病の終息
私は間違っていた。病の酷さをみくびっていた。民の貧困を軽く見ていた。
働けなければ生きられない。病にかかって後遺症が残れば死ぬしかない。
病を乗り越えてもどうにもならない。働けるようにする治療なんてバカみたいに高い。成功率は低い上に採算が取れない。
それでも私は命じた。医者の練度を高くするため、私は領民を見捨てないのだとパフォーマンスするため。
その姿を見て、町の人たちもゴードン達もどこか安堵しているようだった。唯一、バルターだけが心配そうな眼差しで私を見ていた。
──病がこんなに過酷なんて知らなかった。領地がここまで貧困に喘いでいるなんて知らなかった。
私は屋敷で生まれ持った価値観と、この時代よりよっぽど進んだ佐藤健の価値観を基準としていた。どこかでみくびっていたのだ。病気で頭髪が落ちた人も、脱腸した人も、内臓がやられた人も、皮膚が黄色に変色した人も、見たことがない。
私は……間違っていた。何が稼ぎ時だ、人の心がないのか。どこかで割り切っている自分に酔っていた。陶酔していた。気持ちよくなっていた。
お父様の存在を考慮して対応を一元化できるように前々から対策していればよかった。あの時、杞憂でもいいんだから全領地に対策を徹底させればよかった。分かっていたことなのに……
私は現地に赴いて病にかかるわけにはいかなかった。町を出るたびに巫女服を燃やして、道中で足りなくなって商会から借りた。
後で金を払うと言ってもあっちは聞かなかった。『エノール様のためですから』なんて、やめて。聞きたくない。そんな言葉。
誰も分かっちゃいない。誰よりも状況を軽んじていたのは私だ。何が『やっぱり私が動かなきゃいけないのね……』よ! 当たり前じゃない!
それなのに、村の住民を燃やされて、彼らは笑うのだ。涙を流して私を有り難がって……神経が理解できない。私が聖女? 頭おかしいんじゃないの? どう考えても死体処理屋か殺人犯にしか見えない。
この神々しいと言わんばかりの杖の効果も嫌いだった。まるで私の行動を肯定するようで……それでも私はこの杖に頼らざるを得なかった。
正気の沙汰じゃない。病気を食い止めるために、死体と病人を一緒に燃やし尽くすなんて……! 考えた私が腹立たしい。なんてこと考えるんだ。人のすることじゃない。
そうして、私は思い当たる。そうか、そういえばそうだった。私は為政者だ。管理する人が多ければ多いほど、ただの『人間』には務まらない。
倫理観と常識が欠如した合理性の塊みたいな人間じゃなきゃ務まらない。彼らは一生トロッコゲームをやり続けるんだから。一人を殺すか、百人を殺すか。そうして必ず一人を殺す。殺し続ける。そういう職務だ。
そう考えるとなぜだか気分が和らいだ。私が継ごうとしている家督はそういうものなのだと知って。
──町についた。最後の町に。住人は……私を睨んでいた。
そう、これでいいのだ。それが正しいんだ。次期領主が来たからって単なる小娘だ。大変な時に貴族の娘がしゃしゃり出やがってと、私たちに憎悪を向けるべきだ。私はそのためにきた。
私は例に漏れず、住民達の目の前で死体を燃やし尽くした。その光景を見て住民達は恐怖に顔を歪め、私を悪魔だと罵った。
私は──笑っていたと思う。ゴードンはそれを見て顔を引き攣らせていた。
そうよ、私は悪魔。貴方達を救うために、貴方達の仲間を殺しに来たわ。取引はしないから、勝手に代価をもらっていくわね。
時折、病人の家族と見られる人に邪魔されながら、護衛がそれを押し除けて私は医者を連れ立って中に入る。病人の人たちは……今まで通りだった。
私は名を名乗って、ここの次期領主で、病気の対応をしていたと言った。きっとここの住民だから、彼らも文句を言うかなと思って──私は最初の一人の言葉に耳を疑った。
「ありがとう……ございます」
「…………何を言ってるの? 私は、食い止めきれなかったのよ? 貴方達を……救い損ねた」
「他の領地だったら、きっと私たちは殺されていたでしょうから……お医者様に看病していただいて、私はもう満足です」
信じられなかった。罵るためにやってきて、なのに、一向に罵られなくて、それどころか住民達は同じ住民だった人達を焼き殺す私を見て、崇める始末なのだ。
きっと彼らも何かに縋りたいのだ。それはわかる。分かった上で──気持ち悪いと思った。
人間の心が気持ち悪い。そうせざるを得なかった状況が気持ち悪い。私自身の行動が気持ち悪い。
それをメリットだと考えて、打算的に思考する私が……それなのに、私に反抗的な町の住民が、その被害者が私にお礼を言っている。
理解ができなかった。そんな私に医者が声をかける。
「エノール様が診療所の治療を無償にしてくださって……多くはないですが命が助かりました。働けるものも何名かいます。食料を送ってくださったことで、町は持ち直せます」
「……違う」
「あり、がとう、ございます……弟は、まだ、子供です……どうか、よろしく、お願いします」
「……違う」
私は動揺して、そのまま杖を振るった。もうこれ以上聞きたくなくて、悪い冗談だと思って。
その人は炎に包まれる。何べんと見てきた白い炎。マグネシウムの燃焼反応のように、その人の体だけを焼いて、それらを糸のように解きほぐして、チリもススも残さずに消失させる。後に残ったのはなんの黒ずみもないベッドだけだ。
「おぉ……これが町長の言っていた『聖なる炎』ですか……まさか、本当にエノール様が『聖女様』だったとは──」
「行くわよ。私は、そんなんじゃないから」
私は吐き捨てるように言って、医者の案内がないとどこに行くかもわからないというのに、護衛達を置いてズカズカと町を歩いた。
私の様子に周囲は飛び掛かってはこなくて、私は杖で次の場所がわかってしまう……うるさいな、わかってるから。
そして、私は次々に消し炭にした。もう、最後の言葉も碌に聞かずに、聖女の真似事もやめて焼いた。そうすれば聖女を扱いをやめるんじゃないかと思い付いたからだ。
あまりにも短絡的で直情的な行動だ。それだけで私は死に際の人を軽んじたのだ。それなのに、白い炎に包まれる彼らはそれぞれ思い思いの顔をしていた。
絶望を滲ませたり、安堵の表情をしていたり、歓喜に打ち震えていたり、これが聖なる炎かと感動している人もいた。炎に包まれる瞬間はみんな意気揚々としていて、病人にも私を『聖女様』と呼ぶ人がいた。
……やめてよ。
私が訪れた人はどんどん人がいなくなって、幾らかの人は彼らはどこにいったんだと喚いた。そして、私のそばにいた医者が『聖女様』が『浄化』してくださったと説明した。
浄化、浄化ね……全くもってその通りだわ。私は他の領民のために病の人達をジェノサイドしたのだから。
最後の一人が終わって、私が訪れた家屋の中には泣いている人の声もあった。それに住民達は敵意の視線を向けてきて、だけれど、中には悔いているような、懺悔しているような顔もある。
やめてよね、まさか私に敵意を向けたことを後悔しているんじゃないかしら。すぐに顔をひっぱたいてそっちが正しいんだと突きつけてやりたい。
この町の人は住民思いだった。けど、私の行動によって自分達は助かったんだと理解した住民は次第に私に膝をつき、手を合わせる。
「ありがとうございました、エノール様……」
「っ……」
彼らも、手を合わせてしまった。あれだけ敵意を向けてきた、仲間想いなこの人たちが。
私は人のエゴイズムと打算主義に吐き気がした。彼らをこんなにも無様な姿にしたのが、人間に備わった現金主義だからだ。
「お前ぇ! お前ぇ!」
そんな中、一人だけ男の子が私に向かって叫んでくる。何を言っているかわからない。きっと言いたいことがまとまっていないんだろう。
町の大人がそれを抑えた。男の子を抑えて、すぐに跪かせた。それを私は手で制して、男の子に言う。
「ありがとね」
「っ……」
あの子は最初に殺した男性の弟だった。
人は打算主義に勝てる高潔な精神を持つことができる。その希望を見せてくれた彼に、私はお礼した。町長に握らされた金を返して、あの子の面倒を見てくれと言った。
周囲の人はその行動にまた感謝した。
「なんて慈悲深い……」
「やはり、エノール様は聖女様だ……」
「……それ、教皇とかに聞かれたらやばいから、絶対言わないでよね」
私の言葉に住民は頷いた。しまったな、今気づいた。これまでの道中では釘を刺していない。
まあ、すぐにしょっ引かれるなんてことはないだろうから事実確認をされたら私が否定すればいいだけか。『病をどうにかしたら、勝手に領民がそう呼んだだけです』って。無責任極まりないな。
私は護衛を連れて帰還を宣言する。戻ろう、両親の待つ屋敷に、レガルド達のいる学園に。
「……」「……」「……」
護衛達はもう何も言わなかった。私の様子を見て、黙ってついてきた。
私は屋敷に帰った。
屋敷に帰ったら、また母に泣かれた。手紙で帰る日を知らせていたので、二人が門で待っていたのだ。
「よく帰ってきた」
父は帰ってきた私を見てそれだけ言った。
「え、エノールちゃん、なんでぇえ、どうしてぇえぇ」
「ご、ごめんなさい、お母様。急いでいたもので……」
私は母に止められていた。父から事態がかなりまずいことを聞かされていて、私に屋敷に残るように言っていたのだ。
それで、私は首を振って、泣き崩れる母に「ごめん」とだけ言って出てきてしまった。泣かれるとは思ったが、ここまでとは……
「お前は本当に、両親を心配させるな」
父に言われて私は苦笑いを返した。私は着替えるためにお風呂に向かう。
ゴードン達とはやはり最初にあった街で別れた。やはり報酬を弾むと申し出たのだが、断られてしまった。
「あんたから金をもらうことはできねぇ」
そう言って、金も受け取らずに去ってしまったのだ。バルターは彼の居場所を知っているから、追いかけて渡してきてくれと言ったのだが、バルターはやめといた方がいいと言った。
「あれもあれで思うところがあるのです。エノール様が領地のためにここまでしてくださって……きっと、領主として見直したのでしょう」
「……」
「まあ、遅すぎると言う話ですが」
バルターは仕方なさそうに言っていたが、そうか。ゴードンもか……
私はそのまま屋敷に戻って、お風呂に入って、浴場の天井を見上げて、湯をみた。
この湯が病気を蔓延させることもある。体は念入りに洗ったから、大丈夫だとは思うけど。病気の進行度合いからして潜伏期は長くない。短ければ短いほど感染拡大の速度は一定で、遅くなる。
逆に長ければ長いほど指数関数的に上昇する。今回は潜伏期が短く、発症して一週間で割が死ぬ病気だった。
横痃の発症者はその多くが助からなかった。肌が黒ずんだ人は全員死を宣告された。それでも今回、死者が全体の三割を切っていたのは、遺体処理の徹底と口布の着用義務化、それから商人達による食糧支援と冷酷なトリアージに他ならない。
学園で報告を受けた時、多くの診療所から『肌が黒ずんだ者は一週間たたずして死んでしまう』と教えられた。それを受けて私は簡易的なトリアージを行った。
それは『肌が黒ずんだものは自然治癒に期待して一切の治療と食糧の提供を停止する』ことと、『助命可能なものを優先的に治療し、食料を提供すること』だ。
それによって第一次感染拡大地域での致死率は二割に到達した。感染率も最大で三割、目覚ましいと言える。
対して第二次感染拡大地域での致死率は四割に近い。感染率が100%のところもあって、その場合食料物資なども足りず死者は全体の五割に上った。
ほぼ全滅したと言える村もある。生き残りが数人、町で保護したという。彼らはこれから酷い迫害を受けるだろう。騎士達も、最終的に破産したのは二十一人。計画通りと言えば計画通りだが、私はその対処もしなければならない。
「しょうもな……」
それが私の自分に対する評価だった。もう少し慎重でいれば、死者は全体の二割にとどまったかもしれない。感染者もきっと半分ほど減っていたと思う。
悔めるわけもなかった。これを悔やんだら、私は自殺しなきゃならないからだ。
「…………死にたくねぇ〜」
私は浴場で叫んだ。すると、扉が開かれる。
「……お母様」
母が来た。




