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25話 遭遇したのは

9の月21日目の昼過ぎ、俺とフォルカーは中央広場の噴水前で合流を果たした。今日の目的は俺の先生へのプレゼント選びとフォルカーが行きたがっているチーズケーキ屋へ行くことだった。


ブルーノは近くに止めている馬車で待機しているらしい。ついてこないことをひたすらに祈るだけである。



「二人でデートなんて、初めてだよね?」

「デートじゃない」

「もう、照れちゃって。リットは本当にかわいいね」

「やめろ、頭を撫でるんじゃない。ただでさえ周りの目線が痛いんだ」

そう、ここは中央広場の噴水前。

休日ともなれば多くのカップルや家族連れで賑わうスポットであり、男二人がイチャイチャなどしようものならば一瞬で目立ってしまう。

しかも、フォルカーは容姿がいいのでなおさらである。近くにいる少し年上らしい女性たちは顔を真っ赤にしてこちらを凝視しているし、小さい男の子を連れた母親は"見ちゃだめよ"なんて子どもに言っている。


恥ずかしいことこの上ない。


フォルカーは相変わらずそのへんのセンサーがぶっ壊れているようだった。




俺たちはまず、市民商業区内にある紅茶専門店を目指した。


「ねぇ、リット。あの人の好みもあるだろうから無難なやつにしといたら?」

「そうなんだよな。あんまり癖のあるものは選びにくいし、、って!なぜそれを?!」

俺は目を見開いて言った。フォルカーには誰のために選ぶものかは言っていなかったのだ。彼は本当にエスパーなのかもしれない。


「わかりきってること聞かないでよ。そんなにニヤニヤしてたらわかるって。表情が豊かになったのは嬉しいことだけど、ちょっと緩みすぎじゃない?」

「そんなことないだろ?日頃の感謝を込めて贈りたいんだ。先生が喜ぶものを渡したい」

俺は開き直ることにした。別にやましいことなどはないのだから。


「ちなみに先生の誕生日は8の月1日目らしいよ」

フォルカーはニヤニヤしながらそう言った。俺は思わずえっ?!と大きな声を上げてしまった。

「ちょっと待て、なんでフォルカーが知ってるんだよ?!ずっとさり気なく聞くタイミングを図ってたのに」


そう、俺はずっと調査していたのだ。本人に聞くのは恥ずかしいので周りから攻めようとしたのだが、なかなか教職員についての情報は得られなかったのだ。

それなのに、なぜフォルカーは知っているのだろうか。


「イレーネさんと先生がそんな話してた時に偶然医務室を利用したんだ。あれは完全に不可抗力さ。俺だって知りたくて知った情報じゃない」

「ともかく、ありがとな。そうなると、少し遅くなったけれど誕生日プレゼントっていう体でもいけるわけだな。、、、って!俺が非常に気持ち悪い!!」

俺は頭を抱えながら自分でツッコミを入れた。

「それは否定しない。リットって、好きな人にとことん尽くしてボロ雑巾のように捨てられそうだよね」

フォルカーはクスクスと笑いながらそう言った。なんと失礼なやつなのだろうか。

「言い方!!そして別に好きとかじゃない!尊敬なんだよ、そ、ん、け、い!!」

「必死になっちゃってかわいいね。僕ならとことん甘やかしてあげるのに。色んな意味で」

「それは怖いな。色んな意味で」

どんな意味なのかは聞きたくなかった。フォルカーのことだ。どうせ碌でもないことを考えているに違いない。




こうして俺たちは紅茶専門店に足を踏み入れた。




店の中は様々な茶葉の香りが合わさって独特な空間になっていた。


「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」

店員の女性が声をかけてくれた。

「カモミールをベースにしたものがほしいんです。オススメはありますか?」

「カモミールにオレンジピールを混ぜたものはいかがでしょうか?こちらになります」

女性が茶葉を持ってきてくれた。正確に言えば茶葉ではなく乾燥させた花であるが。

カモミールの香りとオレンジの爽やかさが鼻腔をくすぐった。カモミールの香りはルロの実とも似ており、甘酸っぱさの他に華やかさがある香りが特徴的である。


「爽やかでいい香りですね」

「そうでしょう?お客様はよく紅茶を飲まれるのですか?」

「ええ。でも贈りたい人のほうが詳しそうなんですけどね。自分でブレンドするような人なので」

「左様でございますか。であれば、カモミールとオレンジピールを別々に買われた方がいいかもしれませんね。そうすればその方の好きなようにブレンドできますし」

「それはいいですね。他に相性のいいものはありますか?」



こうして俺はカモミール、オレンジピール、エルダーフラワーを買った。それぞれを可愛らしい瓶に入れてもらい、派手になりすぎないようにラッピングをしてもらった。

フォルカーは俺が店員から話を聞いている間、いろんな棚を見て楽しそうにしていた。気に入った物があったようでしきりにその棚を何度も見ていたようだった。



俺は別の茶葉も購入し、軽くラッピングしてもらいフォルカーの元へ戻った。



「ごめん、遅くなった」

「気にしないで。紅茶っていろんな種類があるんだね。僕、飲めれば何でもいいって思ってたけど、ちょっと考えを改めたよ。まぁ、自分で淹れるのは難しそうだけどね」

「今度また屋敷に来たらどうだ?ブルーノの腕はたしかだし。腕だけは」

「えー。ブルーノさん見たら殴っちゃうかもしれないからパス」

フォルカーはふふっと笑いながら言った。この前の一件の前からフォルカーはブルーノにいい感情を持ち合わせていない。いや、昔からあまり良くは思っていないらしいけれど。


「殴るのはやめてもらいたい。いや、本当は一発殴られてるのを見てみたい気もする」

「じゃあやろうか」

「やらないでくれ。忘れて」

フォルカーに殴られたブルーノを見てみたい気もしたけれど、色々とまずいことになりそうである。メーヴェとシュヴァンの溝をこれ以上深めるわけにはいかない。




次に俺たちは最近オープンしたというベルタのピザ屋を目指した。友人であるレニーの親類筋が始めた店らしく、連日大盛況なのだという。



噂の通り、店の前には人が溢れていた。

その中に俺はよく知った顔を見つけてしまった。



「せ、先生?!」

俺はそう言ってしまいすぐに自分の口を塞いだ。

「うっわ、、しかも、、」

フォルカーは言葉を失っていた。先生は俺たちに気づいておらず、数組先で並んでいた。


そこにいた先生は髪をポニーテールにし、丈が長めの紺碧色のディアンドルを着ていた。



そう、女装である。



そして異常なほどまでに似合っていた。



ほんのりとメイクを施し、胸元には何かを詰めているようでほんのりと膨らみがあり、どこからどう見ても女性であった。というよりも、そこらへんにいる女性よりも女性らしかった。


先生の隣には、先生よりも10センチほど背の低い赤茶毛のスレンダーな女性がいた。気の強そうな派手めな美人で、先生よりいくつか年上に見えた。

女性は頻りに先生の方を見てはうっとりとしており、対照的に先生はそんな彼女を見て大きくため息をついていた。


周りにいる男どもは先生たちに釘付けになっていた。中には自分の恋人をほったらかして凝視している者もいた。


俺は周りの男どもにはイライラしたが、不思議と隣の女性には苛つかなかった。それは相手が女性だからなのか、先生が嫌がっていそうだからなのかはわからなかった。



俺とフォルカーは先生たちに気づかれないように小声で会話を続けた。


「あれはすごいね。もはや芸術の域かも。悔しい、悔しすぎる」

フォルカーは悔しそうに拳を握りしめていた。

「まぁ、なんというか、き、綺麗だよな」

「リット、鼻の下伸ばさないで」

「伸ばしてなんかない。ってか、どうして女装を、、あ」

俺はずっと前の先生の一言を思い出した。


"じゃあ次は女装してみるわ"


それは以前街で先生が男の人と歩いているのを見かけた後、先生と話している中で出てきた一言だった。



「心当たりが?」

「あぁ」

俺はその時のことをかいつまんでフォルカーに話した。


「なるほどね。いやー、これはこれで目立つでしょ。長身スレンダー美女風とか、好きな人は好きでしょ。ねぇ、ってかさ、」

フォルカーは真面目な顔をした。

「なんだ?」

「今回は嫉妬してないの?あの隣の女の人、頬を赤らめて先生を見てるよ。何なら腕まで組もうとしてるし」

そう、彼女は灰色の瞳をキラキラさせ、先生に腕を絡ませようとしているのだ。


「いつも嫉妬なんかしてない。まぁ、何というか、先生が嫌そうに拒否してるし?」

先生は彼女を必死に引き剥がそうとしているのだ。

その冷ややかな目線ですら美しいのだから彼女は引かずにぐいぐいと迫っているのかもしれない。


これは助けた方がいいのだろうか。



「リット、僕は関わりたくない」

「、、、お前はエスパーなのか?」

「顔に書いてあるんだって。とにかく少し様子を見よう。まぁ、しょうがないからいざとなったら協力するよ」

「めずらしいな」

「二人に貸しを作っておけばいつか役に立つかもしれないでしょ?」

「うわ」



こうして俺とフォルカーは二人を観察することにした。耳をすませばある程度会話は聞き取れた。



二人はピザをテイクアウトした。ちなみにお金は女性の方が出していた。先生は払おうとしていたけれど、それを女性が拒否した。女性は、あなたの特別な姿が見れればいいの、などと言っていたので、どうやら二人は元からの知り合いのようだった。


女性は多分教員ではない。赤茶毛にややツリ気味の灰色の瞳をした美人など学園にいれば話題になりそうなものだ。それに、服装も派手で、緋色のディアンドルは丈がかなり短い。休暇日とはいえそんな格好をする教員がいてほしくはないと思ってしまった程である。



俺達もテイクアウトにして急いで彼らを追った。

二人は近くにある中央広場の原っぱの方へ向かった。


俺たちはこっそりと後をつけたのだった。





中央広場は相変わらず多くの人で賑わっていた。

二人は原っぱの端にある木陰のベンチに腰掛けた。


俺たちは二人の背後から数メートル離れた芝の上に座った。

本当はベンチに座りたかったけれど二人をちゃんと観察できるような場所にはなかったのだ。


ピザは本当に美味しかったけれど、前の二人が気になりすぎてしっかり味わうことができなかった。今度また食べたいと思っていたところでフォルカーから同じことを言われたので、また今度食べに行くことにした。


前に居る二人も笑顔で会話しながらピザを食べていた。


でも、恋人とかそういう感じには全く見えないのだ。不思議でしょうがなかった。

それはフォルカーも感じ取っていたようだった。

「あの人たちさ、女友だちって感じだよね?」

「なんというか、姉妹?」

「わかる!シスコンすぎる姉に、クール過ぎる妹みたいな感じかも」



ところが、俺達の予想は大きく崩れることになった。



「「えっ?!?!」」


俺たちは言葉を失った。



突然、赤髪の女性が先生の胸を揉んだのだ。


先生は満更でもなさそうな顔をしている。



高等部生には刺激の強すぎる光景に、俺たちは目を背けた。

もちろん本物のそれではないことはわかってはいるけれど、反応してしまうものはしょうがない。

フォルカーも同じようなものだったようで、耳まで赤くなっていた。

なんとも気まずい時間が流れていった。




そんな時間は突然終わりを告げた。

「ちょっと!なんであんた達がそこにいるのよ?!」


その声はいつも聞き慣れているものだった。

俺たちは声のする方を向いた。



先生と女性がこちらを向いているのが見えた。


「「ど、どうも」」

俺とフォルカーは申し合わせたかのようにピタリと同じことを言った。


「どうも、じゃないわよ。な、なんで?!」

先生は口をパクパクさせていた。相当焦っているらしく、頬が赤くなっている。


「いや、その、先生を見かけて、少し困っているように見えたのでいざとなれば助けに入ろうかと」


「やだ、ロイス。素敵な子達じゃない。んー、ダークゴールドのウサギくんが気に入っちゃった。紹介しなさいよ」

赤毛の美人が目を細めて言った。その視線はフォルカーを捉えている。

「げっ?!俺っ?!」

フォルカーは目を見開きそう言った。彼が俺と言うのは相当焦ってる証拠だった。それはそうか、謎すぎる美人からご指名されたのだから。


「だめに決まってるじゃない。あんた、年下男のストライクゾーンが広すぎるのよ。あの子達はまだ卒業してないし、してたとしても絶対に紹介しない」

「恋愛と体の相性に年の差は関係ないと思うの」

「やめなさい、アレクシア。私学校に居られなくなるわ。そしてあんたは闇の刺客に殺されるわよ」

女性はアレクシアという名前らしい。

先生はアレクシアさんに氷のような視線を送った。

「ってことはご身分の高い坊っちゃんかー。ちょっとなしかなー」

「はぁ。ごめんなさいね、今そっちに行くわ」

先生は大きくため息をつくと、俺達の方に近づいてきた。それにアレクシアさんが続く。


気まずさともっと近くで見てみたいという気持ちが入り乱れていく。


近くで見る先生はやはり薄っすらと化粧をしているようで、より女性らしかった。左目尻にあるホクロは消していた。



俺の心臓は今までにないほど仕事をしていた。 



違う。ドキドキしてるのは日常ではありえない光景だからだ。



俺は自分にそう言い聞かせ続けた。



その時、不意にアレクシアさんと目が合ってしまった。

「あら、ハニーブラウンの彼も中々素敵じゃない。凛々しい感じで筋肉質で。私のタイプじゃないけど」

アレクシアさんはまじまじと俺の顔を見つめてきた。どうしていいかわからず俺は視線をそらした。先生はやめなさいと彼女をたしなめていたが、なんの抗力にもならなかった。

「それに、キレイな瞳ね。あぁ!ねぇロイス、この鮮やかな黄緑色、あれに似てるわね!」

「何?」

「ラヴィーネ毒蜘蛛」

「ど、毒蜘蛛?!」

俺は度肝を抜かれた。宝石のペリドットのようだとはよく言われるけれど、虫に例えられることなど今まで一度もなかった。

「アレクシア、、あんた一回くたばればいいと思うの」

先生は今までにないほどの冷ややかな視線をアレクシアさんに送った。

「ひどい!褒め言葉じゃないの。害虫は駆除してくれるし、あの子達がいれば毒蛇も近づいてこないし。ある意味村の守り神的な存在じゃない」

アレクシアさんは何が悪いの?と言わんばかりの顔をしていた。


ここで一つ明らかになった。村の、ということは彼女もきっとコンバーターなのだろう。ということは彼女は先生の趣味仲間の一人なのかもしれない。


「アホなの?確かにそうだけれど、毒蜘蛛みたいって言われて嬉しいわけないでしょうが。ソフィー姉と同格かそれ以上のデリカシーのなさだわ。ごめんなさい、坊や。アレクシアはちょっと感覚がずれてるの」

先生は俺に頭を下げてきた。先生が謝ることなどないのに。

「あっ!ちょっと!ソフィーと同じにしないでよね?!あの子よりはまともだと思うわ」

「ぷっ」

こんなやり取りに耐えられなくなったのはフォルカーだった。

彼は腹を抱えて笑い出した。


「毒蜘蛛って!!だめだ、耐えられない!」

「フォルカー?!」

「だって、宝石に例えられることばかりなのに、虫だよ?まさかの展開過ぎて!」

フォルカーは目尻の涙を指で拭ったのだった。

「あら、フォルカー君っていうの。君の瞳も不思議な色ね、緑なのにオレンジも混じってて。綺麗すぎてずっと眺めてたいわ」

アレクシアさんは熱っぽい視線を向けグイグイとフォルカーに迫った。

フォルカーは彼女から逃げるように身をよじってこちらに寄ってきた。

「ちょっと、やめてくださいって!来ないで!」

フォルカーは必死にアレクシアさんから逃げようとしており、見兼ねた先生が間に入った。

「アレクシア!氷漬けにするわよ」

「いくらでもどうぞ。って!!は?!この子たちいるのにマズくない?!」

アレクシアさんは相当焦っているようだった。先生は小さくため息をついて徐ろに口を開いた。

「例の子たちなの」

「あら、そうだったの?早く言ってよ!ロイスがお世話になってるわね。アレクシアよ。前にロイスの失態をフォローしてくれたんでしょ?ありがとね」

ロイスの失態、それはオッターとのことだろう。


というか、先生が一連の話をするほどこのアレクシアさんは仲がいいということなのだろうか。


「ぼ、僕は何も。アレクシアさんも村の方、なんですよね?」

俺は気になっていたことを尋ねた。

「ええ。ロイスの言葉を借りるなら趣味仲間ってやつね。今日は本当に楽しいわ。ロイスのめったに見れない女装も堪能できたし、こんなにかわいい子たちと知り合いになれたし」

アレクシアさんのその言葉で俺は先生に聞くべきことを思い出したのだった。

「ってか、先生?!そもそも、なんで女装してるんです?」

「これはアレクシアの実験のためなのよ」

「そうそう。これのね」

そう言うとアレクシアさんはあろうことか先生の胸をまたもみ始めたのだ。右手で思いっきり。

「いきなり揉むんじゃないわよ!健全な高等部生達が困るでしょう?!」

「だって偽物だしー」

「そういう問題じゃないわ。あのね、この人工胸、いわゆるパッドの出来を調べてたのよ。一人よりも二人のほうがデータが取りやすいってお願いされちゃって」

「一人より、二人?え、まさか」

俺はとっさにアレクシアさんの胸元を見てしまった。すぐに視線は戻したけれど彼女にはバレてしまったらしい。

「あら、今、"入れててそれ?"って顔をしたわね、蜘蛛くん」

「蜘蛛くん?!」

俺は思わず復唱してしまった。

「ごめんなさい、名前を聞きそびれてたから」

「すみません、すっかり名乗りそびれてしまって。リットです」

「リットくん、いい?女は常に美しくありたいのよ。見栄だって張りたいの。これを待ち望んでるお客様がたくさんいるはずなの!」

アレクシアさんは右手に拳を作りぐっと握ってみせた。彼女の瞳にはかなりの熱が感じ取れた。

「キリッとカッコつけて言うんじゃないわよ。あんたの私利私欲のための開発でしょうが。それに、あれよね、いざ脱がせたときのがっかり感が増すだけじゃない」

あんたの絶壁が好きだって人がいるかもしれないのにもったいないわ、と先生は付け加えた。

「先生もまたデリカシーがなくなってますからね?!」

俺はツッコまないわけにはいかなかった。また先生の恥じらいがなくなったのだ。

「あら失礼」

先生は悪びれないようにニカっと笑った。これは間違いなく通常運転である。


「あんたも随分とソフィーに毒されてるじゃないのよ。とにかく!自然に盛れることが大切なのよ!もう絶壁だなんて誰にも言わせないわ!」

アレクシアさんはそう言って再び力強く拳を握ったのだった。

さっきから出てくるソフィーとは誰なのだろうか。

名前からすると女の人だと思うけれど。


「僕たち、もうお(いとま)しますね?」

フォルカーは俺の腕を引っ張り逃げようとしたが、アレクシアさんに捕まってしまった。


「えー、だめよ。ねぇ、ロイス?」

アレクシアさんは上目遣いで先生を見つめた。美人のそれはとてつもない威力なのだが、もちろん先生には通用していないようだった。

「却下よ。組み合わせを変えてデートはしないわよ。フォルカー坊っちゃんが危ないでしょうが」

「バレてたか」

「それに、彼には好きな人がいるのよ。あんたみたいな毒女が近づいちゃダメ」

「そうなの?ウサギくん?」

「そうですとも!だから離してくださいって!」

「それなら、お姉さんが手取り足取り教えてあげるわよ。色んな経験も練習もしといたほうがためになるでs」

「アレクシア。本当にやめて」

「わかった。絶対に手は出さないから!ね?」

その言葉に先生の血管がブチっと音を上げたように感じた。

いや、実際はそんなことはないのだけれど。

「ね?じゃないわボケ!もうある程度データは取れたんだから帰るわよ!坊やたちも巻き込んでしまって本当にごめんなさい」

「いえ。なんか、すみません、こちらこそ」

俺たちと先生が互いに頭を下げるという意味の分からない展開になってしまったのだった。



こうして先生はアレクシアさんの耳を引っ張りながら俺たちの前から姿を消したのだった。

アレクシアさんは痛い痛いと言いながらも"ウサギくんたち、またねー"と陽気に手を振っていた。



とり残された俺たちはしばらくの間呆然としていた。



「僕さ、久しぶりに身の危険を感じたよ。父親(あいつ)に殺されるんじゃないかっていうのは昔あったけどさ、貞操の危機は初めてで、、怖すぎる」

フォルカーは腕を抱えながら少し青くなっていた。

彼がこんなになっているのは初めて見たかもしれない。

「お疲れ様。嵐のような人だったな」

俺はなんと言っていいかわからずそれくらいのことしか言えなかった。

「初めてはリットとがいい」

フォルカーはそうつぶやいた。俺は持っていたピザが入っていた包をガサッと落としてしまった。

「やめてくれ。そして反射でさらっと言わないでくれ。後でじわじわ恥ずかしくなるんだろ?」

「そうなんだよね。あぁ、自覚したら恥ずかしくなってきた!!」

フォルカーは両手で頬を覆った。顔はみるみる赤くなっていく。

この男は反射で言った後に恥ずかしくなって照れてしまうことがあるのだ。それは初等部の時からそうだった気がする。


「その反射どうにかしてくれ」

「善処するよ」




◇◆◇

俺たちは気を取り直し、フォルカーが行きたがっていたチーズケーキ屋に足を運び、ケーキと紅茶のセットを味わった。俺は甘すぎる物があまり好きではないけれど、このケーキは程よい甘さと爽やかな酸味があり、なんと言っても軽い口当たりでさらりと食べられた。せっかくなのでお土産としてフランツやブルーノだけでなく使用人たちの分も買って帰ることにした。



「結構買い込んだね。使用人の分もだなんて優しいなぁ」

そういう彼も俺のほどではない大きさの紙箱を下げている。いつもお世話になってる寮の食堂の人達に差し入れるそうだ。

余談ではあるけれど、本来であれば寮は3人一部屋なのだが、フォルカーは一人部屋なのだという。それは彼が特例措置で寮にいるからということらしい。なので、普段彼の話し相手になってくれるのはもっぱら食堂のおじさんやおばさん達だそうだ。


「お前もな。いつも世話になってるしさ。たまには還元しないと」

「リットの家って、使用人全然やめないんでしょ?」

「そうだな。言われてみれば古株ばっかりだ」

メーヴェの使用人たちは揃って歴が長く、殆どが俺が幼い頃から仕えてくれている。一番若いのは庭師の男でそれでも三十代前半である。

「うちとは大違い。まぁ今はどうかわかんないけどさ、小さいときの記憶では毎月のように新しい使用人が採用されてた」

「シュヴァンは礼儀とかに厳しそうなイメージがあるからな」

俺は過去にフォルカーの父であるヴィステシュニア侯爵に会ったことを思い出した。フォルカーと顔の造りは似ているけれど、背はそこそこ高く威厳に溢れ、冷たそうな印象だった。

噂で聞く限りでもそのイメージは変わらない。




俺たちは中央広場の噴水で分かれることにした。そこに向かう途中、俺はフォルカーに一つの紙袋を渡した。


「リット、これは?」

「気に入ってたみたいだから。今日は付き合ってくれてありがとな」

「もしかしてあのカカオのやつ?!いいの?!すごくうれしいんだけど!」

フォルカーは目を輝かせていた。彼が気になってみていたのはカカオの香りがする紅茶であったのだ。

友人がこんなに喜んでくれるのは素直に嬉しい。

「もったいなくて飲めないなぁ。いつまでも取っておきたい」

「飲めなくなるからやめろ。淹れ方は付属の説明書読めばわかるってさ」

「本当にありがとう」

フォルカーは柔らかく微笑んだ。



お礼を言うべきは俺の方なのかもしれない。

彼が誘ってくれたおかげで先生の貴重な姿を見れたのだから。





噴水前まであと少しのところ、いくつもの路地が入り組んだ道で、俺は見覚えのある人物を見かけた気がした。


「オッター、先生?」

俺はとっさにそうつぶやいてしまった。幸いにも10メートル以上離れていたし周りも賑わっていたので聞こえることはなかったようだ。

「え?いないよ?」

フォルカーにはわからなかったようだ。俺が再び見たときにはもう彼の姿はなくなっていた。


「さっき、そこの路地を入ったように見えたんだけど」

「気のせいじゃない?あの人療養中なんでしょ?何があったのかは知らないけどさ」

「そう、だよな」


オッターの療養の理由は俺と先生しか知らない。



オッターが初等部前半くらいの金髪の少年と歩いていたように見えたのは気のせいだったのだろうか。



"オッターって息子がいたのか?!いや、先生にあんなことしてるくらいだし独身?それとなく先生に聞いてみるか、、いや、思い出させるのも悪いしな。"

俺はそんなことを考えていた。

オッターが早く結婚していればアレくらいの息子がいてもおかしくはなかった。



俺たちは噴水広場目指して再び歩き始めたのだった。



◇◆◇

俺は帰宅後にフランツやブルーノ、使用人の皆にチーズケーキを振る舞った。

市民商業区にあるだけあり値段もさほど高くなかったので、使用人達も休みに食べに行きたいと口々に言っていた。



就寝前、ブルーノが俺の部屋を訪ねてきた。

「坊ちゃま、お土産ありがとうございました。しかし、しばらくは私を連れないでのお出かけはお控えください。まだ誘拐犯が捕まっていませんので。旦那様も心配しているとのことです」

ブルーノは旦那さまからそんな内容のお手紙をお預かりしてますので、と付け加えた。

「ああ、気をつける。まさか、今日ついてきたりしてないよな?」

「ふふ。年上の女性方に絡まれてたなんて知りません」

ブルーノはくっと口角を上げながら言った。

「最悪だ」

俺は頭を抱えた。

「何かあってからでは遅いですからね。それにしてもやたら美人な方々でしたね。逆ナンパされるとは、さすがリット坊ちゃまです。お持ち帰りされてしまうのではとヒヤヒヤしておりました」

ブルーノは先生だと気づいていなかったようだ。これは好都合だった。

「うるさい。もう出ていけ」

「ふふ。では、おやすみなさいませ、リット様」



ブルーノのせいで、また昼間の先生を思い出してしまった。


いや、ブルーノに言われなくても思い出していただろうから八つ当たりなのだけれど。




心臓の鼓動ががうるさくて寝付けない時は、どうしたらいいんだろうか。





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