1話 1節 新米皇后の憂鬱
カエデ・ピュッセル
星歴1001年で38歳になるこの女性は
11歳年下の皇帝ウルスと結婚し皇后となった。
宇宙海賊の出身とあって、肉体は鍛えられており
歳の割りに若くみられがちなカエデであったが、
27歳で皇帝の位につき、彫刻のように端正で
美男子であった皇帝との結婚は、国民に驚きをもって迎えられた。
もちろん一番ビックリしているのは、カエデ当人である。
娼婦的な立場で即位前のウルスの寵愛を受けていたが、
王族と宇宙海賊の身分である。
その寵愛も、内戦状態という国家が不安定な時の出来事であったので、
内戦が終結し、国家に安寧が戻ると
彼女は解放されると思っていた。
解放されるという言い方は言葉を選んでいるが、
要するに捨てられると思っていたのである。
それが内戦終結と同時にプロポーズされ、
彼女は宇宙海賊である仲間の将来の事を思って、プロポーズを受けた。
見方によれば、仲間を人質に求婚されたようなものであったが、
自分一人が皇帝に身を捧げれば万事うまくいくと考えたのである。
しかし、あくまでも複数いる夫人の一人であって、
第一夫人、つまり皇后となるとは思っていなかったのだが、
現実問題、ウルスの側室は他にはおらず、
現状ではカエデ一人だけなのである。
つまり、それは皇后であった。
だが、皇后になれといって、すぐに成れるものではない。
いや、立場は皇后であるが、自覚を持つには時間がかかるものである。
この日もお付きの女性侍女であるロギンナ伯爵夫人に
怒られていた。
「カエデさま。
ドレスをお召くださいまし。
本日謁見するのは、ショコバン伯爵さまでございます。
身だしなみ整えなくては、舐められてしまいます。」
ロギンナは忙しそうに他の女官に指示を出しながら
カエデを急かせた。
カエデは渡されたドレスを見つめながらめんどくさそうではある。
「舐められても構わなくないですか?
ウルスもそんな事は気にしないと思いますけど?」
カエデにとってロギンナは年上で、貴族社会の大先輩に当たる。
それ以上に、ロギンナは皇帝とその妹の養育係として
二人を育ててきた云わば母親のような存在であった。
実際は違うが、皇太后のような存在であって
頭が上がらなかったのである。
それでも我儘を言う辺りは、育ちの悪さが垣間見える。
「そうですね。陛下は気にはしないでしょう。
ですが、舐められると同時に、
正装で出迎えないと、客人も自分がないがしろにされていると
錯覚してしまうものです。
特に貴族の皆様は、内戦で陛下に敗北した身でございます。
そこに皇后が私服で謁見したのでは、
自分が軽んじられていると思ってしまうものでございます。
貴族のプライドは高いのですよ。
敗残者である彼らがすがるのは、もはやプライドのみでございます。
どうか、彼らを貶めませぬよう。」
そう言われてカエデは渋々ドレスに着替えた。
女官がカエデの着替えをサポートする。
髪の毛のセットなども女官がやってくれるが、
そうして生まれるのは、帝国の皇后たる女性である。
カエデ自身も自分ではないような感覚に陥る。
どうせ皇后などと言われても、帝国から見れば
お飾りの存在であり、自分は国民に姿を見せるだけの人形であると
思ってはいるのが、今回のショコバン伯爵との謁見は
皇帝ウルスから頼まれた「皇后としての仕事」だった。
ショコバン伯爵だけではなく、内戦で敗北した貴族連合軍の主要貴族との
謁見を指示されていた。
しかも、彼らの処遇をカエデに一任する、という。
要は、戦争裁判の裁判官をやれと言うのだ。
カエデからしたら訳がわからない。
ちょっと前まで宇宙海賊の頭領として、裏の社会に生きてきた女である。
この事実は帝国でも一部の人間しか知らないが、
貴族社会の事も、政治も、法律にさえ詳しくない。
世の中には法を学んだ者ではなく、一般国民からランダムに選ばれた陪審員が、
物事を裁く陪審員制度というものがあるが、
今回の指示は、カエデにとって荷が重すぎた。
こんな大役を任されると知っていれば、
プロポーズを断っていた。とまで感じている。
そんなカエデにロギンナは言う。
「陛下は、王の妻となるべき人間も
政治に関わるべきだとの意見を
若い頃からおっしゃっておられました。
陛下の母君は王宮という檻の中でただ飼われていた、と
陛下には見えたのでしょう。
私も同じ女性として、妻として、
意見を求められた事があるのです。
それは王のみならず、皇帝の妻とて同じ事でしょう。
カエデさまは政治の才を、陛下に認められたのではないでしょうか?」
「そんなわけがない!」
ロギンナの言葉にカエデは大きく笑ったものである。
確かに、社会の闇の部分も知っている。
同じ年齢の女性よりは、社会の隅々まで知っている自負はある。
世の中の理不尽を知り尽くしていると言ってもいいだろう。
だが、それと政を行うのとでは性質が違うのだ。
街でその日暮らしの、恵みを求める浮浪者を政治家にしたら
より良い社会が生まれると言うのか?
カエデの答えはNOである。
何故なら、カエデは社会のレールから外れた者たちを沢山見てきた。
中には不運で社会から弾かれた真っ当な者もいたが、
その多くは、社会から弾かれて当然な者たちが多かったのである。
彼らに、他人の幸福を考えた社会を作れるとは思えない。
彼女自身、裏社会側の人間であるが、
裏社会の仲間100人と、真っ当な人生を送ってきた人間100人、
どちらに、自分たちの国家の政治を任せたいか?と聞かれれば、
悩む間もなく、真っ当な人生を送ってきた100人と答えるだろう。
それは間違いない。
そもそも、他人の幸せを考える政治など、めんどくさいだけである。
そんなものは、酔狂な人物がやるべきであって、
他人の幸せとは無縁にいるのが、裏社会の人間たちである。
宇宙海賊の頭領であったカエデに、政に参加しろというウルスは
カエデからみれば、まともではなかった。
ただ、自分が期待されているのは悪い気分ではない。
やるだけやってみようとは思うのだが、
納得はいっていなかったのである。
カエデは、歴史に登場する偉人のような人物と
自分は違うと思っている。
ただの庶民だと思っている。
初志貫徹する強い意志があるわけでもなく、
人並に悩み、人並に揺れ動く女性であった。
「わかったよ。だけどどうなっても知らないからね。
責任はあんたが取るんだよ!ウル!」
ただし、彼女は自分自身をどこにでも居る一般女性だと思っているが、
旦那であるとしても、皇帝という立場にいる人間に、
ハッキリと責任の所在を言い切るような女性は
広い琥珀銀河全てを見渡しても、
世界でカエデ、ただ一人だったと言えよう。




