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23話 助言

俺とフランツは9の月1日目に領地からシェナヴィーゼに戻ってきた。3日目からは剣術の練習が再開するからである。一ヶ月後には父さんも議会に参加するためにこちらに来る予定であった。

ブルーノはどうしたのかって?もちろん俺たちに同行している。

俺は心の中で何度もため息をついたのだった。



そして、2日目の今日、俺は医務室を訪れようと朝から家を出た。前回と同様に馬車は使わずに徒歩で学園へ向かった。ブルーノもついてこようとしていたけれど、今回はフランツにも協力してもらい、フランツの勉強を見るという口実で屋敷に留まらせることができた。

というのも、フランツは視察中の俺の清々しい様子を見て色々と察してくれたようで、ブルーノのいないところで"何かあれば協力する"と言ってくれたのだ。なんとできた弟なのだろうか。

とはいえ、フランツもどうやらブルーノのことを怖がっているようなのでなるべく早く帰らないといけない。



俺は医務室のドアをノックした。


「あら、おかえりなさい。領地はどうだった?」

先生は笑顔でそう言いながらテーブル席へ促した。こころなしか、少しだけ日焼けをしたようにも見えた。どこかに行っていたのだろうか。



おかえりなさい、と言われ胸が高鳴った。


家に帰ったとき、先生にそんなふうに言ってもらえるなら仕事でも何でも頑張れそうな気がした。



違う、そうじゃない。



俺はまたもや思考回路が予期せぬ方向に進んでいることに気づき、心の中で壁に頭を打ち付けたのだった。



今日はイレーネさんもおり、医務室の中は香ばしいコーヒーの香りで満たされていた。


「あら、メーヴェさん、お久しぶりです」

自席で何やら作業をしていたイレーネさんにそう言われ、俺もお久しぶりですと答えた。イレーネさんは俺に軽くウインクするとそのまま備蓄室へ行ってしまった。

彼女のこのサインは"私は退散するわ"であり、俺が帰るまで戻ってこないことが多い。


異常に気を遣われているようで居たたまれない。



席につき、テーブルの上を見ると黄色のスターチスが飾られていた。よく見ると花瓶には水は入っておらず、俺が不思議がっていると先生がドライフラワーだと教えてくれた。

「ふふ、これからはドライフラワーにしなくてもお花を楽しめそうだわ」

先生ははそう言いながら窓の外、中央校舎の裏庭の方を見た。


そこには今までなかったものが見えた。教室一つ分ほどの大きさの平造りのガラス張りの建物があるのだ。平造りといっても天井の高さは2階建ての建物ほどあるようだ。

俺は気になってテーブルから離れ、窓にかじりつくようにそれを見た。


まだ建設途中らしく、建物の中には資材などが転がっていた。


「温室、ですか?」

「ええ。高等部の校長と学園長に直談判して作ってもらったの」

先生は満面の笑みをこぼした。


俺は顔を引きつらせた。

「先生って、やっぱり二人の愛j」

「違うって言ってるでしょうが。委員会活動の一環よ。ここで薬草を中心に自校栽培を始めるの」

先生はジト目で俺を見てきた。私誰にでも体を許す軽い人間じゃないの、などと付け加えた。

この人は時々恥じらいというものがポーンと抜けたような言い方をすることがある。かと言っていつもそういうわけでもないので不思議なものだ。

「また恥じらいがなくなってますよ」

「あら失礼」

先生はニカッと笑って返してきた。これはあまり悪く思ってない時の反応である。



って、色々わかりすぎてきた自分に嫌気がさしてきた。

俺はいつから先生ウォッチャーになってしまったのだろうか。



「委員会活動ってことは、保健委員会ですか?」

俺は確認のために聞いた。先生は保健委員会の顧問を務めているのだ。ということは"あの人"も関わってくるのだろうか。心の中に何かうごめくものがあった。



「そうよ。あの子達は当番制で月1くらいで商業区に薬草の買い出しに行ってたのだけれど、最近市内が物騒になってきたから学園としてもあまり外に子どもたちを出したくない、でも活動を制限したくはない、ってことで折衷案として温室を作ることにしたのよ」

春すぎ頃からシェナヴィーゼ市内では子どもの誘拐事件が十件近く起こっているのだ。ほとんどが未遂で終わっているものの、被害者の中には貴族の子どもたちも数名含まれていた。犯人はまだ捕まっていない。

この学園は鉄壁のガードで守られているため安全が確保されているが、一歩でも外に出れば危険がないとはいいきれないのだ。それでもシェナヴィーゼは国内でも安全なほうではある。


俺も父さんから一人での外出は控えるように言われているのだけれど、ブルーノと一緒にいるよりは誘拐犯と鉢合わせたほうがマシだと思っていた。

それは言いすぎだろうか。



「そうだったんですね。でもまだ資材が散らばってて運用までは程遠そうですね。何か手伝いますか?」

「いいの?近々来れそうな委員会の子たちを呼んで整備しようかと思ってたのよね。その、手伝ってもらえるかしら?」

先生は少し気まずそうにしながらそう言った。

俺は委員会の生徒ではないので申し訳ないと思っているらしい。

返事はもちろん決まっていた。

「喜んで。明日からはほぼ毎日剣術の稽古で学校にいるので、日程が決まったら教えて下さい」

「助かるわ。領地に帰っちゃってる子が多くて困ってたのよ」

先生は安堵したようであった。

「あ、力仕事ならさらに適してる人材がいますよ」

先生はそれが誰のことなのかわかったようで苦笑いを浮かべた。

「あー、でも坊っちゃんは嫌がるんじゃない?私のこと毛嫌いしてるし」

「そした彼の弱点を教えます。ってか、これなら確実に文句を言いません。むしろ食いつきます」


そう言って俺は先生に彼、フォルカーの弱点を教示した。


「ありがとう。丁度いいわ。あの子もそういうのが好きらしいから」

先生はクスっと笑った。

なぜか心の奥でズキリと痛みが走った。


「委員会の人ですか?」

「ええ。次期委員長候補の子よ」

「あぁ、エルマーさんですか」

「そうよ。知り合いだったの?」

「いいえ。ほら、出身の関係で有名ですからね」

本当は違った。

来年度は保健委員会に入ることも視野に入れていて、色々と下調べしていたのだ。


それにしても気に食わない。

やっぱり彼が関係していたし、先生は彼の嗜好を知っていたのだ。

やはりちらりと耳にした噂は本当だったようだ。

"次期委員長は先生のお気に入りである"と。


俺は悟られないように必死に表情を取り繕った。心の中のドロドロに動揺しながらも。


「そうだ。坊やは何がいい?用意できるものがあればするけれど」

よかった、先生には気づかれていないようだ。


「僕はそうですね、、あ!今日先生に助言をもらいたいことがあったんで、それでお願いします」

「いいの?当てにならないかもしれないのに?」

「いいんです。違う視点からの助言が欲しかったんです」

「わかったわ。じゃあイレーネさんからコーヒーもらってくるわね」

冷たいのでいいわね、という先生の言葉に俺が頷くと、彼は席を立った。



噂の次期委員長と顔を合わせるのは少し気が引けたけれど、また先生と会う口実ができ、俺はテーブルの下で小さくガッツポーズしたのだった。



先生がコーヒーを持ってきてくれた後、俺は孤児の学習機会についての話をした。

思ってた以上に先生の食いつきは良かった。

「坊やはやっぱり上に立つべき人材ね」

先生は嬉しそうに目を細めていた。頬が熱くなるのを感じた。

「ほ、褒めても何も出ないですよ」

「あぁ、ぜひともうちの村に見学に来てほしいくらい。参考になると思うわ」

「叶うなら行ってみたいですね」

先生の故郷の村はどんなところなのだろうか。

先生はどんな生活をしていたのだろうか。


「まぁ、元住民ですら里帰りは認められてないから無理だと思うけれどね」

「えっ?どういうことですか?」

「一度村から出ると戻れないの。制度的にも、地理的にもね」

「制度?地理?あぁ、そうか。あの山の中ですもんね。普通に遭難しそうですし」

制度の方はよくわからなかったけれど、ラヴィーネ大山脈は晩秋ともなれば大雪に覆われる。その季節でなくとも、そんな山を素人が登ろうとすれば簡単に遭難してしまうだろう。



そもそも、先生はどのようにして村からシェナヴィーゼまで来たのだろうか。山を越えるしかないのだけれど、そんなに簡単なものとは思えなかった。



「そうなのよ。私が教えられる範囲で良ければ、聞く?」

「ええ!お願いします!」

俺は勢いよく頭を下げたのだった。




そこで知ったのは村の恐るべき運営方法だった。

一言で表すなれば、"採算度外視"であった。




「学費は高等部卒業まで無料、ですって?!教科書や基本の文具類も?」

「もっと言うと村人の医療費もほぼ無料なの。家は村からの借家で家賃は格安。その他にもいろんなものが現物支給だったりね。こっちに来て色んなものにお金がかかることを知って驚いたくらいだわ」

シェナヴィーゼは物価も高いしね、と先生は付け加えた。


「どうしてそんなことが可能なんですか?」

両国(・・)との取引で得た利益をとんでもない率で住民たちに還元してるのよ。まぁあの小さな規模でかつ、住民が一生懸命働くからできることなんだけれどね。ごめんなさい、言い出しておいて申し訳ないけれど、あまり参考にはならないかもね」

「実現できるかどうかは別として、本当にすごいです」

両国、ということは立地的に考えてイズールとも取引してるということなのだろうか。だとすれば本当にとんでもない村だなと思ってしまった。


「村長や先生方がいつも言ってたのは"人こそが宝であり、教育こそが要である"って。村にいた頃はそんなに深く考えたことなかったけど、こっちに来て教育に携わる立場になってようやく理解できた気がするわ。って、何ニヤニヤしてるのよ?」 

俺は気づかないうちに口元が緩んでしまっていたらしい。とっさに口元を覆った。


先生は村で大切に育ててもらったのだ。そう思ったら村にお礼が言いたくてしょうがなくなった。



いつか、村に行くことができたら村長にお礼を言おう、俺は心の中でそう誓ったのだった。



「素晴らしい村だなって思って」

俺がそういうと先生も笑みを見せてくれた。

「そうね。本当に感謝してるわ。ここからは私の考えだけれど、大切なのはどこで学ぶかよりも、どう学ぶかだと思うの。正直、孤児たちが学校に通うことが目的になってしまってはいけないのよ。もちろん、通えるようになるならそれに越したことはないけれどね」

「どう学ぶか、ですか」

「そう。例えば、初等部までは孤児院で基礎の学習を、中等部からは奨学金制度を利用して更に学びたい子にそれを提供する。もしも勉強が肌に合わなければ孤児院で手に職をつけるための実践を積む。とかね。人には向き不向きがあるからそれくらいの幅をもたせてもいいかもしれないわ」

先生のその言葉を聞いて大きく納得した。確かにすべての子が勉強が得意というわけではないのだ。得意な分野を伸ばすほうが将来には役に立つかもしれない。


「とても参考になります。けど、孤児院で勉強を教える人たちの給料はどうするんです?」

「領地や公の機関が払うの。孤児院に人を派遣するような組織を作ってもいいかもしれない。最初は利なんてないけれど、子どもたちが大きくなって自立して働くようになれば、税収も得られるし治安も良くなるわ」

「たしかに、孤児たちが犯罪に手を染める原因は仕事がなくてお金に困ったからというのが多いですからね。読み書きや計算ができるだけで就ける職種や機会はぐんと広がりますね」


口で言うのは簡単ではあるけれど、これは実現させるために多くの人々を納得させる必要があり、莫大な金額を要する。

本当にやりたいのなら、もっと詰めなくちゃいけない。


「そして何よりも大切なのは学ぶ重要性を理解させることね。こればかりは自覚してもらわないとどうにもならないけれど。学を欲する渇きこそが原動力なのよ」


「先生」

俺は先生のその言葉の意味するものに気が付き何も言えなくなってしまった。


この相談自体が、少し配慮に欠けていたかもしれないと思った。今更気づくなんて遅すぎたのだ。


「私、7歳まで満足に話せなかったの。文字の読み書きなんて以ての外よ」

「そんな」

頭の片隅ではわかっていた。けれど、それを本人から直接聞いてしまうと心が苦しくなった。


御主人様(アイツ)は私のことをただの玩具だと思っていたの。いや、人形かもしれないわね。私はずっと人間になりたかった。学校にも通いたかったし、友達も欲しかった。たくさんのことを学びたかった。だから日常レベルの言葉とかは屋敷のメイドたちが話してるのを聞いて学んだわ。それでも知識を得たいという飢えは治まらなかったの」


先生の言葉は心にぐっと刺さった。

幼い日の先生を思うと、この前のように泣いてしまいそうだった。

先生はそんな俺の顔を見て、この前みたいに泣かないでね、と少し困ったように言った。

「村でたくさん学ばせてもらえたのは本当に嬉しかったの。乾ききった海綿に知識という水が染み渡るようだったわ」

先生は本当に嬉しそうにそう言った。

「それこそが教育の原点なのかもしれないですね。学びたいという気持ちに添うことが」

「私はそう思ってるわ。まぁ、村の教育は充実しすぎてるのだけれどね」

先生は遠い目をした。

「厳しかったんですか?」

「先生方が厳しかったわけじゃないの。ただ、私が貪欲すぎて何度知恵熱を出したかわからないくらい勉強してたなって。」

「なんか、先生は昔から先生だったんですね。ストイックで」

「え?私そんなふうに見えてたの?」

先生は照れながら言った。

「だって、先生、空き時間ができたら自分の勉強をしてますよね?医師免許取得のための」

先生は俺が来た時、高確率で本を片手に何かの勉強をしていたのだ。中身がちらりと見えてしまったことがあって、医師になるための勉強をしていることを知ったのだ。

気になって医師免許について調べてみたところ、取得するためには試験を受ける必要があり、受験資格を得るためには3〜5年の実務経験が必要なのだという。大きな病院の医者見習いなら3年、小さな医院なら4年、学校医は5年らしい。

「気づいてたのね」

「ええ。そんなところもすごいなって、尊敬してるんです」


「恥ずかしいわ。だ、だからね、坊や」

先生は話題を変えようとした。そんなところもまたかわいいなんて思ってしまった。


「機会を欲している人に与えてあげてほしいの。貴方にはそれができる。今じゃなくてもいい。いつか、過去の私のような人を救ってほしいの」

先生の言葉に胸が熱くなった。

俺にはそういうことができる可能性があるし、それをすることが領主の家に生まれた貴族の宿命だとも思った。


「わかりました。俺、がんばります。領主にはならないだろうけれど、兄さんをサポートしてそういう制度も整えていきたいです」

「ありがとう。ふふ、なんだか真面目な話になっちゃったわね」

「すみません、昔のことを思い出させてしまって」

「いいえ、伝えられて良かったわ。私、貪欲なの。もっと色んなことをしてみたいし、たくさん学び続けたい」

先生はいつにも増してキラキラと輝いているようだった。


「僕も、そんな大人になりたいです」

「きっとなれるわ。むしろ私なんか比べてはいけないほどになるわよ」

「褒め過ぎです」

「希望も込めてるのよ。貴方には輝かしい未来が待ってるわ」



その言葉に少しだけ違和感を覚え、とっさに返してしまった。

「先生もそうでしょう?」


「そうね。そうだといいわね」

先生は少し眉を下げて微笑んだ。


それは少し困っているようにも見えた。



そんな違和感はすぐに忘れ、俺たちは昼時前まで孤児たちや平民の学習機会について語らったのだった。


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