森の中の要塞
かなり時間が空いてしまいました申し訳ありません。
5,4,3,2,1,0……スタート!!
拡声器からおじさんのドラ声、我々山上チームの面々は素早く左右に展開を始めた。
田舎のサバゲーマーはおっさんが多い。蒸し暑い山中でのサバイバルゲーム。普段はただのおっさんの彼らに四六時中山を駆け回る体力はない。すでに5ゲーム目を迎えたこのゲームでは多数の休憩が出ており、彼らが審判を引き受け今回のゲームがスタートした。古参兵たちが濡れタオル巻いてセイフティゾーンで死んでいるので、両チームの主力は比較的若いサバゲーマーで構成されることになった。
「これは電撃戦になりそうやな」
試合前ゴーグルのずれを修正しながらヨッシーさんがぽつりと呟く。
若いサバゲーマーは老兵に比べて経験が乏しいが、体力がある。20代メインに構成された敵チームはそのまま勢いで陣地に走りこんできて、速攻で旗を狙う可能性がある。ヨッシーさんはそれを危惧していた。
この試合、我々チームは山上チームに配属されて、試合前の簡単なブリーフィングで攻守2チームに分かれることになった。ヨッシー、ジャック、山田は攻撃チーム、私は動くのがもうしんどかったので防衛に。攻撃を仕掛けるチームは開幕早々、『左』岩山方面に猛ダッシュ。私は『右』ルートの守りやすい崖上目指して鈍ダッシュ。
私が崖上目指して歩いている途中で会敵を知らせる銃声が響く。予想よりずっと早い。おそらく相手も走りこんできたのだろう。私はそんなことは気にせずにのんびりと迎撃地点に向かう。無論私がここまでゆっくりと行動しているのにはそれなりの理由が2つある。一つは足が痛いこと。
おっと、暴言メッセージを送ろうとした読者さん、どうか怒らないでほしい。次の理由が大切なのだ。
二つ目は、上記のとおり私が向かう地点が崖上という点だ。この防衛地点は通称『坂』と略されて呼ばれているが、エアガンを背中に回して両手を使わないと登れない地形を私は『坂』などと呼んだりしない。この地点は山下から攻める側からすれば山上チーム旗の最短ルートなのだが、なにせ坂を上る際に岩を掴んでロッククライミングのように登っていく必要があり、その際ハンドガンすら使用できず無防備になってしまうのだ。そのためここを突破するためには必ず護衛が必要で、一人が後方で崖上を見張りその他の人員が崖を上るという手はずになるのだ。しかし位置関係適にこちらは歩いているだけで先に到着できる。崖上は木々が多く身を隠しやすい、さらに高低差と一般道により接近する敵が丸見えで、射程距離もこちらが有利となる。つまりこのポジション先に守りにさえついてしまえば要塞並みの守りやすさなのだ。ぶっちゃけ人員を1人配置するだけで3人相手にしても守りきれるだろう。
私はその地点の防衛を仰せつかったのだ。相手がどんな速攻を仕掛けようが壁があるのだよ、壁が。相手がどんなに全力ダッシュしようが、こちらは歩いているだけで先に到着できるのだ。フハハハハ!!
そのような説明を挟んでいるうちに前方の視界が切れた。青々しい木々の隙間から青空が見える。
――――崖だ。
私はSACRのセイフティ―を解除すると、先ほどのドジを踏まないように足元に注意しながら前進する。この時重要なのは視界ではなく音だ。耳をそばだてて土の音を感じる。もし何か聞こえたのなら誰かが崖を上っているのだ。実際この地点では、崖を上からのぞいたゲーマーと登っている最中のゲーマが鉢合わせという場面がよく起きている。崖に近づくにつれて徐々に姿勢を落としてゆく、最終的にはホフクをしながら崖のそばの茂みに身を隠した。
緑の中を進み、切れ目から外の様子を確認する。ランボーおじさんこと地元のゲーマーさんから教えてもらった、待ちポイントだ。ここからは一本道がよく見えて、敵の接近をいち早く察知できる。
「む……誰もいない……」
外を確認した私は、がっくりと肩を落とした。これもよくあることだった。この地点は守りが固すぎて最初から敵チームが突破をあきらめて戦力を岩肌エリアに集中するのはしょっちゅうだった。
私はため息と同時に枝分かれした幹にSCARの銃身を預け、長期戦に備え楽な体制に体を動かした。
それれから5分ぐらいたったころだろうか、後方からの足音に私は体を強張らせた。SCARを手に取ると足音の聞こえた方角に銃を構える。すると林の隙間からこちらに掌を向けるサバゲーマーが見えた。素早く腕のマーカーも確認する。
赤色――――味方だ。
「どうだ? 敵は見えるか」
近くに寄ってきたサバゲーマーの問いに私は首を横に振った。
「いいえ、静かなもんですよ」
「そうか、今から降りるから見張っててくれないか」
「降りるんですか?」
「ああ、右の総力戦が膠着状態になってな」
膠着状態。サバイバルゲームにおいて、互いが物陰に隠れて牽制を行いゲームが全く動かない状況のことなのだが。いったん膠着状態に陥るとそこからゲームを動かすのはかなり難しい。無駄な消耗戦が続いて、しまいにはタイムアップだ。遮蔽物の少ない開けたフィールドや、縦横どちらかに長いフィールドや参加人数が極端に多いゲームでよくあることなのだが。今回は両チームに遮蔽物のある開けた場所で戦力が集中して、膠着してしまったようだった。
「で、どうするんです?」
「俺が奇襲を仕掛ける。今なら横ががら空きのはずだ」
私は茂みの隙間から再度がけ下を確認すると、親指を立ててGOサインを出した。サバゲーマーは小さくうなずくと背中にP90型のエアガンを回して崖まで腰を下げて向かう。
小石の転がる音が聞こえる。
この場所からは真横の崖は見ることがでないが、予定通りサバゲーマーが崖を降りているだろう。そのあと数秒もしないうちに崖を下ったサバゲーマーの背中を無事見ることができた。
サバゲーマーは林道の隅に背中を丸めて屈むと、周囲を見渡して前進を始めた。
その時だ。
『ヒット―!!』
何事もなく前進をしていたはずのサバゲーマーに白色のBB弾が襲い掛かり、彼を帰らぬ人とした。サバゲーマーもハトが豆鉄砲食らったような顔をして周囲を見渡していた。
茂みが揺れ動き、敵――――黄色の腕章を身に着けたサバゲーマーが林道のわきから姿を現した。正直私も驚いたなにせそのサバゲーマーが隠れていた場所は、膝ほどまでしか草が生えていない場所だったからだ。普通なら見逃すはずがない場所だ、しかし敵は自分の迷彩服の性能を200%引き出す地形を見つけて、そこで息を潜んでいたのだ。そして敵は道の側によると、なんとこちらに向かい前進を始めた。
「馬鹿な、この要塞を単騎で攻めるつもりなのか」
刹那、敵のサバゲーマーが走りだした。私は慌てて銃を構えて上半身を持ち上げたが時すでに遅し、相手サバゲーマーは林道の端に姿を消した。
私の額に一筋の汗が流れおちた。
(間違いない、奴は地元のゲーマーだっ!!)
地方のサバイバルゲームにおいて一番の強敵は誰か? 都会で最新装備を整えたプロゲーマーか? 連携のとれたベテランチーム? それとも45m先の敵を一撃で仕留められる腕を持ったスナイパー? 否、断じて否である。生地されたフィールドではなく、そこらの野山で行われる地方サバイバルゲームで最強の存在は地元のサバゲーマーである。すなわち地の利なのだ。サバイバルゲームにおいて勝敗を決するのは装備や射撃の腕ではない。どれだけそのフィールドを理解しているかだ。歴史もそれを物語っている。ベトナム戦争において装備や兵士のレベル。兵士の数、兵器の性能。全てにおいて勝っていたアメリカ軍だがなぜ負けたのか? それこそジャングルという複雑な地形を理解した地元の戦士、ベトコンとの戦だったからだ。彼らはジャングルを理解してそれを利用した。だから戦争に勝利したのだ!!(歴史に詳しい人からすればそれだけではないのだが、その辺は割愛させてください)
相手の今の動き、明らかにこの崖上からのエアガンの射線を読んで動いていた。この相手は全てを理解している。山上を防衛するとき、どこで待ち伏せすればいいのか。またどこに隠れて進めば崖上から撃たれないのか。この場所は地元のゲーマーさんから教えてもらったベストポジションだ。つまり……。
(相手も私がここに隠れていることが想定済みなのか!!)
私がそう考えたと同時にBB弾の雨が降り注いだ。頭上から死を呼ぶ白色の弾丸が襲い掛かり周囲の木の葉を食ズタズタに切り裂いてゆく。私は悲鳴を上げながら茂みから転がり出た。奇跡的にBB弾は一発も当らなかった。
「チッ、迫撃砲か!!」
私は舌を強く叩くとベテランから聞いたテクニックを思い出した。
迫撃砲。エアガンを仰角45度以上の角度で構えて射撃を行うという技だ。これを行うことによりBB弾は放物線を描いて遮蔽物に隠れる敵を頭上から狙えるわけなのだが。すさまじい射撃センスとテクニックが必要である。もしくは、この場所でどの程度の角度で射撃すればここに届く、という事前にポイントが決まっていれば誰でも使用が可能な技だ。今回の場合はあの防衛地点攻撃用の射撃ポイントが崖下に存在したのだろう。
私は興奮し、混乱していた。
今は冷静に解析し文章を書いているが、当時は頭上からBB弾の雨が降るという未知の体験をしたのだ。無理もない。そうしてこのような混乱状態にとる行動は必ず裏目に出るものだ。ねぐらを追い出された私は何故か前進して相手を迎撃するという方法を選択した。攻撃を受けてやり返さなければという思いが強く出たのだ。本来なら待ち伏せの場所を変えて相手が来るのを待っていればよいのだ。我々の仕事はこの地点を通過させないことなのだがら攻撃を仕掛ける必要などないのだ。FPSなら芋虫と文句を言われようが、これはサバイバルゲームなのだ。生存こそが勝利。
少し泥のついたSCARに目を配り、腰を少し折り曲げて崖の境界まで前進する。失敗がないように、銃にセイフティ―がかかってないか2度目のチェック。射撃可能なことを確認して息を整えた。崖から頭の先だけを出して外の様子を確認した。
崖上から眺めるフィールドは絶景であった。ちょうど森の切れ目から国道と緑色の野山が目に飛び込んでくる。本日は晴天でちょうど4つ向こうの山まで見えた。しかしそれを鑑賞している暇など無い。すぐさま視線を落とすと眼下の茂みに目を光らせた。青々と茂雑木林と、伸び放題の雑草。砂利のひかれた道以外は遮蔽物が多すぎて、敵を発見することは不可能に思えた。
一度顔を引っ込めて、少し時間をおいた。そして再度頭をだした。
風景は数秒前と何ら変わりないと思われた……しかし違ったのだ。私は茂みの中で何かうごめく『ぼやけた者』を見つけた。何かが浮いている。そしてそれがヒトガタと脳が認識した途端。それが一気に鮮明に見えた。
草むらや木の影に隠れるには適した少し暗めの森林迷彩。しかし青々とした若葉が生まれる初夏の森、そんな場所ではその色は暗すぎたのだ。そのため男の姿が浮きでてしまい、いまでははっきりと視認できる。
距離、役35m。
私はSCARを構えた、この時肘が小石に当たり、崖を転がった。その時の音が意外に大きく相手もまたこちらに気が付いて銃に手を掛けた。しかし反応は私の方が速かった。照星と照門を素早く重ね合わせて、35m先の敵をリングの中央にとらえる。絞るように引き金を引いて、エアの炸裂音と柔らかな衝撃が肩を打った。
しかし弾は相手に当たらなかった。相手に吸い込まれるように進んでいたBB弾が道急に浮き上がり相手の右肩スレスレを飛んで行ったのだ。それに対して相手の反撃は素早く、的確であった。私が仕留め損ねを認識したときには3発の弾丸が私の右胸を叩いた。
すっかり忘れていた……ホップアップ機能のことを……。
セイフティ―ゾーンに帰るとき、私は崖を降りて先ほどのサバゲーマーとすれ違った。
「惜しかったなルーキ」
「くそう、次は覚悟してくださいね」
サバゲーマーは白い歯を見せてニヤリと笑って、私は同じく歯を見せて大げさに悔しがった。本当は叫びたいほど悔しかった。あそこまで有利な状況で負けるのかと歯ぎしりをした。狙ったところに弾が飛ばない、FPSにはぜっいにないことだ。(通常ヒットされた人間が喋るのはマナー違反。しかし今回のゲームはフレンドリーなゲームだったのでこのようなことが可能だった。無論敵の位置を喋るなどのルールは厳守)
「悪いが旗はもらうぜ」
サバゲーマーは私を仕留めたカスタムM4を背中に回すと崖を上り始めた。慣れない人間ならここでかなりの時間をロスするのだが、彼は軽々と登って見せた。やはり手馴れていた。
私は両手を上げながら彼に背を向けた歩き始めた。彼は無事崖を上り終え、旗に向かう裏道を突破するだろう。ただ彼も有頂天になっていたに違いない。彼の経験からしてこの場所の防衛はほぼ1人だから。なぜならそれ以上この場所に人を振り当てても戦力の無駄になる、それなら攻撃に戦力を割り当てたいはずだから。
そして彼はこの場所で2人のゲーマーをヒットさせた。もう防衛などいないと考えるのが普通だ。
私は後ろを振り返った。ちょうど崖を上り終えた彼がM4を構えて旗に向かってゆっくりと進む姿が見えた。素人目にも周囲の確認が少し雑なように思えた。今彼は高揚しているのだろう、チームを勝利に導いた英雄の称号は目と鼻の先なのだから。しかしこの時私はランボーおじさんの言葉を思い出していた。
『フラッグの手前からが本当の戦いや』
やがてサバゲーマーが崖下から見えなくなった。奥に進んだらしい。しかし私は鼻で笑ってしまった。今まで堪えていた笑いだ。――――何故かって?
彼が消えたと同時に、私は反対の茂みに視線を送った。何の変哲もないただの茂み。彼が気が付かなかったのはしかたのないことだった。私も気が付かないだろうから。しかしその中では『ギリースーツ』を着込んだ凄腕のスナイパーが、VSR-10ボルトアクションスナイパーライフルを構えて引き金を絞って待ち構えているのだから。
そうさ、誰も気が付かない。その後聞こえた悲鳴で、ついに私は大声を出して笑ってしまった。
※ギリースーツ
ギリースーツは、主に職業柄、身を隠す必要がある場合が多い狙撃手やハンターが山間部や草原においてカモフラージュの為に着用するもので、短冊状の布や糸を多数縫いつけて垂らしたジャケットやベスト、もしくはメッシュ様のベストやジャケットに草木や小枝などを貼り付けたものを着ることで着用者を風景に溶け込ませて判別させ難くし、視覚的に発見され難くする効果がある。wikipediaより。
※ホップアップ機能
BB弾に上向きの回転(揚力)を与えて飛距離を伸ばす機能。この機能が開発されて、単純に威力を上げなくても飛距離を伸ばすことに成功した。この機能が付いているエアガンの弾道は一度浮き上がりそして落ちるという特殊な動きをする。
至らないところがあればご指摘ください。
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