契約指輪
それからの日々は学園に入学するまでの王都での両親との思い出と同じく、エノールにとってはかけがえのないものとなっていた。
男子達はエノールと一緒にいるレガルドを揶揄いながらエノールに近寄り、時折それをレガルドが諌める。
女子達は女子達でエノールとお茶をしたりまた授業をしてほしいとせがんで、エノール直々に金融に関する授業をしたりした。
アルガルド領で行っている改革や領地のことを説明して、人手が圧倒的に足りないと話すとあろうことか子女達がエノールの屋敷で働きたいと言い出すのだ。
これにはエノールも困って、流石に法衣貴族の娘さん達を大量に引き抜いたとなれば問題となるし、それに彼女らにして欲しい仕事もあまりないのだ。代官候補はもう押さえてもらっているし、彼らに地方銀行の役目を担わせようかと考えている。アリスが中央銀行で各地方銀行に金を貸出し、その資金を使って地方銀行で他領での融資をする。
人手が足りないとは単純な労働力の話で管理者が足りていないという話ではなかった。彼女らを訓練施設の管理者にするわけにもいかない。
エノールは何とかその場を切り抜けて授業に逃げ出した。
「わぁ……」
「すごい、エノールお姉様」
「……」
花の授業となって、いかに用意された花を美しく飾るかという授業は四年間の集大成であった。他の生徒も美しく飾る中、一年程のブランクがあるはずのエノールはそれは見事に整えていた。
それは普段からの予習の賜物でもあるし、アルベレット先生に醜態を見せるわけにいかないと領地でも復習していた成果であった。アリスもその美しさに見惚れて、思わず顔を赤らめてしまう。
「……よろしい。素晴らしいですね、エノール」
「ありがとうございます、アルベレット先生」
「……マイヤでいいわ」
「アルベレット先生が褒めた!」
「アルベレット先生がデレた!」
「今まで授業では誰も褒めたことなかったのに……」
「さすがはエノールお姉様!」
「名前呼びも許されるなんて、素敵!」
「あー、こほん。失言でした、忘れてください。エノール」
「あはは……わかりました」
苦笑いするエノールだがアルベレット先生に褒められたのは初めてだ。
自分の成長を実感する。確かに入学した頃を考えれば信じられないことだ。アルベレット先生の言う通りである。
エノールは密かに『お姉様』に感謝を抱いた。
花の授業が終わるとエノールは男子生徒の教室に向かう。
一歩足を踏み入れると周囲がエノールのもとに隼のように集まり、人だかりができた。
「エノールさん!」
「もう学園に通えるんだね」
「もうすぐ卒業なんだろ? あー、何でだよー!」
「おい、お前ら! 俺がエノールの婚約者なんだぞ!」
まるで子供のように威張るレガルドに、周囲がジトッとした目線を向ける。それにレガルドは狼狽えた。
「な、なんだよ……」
「お前はいいよな、エノールさんの婚約者で」
「あーんなことも、こーんなこともできるんだろ? ちょっとは分けてくれよ」
「ふざけんな!」
「いっつも俺ら気使ってやってるだろ? 今ぐらい許せよ」
「ぐぬぬ……」
「あっ、エノールさん。今度お茶しない? 町でいいとこ見つけたんだ」
「それなら俺も!」
「今度一緒に乗馬の練習しようぜ!」
「こいつらぁ……!」
「あはは……」
エノールは困った笑いを浮かべる。こんな喧騒も悪くない。できるわけないけれど、できるならこのまま学園生活を謳歌していたいと思った。
王国では各地で冬祭りが行われる。
麦の種まきの時期が冬なのだ。豊穣を祈って人々は神に祈願する。元々は土着の文化だったが、そこに根付く宗教観念も吸収して今では国教の祭事になっている。
そういえば、とエノールはレガルドと手を繋ぎながら佐藤健の記憶を思い出した。
クリスマスはイエス・キリストの降誕祭だと言われているが、起源はローマ帝国の時代に遡る。
他の太陽信仰の祭事や土着行事が合体したものをキリスト教の行事にしてしまったのだ。宗教の世界にも弱肉強食や合併・吸収などの概念が存在する。
まるで会社のM&Aのようだと、つくづく経営の概念はいろんなところで出てくるのだなと実感した。
この行事も元々は別の宗教の行事だったようだが、今では国教に私物化されてしまっている。元の原型を覚えている人はいないだろう。
諸行無常というべきか。平和を説く宗教世界でもある宗教が他の宗教を行事ごと奪ってしまうという事態が発生するのだ。
どれだけ高尚なことを説き回ってもその本質は自然界の獣の姿と何ら変わりはない。それを信仰する人が宗教を形作っているのだから。宗教は自らが説くような高尚さには身を置けないようである。
本来なら冬の街を恋人と歩くシチュエーションというのはとてもロマンチックなはずだが、エノールの思考と脳内はロマンチックとは程遠かった。合理と論理と無常に渦巻いた考えに、自分で苦笑いする。
その仕草をレガルドは認めた。
「どうしたの?」
「んーん、なんでも」
エノールはレガルドにくっついて手を握りしめた。レガルドも握り返す。
「もうすぐ卒業だよ」
エノールは語り聞かせるように言った。
「そうだね」
レガルドも優しく答える。
「寂しくない?」
「それをいうなら、この一年も寂しかったよ」
「手紙はよこしてたでしょ?」
「エノールはあれで満足なの?」
「……ごめん」
「謝らないでくれよ。君もそうだろ?」
「……うん」
エノールは可憐にしょげて、レガルドの肩に頭を寄せる。
レガルドもエノールの頭に手をやって、エノールは左手でレガルドの胸板に触れた。
服の上からでもわかる。会ったばかりの頃のひょろがりレガルドはもういないのだ。
そこに年月の過ぎ去りとレガルドの成長を感じる。自分の思い人はいつの間にか男らしくなったのだ。
自分たちはもうすぐ十五歳、成人の年齢なのだ。
「もうすぐ、十五歳だね」
「……ああ」
「レガルドはこの一年どうだった?」
「……君がいなくて寂しかったよ。授業に出てもいつも教師に当てられて明朗に発言していた君がいないんだから」
「ふふ、ありがと。でもそれ以外で、よ」
「それ以外で?」
「私がいなかった時のことを聞きたいの。この一年何があったのか」
「……勉強と運動の毎日だったかな」
レガルドがすりガラスのような曇り空を眺める。
「苦手な乗馬や剣術の練習をして、軍事や政治……経営については君に勝てないから」
「ふふ、まあね」
「君の婿として恥ずかしくない人間になるために必死だったな。寂しかったのは本当だけど」
「私もよ。家で色々あった。領地でも改革とかやったりしてね」
「……」
レガルドはエノールの語るこの一年のことに耳を傾ける。思い人がどんな時を過ごしていたのか、共有できなかった時間を取り戻すように。
エノールは楽しそうに笑った。レガルドも笑う。しばらくして少し気まずい雰囲気が流れた。
「もうすぐで婚約できるよ」
「ああ」
「レガルドは楽しみじゃない? 私はすごく楽しみで──」
突然、レガルドがエノールの手首を掴み上げる。自分の脇を中途半端に晒すことになって、レガルドは嗜虐的な笑みを浮かべた。
「冗談だろ?」
「ん……」
そのままレガルドは強引にキスした。エノールは抵抗できぬまま男の体躯で掴み上げられ、唇を貪られる。
エノールは掴み上げられた力の強さに、レガルドがいつの間にか『男』になっているのを感じていた。
レガルドはいつの間にか背丈は高くなって、骨格は男由来のがっしりしたものになっていた。
体つきも筋肉がついて逞しくなったようだ。
自分の腕を押さえる彼の膂力はもう女のエノールでは勝てないだろう。
エノールもいつの間にか『女』になっていた。
レガルドの知らないところで、知らぬ間に、知らないことを経験して。
腕の中で彼女を抱いてその感触に成長を実感して、その変遷を見届けられなかったことレガルドは口惜しく思った。不満をぶつけるようにエノールの唇に吸い付く。
十四歳、成人を間近に控えた者同士が唇を重ねあう。青い果実同士だ。
女はひどく男を好いているのだろうことは、彼女がなすがままになっていることを見れば一目瞭然だ。強引な男の左方に女は身を委ねている。
「……大好き」
エノールはレガルドと口を離した時、漏らすようにつぶやいた。その言葉にレガルドもまた辛抱たまらなくなる。
レガルドの腕の中にいるエノールは、以前よりも肉付きが良くなり、骨格も大人の女性らしくなっていた。
厚着をしていても服の上からわかるようになった胸元や尻の凹凸は男の視線を自然と吸い寄せる。
レガルドにはそんな彼女が他の人間の視線に晒されていることも耐え難かった。
まるで自分が今日を楽しみにしていなかったような言い草にも腹が立った。それ以上にエノールを好いた気持ちが溢れ出した。空白の一年を取り戻さんとばかりに、レガルドは自らの情動に身を任せたのだ。
エノールもレガルドのキステクに翻弄されて、なされるがままだった。佐藤健の記憶を持ってして何をされているかわからない。随分と王国はキスの歴史を積み重ねてきたようだ。エノールはひどく動悸がした。
バリエーション豊かなそれはエノールの心の壁を一枚一枚急速に解きほぐし、すぐに素っ裸にしてしまった。
腰が抜けそうで、膝に力が入らない。股でも舐められているかのようだ。
官能的なそのキスはエノールの理性を悉く奪い去っていく。
すぐにレガルドの腕の中から抜け落ちてしまいそうで、それを男の力で押さえつけられる。
その男らしさにまた興奮する。女として男の力強い部分に性的に惹かれるのはしょうがないことだ。
いつのまにか女を落とす術をレガルドは身につけていた。
そしてそれを自分のために身につけ、自分に向けて使っているのである。
その事実にエノールは余計に興奮した。そのせいで、はしたなく自分からも唇を求めてしまう。
レガルドはそれに応えてくれた。
エノールに技量なんてない。ただ唇を合わせることしか知らない。
佐藤健も生前の奥さんには『キスが下手だ』とダメ出しを食らっていた始末だ。
それに対してレガルドはまるでフランス人の如く、いや彼らよりもキスに精通している気がした。
これが王国貴族男性の一般レベルなのだろうか。異世界が佐藤健の世界を凌駕していることもあるだろう。
エノールは男の口使いに酔いしれて、レガルドも女の魅力に惹き寄せられている。
レガルドはその手にあるエノールの体に魅入られて、眼前の彼女の顔がひどく蠱惑的で、すぐにそう言う気分になった。
思わず手が胸元に伸びそうになって、誤魔化すようにキスをする。エノールもそれを奥まで受け入れた。
灼熱の炎を帯びるが如く熱い舌はお互いに真っ赤に燃えていて、熱を帯びた触手同士が絡み合う。
エノールはいつの間にか自分でも気付かぬうちにレガルドの首に自分の腕もまた、下品に絡みつけていた。
女が情熱的に求めるのは王国では、はしたないことだ。
エノールは薄く目を開いて、レガルドが引いていないかどうか確認した。
一心不乱に自分を貪る彼を見て、すぐに自分も安堵の中で陶酔していく。
そのまま二人はしっとりと唇を絡め合う。
手と唇と舌が複雑に絡み合う。
甘美な体温の中で、男女の一塊は冬の街に立ちすくんでいた。
猛ったエノールは無我夢中でじっとりと自分の成長した体を、その隆起をレガルドの体にいやらしく押し付けた。
自分はこんなに成長したのだと、レガルドの成長も肌で感じたいと訴えたのだ。
レガルドの成長途中の肢体に、べっとりと押し付ける。
それはアザのようにレガルドの体に興奮の熱を残してしまった。猛るような興奮を伝播させてしまった。
エノールの心中はレガルドにも伝わってしまっている。レガルドの興奮もエノールに伝わっている。
エノールは深い水底に落ちるような感覚に、そのまま地面に押し倒されても良いと思えた。
何度目だろう。何度も何度もこの男に押し倒されたいと思って、その度にエノールは女として屈服している。
もう雌の部分は完全に口説き落とされている。人間の原始的な部分がレガルドを「最高」と評しているのである。
性的にブッ刺さる男に、力強く押さえつけられて舌を捩じ込まれる。
そんな最高のシチュエーションに、エノールの「女」が垂涎を垂らすのも仕方ない話だ。
路上の上で押し倒されて、服を脱がされて、それから……想像しただけでエノールは沸る。
自分からは言えないから、必死に唇を寄せてそれを訴えた。
自分の思いを馳せている光景に貴方も気づいて、と。乙女の欲望を稚拙に訴えた。
それが伝わるわけもなく、しかし、伝わったようにレガルドに乱暴に壁に追いやられて押さえつけられる。
逃げ場が無くなったことにエノールはメスの顔をした。レガルドはオスの顔をすると紳士的に、かつ獣のようにエノールの唇を再び貪る。
捕食のような口付けだ。二人の唇はひどく熱い。柔らかな二つの肉感が絡み合う。
互いの体温が猛毒のように相手を蝕んで、体に熱を残していた。
背筋を伝うような興奮がレガルドに駆け巡る。今、目の前で美少女があられもない姿を晒している。
そうさせたのは自分だ。
どんと後ろから壁にぶつかった音がして、それでも構わず二人は求め合うように十数分も舌を絡めあった。
蜘蛛が糸を張り巡らせるようにレガルドの首に腕を回して自分の方に引き込む。力を入れて離すまいとして、それでもはやる気持ちを抑えられなくて、一度唇を離すと情動的に男の耳元でささやいた。
「濡れてるよ……」
それは何度目かもわからないベッドへの誘いだった。
けど、以前と違うのはこれまでのエノールの誘いは『誘惑』だったのに対し今度のは『受け入れ』だ。
つまり、今度のはエノールが本気の本気で惚れ込んでしまって、つい漏らしてしまった言葉なのだ。
その心の機微にレガルドは気づかない。
いつもの調子で断ってしまう。
「しないよ、君を抱くのは初夜のベッドと決めている」
男らしい返事にまたそそられる。しかし、彼女の雌はもう完全に負けているというのに、まだ紳士的な態度を崩さない彼がどこか鼻についた。
ここまで濡らしておいて……と妙な腹立たしさを覚えた。
紳士なのはいいけれど、少しぐらいは乙女の心情を汲んでほしい。
キスだけでじっとりと濡らされた。なすすべなく濡らされた。
その上この男は先に盛った自分を抱かないときている。これほど悔しく屈辱的なこともない。
エノールは恥と敗北を抱いた。
けれど、どうしようもなく許してしまう。
結局、レガルドのことが好きだからだ。
ずるいなぁと心の中で文句を言って彼の胸元に縋り付く。
今日ばかりはエノールの完敗だった。
一年の歳月は少年を青年に変えてしまったのである。
少年と少女ならまだしも、青年と少女では分が悪い。
佐藤健の記憶というアドバンテージは、彼が男で自分が女という事実にかき消されてしまったのだ。
エノールの雌としての本能は『自らが完敗できる雄』を密かに望んでいた。
エノールは諦めて肩を落とすと、懐からあるものを取り出した。
「……指輪?」
「……ペアリング、二つで一対なの。婚約指輪は一つずつで完結してるけど、ペアリングは二つで一つ」
本当はこのタイミングで出すはずではなかった。エノール的には少しばかりレガルドを弄んだ後に出したかったが、もうそれも望めない。
このオスには勝てないとエノールは内心認めてしまっていた。
レガルドが目を離した隙に近くの露店で買ったものだ。それを見てパッと思いつきで買った。小遣いを持ってきて良かったと思う。
「……」
婚約指輪は相手に対して誓うものだ。だからこそ王国では男性用と女性用で装飾などが異なる。
男は女性の世帯と命を守ることを誓い、女は男のために世帯を築き夫に尽くすことを誓う。
それは自らに対する宣誓だ。
だからこそ、離婚が認められている王国では再婚の際も同じものを使う。
それは本質的に指輪が所有者のもので、誓いは自分に対するものだからだ。
この国の婚約指輪は一人一人に完全に帰属して、完結している。
対してペアリングはもう片方を持っている人に対して誓うもの。
だから、それは俗に『契約指輪』とも呼ばれていた。
「……貰ってくれない? この指輪……私がもう片方をつけるから」
「何を誓うんだい?」
レガルドは単刀直入に聞いた。そう言うところが男らしいというか、雰囲気もあったものじゃないと呆れる。
エノールは複雑な笑いを浮かべて答えた。
「ずっと離れないで。どこにいても、たとえ離れていても心は一緒」
「分かった」
レガルドは即答で片割れを受け取った。
ペアリングは二つで一対だからこそ、デザインとしても左右対称になっている。たった一つではアンバランスに見えることだろう。
エノールの手からレガルドの手へ、ペアリングの片方が受け渡されて、それを二人は右手と左手の薬指に嵌めた。
この国では婚約指輪は人差し指、薬指は「約束」「誓い」を象徴するものだ。
「これね、さっきの露店で買ったの。貴方の指のサイズを測ってね」
「いつの間に……というか、いつ測ったんだい? 記憶にないけど……」
エノールはレガルドと指を絡めた。
どこかその仕草は艶かしい。
「こうして手を握っていれば貴方の指のサイズぐらい分かるわよ」
「っ……」
なぜだかその仕草がレガルドには扇情的に写った。
「どう? 綺麗に嵌った?」
「……ああ、ぴったりだよ」
「そう、よかった」
エノールはクスクスと笑う。その仕草にレガルドは負けた。
エノールの方が先に負けたと思ったが、僅差だったのだ。時間差遅れで、エノールが自分のことを真に思ってくれていることが伝わるような何気ない仕草に、彼は堕ちた。
レガルドはエノールに急に近づく。
「エノール……」
「レガ──」
唇をまた奪われる。
今度は直情的で衝動的で強引なキスだった。
気持ちが先行するような求めるだけのキス。技術など余計なものは何もない。
二人の顔が離れると、エノールの唇には一筋の赤い跡が残されていた。
レガルドの歯筋だ。マーキングのようなあざが少女の口元に残っている。
令息の息は荒かった。
満足するまで力任せにエノールの口を吸い、終わってから自分のしたことを見る。
後悔と恍惚が同時に押し寄せてきて、エノールの口元にある自分でつけた噛み跡に興奮した。
少女を手籠にしたのである。その実感が湧き上がった。
エノールも艶っぽく自分につけられた傷跡を指でなぞった。
愛おしそうに、愛しむように、興奮するように。
それはレガルドが興奮してしまった証だ。そんなものが自分の大事な部分に刻まれている。
エノールは猛る興奮をなんとか抑え込んだ。
それからレガルドの胸元を指でなぞる。その仕草はまたレガルドの男を刺激した。
「……強引」
「……ごめん」
「ばか、褒めてるのよ、ばか」
事実、エノールが言葉を発した時、彼女の瞳の奥はハートに染められていただろう。自分の雄に対して、男としての力強さを褒め称えたのだ。
だというのに、この男は褒め言葉として受け取らない。それがなんだかもどかしかった。
だから、エノールはそのままレガルドの胸に身を預けた。
自信をつけさせたいような、自分が甘えたいような、そんな気分だった。
なんでわかってくれないのという気持ちもあったかもしれない。
こんなことをするのは今日が初めてである。だが、逆に今日は何度もこの令息に身をゆだねている。
二人はそれからまた示し合わせたように誓い合った。
「『どこにいても一緒』」
「『心はずっと離れない』」
「『貴方が死ぬるその日まで』」
「『私は貴方を思ってる』」
それは王国に伝わる有名な一説、貴族である子弟は大概がこれを誦じられるだろう。
エノール達はまた顔を見合わせて笑い合うと影を交わらせて、しばらくすると冬の街で歩みを進めた。
二人は誓う。たとえどんなに辛いことがあっても決して心を離さないことを。
それは結婚とはまた違う契約の証だった。
「「『死ぬまで貴方を愛してます』」」
二人は見つめあって、けれど、結局また顔を寄せ合った。




