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31話 従者との対峙

俺はどうやら、先生の手によって眠らされたらしい。

どの段階で眠り薬が仕込まれていたかはわからないけれど、校長先生の言っていた"例の処置"というものがこれだったようだ。



俺は夢を見ることもなく深い眠りについていた。



目を開けると、いつもの天井が見えた。

そう、俺は自室のベッドに横になっていたのだ。

俺は上半身を起こした。


窓から月が見えないところからして、今は真夜中で、俺は数時間も寝てしまっていたらしい。

頭はすっきりしており、心の不快感も不思議と消え去っていた。


「お目覚めになりましたか」

近くにいたらしいブルーノが声をかけてきた。

「なんで、俺はここに?」

俺はわかりきったことを聞いてみた。記憶がないわけではない。

「それは貴方が一番良くわかっているでしょう。メーヴェの品位を下げかねない状況だったと先生方からお聞きしております」

ブルーノはいつものようにメガネをくっとあげながら言った。俺はその様子に乾いた笑いしか出なかった。

「はは。メーヴェの品位、ね」

「リット様らしくない。昨年度末からどうしてしまわれたのですか?授業でも剣術でも失敗が増えて。またあの学校医が原因で?」

それは何度も何度も彼に言われてきたことだった。その都度、別に、なんでもない、などと言ってごまかしてきた。



でも、それはもうお終いだ。



このスッキリとした頭と心ならちゃんと向き合える気がした。

俺は徐ろに口を開いた。


「俺らしいって何だ?成績優秀で何事も卒なくこなすのが、俺?そんなものクソくらえ」

俺の普段は決して口にしない汚い言葉に、ブルーノはたじろいだようだった。

「坊ちゃま!な、何という口の聞き方を?!」

「俺は、メーヴェの、いや、お前の操り人形じゃない。努力したらしただけ空振るようなポンコツ人間なんだよ。友達のことも大切にしたいと思えるし、欲だってあるんだ。他人にだってちゃんと興味を持てるようになったんだよ。俺は、血の通った人間だ」


ブルーノに言ってやりたかったことがようやく言えた。

そして俺はほんの少しだけ期待していた。

"当たり前でしょう?貴方は人間です"と言ってもらえることを。



ブルーノを信じたいという願いを込めて最後の細い糸を彼の前に垂らしたのだ。これを掴んでくれたのならば、少しは彼に歩み寄ろうとも考えた。


しかし、彼の次の一言はそれをナイフで切り落とすかのようなものだった。


「坊ちゃま。貴方はあの学校医に言いくるめられているのです。今すぐあの男を辞めさせましょう。今夜はもう遅いので、明日旦那様にお話します」


"あぁ、ブルーノは操り人形を失いたくないんだ"

俺は冷静な頭でそう分析した。俺がブルーノに心を開くことは金輪際ないだろう。


「そんなことしてみろ。俺は屋敷から出るからな」

「そんなことはさせません。坊ちゃまはメーヴェの大切な跡取りです。次男ではありますが、メーヴェの今後を考えれば貴方こそが領主になるべき存在。いつかは他の領地の令嬢と婚姻を結び子をもうけるのですよ。それがメーヴェの家に生まれた宿命なのです」

それは明らかに従者としての発言として行き過ぎていた。こんな言葉を父さんに聞かれればブルーノもただでは済まないだろう。

彼がここまで感情を表すのは珍しいことであった。よほどこの操り人形を失いたくないようだ。

「うるさい。俺の人生は俺が決める」

「そういうわけにはいきません。領地にはたくさんの領民が居るのですよ。彼らの生活を守ることも貴方の役目です」

もっともらしいことを言われ、俺は一瞬言葉をつまらせた。でも怯んでなどいられない。

「領民の生活を守るには他の方法もあるだろ。そもそも兄さんは体こそ弱いかも知れないが頭も切れるし優しいし判断力もある。彼こそがズュートメニアに必要な存在だろ。俺じゃない」

「逃げるのですか。自分の運命から」

「違う。掴みに行くんだよ、自分の運命をな。俺はフォルカーと王国騎士団を目指す」

俺はそれを言葉にして初めて実感が湧いた。

そう、俺はメーヴェから離れ、国のために働くのだ。国のために働くことは領地を守ることにも繋がる。昔とは違い、今は国と領地は対立する存在ではないのだから。

「まぁ、目標としては悪くはないですけどね。騎士団を経験してから領地に戻られる方もいらっしゃいますし。しかし、あのシュヴァンの問題児と一緒にとは。まさか彼のことも好きなのですか?」

「だ、か、ら!なんでそういう話になるんだよ!」

「見た目は美しいですからね、フォルカー様も学校医も。一時の気の迷いですよ、リット様。きっと身近に女性がいないからに違いありません。旦那様に新しい婚約者を繕ってもらうように願いましょうか」

それがいい、と言わんばかりにブルーノは口元を上げた。

俺は身震いした。何ということだろうか。そんな方向に話が流れるのは思ってもいなかった。

「絶対に嫌だ。もう懲り懲りなんだよ」

俺は力の限り反発したが、ブルーノは聞く耳を持たない。頼む、やめてくれ、とは言いたくなかった。ブルーノに頭を下げるなら死んだほうがマシである。



結局ブルーノは、明日を楽しみになさってください、と言い満面の笑みを浮かべて部屋を出ていった。




俺は本気でブルーノを辞めさせる術を考えてみた。

しかし、彼は立ち回りがうまく有能ではあるので、父さんや他の使用人たちからの信頼も厚く、うまくいくイメージは全く持てなかった。今は彼の父親がこのタウンハウスの執事をしているけれど、俺が卒業する段階でブルーノがその座に昇格するだろうと言われている。しかも、追い出して無職にするほど恨んでいるかというとそこまでではない。いや、メーターが振り切れてしまって、とにかく関わりたくないという一心なのかもしれない。



とにかく一度父さんに相談してみるか。




俺は再びベッドに潜った。

一度呼び起こされた負の感情は連鎖するらしい。


日中の出来事を事細かに思い出し、また腹が立ってきた。

それはあの女生徒たちにも、そして先生にも。


"眠り薬なんて使わなくても俺は冷静になれたのに"


それは八つ当たりだということはわかっていた。それでも、今まで先生との間に積み重ねてきた信頼関係が揺らいでしまった気がしたのだ。



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