38話 買い出し当番
12の月28日目の昼過ぎ。7の倍数であるこの日は世間一般の休暇日である。ついに来た、買い出しの日である。
この日は天気もよく、本当に清々しかった。
足取りは軽く、羽が生えたかのようである。その理由は追々ということにしよう。
俺は中央校舎の入り口でフォルカーと合流し、医務室へ向かった。
医務室につくと既にクラウディアとアルマが待っており、二人の服装はすでに町娘仕様となっていた。先生とイレーネさんはそれぞれアルマとクラウディアにメイクを施していた。
俺たちは挨拶を済ませると制服から出かける服に着替えるために備蓄室へ向かった。
数分後、俺たちが医務室に戻ると、クラウディアとアルマは完璧な町娘へと変貌を遂げていた。クラウディアは橙色ベースの、アルマは緋色ベースのディアンドル姿である。今回の買い出しはすべて市民商業区で済みそうだったので、平民よりの服装なのだ。
といってもメイクは薄いようで普段とさほど変わらないようにも見える。
「ふたりとも似合うな」
俺は本心からそう思い、深く考えずに言った。
その瞬間クラウディアの表情が曇った。
「やめろ。男装したい。ディアンドルだのドレスだのより男物のほうが似合うはずなのに。公開羞恥プレイだよな」
ひらひらとかふわふわとか無理、と彼女は付け加えた。
彼女曰く学園の制服が許容範囲ギリギリなのだという。たしかに制服はグレーでシンプルなデザインである。
「似合うわよ。クラウディアは美人だもの」
アルマはうっとりとしながら言った。その目線はいつしかの、アレクシアさんが女装した先生を見つめていたものに似ている気がした。
「アルマは眼鏡を作ったほうがいいんじゃない?どう見ても女装したおとk」
「お前は口を縫ってきたほうがいいな、フォルカー。お前は女装のほうが似合いそうだな」
こうしてフォルカーとクラウディアの不毛な戦いが幕を開けた。
俺とアルマは小さくため息をついたのだった。
「坊やたちも準備できたことだし、行きましょうか。これが買い出しリストよ」
「わかりました」
先生が渡してくれたメモには上品な字が並んでいた。
先生は字までも美しいなと感心していると、横からフォルカーが割り込んでメモを見始めた。
「げ、今回腐葉土もあるの?!」
「ふふ、期待してるわ、フォルカー坊っちゃん。虫も克服するんですもんね」
先生は涼しく笑った。その様子にフォルカーは小さく舌打ちをした。
「この白衣野郎」
「おい、フォルカー。お師匠様の悪口言うなよ?蹴り飛ばすぞ」
「やれるもんならどうぞー」
「クラウディア、おしとやかにね」
アルマが声をかけたものの効果はなく、二人は再び言い合いを始めてしまった。フォルカーが"そんなんじゃレニーは射止められないね"などといい、クラウディアは"リットに見向きもされてないくせに"などと応戦している。俺の名前を出すんじゃない、とツッコミを入れようとしたが巻き込まれるのは面倒なので放置することにした。
レニーは今頃くしゃみをしているだろう。今日はシェナヴィーゼの端にある弓術の訓練所にいるはずなので、くしゃみで的を外さなければいいのだけれど。
「前途多難だな」
俺のそのつぶやきにアルマはそうね、と小さくため息をついたのだった。それでも彼女は口元に笑みを浮かべており、この日を本当に楽しみにしていたのがよくわかった。
誘拐事件は解決したものの、ミーラン家では相変わらず外出は認められていないらしかった。今回の外出も遠くから彼女の護衛が見守っているらしい。さすがは筋金入りのお嬢様である。
え、うちのブルーノもよくついてくるじゃないかって?今日はいないのかって?
彼は休暇を取っているのだ。これが俺の心が軽い理由である。
彼の母親から強く見合いを勧められてしまい、断るに断りきれずシェナヴィーゼの観光特区にあるレストランで顔合わせをするらしい。彼は今年で34になるので、母親が相当焦っているらしい。というのも、現在のリズニアでは男は35までに結婚しなければ"何かしら問題があるレッテル"なるものを貼られてしまうのだ。
ブルーノはメーヴェ本家の執事を目指しており、結婚は考えていないらしい。"私の幸せは坊っちゃんたちのお世話をすることですから"などと言っているので迷惑なことこの上ない。
今回の相手とうまく行って結婚して俺への執着がなくなってくれればいいのに、と切に願っている。
こうして買い出しが始まった。
◇
今回の買い出しはすべて市民商業区で済みそうであった。順調にいけば夕方前には終わるだろう。願わくば先生とお茶がしたい、などと思っているのは秘密である。
俺たちは最初に小さめの園芸店を訪れた。先生曰く、ここの方が大きい店よりも質のいい苗が買えるのだという。
日頃から温室の管理をしているだけあり、ここの店主とも顔なじみらしい。
「いらっしゃいませ。あら、マグノーリエさん、お久しぶりです。今日は何にします?」
対応したのは店主の女性だった。優しそうなマダムである。
「ミリーアロエの苗を3株お願いします」
「わかりました。ミリーの方ってことは薬用で?」
「ええ。この前買ったナファトスも順調に育ってるんだけれど、万が一のときに備えてね」
店主はわかりましたと言うとアロエを取りに行った。
先生曰くアロエには何種類かあるようで、今回のミリー種は外傷によく効くのだという。温室に植えられているナファトスと同じような効果だそうだけれど、アロエのほうがよく増えるのでコスパがいいらしい。
「さすがお師匠様。こんなに美しくて思慮深いだなんて」
クラウディアがキラキラとした瞳で先生を見ていた。そうだ、ここにはライバルが居たのだ。彼女は先生を師匠として尊敬しているだけだと言っていたけれど、それが本心かはわからない。油断大敵である。
「そう呼ばないで、お嬢様。事実だけれど」
先生、キャラが崩壊してますよ、なんて心の中でツッコミを入れた。素の彼ならば確実に最後の言葉などつけないのだ。
心とは違うことを言って苦笑しそうになっている先生もまた愛しく感じてしまう。
「先生、この苗も買いましょうよー、美味しいイチゴがなるって!」
フォルカーがその苗の方を指差して言った。彼は甘いものに目がないのである。
「買わないわよ」
「私も欲しいですー、先生、買いましょう?」
「イレーネさんまで。予算カツカツなんですからダメです」
先生とイレーネさん、フォルカー、クラウディアはイチゴの苗を買う買わないで揉め始めた。
俺とアルマは少し離れたところから4人のやり取りを見ていた。俺は先生がいろんな表情を見せてくれるのを眺められれば十分だった。
「リットくんは、本当に先生に懐いているのね」
突然のアルマの一言に俺は目を見開いた。
「えっ?!あ、え?!」
こっちのあたふたする様子を見て、アルマは小さく吹き出した。
「ふふ。実は私、ヴィクトーリア様の"純愛の会"の一員なの」
アルマは小さく耳打ちしてきた。もちろん蕁麻疹が出ない程度の距離を取った上で。
「」
俺はさらに目を見開き言葉を失った。そんな俺を見てアルマは肩を震わせて笑った。こんなに彼女が笑っているのは初めて見た。普段はあまり感情を出さない。
「君があの会に所属してたなんて」
「ふふ。大丈夫、クラウディア達には言わないから。それにしても眼福だわ。身近で禁断の三角関係が見られるのですもの」
「うっわ。最悪だ。こんなところにヴィクトーリア様の刺客が紛れていたとは」
俺は頭を抱えた。今度ヴィクトーリア様から会員の名前を聞いておかなくては、と決意した。
「刺客って。私はちょっと嗜好が違うのだけれどね。見ている分にはこっちの方が好きだわ」
アルマの言わんとしていることが理解できた。
彼女はもしかしたら、、
「もしかして、アルマは、その、」
「本人には内緒にしてね?彼女は何だかんだでレニーくんが好きなんだもの」
俺は仲間を見つけたような気がして嬉しくなった。彼女に蕁麻疹が出ないならば手を取っていたかもしれない。
嬉しさの反面、彼女の抱える葛藤を感じた。
「やっぱりそうなんだな。アルマはそれでいいのか?」
アルマは自分の気持ちを伝えないつもりなのかもしれない。
そう思ったら、ほぼ無意識に口を挟んでしまっていた。
アルマは少し困ったような顔をした。
「貴族の令嬢に自由はないの。もちろんメーヴェの次男にもないとは思うけれども。いつかはどこかの家に嫁がなくちゃいけない」
「でも。それに蕁麻疹もあるだろう?それだと、その、」
俺は口ごもってしまった。アルマは敏いので、言わんとしていることを理解してくれたようだ。
「一時的に抑える薬はあるの。だから"務め"に関してはきっと大丈夫。ふふ、こんなことリットくんに言ってどうするのかしらね。私は彼女が幸せになれればそれでいいのよ。レニーくんはちょっと不器用だし武道オタクだけど、真っすぐで思いやりのある人だから、、」
彼女は寂しそうに笑った。
それを見るとギュッと心臓を掴まれたように苦しくなった。
「アルマは大人だな。同じ立場でも、俺はそう思えないかもしれない」
先生と誰かがくっつくのなんて見たくない。例え彼が幸せそうにしていたとしても、その隣にいるのが自分でないなんて考えたくもなかった。
俺は何て自分勝手なんだろうか。
アルマは相変わらず少し寂しそうに笑っている。
「口ではいくらでも言えるけれど、心がついてこれるかは別問題ね。ふふ、私はリットくんを応援してるわ。また話聞かせてね」
そこで店長がアロエの苗を持ってきたので俺たちの会話もおのずと終わった。
結局イチゴの苗は買わなかった。その代わり、オリーヴィエのタルトをテイクアウトして医務室で食べることになった。先生とイレーネさんが自腹を切ってくれるらしい。
心の中でフォルカーに感謝したのは言うまでもない。
それと同時に、前回の大人数デートの時にタルトを食べさせてもらったことを思い出した。
頬が熱くなったのを悟られないように隠していたのを、クラウディアに不審な目で見られた。何でもない、とごまかしたけれど上手く行っただろうか。
その後何店かでガーゼや消毒液などを揃えたところで、イレーネさんが女子二人の手を引いた。
「では、ちょっと別行動で!女子たちはこっちよ」
クラウディアとアルマは事前に話を聞いていたのか、特に驚いた様子はなかった。
「あぁ、そうね。イレーネさん、よろしくおねがいします」
先生のその言葉に、イレーネさんはニコリと笑みを浮かべると二人と路地に入っていった。
俺とフォルカーは意味がわからず首を傾げた。
「女子には色々あるのよ。私も踏み込めない領域だわ」
その言葉で俺は何となく理解できたけれど、フォルカーは全くわかっていなかったらしい。
「まさか、女子たちだけで美味しい物を食べにいくんじゃ」
「なわけないでしょう。ったく、鈍感な男は嫌われるわよ。月1の女の子の日の関係」
「あぁ、、、すみません」
フォルカーは気まずそうに頭を下げた。
先生が少し話してくれたところによると、痛みを和らげるハーブやら布やらを購入しに行ったらしい。
一応授業では性教育などもあるので何となくは知っていたものの、女子たちの本当の大変さはよくわからない。
余談にはなるけれど、教育が十分に行き届いていない頃は、女のそれは病気と考えられていたらしい。穢らわしいだの、悪いものだの、そんな風潮があったそうだ。そのため、月のうちその数日間は部屋から出られず、完全に終わって身を清めてからでないと外出できなかったとか。今ではとても考えられない話である。
「さぁ、私達は土を買いに行くわよ。ミミズがたくさん居そうな土がいいわね」
先生はニヤリと笑ってフォルカーを見やった。
フォルカーは小さく舌打ちした。
「本当にムカつく。リット、こんな意地悪なおじさんのどこがいいの?」
突然降り掛かってきた火の粉に、俺は目を見開いた。
「ちょっと、フォルカー?!な、何言うんだよ!!」
そんなこと言われたら先生にバレしまう。いや、もうとっくにバレているんだろうけれど、恥ずかしくてしょうがない。
先生はフォルカーを軽く睨みつけた。
「おじさんはやめてって。坊やには愛しのヴィクトーリア様がいるでしょう?」
「はいはい、そうでしたね。麗しの婚約者様がいますから。あーむかつく!昔は僕だけのリットだったのに!」
やっぱりフォルカーは頭のネジがぶっ飛んでいるようだ。周りに人がいるんだからそんなに叫ばないでくれ。
先生に軽くスルーされたのも少しばかり傷ついた。いや、思いっきり否定されるよりはいいのだけれど。
そんなこんなで、三人で大型園芸店を目指している時だった。
「おや、こんなところで会うなんて!」
向こうから歩いてきた男性が爽やかな笑みを浮かべて声をかけてきた。
胸まである真っ直ぐな黒髪を下ろした、端正な顔立ちの男だった。髪は先生よりも長く、毛質もなんとなく似ているけれど、毛先15センチほどがまばらに金色になっているところが違う。身長は俺や先生と変わらないほどで、体型は俺と先生の中間ほどである。両手には大量の荷物を持っていた。
「げ」
先生はそう声を発するとあからさまに顔をしかめた。そんな顔ですら綺麗だと思ってしまうのは彼に恋をしているからなのだろうか。
「ロイス、そんなに顔をしかめないでくれ。せっかくの美しい顔が台無しじゃないか!まぁ、そんなところは少しカワイイけどね!」
男性は軽くウインクしてきた。なんとも様になっている。
「行きましょう、ふたりとも。変態が移るわ」
「え?」
先生は男性のことを無視するかのように俺たちを引き連れて通りを進もうとした。
が、前方から現れたもう一人の人物に目を奪われていた。
「ごめんなさい、遅くなって、、って!!あら、ロイスとウサギくんと蜘蛛くんじゃない!」
そう、そこに現れたのはアレクシアさんであった。彼女も男性と同様に大きな荷物を抱えていた。
彼女は灰色の瞳をキラキラと輝かせ嬉しそうにしている。
主にフォルカーの方を見て。
「げ。アレクシアさん?!」
フォルカーは顔面蒼白になった。いくら先生にもう大丈夫よと言われていても、一種のトラウマは克服できないらしい。
「あんたまで居たなんて。買い出し?」
先生は二人の大量の荷物を交互に見ながら言った。
「ええ。例のトワナのお店に行ってきたのよ。すごいお宝がたくさんで!これなんかすごいのよ!」
アレクシアさんは腕に抱えていた紙袋からガサゴソと何かを取り出そうとした。
「おや、もしかして彼らなのかい、アレクシア」
「そうなのよ!ほら、彼、すっごく可愛いでしょう?」
そう言うとアレクシアさんはフォルカーにウィンクした。
フォルカーはひたすら俺の方に寄っては助けを求めていた。
ここで男性が軽く自己紹介をしてくれた。彼はエーベルハルトという名前で先生やアレクシアさんの所属する研究会の代表を務めているらしい。俺たちも軽く自己紹介をした。
先生が毛嫌いしている意味はわからなかった。見た目がとても良く、笑顔が爽やかだというところ以外は普通の人に見えるのだけれど。
「たしかにフォルカーくんはアレクシアの好みのど真ん中だろうね。まぁ、僕としてはリットくんのほうに興味があるけれど」
そう言うとエーベルハルトさんは俺の方をまじまじと見つめてきた。その妖艶さに少し心臓がおかしな動きをした。
「やだ、若い子のほうがいいの?」
アレクシアさんは少し不機嫌そうに可愛らしく頬を膨らませた。
それに対してエーベルハルトさんはそうじゃない、と答えた。
「僕のカワイイセンサーが反応するんだよ。こういう好青年が乙女な感じだったりしたら最高にカワイイだろう?」
何を言ってるのかよくわからないけれど、彼の笑顔を見ると全身がゾワッとした。
「やめなさい、エーベルハルト。すごく気持ち悪いわ。彼をそういう目で見ないでちょうだい」
先生は冷たすぎる目でエーベルハルトさんを睨み続けた。
そこでアレクシアさんが何かを思い出したように声を上げた。
「あ、そうだ。さっきサブリナとヨーゼフさんが二人で歩いてたの。ふふ、あの二人、実はそういう感じなのかもね!」
その言葉に先生は少し顔色を変えた。
「え、、、それ、危なくない?放っておいたの?」
「そっとしておいたんだよ。僕達なりの気遣いさ」
「アレクシア、この前少し話したじゃない?ヨーゼフさん、警備団に捕まるわよ」
その瞬間アレクシアさんも顔色を変え、手に抱えていた荷物をガサッと落とした。
「大変!エーベルハルト!急いで二人に合流しなくちゃ!」
「どうしたんだい?」
「ヨーゼフさんが児童買春容疑で捕まってしまうわ!急ぎましょう!」
「なんだかカワイイ予感がするね、行こうか。じゃあまたね、フォルカーくん、リットくん」
エーベルハルトさんはそう言うと俺たちにウインクしてきた。爽やかすぎる。そのへんの歌劇の役者よりも格好いいのは気のせいではないだろう。
二人は荷物を抱え直すと小走りで来た道を戻っていった。
俺たちはしばらく呆然としていた。
最初に我に返ったのは先生だった。
「うちの人たちがごめんなさいね。行きましょうか」
その言葉を皮切りに俺たちは再び歩き始めた。
「なんというか、その、先生の趣味仲間って皆何者なんです?エーベルハルトさん、めちゃくちゃイケメンなのに少し変でしたよ」
俺は先生に尋ねた。
「少し変、じゃなくて変態なの。もう会うことはないと思うけど気をつけてね。彼のカワイイはエロいだから。ギャップにエロさを感じる変態なの」
先生は顔をしかめながら言った。俺はそういう目で見られていたということだ。何ということだろう。
「アレクシアさんといい彼といい、濃いな」
フォルカーがボソリと呟いた。俺も激しく同意した。
「ええ。私、ずっと普通じゃないって思ってたんだけど、彼らと過ごしてると悩んでたことがどうでもよくなるのよね。色んな意味で感謝してるわ」
先生はくすりと笑った。すごく可愛い。可愛すぎる。
あ、そうか。
先生が"可愛い"という言葉が苦手だと言っていた。それはエーベルハルトさんのせいだったのかもしれない。
俺は気になったことを聞いてみた。
「彼らと村で面識はなかったんです?」
「アレクシアは歳が近いんだけれど、それでも3つ離れてるし住んでる区域も違ったからそこまで関わりはなかったの。あぁ、オリヴァーは2個上でそこそこ知り合いだったわ。彼は村を出るまでは普通だったわね、表面上は」
オリヴァーってのがずっと前の黒髪の男ね、と先生は付け加えた。
「村って変人の集まりなんじゃ、、」
フォルカーの言葉に先生は首を横に振った。
「良くも悪くも普通の人が多いわ。故にそこから溢れる人は適応しきれないの。新鮮な空気を求めて外に就職する人も居るわ。私達みたいにね」
先生は少しだけ寂しそうに笑った。
そうこうしていると園芸店に到着した。
「ふふ、さぁフォルカー坊っちゃん、出番よ」
「げ」
十数分後、園芸店にフォルカーの悲鳴が響いたのは言うまでもない。
フォルカーと俺は腐葉土の入った袋を一つずつ、先生は寒冷紗の束を抱えて店を出た。寒冷紗も俺が持つと提案したけれど、軽いから良いと断られてしまったのだ。
俺たちはイレーネさんたちと合流し、タルトを購入して学園へ戻った。今回はルロのタルトをホールで買って皆でわけることにした。
◇
3時過ぎ、医務室に戻ってきた俺達は早速お茶にすることにした。
今回はイレーネさんがコーヒーを淹れてくれるとのことで、俺達は手分けをして買ってきた物を整理することにした。
俺は温室裏にある小さい倉庫に腐葉土をしまいに行った。
先生から預かった鍵で扉を開けようとした時だった。
不意に視線を感じ、後ろを振り返った。
校舎裏に何かが潜んでいる気がした。
「誰です?」
俺がそう声をかけても返事はなかった。
"先生の相棒か!"
俺はそう思い、さらに声をかけることにした。
「先生ならまだ空きませんよ。残念でしたね」
なるべく平然を装った。
しばらくの沈黙が続き、気のせいだったかと扉を開けようとした時だった。
「坊主、すまない。緊急の用だ。ロイスを頼む」
その低い声は間違いなく、カールという先生の相棒のものだった。
「あなたは誰なんです?」
「今はまだ言えない。いずれ、な」
本当は校舎裏を覗いて、どんなやつなのか確認したかった。
けれど、存在を隠している彼が俺に協力を求むほどの事態なのだろう。先生を困らせるわけにはいかない。
「、、わかりました」
俺は腐葉土を置くと医務室に戻り、先生に耳打ちした。
外にカールさんが居ます。緊急の用があるそうです、と。
その瞬間、先生は顔色を変えた。なんで?!と言いたそうだったけれど、ぐっと堪えて外に出ていった。
皆には先にお茶にしててちょうだいと言い残して。
5分もしないうちに先生は戻ってきた。
「ごめんなさいね、少し用事ができてしまったの。私の分のタルトは皆で食べちゃってくださいな。イレーネさん、あとはお願いします」
一瞬先生と目が合った。彼は何か言いたそうにしていたけれど、そんな暇すらないようで、素早く荷物をまとめると足早に医務室を去っていった。
タルトの味も、皆との会話も入ってこなかった。
先生と相棒はどこに行ったのだろうか。
それだけが頭の中を埋め尽くしていた。
こうして俺たちの買い出しは終了した。




