2話 その瞳に映るは
高等部に入学式はない。ほとんどが持ち上がりの生徒だからだ。ごく一部、様々な事情により高等部から入学するケースもあるのだけれど学年に数名程度なのだ。
入学式の代わりに高等部の校長と学園長の挨拶、新任教員等の紹介が大講堂にて行われる。
大講堂は1000人ほどが収容できるもので、その規模は学園の中で一、二を争う。
高等部生は全員大講堂に集まった。
本来であればある程度クラスで固まるのだけれど、俺はフォルカーに捕まり、前から10列目ほどの真ん中あたりに隣同士で座ることになった。
高等部の校長はキリッとした壮年の男性、学園長は穏やかそうな老年の男性だ。それぞれの挨拶が終わり、新任教員等の紹介に移った。
壇上に上がったのは7名。最後尾の男は白衣を着ており、他の教員たちとは違い落ち着き払っていた。
"あぁ、あれが新しい学校医か"
肩より少し長そうな黒いストレートの髪を後ろに束ねている。瞳は黒っぽく、切れ長。身長もそこそこあるけれど全体的に細身であり、なんと言っても容姿が良すぎる。男性とも女性とも言えない中性的な美しさがあった。講堂中の女子たちは学校医を見て黄色い声を上げている。
学校医は昨年度までヨボヨボのおじいちゃん先生だった。歳のこともあり昨年度末に退職したのだ。
俺は剣術の関係で医務室を利用することも多いのでどんな人が学校医になるのかには多少の興味があった。どうせ世話になるのだからなるべく気兼ねなく話せそうな人が良かった。
"あんなイケメンだと女子が医務室に押しかけてきそうだな。面倒だ"
俺は顔をしかめた。
「学校医、若そうな男の人だね。長髪のイケメンとは、女子が放っておかないだろうね。はぁ、医務室行くの嫌になる」
フォルカーは周りの女子たちの反応を見て同じことを思っていたらしい。
彼もまた医務室のヘビーユーザーである。もっと正確に言うと、相手を医務室送りにしてしまうのを避けるために必要以上に気を遣って自分が怪我をしてしまうらしい。
それをしないと毎日十名近く医務室に送ることになってしまうのだと言っていた。
「だよな、本当に面倒くさい。絶対女子が寄ってきて医務室が騒がしくなるやつだ。ってか、男、だよな?」
「男でしょ?きれいな顔してるけどさ。え、まさか」
「ん?」
「リット、あぁいうのが好みなの?!」
そのフォルカーの大きな声に周りが一瞬静まる。視線が痛い。
「は?ふざけるな」
俺はそう言うとフォルカーを肘でどついた。結構な強さだったけれどフォルカーにはノーダメージだった。そんなことはわかっていた。
「そりゃ僕みたいなかわいい子犬系男子はダメなわけだよね」
フォルカーは小さくため息をついた。
「待て。そもそも俺は男に興味ない」
「それはどうかな。こっちの扉を開けてみたら毎日楽しいよ、きっと」
フォルカーはニコニコと笑っていた。
本当にこいつと友達をやめたい。
そんな俺達の会話が聞こえているであろう周りの目線はいつにも増して生温かいものだった。
「ほんとにやめてくれ」
俺は軽く頭を抱えたのだった。
そんな会話をしているときだった。
壇上にいる学校医と目が合った、気がした。
彼は俺の方を見て一瞬驚いたような顔をしたのだ。
"なんだ、あいつ"
学校医はすぐに視線をそらした。何事もなかったかのように冷静に壇上にいる。
今のは何だったんだろうか。もしかしたら気のせいかもしれないし、俺の近くの人に対してだったのかもしれない。
新任教員たちは次々に挨拶をしていった。みな緊張しているようで初々しさがあった。最後は学校医の挨拶だ。
「学校医になりましたロイス・マグノーリエですわ。何かありましたら中央校舎一階の医務室でお待ちしております」
彼はそう言うと優雅に礼をした。挨拶はその一言だけだった。
その物腰の柔らかさや口調には女性らしさが含まれていた。
言葉の明瞭さには少し好感が持てた。
先生の挨拶が終わると辺りはザワザワとうるさくなった。
周りの反応は辛辣なものだった。
「えっ、オカマ?!」
「うっそー、すごくタイプだったのに、ショックだわ」
「うわ、俺医務室行きたくないかも」
「気持ち悪い」
俺はその反応にイライラを募らせていた。
"さっきはあれだけちやほやしておいて。なんて自分勝手なんだ"
俺は無意識に舌打ちをしていた。
「リット。すごい顔してるよ」
「あ、あぁ、悪い」
「君が感情を出すのは珍しいね。君がイライラしてるのは周りの人たちに対して、かな?」
「お前すごいな」
「友人歴が一番長い君のことだもの。なんでもわかってるよ。ねぇ、そんなに彼のこと気に入ったの?」
「そんなわけないだろ」
「妬けちゃうな」
「そんなことよりさ、選択授業のことなんだけど――」
俺はわざと話題を変えた。
フォルカーも観念したようにその話題に乗った。
"なんで俺があの学校医の肩を持つんだ?フォルカーに興味が持てないから安心してたのに、俺って、そっちだったのか。いや、それはない。認めるものか"
俺はそう思っていた。
でもこのときの俺は気がついていなかった。
これは今までの"無関心"とは違う感情だということに。