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学園の卒業

 学園の廊下、一人の女子生徒がエノールに声をかける。

 

 エノールは振り向いた。土色の長髪をたなびかせて、美しい所作で振り返る。

 

「エノールお姉様」

 

「あら、ごきげんよう、どうしたの?」


「あの、これからアリスさん達と一緒にお茶するんですわよね?」

 

「ええ、そうよ。貴方も来る?」

 

「は、はい!」

 

 彼女は初めてエノールをお姉様とよんだ生徒だ。前からエノールのことが気になっていて、周囲の空気が許すようになってから彼女はエノールへの思いを打ち明けた。

 

 『お姉様』と『妹』の関係はしばしば百合のように絡み合う。相手のいるエノールこそ過ちは犯さないものの、学園では本来異性との交流が少なく同性に走る者も多い。

 

 エノールを蠱惑的なものを見るような目で女子生徒は見ている。その瞳には少なからず恋情が滲んでいた。

 

「あの、お姉様? 唇が……」

 

 彼女はエノールの口元を見た。垢切れのように彼女の繊細な唇が内出血を起こしている。

 

「ああ、これ」

 

「どうしたんですか? まさか、お怪我でも⁉︎」

 

「ああ、心配しないで……ただ──」

 

 エノールは一度傷口に触れて、彼女に言うのだ。

 

「ちょっとヤンチャしちゃったのよ」

 

 その時のエノールの顔はひどく扇情的だったという。

 

 ──令息を不用意に煽り立てた罰だった。

 

 

 

 

 

 学園での日々は過ぎ去り、季節はやがて春になる。

 

 命が到来する頃となり、木々は青々しく若葉をつける頃合いになった。虫達の気配が帰ってきて、少しすればあのけたたましい夏の喧騒が蘇るだろう。

 

 麦踏みの時期も終わり、麦が青々しく背丈を伸ばす頃でもある。パラパラと降った雨が彼らを育たせ、夏には良い色となって実りをつける。

 

 それは出会いと別れの季節、学園でもまた別れの日々が訪れようとしていた。

 

 ──エノールは五年生となるとすぐに卒業となった。


 学園では誕生日を間近に控えて生徒が卒業する。故に、学園をさるタイミングは人それぞれなのだ。

 

 誕生日が早く学園を誰よりも先に去らねばならないことを憂うのか、それとも誕生日が遅く過ぎ去っていく人たちを最後まで見届けて一人になるまで学園に残らねばならないことを嘆くのか、それは人それぞれである。

 

 しかし、共通項があるとすれば学園での日々が充実したものであったならばそれでこそ悲しみというのは深くなるものだ。

 

 多くの生徒が泣いている。女子も男子もそれぞれが思い思いに悲しんでいた。それをエノールが一人一人慰める。


 教師達もまた寂しくなると別れの言葉を口にした。エノールは最後まで礼儀正しく接した。


 特に悲しんだのは馬術と剣術の教師である。まともな授業を受けさせられないままエノールのような才能の塊を卒業させてしまうのを悔やんでいた。学園でのチャンスを逃せばきっとエノールは剣を握ることも馬にまたがることもないからである。


 レガルドとエノールは落ち着いていた。彼らは将来を見据えているのである。


 それでも少し寂しそうにしていたアリスにエノールが声をかけた。

 

「またお屋敷で」

 

「……そうよね。分かったわ。必ず行く」

 

「ちゃんと来なさいよ? いつまでも来なかったら実家に突撃するから」

 

「あはは、ちゃんと行くから」

 

 エノールはレガルドと向かい合う。次に顔を合わせるのはエノールの誕生日パーティの時だろう。

 

「レガルド、貴方を待ってる」

 

「必ず迎えに行くよ」

 

 恋人の間にはそれだけで十分であった。

 

 そうして、エノールは学園の全てに惜しまれながら校舎を立ち去った。領の自室はもぬけの殻となり既に荷物は馬車に運び込まれている。エノールの作った刺繍やらは模範物として学園に保管されることになった。次の新入生達のお手本になるだろうとアルベレット教師には教えられた。


 教師達も生徒達も含めて、良い記憶も悪い記憶もつまった学園の校舎に別れを告げて、馬車に乗り込もうとする。最後にお世話になった教師にお礼を言った。

 

「四年間、今までありがとうございました。マイヤお姉様」

 

「……立派になりましたね、エノール」

 

 春の息吹がふく学園の正門で二人は握手を交わす。アルベレットはいつも通りの格好だった。対してエノールは制服を脱いで、ドレスを纏っている。教師の前に成長した教え子が立っていた。


 そよいだ風がエノールの髪を揺らす。

 

「……お別れです、我が妹よ」

 

「はい、お家のために頑張って参ります。アルベレット先生もどうかお元気で」

 

「最後ぐらい、マイヤと呼び捨てしてください」

 

「ふふっ、それはできません」

 

 エノールは一度瞠目してこれまでのことを思い出す。駆け巡る記憶はどれも豊かなものであったが、とりわけ濃い記憶がある。

 

 それは目の前の教師との思い出だった。

 

「私が一番尊敬するのが、マイヤお姉様ですもの」

 

「……貴方の一番の尊敬とは荷が重いですね」

 

「先生はそれだけの人です。それでは」


 エノールを乗せた馬車が学園を去る。その姿をアルベレットはいつまでも見送っていた。最後まで我慢していた涙を一筋流して。

 

 その日、一人の傑物が王立学園を卒業した。その人物のことは教師達を通して学園で語り継がれたという。


これで第一部『領地改革編』は終了です! 第二部は社交界とか人間関係とか、政治・恋愛面を進めていきたいなと思っております。引き続きお付き合い頂けると幸いです。

ここまで読んで面白いなと思ったら、ブックマークと評価ポイント⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎もよろしくお願いします!

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