聖軍とロンダーの帰還
おかしな自警団が現れるたびに現地に赴いて忠誠を誓わせ、ついでに自分が聖女でないことを釈明する。そんな日々が続いた。
が、誰も聞く耳を持たない。教会に知られると立場的に危ういからと言っても『そうだ! お前ら、エノール様は聖女じゃない!』などとリーダー格の人間が周囲に言い聞かせるように言うのだ。
他もあまりに素直な様子で頷いていたから、あれはたぶん理解していない。私の身が危険だから聖女じゃない『ということ』にしておいてるのだ。君らさぁ……
まあ、自分で動かせる戦力はありがたいし、治安の悪さは経済活動を阻害する要なのでどこかで対処しておきたいところではあったが、いくらなんでもこれは……まあ、渡りに船と思うことにする。そうしよう。
名前が統一されていないことが気になったので私の方から正式に『聖軍』とすることにした。他の自警団も同様である。神の正義のもと町を外部脅威から守る町の盾という役目だ。
最初の自警団が名乗った『聖軍』に統一することにしたが、理由は放っておくとおかしな名前を勝手に名乗るからだ。なんだ、『聖女エノール軍』って、やめてくれ。教会が怒って突撃してくる。
意外なことに(彼らのことを考えれば全く意外ではなかったが)伯爵の名前よりも私の名前の方が彼らには効いた。後者のほうが圧倒的に反応がいいのである。
なんなのだろう。あの組織、宗教めいた何かを感じる。これはもはや新興宗教だ。崇める対象が神から預言者に変わってるあれだ。私が預言者扱いされている。
他にも各地で自警団が組織され犯罪組織が淘汰されていき、ついには町に蔓延る犯罪組織までも壊滅させられていた。君ら強くない? ちょっと本気出しちゃいましたって? それでも限度があるよ?
──それは黒死病の蔓延の後、被害を受けた町や村の復興で資金を投じ、麦の取引規制もあって民の暮らしが良くなった影響でもあった。力をつけた領民達がエノールに仇なす敵憎しと立ち上がり、普段から脅威であった犯罪者集団に不満をぶつけたのである。なお、そのことにエノールは気づかない。
商会からもどうにかしてくれと手紙が来たりして、私はどうにか各地を平定して回った。おかしな戦力をなんの鎖もつけずに放っておくのが恐怖だったからだが、気づけば私は各町に一つずつ自分が指揮可能な一個戦力を持つことになった。なんでこんなことに……
しかも街を訪れた時に感じた雰囲気的に住民達を戦う気満々だった。外敵が現れたら戦うぞーって、なんで君らそんなに士気が高いの? 死にたいの?
積極的に自警団を組織しなかった町も他の街の風聞を聞いて触発されてか、同調圧力か、いずれにしろ自分たちもと自警団を組織し始めたのだ。面会した時にあんまり覇気がなかったことを考えると、きっと後者だと思う。
とりあえず『聖軍』は決して町の内部脅威には対処せず、あくまで犯罪者の取り締まりのみを行わせることにした。暗に犯罪者は領民ではないこと、『聖軍』は反乱とか内乱とか革命とかの形で町のあれこれに介入すんなすんなということを伝えておいたのだ。戦力が暴走したら厄介である。
貴方達のなすべきことは町の住民達の盾となることで、民達の指導者となることではありません的なことを言ったが、あの時の盛り上がりようはすごかった。盛り上がりすぎて、理解しているのか心配だ。血の気が多いのでとても不安が残る。
とりあえず市場の流動性を阻害する外部・内部原因の対処組織ないしは戦力が出来上がったのでよしとした。自分たちから近くに存在する犯罪者組織の撲滅許可を求めてきたのは鼻につくが……やっぱり殺意が高い。犯罪者絶対許さないマンになっている。それも領地の利益になるので許可したが、怪我をしないだろうか。
──このタイミングで住民達が蜂起したのもまた偶然ではない。収穫期が終わって農民達は暇になり、彼らがせっせこ育てた麦を犯罪組織が奪おうとしたのである。そこから波紋が広がって普段の不満が爆発したのだ。なお、そのことにもエノールは気づかない。
伯爵家からは食糧支援と金銭の支援両方を行った。また金をばら撒いてしまったのだ。麦を蓄えておくと言ったのにいきなり放出してしまったのである。ただ、失敗されても困るから支援せざるを得なかった。
まあ成功したので『とても忙しい時期に駆り出されて、行っては帰って屋敷で執務して、また呼び出されて帰って執務して』という多忙の日々を送ったことについては目を瞑ってやる。本当に。くそ。
それらが終わると比較的穏やかな日々が訪れた。あれ、収穫期の時も同じことを思った気がするな。おかしいなぁ。
──金融政策は活版作成の段階で止まっているし、ネルコは事業拡大のノルマで忙しそうだし、農学者達は農閑期ということで次の種蒔きの時期まで頑張って畑作りに勤しんでもらっている。
みんな大変そうだが、私は大変じゃない。そうだ、これが領主だ。普通トップが忙しいなんてあっちゃいけない。経営者は仕事を丸投げして然るべき職だ。
あー、紅茶飲んでお菓子食べてダラダラしたいなー。執務とかしたくないなー。もう馬鹿な商会の相手は疲れたなー。
今のうちに造幣局の建設とか活版職人の受け入れ準備とか予備の紙幣原版の保管についてとか色々と考えることはあるが、とりあえず商会連合の集会やら自警団の発足やらで各地を回る必要はない。それだけで優雅な日々なのだ。
みんな忙しそうだな、なんて優雅にお茶を楽しんで、学園に戻ろうかななんて考えているとそういえばジャイナ達はどうしてるかななんて考えた。
とりあえず手紙は送ったが、毎年収穫前になると洪水が発生するのだ。そのせいで畑の作物がダメになってしまう。それがアルガルド領の収穫の少なさの原因の一つでもあるため、それらをどうにかするのは急務であった。
各地には伯爵家が回収した麦を入れているサイロがある。それらを麦商人に売って換金して都度金を工面しているのだ。また放出することになる。商会でまたうるさく言われそうだと頭が痛くなったが、気にしないことにした。私は楽観的なのだ。
騎士から金を渡すことにしているが、彼らに金の扱いを任せて大丈夫だろうか。横領とかしてないかな。少しぐらいなら許してやろう。もともと豪遊してたわけだし、アホみたいな使い方してたらすぐにわかる。代官の人が来たらまずは騎士達の汚職がないか調べてもらおうかな。
そんなこんなしていたら、ロンダーが人材需要の市場調査から帰ってきた。随分とお早いお帰りである。私が出迎えるとちょっと疲れていそうだった。可哀想(元凶)
「職業訓練施設を置いたほうがいい街と施設の候補地、それから人材のリストについてはこちらに入っています」
「お疲れ。各地を回ってどうだった?」
「疲れました」
「でしょうね」
「そういえば、町に行ったらすごい待遇で扱われたんですけど、なんだったんですか、あれ。エノール様の名前を出したら急に態度が変わったんですけど……」
「ああ、あれ私にだけかと思ってたけど……そう、関係者にも有効なのね、あれ」
「エノール様、何したんですか?」
「……私に聞かないでちょうだい」
したことといえば黒死病の時に病人と病死体を焼き払ったことである。戦場に倫理や法はないとはいえ、あれはあまりに凄惨だったはずだが、なぜあれで敬われるんだろうか。意味不明だ。
「どうして私を崇めるかねぇ……」
「エノール様、崇められてるんですか?」
「聖女エノールがなんだって言って、ねぇ……」
「それ、教会に聞かれたら厄介ですよ」
「だから止めたのよ……だけど」
「……」
「……全然聞いてくれない」
「……お疲れ様です」
「よして、本気で疲れてくるから」
「はい……」
ああ、みんなを働かせるんだから私は優雅だと言い聞かせていたのに、また気分が重くなった。まだ仕事あるの? レガルドに会っちゃいけないの?
「うぅ……」
「しっかりしてください」
しばらくロンダーに慰められた。愚痴を聞いてもらって話に戻る。
「施設にはある程度の予算を預けないといけないわね。余剰予算もあるだろうから、横領とか出るだろうなぁ……」
「どうしますか?」
「まあ、どのみち伯爵家からは常に求人募集をかけている状態におきたいから、その状態を作っておけば下手に賃金になる予算に手を出さないでしょ。トラブルの種になる」
「そのことなんですけど、治水経験のある指導役も同じ賃金で雇ったほうがいいと思います」
「へえ、なぜ?」
「指導する代わりに肉体業務に従事しなくて済むわけですし、変に賃金を高くすると経歴を詐称してくる輩が現れます。同じ賃金なら使命感に駆られた人材がやってくるだけです」
「決まりね。で、後は……草刈りについてなんだけど、草を刈ってその場に放置して、毎年冬になったら乾燥させて、焼いて灰にするのってどう? それらを畑に巻けば窒素やリン酸……畑の栄養になるはずよ。こっちで回収するから、在庫置き場を確保するとして、賃金は安いけど確実に金にはなるわ。ご飯を買うぐらいのお金は稼げるはずよ。女性でもできるしね」
「稲刈りの鎌などもこちらで用意しますか? それに灰をどうやって回収します」
「ええ、鈍くらを周囲の農民に借りたり……はできないか。中古で欲しいわね。盗みたいとか思わないやつ。灰は……」
「新しいのを直轄地の農民に渡して、旧式のを回収すればいいのでは?」
「そうね。けど、灰の回収は……やっぱり無理そうね。そのまま草として売りましょう。使う時に焼いて灰にしてもらう。だったら、乾燥させた草を周囲の農村に売ればいいかしら。ただ売り先をどうするかしらね」
「地主に売りつけて仕舞えばいいのでは?」
「簡単に買ってくれると思う? よしんば伯爵の名前を出したとして買い叩かれるのが関の山じゃない?」
「そこはもう仕方ないのでは? 麦の生産が各地で増えれば、それだけ領地は麦の在庫を抱えることになりますから、必然と相場は安くなります。民の生活に余裕ができれば購買意欲が増えますから、財政政策の一環として行えばいいのでは?」
「そうしましょうか。どっちみち治水業もこっちの金になるわけじゃないしね」
「交渉は管理者に任せましょう。それから、エノール様は各地に肥溜めをつくらせていますよね?」
「ええ」
「どうも肥溜めは中をかき混ぜなければならないらしいのですが、好き好んでやりたがる人はいません。需要は一応あるかと」
「一週間に一度かき混ぜて、その都度支払いね。ただ、虚偽の申告をしてくる可能性もあるわ」
「難しいですね。治水業は監督者もいますし、草刈りは回収量で賃金を割り出しますが、肥溜めは……」
「信用できる人材に任せるとしましょう。元々、そんなに神経質にならなくてもいいことよ」
「そうですね。そうしましょう。賃金については低い方がいいですね。下手に高いとそっちに傾れ込んじゃいますから」
「さっさと再就職してもらいたいからね。それなら一日働いて食い扶持を稼げる程度にしましょうか」
「それから施設の職員の雇用形態はどうするのですか? 週交代ですか?」
「そうね。体調不良がある日は他の人に代わってもらわなきゃいけないわ。年中営業だから、施設に寝床も備えてあるといいわね」
「えっ」
「……変更できる?」
「……後で修正しておきます」
「ごめんね」
ロンダーを見て急に仕様変更を伝えられたプログラマーを思い出した。南無三。
「そうなると加入者が屯できる場所があって、カウンターがあって、宿舎が近くにある場所ね。宿舎の管理者も必要になってくるけど、これは加入者の中から選んでいいのかしら」
「そうなると地域によって土着性が出てくるでしょう。暗黙のルールなどが発生しかねません」
「外部の人間に寝床を提供する代わりに管理者をやってもらう。それでいいかしら。誰をどこに止めるかはその人が指示する」
「適当にやる人間も出てくるでしょうね。その場合に備えて人事権を施設側の管理者に持たせてしまいましょう。場合によっては加入者に任命するほうがいいかもしれませんしね」
「わかったわ。それじゃあその通りに」
「……いつも思いますけど、エノール様は仕事熱心ですね」
私は振り返る。できる限りの笑みを浮かべた。
「なんの冗談?」




