアパートメント。しかし、その中を覗けばそこが普通でないことがわかる。塀の中を覗くことができれば、であるが。
◇
バチン
何かがぶつかるような大きな音がして、作業場の大テーブルで話し合っていた男女達が一斉にそちらを向いた。
その中の三十代半ば程の大柄な男が窓に近づいて下を覗くと、そこにはピクピクと小さく痙攣している一羽の鳩がいた。
「おお、鳩か。まだ生きてるな。ヨーゼフ、ほしいか?」
黒髪で茶色の瞳をしたその大柄な男は、作業場にいた40代ほどの男に声をかけた。白髪の交じる明るい茶色のくせ毛にこげ茶の瞳をした男である。その男ヨーゼフは、鳩かぁ、とを呟くと大柄な男に返事した。
「ウルマー、よろしく頼む。羽の処理までお願いしていいか?」
「了解。うまいもん作ってくれよな!」
ウルマーと呼ばれた大柄な男は笑顔でそう言うと、作業場の裏に消えていった。
「ちょっと威力が弱かったかしら?」
赤毛の二十代半ばほどの女が頬杖をつきながらそんなことを言った。それに対して、隣りに座っている黒長髪を後ろに束ねた美しい男がぎょっとした顔をした。
「物騒なこと言わないでよね。これ以上強くしたら人的被害が出るかもしれないでしょうが」
赤毛の女アレクシアはその言葉に、やや吊り目の灰色の瞳を細めた。長髪の男ロイスはやれやれと肩をすくめたのだった。彼は口調や体の線の細さ、顔の造りなどは女性にも通ずるものもあるが、性別上は男である。歳は20代になりたて程で、テーブルを囲んでいる面子の中では実は最年少である。
その会話に若い黒髪の男オリヴァーが混じってきた。短髪で、茶色の瞳も含めて爽やかな美丈夫である。
「ロイスの言うとおりじゃないか?あの塀、アレクシアの雷撃の10分の1の威力を再現してるんだろ?相当羨ましい、じゃなくて、痛いだろう?」
羨ましい、という単語を聞いて、ロイスとアレクシアは眉をひそめた。が、今は本題ではないので突っ込むことはせず無視することにした。
この場にいるのは今まで出てきた他に男女一人ずつ。クリーム色に近い金髪にオレンジに近い茶色の瞳をした中等部生ほどに見える少女と、黒長髪で毛先15センチほどがまばらに金になっているのが特徴的なニコニコした男だった。ちなみに、少女に見える女はサブリナと言い、もうすぐ三十路である。彼女は腕に黒い仔猫のぬいぐるみを抱えている。男はエーベルハルトと言い、歳は二十代後半であり、この"会議"を持ちかけた張本人である。
彼らは皆、このアパートメントの住民たちである。正確に言うと、今鳩を取りに行っている男ウルマーは"半"住民である。彼は仕事上、本来の家と王都を行き来するためこのアパートメントの一室を間借りしているのだ。
そして彼らは皆同郷であり、大きな共通点があった。
「なぁエーベルハルト、この看板の字、本当にこれでいいのかい?俺のじゃなくてもよかっただろうに、、」
ヨーゼフが図案を広げてそう言った。そこにはミミズが這ったような字が並んでいた。
「ええ、いいんです!こんなに味のある字はなかなかないですし。ヨーゼフさんのこと、久しぶりにカワイイと思えました」
エーベルハルトはなぜだか少し照れながらそんなことを言った。ヨーゼフはあからさまに嫌そうな顔をした。
「やめてくれ。まぁ、いいか。どうせ一部の人間しか見ないしな。内ドアにつけるんだろう?」
ヨーゼフの問いにエーベルハルトはこくんと頷いた。
それに対してツッコんだのはロイスだった。
「そもそも看板なんていらないでしょう?顧客はとうに知ってるし、顧客以外は知る必要もないんだから。それに、」
「「魔道具研究会なんて、怪しすぎる」」
ロイスとアレクシアがわざと声を重ねた。彼らがジト目で見た先にいるエーベルハルトはニコニコと笑ったままだった。
そう、彼らは魔法が使えるのである。
彼らは皆、とある村の出身者であり、いわゆる"魔法使い"なのだ。かと言って、彼らは"魔族"ではない。厳格な定義が存在しているわけではないけれど、少なくとも彼らは人族から生まれた魔法が使える人々なのだ。彼らは裏の世界ではコンバーターだの"C"だのと呼ばれている。彼らは運良く村に保護された存在であり、成長して村を出てこのシェナヴィーゼ内でひっそりと生活しているのである。
「俺は結構好きだけどな。シンプルで。正式な名前があったほうが何かと便利だろう?」
エーベルハルトに助け舟を出したのはオリヴァーだった。
「オリヴァーって、この発言だけならまともに見えるわね」
アレクシアはすかさずツッコミを入れた。その灰色の瞳は少しばかり冷たい。
「俺は常にまともだろ?ちょっと被虐趣味なだけで」
「「、、、」」
一瞬であたりは静まり返った。そのせいで、アレクシアのちょっと?という呟きが彼女の想像以上に響いてしまった。
「えっ?!」
この空気を作り出してしまった本人は、何が原因かわかっていないようだった。
「、、、」
「そんな、サブリナまでそんな目で見るなんて。ゾクゾクする」
オリヴァーはうっとりとしながらサブリナを見つめた。
サブリナの目線がさらに冷たいものになるのにさほど時間はかからなかった。
「サブリナ相手に言ってるとさらに気持ち悪い。今すぐ視界から消えて」
そういうとアレクシアは右手の人差指をオリヴァーの右腕に向けた。
「あぁ、アレクシア、もっと言っtぐぁ!!!君の雷撃は素晴らしぐぇ!!」
アレクシアがボソリと何かを唱えた瞬間の出来事だった。
オリヴァーはさらに恍惚な表情を浮かべたのだった。
「アレクシア、無視が一番よ。逆効果でしかないわ」
「つい、気持ち悪くて。いくら顔が良くてもこの性癖にはついていけないわ」
ロイスの言葉にアレクシアが返した時、オリヴァーはロイスに微笑みかけた。
「あぁ、ロイスのその冷たい視線も素晴らし痛い!火はやめて!火傷跡が残る!」
火で右手の甲を攻撃したのは他ならぬロイスだった。そこにあったのは無の表情だった。
オリヴァーはすぐに何かを唱え、小さな氷を出現させ甲を冷やした。
「そう言うあんたもやってるじゃない」
アレクシアはロイスを鼻で笑った。
「気持ち悪くて。本当に、過去の自分を消し去りたいわ」
「あぁ、、、ご愁傷さま、ロイス」
ロイスの言わんことを正しく理解したアレクシアは同情の念に駆られたのだった。
「やっぱり魔法は伏せたほうがいいのかしら。人族側ではタブーだものね。可愛い妖精たちを晒し者にするのは気がひけるわよね」
そう言ったのはサブリナだった。みんなにではない。手にしている仔猫のぬいぐるみに向かって、である。
他の皆はそんなことには慣れすぎているので誰もツッコむことはしない。
「そうね。変な新興宗教よりヤバ目だと思われそうよね。でも、だからと言って"小鳥の会"も"ガラクタ屋さん"も"精霊相談会"も嫌だし。私達って何でこうもネーミングセンスがないのかしら」
アレクシアは小さくため息をついた。
「人間何かしら欠点があるものさ。それもまたカワイイ!」
「あんたは黙ってて」
エーベルハルトの言葉にすかさずツッコんだのはロイスだった。少々顔が青ざめているのは気のせいではないようだ。
そこで大柄な男ウルマーが戻ってきて自分の席についた。
「氷漬けにしといたぞ。鳩はグリルがうまいんだっけ?」
ウルマーはヨーゼフに問いかけた。ヨーゼフはそうだが、と答えて続けた。
「この前シェルドントの料理で、丸鶏の中に香草を可能な限り突っ込んでじっくり揚げ焼きにする料理を食ったんだ。名前は忘れたが。あれはうまかった。多分鳩でもいける」
ヨーゼフは目を輝かせながら言った。
周りの人間たちは、エーベルハルト以外顔をしかめた。
「いくらヨーゼフさんの料理が絶品でも、それは食べたくないわ」
グロテスクよね、とアレクシアは付け加えた。それにロイスとオリヴァー、サブリナが首を縦に振ったのだった。
エーベルハルトは相変わらずニコニコしながら口を開いた。
「あぁ、ヨーゼフさん!料理の腕前と味覚がピカイチなのに、字が汚いなんて、カワイイですよね。最高です」
「おい、字が汚いってさり気なく認めてるじゃねぇか」
ヨーゼフはすかさずツッコんだ。エーベルハルトはエヘヘとごまかすように笑ったのだった。
「話は戻すけどさ、俺はそこそこ稼げて美味い葉巻と食材が手に入るならそれでいい。看板はともかく、名前はそれでいいんじゃないか?」
ヨーゼフのその言葉に周りは少しざわついた。
「はい、じゃあ年長者の意見を尊重するということで。1ヶ月後、新月暦1031年1の月1日目から"魔道具研究会"の発足だ」
エーベルハルトがそう言うと、皆は了承した。すんなりな者も、渋々な者も様々である。
こうして、魔道具研究会が発足した。
余談ではあるけれど、ヨーゼフの例の創作鳩料理に渋々だった面々が、その料理の旨さに平伏したのは言うまでもない。




