↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界召喚失敗から始まるぶらり旅〜自由気ままにしてたら大変なことになった〜  作者: さいのめ
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/85

級友の放浪: 異世界の車窓から

 ◆◇


 ゴトゴトと、三台の幌馬車が街道を進んでいく。


「……思ってたのと違う」


 荷台の奥から、誰かがぼそりと呟いた。


 その直後。

 がたんっ、と大きく車輪が跳ねる。


「痛ってぇ」

「あー……舌噛んだっ」

「この馬車、どっか壊れてんじゃねえの!」


 悲鳴が幌の中に響いた。


 馬車というものに乗った経験など、当然ながら誰にもない。

 映画やゲームなどで見る馬車は、もっと優雅に進むものだと思っていた。


 実際は違う。


 舗装されていない街道の凹凸を、車輪が一つ残らず拾っていく。


 小石を踏めば揺れる。

 轍に嵌まれば傾く。

 少し大きな窪みを越えれば、身体が座面から浮く。


 申し訳程度に敷いた布や毛布では、臀部への衝撃を吸収しきれない。


「これを、あと五日?」

「……順調に行けば、五日」

「それまでに尻なくなりそう」

「俺、もう感覚ないかも」


 最初はその新鮮さに、馬車に乗れたことを喜んでいた面々だったが、早くも複雑な顔をしている。


 確かに、効率を考えると徒歩よりはずっとましなのかもしれない。

 自分の足で歩かなくていい。

 速度は上がるし、進行も安定する。


 ただし、快適かと聞かれれば、絶対に違う。


「うぷ、気持ち悪い……」


 荷台の隅で、青い顔をした一人が腹を押さえた。


「酔った?」

「たぶん……車より揺れ方が変……」

「窓もないしな」

「外の空気吸うか?」


 幌の隙間を少し開ける。


 風と一緒に土埃が入り込み、今度は何人かが咳き込んだ。


「げほっ……閉めてくれ」

「でも酔う」

「どっちがいいんだよ」


 さらに、前方からは馬の匂い。

 車輪の軋む音。

 蹄が地面を叩く音。


 荷台に積まれた木箱や瓶が、揺れるたびにがたがたと鳴っている。

 静かさとは程遠い。


「今だけは女子になりたかった……」

「それはないけど、確かにあれは羨ましくはある」

「まあ、でも、河内よりマシだろ」

「ああ……あいつは今回の言い出しっぺなんだから自業自得だ」


 幌馬車は荷台を空にしても一台につき十人乗りできる程度の広さしかないため、三台それぞれに分かれて乗っていた。

 男子組、女子組、拘束組である。


 御者役には〈催眠〉をかけた商人たちを一人ずつ充て、各車の御者台に座らせている。

 それ以外の商人や護衛たちはまとめて一台に押し込めていた。村に置いていくわけにもいかず、関所を通れたあとは用済みになる馬車ごと解放するつもりだからだ。

 〈催眠〉をかけたうえで念のため縛り上げてもいるが、中には効きにくい者もいたので、見張り役として河内が拘束組と同車していた。


 一方、女子組はというと。


「なんか、めっちゃ揺れんね」

「ね。でも、このモフたちのおかげで乗り切れそう」


 幌の中には、大きな銀毛の獣が二匹、身体を丸めるようにして横たわっていた。その隙間に収まるように、女子たちがふかふかのクッションへ腰掛けるような格好で雑談に興じている。


「この子たち、名前は付けたの?」

「うん! この子は『ハク』、こっちの子は『ギン』だよ」

「へえ。初めはデカくておっかないだけだったけど、大人しいし、こうして見ると可愛いかも。これからよろしくねえ!」


 多賀谷は笑顔でワシワシと二匹を撫で回す。他の皆の表情も柔らかい。


 二匹は国分が召喚した幻獣で、狼型がハク、狐型がギンと名付けられていた。どちらも全長三メートルはあろうかというほどの巨体だが、どういうわけか見た目ほどの重量はないらしく、馬車も問題なく走っている。


「てかさ、思ってた以上にゆっくりだよね……」

「ほんそれ。車ってか、チャリとそんな変わんなくない?」

「また寄り道なんてしてたら、何日かかるやら」


 馬車が大きく跳ねるたび、獣の身体に衝撃を吸収してもらいながら、流れる景色がそれほど変わらないことに愕然とする。下手をすれば、駆け足の方が速いとさえ思えるほどのスローペースだ。


 苦労して手に入れたにしては、メリットが少ない気がするものの、今は意識を失ったままの子供がいる。

 三台すべて奪う――もとい、借りる必要があったのかについては若干思うところがあるものの、体力の損耗を考えると、移動手段が手に入ったこと自体は間違いなく助かっていた。


 この調子なら、国境にある関所まで五日ほど。

 先ほどの村で聞いた距離と、商人が持っていた地図から考えても、その程度で辿り着けそうだった。


「もう他の村は寄らないよ」


 御者台にいる相馬が、前を向いたまま言う。


 先ほどまでいた村で聞いた話では、この辺りを治める領主も、すでに逃げ出している可能性が高い。

 村人ですら国を捨てようとしている状況だ。

 別の集落へ立ち寄ったところで、まともに物資を補給できるとは思えない。


 それどころか。


「またあんな村だったら面倒だしね」


「あー……それは、そう」


 相馬の言葉に、有原は遠い目をした。


 立ち寄った村で人が襲われている。

 盗賊がいる。

 子供が囚われている。

 奴隷商までやって来る。


 さすがに毎回あんなことになるとは思いたくないが、今のこの国では何が起きても不思議ではない。

 もし誰か助けを必要としている人を見かければ、結局見て見ぬふりはできなくなるだろう。


 だからこそ。


「人が見えても、基本は立ち寄らない。本当に物が足りなくなった時だけにしよう」

「賛成」

「とりあえず、関所まで持つんだよね?」

「食料はね」


 相馬は後ろを振り返った。


 三台の馬車には、元々商人たちが自分たちで食べるための食糧のほか、村にいた賊へ卸すための商品もかなり積まれていた。

 村人たちへ分けた後でも、関所までの旅程を凌ぐには十分な量が残っている。


 穀物。

 芋類。

 干し肉。


 そして、大量の酒樽。


 荷の半分は酒なのではないかというほどに、荷台は酒樽で埋め尽くされていた。

 賊は毎晩のように酒盛りをしていたらしいので、食べ物は二の次か、村の備蓄などで繋いでいたのかもしれない。

 当然ながら、高校生であるクラスメイトたちには不要なものだ。この世界ではすでに成人扱いであろうが、価値観までは変わっていない。しかも、生きていくのに今必要なものでもない。

 ということで、酒樽はすべて村へ置いてきた。

 村は荒らされて随分と貧しかったので、ついでに余剰となりそうな食糧も少し分けたのだった。


 食糧に関しては、保存の利くものばかりだ。

 食べるものがあるだけありがたい。

 ありがたいのだが。


「でも今は無性に果物が食べたい! 保存食ばっかで、絶対ビタミン不足だよぉ」


 椎名の心からの叫びだ。


「昨日、欲しいものをまとめて送ったから、たぶんそのうち食べれると思うけど……」


 言いながら、相馬は昨夜、沙奈から届いた返信の内容を思い出す。

 今すぐ欲しいものがあれば、用意できるものだけ持っていくと言ってくれていた。さすがにそこまで邪魔しては悪いと思って返信を保留していたが、今がその時なのだろうか。


「緊急事態だと思う」


 椎名は真剣な眼差しで力強く訴える。


「そうかな……?」


「そうだよ!」


 こちらの世界へ来て以降、食事の栄養バランスなど気にしている余裕はなかった。


 干し肉。

 堅パン。

 芋。

 時々、乾燥野菜。


 明らかに偏っている。


「せめてドライフルーツでもあったらよかったけど……」


「途中、森でもあれば、採って来れると思うよ?」


 植物を操れる千田が、そう提案したところで――。


(相馬!)


「え?」


(前!)


 河内の焦った声音が〈念話〉で届く。


 馬車が急に速度を落とした。


「わっ」


 身体が前へ持っていかれ、相馬は慌てて御者台の手すりを掴む。


 その直後。


 街道脇の茂みが、大きく揺れた。


「何?」


「なんかいる!」


 皆の視線が一斉に集まる。


 低い唸り声。

 がさがさと草木を掻き分けて現れたものを見て、誰かが露骨に顔を顰めた。


「……うわ」


「きもっ」


「何あれ……」


 人の背丈ほどもある異形が、街道へ這い出してくる。

 獣のような胴体に、妙に多い脚。

 口らしき部分は大きく裂け、粘ついた液体が糸を引いている。


 さらに。

 一体ではない。


「後ろにもいる!」

「三……いや、五体!」

「魔獣?」

「……違う」


 眉を顰めていた国分が、ぼそりと否定した。


 傍らにいる幻獣は警戒こそしているものの、これまでのように威嚇する様子はない。


「魔物だと思う。たぶん、こいつらには幻獣も関係ない」


 魔獣であれば、国分の幻獣がいるだけでほとんど襲ってこない。


 だが、魔物は違う。

 理性らしいものがない。


 相手が何者であろうと関係なく、目の前の生き物へ襲いかかる。


「来るよ!」


 一体が地面を蹴った。


「きゃあっ!」


 悲鳴と同時に。

 横から飛んだ何かが、魔物を吹き飛ばした。

 地面へ叩きつけられた身体が、そのまま動かなくなる。


「……え?」


「次!」


 別の一体が飛びかかる。


 今度は冷気が走った。


 身体の半分ほどが一瞬で凍りつき、そのまま地面へ転がる。


 残りも長くはかからなかった。


 能力。

 魔法。

 強化された身体能力。


 それぞれが攻撃を加えれば、数分もしないうちに街道は静かになった。


「……あれ? もう終わり?」


「終わったっぽい」


 他の二台の馬車も魔物に囲まれていたようだが、嵐が去った後のように辺りは静まり返っている。


 しばらく全員が警戒していたが、倒れた魔物が再び動き出す様子はない。


「なんか……」


 有原が棍棒を下ろしながら、微妙な顔をする。


「昨日より楽じゃね?」

「……だよね。拍子抜けした」

「商人たちの方がよっぽど大変だった気がする」

「殺さないようにしないといけなかったからねえ」


「なんか複雑な気分……」


 千田は倒れた魔物を見ながら答えた。


 見た目からして、話が通じるとは到底思えない。

 向こうはこちらを喰らうつもりで襲ってくる。なら、こちらも躊躇する理由は少なかった。


「人相手だと、加減しないとあっさり死んじゃうもんね」


「マジで、それな」


 皆が持っている力は、相手を倒すだけなら強力だ。


 むしろ。


 倒さず。

 殺さず。

 大怪我もさせず。


 それでも抵抗できないように取り押さえる。

 そちらの方が、よほど難しい。


「……これじゃ私たち、歩く凶器じゃん」


 誰かが呟いた。


「あーやだやだ。あんまし深く考えたくない」


 椎名が腕を摩って拒否反応を示す。


「ていうか、くさっ」

「ヤバい、ヤバい。漂ってきた」

「誰か燃やせない? それか埋める――」

「上総ぁ!」


 多賀谷が叫んで、他の馬車の荷台から上総が慌てて飛んでくる。


「ど、どうした!? 怪我でもしたのか!」

「埋めて」

「は?」

「これ! 埋めて! 臭いから早く!」


 周囲の女子たちは、涙目になって鼻を押さえている。


 多賀谷が指差した方には、ボコボコにされた魔物の成れの果て。虫とも獣ともつかない、とてもグロテスクな見た目だ。

 上総は思わず顔を顰める。


「なんだよもう……びっくりさせんなよ。こんなの放って先に進めばいいだろ」

「あんた何言ってんの。ここ街道だよ? こんなゴミ、このまま撒き散らしておけるわけないでしょ」

「えぇ? お前、変なとこで真面目だな」

「うっさい。そもそもこんな悪臭放置してたら、もっと魔物とかが寄ってくるでしょ」

「まぁ確かに、迷惑にはなるけど……どうせ誰もいないのに」

「いいから! やって!」

「はいはい、わかりましたよ……」


 上総は地面に手をついて、〈錬成〉を発動させた。

 魔物が接地している地面が次々とボコンと凹み、死骸が地中に埋まっていく。その上から土を被せて固めれば、埋葬完了だ。


「便利だねえ。簡単にできるんだから、さっさとやってよね。他のところもよろしく」


「……はあ」


 目を向ければ、男子組と拘束組の馬車周辺も魔物の死骸で散らかっていたので、上総は心底面倒くさそうに、とぼとぼと歩いていった。


 程なくして、馬車は再び走り始める。


 それからも何度か、魔物には襲われた。

 これまでの旅では、ほとんど遭遇していなかったというのに。


 王都から離れたせいなのか。

 それとも、徒歩では一日に進む距離そのものが短かったため、遭遇する機会も少なかっただけなのか。


 理由は分からない。

 ただ、馬車になってから明らかに遭遇回数が増えていた。


 相馬はスマホを取り出す。


 沙奈から届いていたメッセージに、まだ返信をしていなかった。


 馬車が手に入ったことまでは伝えてあるが、その後の状況については何も送れていなかった。


 少し考える。

 簡単に近況をまとめて、最後に一文。


『果物だけは欲しい』


「……よし」

「何がよしなの?」

「切実な要望」


 送信する。

 しばらくして、既読がついた。


 相馬はスマホを仕舞い、外へ目を向ける。街道の先には、まだ長い道が続いていた。

 今日はもう、どこにも立ち寄らない。

 日が落ちるまで進めるだけ進んで、休めそうな場所を探す。


 それでいい。


 ――結局。


 三台の馬車が足を止めた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。


「……ここなら休めそう」


 街道沿いにあった、小さな村。

 家屋は残っている。

 井戸もある。


 だが。

 灯りは、一つもない。


「誰もいないみたいね」


「前のところも大概だったけど……ほんとに誰もいないと、不気味だね……」


 相馬は馬車を降り、静まり返った村を見回した。


 人の気配はない。

 荒らされた形跡も、今のところ見当たらない。

 ただ住人だけが、綺麗に消えている。


「今日はここで休もう」


 相馬はそう告げた。


 そして間もなく、乃愛と沙奈が直接この村へやって来ることになる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。