私達のその後
二月下旬に植えたシュクルビーツは六月初旬には収穫を終え、私は村人と共に砂糖作りを始めました。根の部分をすり潰して絞り、その絞り汁をじっくり煮詰めるだけ。しかしそれがなかなか骨の折れる作業なので、母国の様に一度で大量に絞り出せる装置を作る事にしました。清雅様が持ち帰っていた設計図を元に職人に装置を作らせ、完成した絞り機は作業時間短縮に大いに役立ちました。
最初に試作した砂糖は作った村人達に分け与え、味見してもらうと、そこで初めて自分たちが作っている物の価値を理解できた様です。彼らは早速、次の秋植え用の畑作りを始めてくれました。
お館様には勿体無いと言われてしまったけれど、作り手にやる気を出させる事は決して無駄では無いと思うのです。
その後各村に砂糖工場を建設して、シュクルビーツの絞り機と、煮詰める為のかまどを何基も設置し本格的に砂糖作りを開始しました。人手が足りず他の土地から働き手を募集した事で村は活性化し、それまで何年も放置されていた畑が使われるようになるなど砂糖の生産は思わぬところに影響を与えました。
「ユリ様、お腹が大きくなってきましたね。予定日はいつ頃ですか?」
「十二月の初旬から中旬頃かしら」
「無理しないで下さいね。私達に言ってくれれば何でもしますから」
畑仕事を手伝う内に村人とは仲良くなりました。藤堂家の管轄する以外の村にも行っていましたが、どの村も始めは私を異国人だと言って怖がり、避けられてまともに話も出来ませんでした。今は顔を見せれば向こうから寄って来て話し掛けてくれるまでになり、仕事は円滑に進められています。
馬での移動が出来なくなった今は、私の代わりに雅高様とお館様から補佐に付けて頂いた方々で村を回って頂いています。
芋の収穫や夏野菜の収穫も無事に終わり、秋からはさらに広範囲でのシュクルビーツの栽培が始まります。私のお腹もどんどん大きくなって、秋植えのシュクルビーツの収穫期を迎える頃、予定より数日遅れで陣痛が始まりました。
「奥様、深呼吸して下さい。陣痛の間隔が狭まっています。もうすぐですから耐えて下さい。まだいきまないで」
「ふー、ふー、そんな事言っても……痛くて力が入っちゃうわ……くぅっ」
昨夜始まった陣痛は次の日の夕方になっても続き、清雅様は心配して隣室でウロウロしているようです。私の出産に向けてお母様とセツ様は大崎の城に来てくれました。今はナタリーと三人で出産を手伝っており、手を握って励ましてくれています。
長時間の陣痛で体力を消耗し、睡眠不足の私は意識が朦朧とする中、ナタリーの声を聞き、ぐっといきみました。
「頭が出て来ました! 頑張って下さい! はい、いきんで!」
「んんーっ!」
気が遠くなりそうな痛みの中、それでも頑張っていきみ続けると、オギャーという元気な産声をあげ第一子が誕生しました。
「奥様、お疲れ様でした。よく頑張りましたね、男の子ですよ」
「男の子……はぁ、はぁ」
立ち会ったセツ様とお母様に労われ、ありがとうと何度もお礼を言われました。
隣室の清雅様は雅高様と喜びの声を上げているのが聞こえます。第一子、長男は風千代と命名されました。
産後の処理が終わった室内で風千代に初めて母乳を飲ませた時、母になったと実感しました。痛くて苦しい出産ではあったけれど、自分の乳を懸命に吸うわが子を見て感動し涙が溢れます。
「ユーリア、よくやった。私の子を産んでくれてありがとう。これで藤堂家は安泰だ。お前を妻に迎えて本当に良かった」
「清雅様、抱いてみますか?」
清雅様は恐る恐る手を伸ばし、風千代をたくましい腕で包み込みました。初めは緊張して固い表情だったのが徐々に優しい微笑みに変わり、彼も父親となった事を実感したようです。
「かわいいな。この子の為にも戦の無い世の中にせねばならんと改めて思うぞ」
「はい、是非そうして下さいませ。わが子を戦に出す悲しみなど、もう誰にも味わわせたくはありませんから」
それから二年後、砂糖は国内で一般的に普及し、芋などの作物も広範囲に広まりました。私は第二子を出産、続けて翌年第三子を出産し、藤堂家は益々安泰となりました。子供達は私に似た濃い青い目に清雅様に似た黒い髪、顔立ちは長男は父似、次男は私に似ている様に思います。
第三子として生まれた子は私に瓜二つの女の子。清雅様に大変溺愛されております。
私は子供達に自分が母国で学んだ事を全て教え、言葉も覚えさせました。十五歳になった風千代は元服して長雅と名を改め、跡継ぎとなるべく日々を過ごしております。
そして、第二子として生まれた次男はその後―――
「お待ちしておりました、私はアキム・グランフェルトと申します。今日よりあなた様に仕え、シェルクヴィスト家の繁栄の為に尽力いたします。どうぞ、アキムとお呼び下さい」
「うむ、出迎えご苦労であった。アキム、母上からそなた宛てにと、レギーナ叔母上宛の手紙を託されてきた」
「ユーリア様からで御座いますか? ありがとうございます……! レギーナ様にも必ずお届け致します。ではどうぞ、こちらの馬車にお乗り下さい。荷物は別の荷馬車にて運ばせます」
母が十七歳で決断し、父と共に旅立った港に降り立ち、母から聞いていた町の様子を興味深く観察してポソリと呟く。
「ハハ、聞いていた通りだ。石で出来た建物に石の道路。この国だとこの目の色も普通なのだな……」
馬車に乗ってシェルクヴィストの屋敷へ向う。ユーリアが旅立った頃と何も変わらないその屋敷では、今か今かとシェルクヴィスト男爵が首を長くして到着を待っていた。
屋敷に着いて真っ先に向ったのは母の大切にしていた温室。主が不在でもそこはきちんと手入れされていたようで、ドアを開け中に入るとむせかえるようなバラの香りに包まれた。
「素晴らしい! 母上が懐かしんでいたバラはきっとこれだろう。今でも可憐な花を咲かせている。ここから持ち出したバラは城に植えられてはいるが、これを見てしまうと華やかさにかけるな」
母の思い入れのある場所を歩きながら玄関へと向うと、執事のベンや側仕え達が並んで出迎えていた。
「お待ちしておりました。私は執事のベンでございます。旦那様がお待ちですので、こちらへどうぞ」
シェルクヴィスト男爵の待つ応接間ではウロウロと熊の様に落ち着き無く歩き回る男爵がいた。ドアが開き、そこに立つ少年に娘の面影を見て目を潤ませる。
「はじめまして、おじい様。私は藤堂輝雅と申します。父上とおじい様との約束を果たし、母に代わり、このシェルクヴィスト家を継ぐ為、本日遠く和の国から参上致しました。母の考えていた改革案を、私が実行致します。私に全てお任せ下さい!」
藤堂清雅とシェルクヴィスト男爵との間で密かに交わされていた約束。それは二番目に生まれた男の子を男爵家の跡継ぎとすること。男の子が二人生まれるかどうかも定かでは無い中、ユーリア抜きで男二人で決めてしまっていたのだ。
次男が生まれた時点で男爵家の跡継ぎとしての教育を始め、元服する年齢になるのを待って送り出された輝雅は、母の理想を現実にすべく奔走し領民に愛される領主となりました。
-end-
最終回です。一つ一つ掘り下げればもっと長く連載できましたが、結婚した時点でハッピーエンドかなと思いここまでとしました。最終話は結婚後の経過と男爵家の跡取り問題を解決させました。
レギーナのその後やユーリアが書いた手紙の内容は想像におまかせします。
読んで下さった皆様、お付き合いありがとうございました。




