1話 2節
ドレスを着飾ったカエデは、謁見の間に着くと
巨大な背もたれ付きの椅子に座った。
背もたれの高さはカエデの2倍ほどあり、
大変馬鹿げた権力者用の椅子である。
頭上に当たる背もたれ部分には、スノートールの紋章が
刻まれており、その他の装飾も宝石を散りばめたりと
威風だけは天狗の鼻並みに高い。
カエデは当初、この椅子に座るのを拒んだが、
ロギンナの説得に応じる形となったのである。
ロギンナの言い分は以下だった。
「戦争の勝者である皇后さまが、質素でまるで
警察署の取り調べ室のような雰囲気の中で
敗者を出迎えたのなら、出迎えられる側は
なんと思うでしょう?
自分は冷酷に裁かれるものだと思い込んでしまいます。
そうではなく、豪華な椅子に座り、
立派な部屋で勝者の貫禄を見せる事が
敗者の心のゆとりを生むものでございます。
皇后さまは、冷酷な処罰をお望みではないのでしょう?
ならば、あえて威張ってごらんくださいませ。」
ロギンナの忠告は理解は出来る。
カエデは元宇宙海賊であり、彼らがもし裁かれる側なら
質素な、警察署の取調室のような場所で行われるであろう。
否、取り調べ室ならまだマシである。
最悪、牢屋の中で行われる事もある。
だがもし、王宮の謁見の間に連れて行かれたのだとしたら、
助けてもらえるかもしれないと内心期待するかもしれない。
そうでなくては、王宮という場をわざわざ用意しない。
ここはあえて、勝者の貫禄を見せるのも一理あると思った。
こうしてカエデは着なれないドレスの裾を女官に持ち上げてもらいながら、
玉座のような椅子に座った。
彼女が座ったのを見て、近衛兵が謁見の間のドアを開ける。
そこには、一人の青年が立っていた。
歳は25歳ぐらいであろうか?
少し頬がこけていたが、中肉中背の男性は、
真っすぐにカーペットの上を歩いてカエデの前まで進むと
片膝をつき、恭しく一礼した。
「ショコバンにございます。
皇后陛下にはお初にお目にかかります。」
凛とした声が謁見の間に響く。
育ちの良さが垣間見えた。
どちらかと言うと、カエデの苦手なタイプである。
タイミングを見計らって、カエデの後方にいた文官が声を上げる。
「ジャコバン伯爵。26歳。
内戦で父君を亡くされ、先日伯爵領を継いだばっかりでございます。
先代の伯爵は、メイザー公爵軍に艦船500を率いて合流。
戦闘では中軍の一部隊として陛下の軍と戦闘し、
先代のジャコバン伯爵は壊滅する味方の殿を引き受け
戦死なされています。
敵ながら立派な最後であったと、陛下も気にしておいでになられました。」
「降伏すれば良かったのだ。
何も死ぬ事はなかっただろうに。」
カエデの一言に、ジャコバンの肩がピクッ!と動いた。
その様子をみたロギンナがコホン!と一つ咳払いをする。
カエデはロギンナの合図に気付いた。
「いや、すまない伯爵。
私は死を好まない。
伯爵の御父上を汚すつもりはなかった。
失言であったなら謝ろう。
生きていてくれても良かったという意味なのだ。」
頭を下げたままのジャコバンは身動きせず、
カエデの言葉を聞いていた。
カエデは面を上げるように伝えると
ジャコバンは顔をあげ、カエデと視線が合う。
怒りに満ちた表情ではなかった。
「皇后陛下の御自愛、痛みいります。
父は父なりに責任を取ったのでしょう。
皇帝陛下に刃を向ける事を、出陣の日まで悩んでおりました。
私としても生きて帰ってきて欲しかったのですが、
不器用な父でございましたから。」
伯爵の言葉に、息子も器用そうには見えないな。と感じるカエデであった。
こういう相手との話は疲れる。
カエデはジャコバンに単刀直入に聞いた。
「この場は、伯爵家の罪状を決める場である。
申し開きがあるなら聞こう。」
ジャコバンは立ち上がると、真っすぐに起立した。
「我がジャコバン伯爵家は、
400年前、惑星アルトエワの天変地異の際に
私財を投げうって市民を救助した功績により
爵位を得た家柄でございます。
父と私の不徳の致すところにより、
此度の結果とはなりましたが、
決してスノートールを裏切ったわけではなく、
私や父が裁かれるのは当然としても、
ジャコバン家に逆賊のレッテルを張られるのは
どうぞ、ご勘弁いただけないでしょうか。
そうでなくては人命救助という立派な行いを実施したご先祖さまに
合わせる顔もございません。」
背筋は伸ばしていたが、顔は苦痛の表情となった。
真面目である。
大変まじめである。
しかし、カエデは正直に「うえー」と感じた。
どう育ったら、自分の身よりも家名が大事だと
声に出して言えるのであろうか?
先祖の功績を以って助命嘆願してくるような輩のほうが
まだ理解できるというものである。
自分自身よりも、伯爵家の汚名のほうを
心配するその思考が、カエデには意味不明だった。
むしろ、家名を重んじる忠義の人を演じる事で、
刑を軽くしようという魂胆なのか?と勘ぐってしまうほどであった。
従ってカエデはフゥと大きくため息をつくと、
めんどくさそうに現状を説明する。
「伯爵、安心したまえ。
この手のやつは、罪が軽いと思われる順番に呼ばれるものだ。
伯爵は通常の軍事裁判ではなく、
こちらに引き渡された立場ではあるが、
その中で一番最初の被告となる。
伯爵への判断が、今後の裁判の判断の基準となるのだ。
いきなり、重罪。
逆賊のレッテルを張るような事はないよ。」
「おおおおお!!!
ご慈悲に感謝いたしますーー!!!」
ジャコバンは再び床に膝をつき、大げさにも見えるような
リアクションでひれ伏した。
「あああああ、勘弁してくれ。
ウルめ!これでは、私が罰ゲームを受けているようではないかっ!!!」
内心でカエデは皇帝ウルスを恨んだ。
こんなシチュエーションで喜ぶようなカエデではない。
それに、目の前にいるジャコバンのような男が
平時は「俺は貴族だ」と威張りくさり、
庶民を下賤の下々だと見下し、己の能力がないもないにも関わらず、
家名だけで他者よりも上に立つべき人間だと信じているものである。
カエデからしてみれば、そちらのほうを断罪したい気分である。
しかし、ここでカエデはある事に気付く。
(そうか、自身の能力のなさを自覚しているから、
家名に拘るのか。
伯爵家の名声がなければ、自身には何も残らない事を
彼は理解しているのだな)
と妙に納得してしまう皇后なのであった。




