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ピレライン家からの贈り物

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 アルガルド伯爵家の屋敷、何人かの男たちが部屋に集められていた。

 

 経済学者のロンダー、農学者のギルベルト、事業家のネルコ、その他農学者が幾人かいた。

 

 ピレライン侯爵の命により馬車に乗ってはるばるアルガルド領までやってきたが、そこで当主であるアイジス・アルガルドから言われたのは「娘を待て」の一言。

 

 侯爵からはアルガルド領を発展させろと言われてきたのに、何もすることなく二週間が経過しようとしていた。ロンダーは困惑し、ギルベルトは屋敷の様子を見て顔を顰め、ネルコは我関せずと屋敷での優雅に暮らしていた。

 

 そこに一人の少女がやってくる。執事を連れた彼女はおそらくアルガルド家の娘にしてその嫡子、次期当主のエノール・アルガルドであろう。

 

「ごきげんよう、みなさん。私がエノール・アルガルド、このアルガルド領の次期領主ですわ」

 

 誰かが動く前にネルコはエノールの前にたった。

 

「これはこれは、見目麗しゅう。エノール様、私はネルコ・バナ・ミラノコスです。以後お見知り置きを」

 

「知っているわ、事業家の方よね。よろしくね」

 

 二人は握手する。ロンダーはネルコの変わり身の早さに驚いた。少し前までピレライン家に尽くしていたくせに。

 

「貴方方はピレライン家に勤めていた農学者・経済学者・事業家のうちのいずれかですね?」

 

 エノールの問いにネルコが「はい」と答え、残りの面々も頷く。

 

「そう。それじゃあまずうちの領地について説明しましょうか」

 

 その言葉で隣にいた執事は書類を取り出し、全員に配る。それはアルガルド領の簡単な概説だった。

 

「ご覧の通り、この領地には様々な問題があるわ。獣害・病・犯罪者、それにより領内の経済は停滞し、今や我がアルガルド家は『名ばかりの伯爵家』と言われている──」

 

「これは……」

 

 ロンダーが声を上げた。酷すぎたのだ。

 

「ひどいものでしょう? この凄惨な領地を受け持った代々のアルガルド家当主は何度も領地改革に挑み、そして敗北している。商売をどうにかしようとしても商会から断られ、農地をどうにかしようと動けば『ベティクート』が現れて被害が出る。八方塞がり、前門の犯罪者、後門の『ベティクート』ね」

 

「「「……」」」

 

 面々は絶句していた。ネルコもこれには眉を顰める。

 

「貴方たちにはこの難題に挑んでもらう。この地に生まれた領主たちがことごとく失敗した領地改革を私たちの手で成功させるの」

 

「エノール様、しかし、これは……」

 

「──まさか、出来ないとは言わないわよね?」


「っ……」

 

「貴方たちを送り出した侯爵の顔に泥を塗らないことね。『ピレライン家の部下たちは存外無能だった』と言われたくなければ」

 

「し、しかし、これはあんまりにも……」

 

 経済学者のロンダーは声を上げた。彼は経済学の勉強の傍ら、様々な国の様々な時代のモデルケースを見てきている。この領地はどう考えても最難関の難易度だろう。

 

 しかし、エノールはさらに爆弾を打ち込む。

 

「二年後、私が十五歳になるまでに発展のスタートラインに立たせなさい。でなければ貴方たちはいらないわ」

 

「なっ⁉︎」

 

「私は今王立学園に通っていて領地にいられない。私が留守の間、貴方たちがこの領地を少しはマシにするの。それぐらいならできるでしょ?」

 

 エノールの問いかけに周囲は顔を泳がせた。どう考えても自分たちの身に余ると考えているのである。

 

 ネルコだけは笑っていた。

 

「どうしたの?」

 

「いえ、それで具体的にはどうすればよろしいので?」

 

「……農学者は不毛の土地の再建と『ベティクート』の被害が見込まれない土地での開墾、経済学者は私と一緒に領地全体での経済の発展、事業家はコンサルタントとして紹介の事業の相談をする傍ら、自分でも可能なら事業を立ち上げなさい。目的は領地を発展させることの一点のみ。私が社交界に出た時に領地のことを聞かれて『今建て直し中なんです』と言い訳できる状態にしなさい」

 

 バルターが農学者・経済学者・事業家に必要な詳細を記した資料を配っていく。あまりによく出来ている。落ち目の家とは思えない。

 

「言い訳は聞かないわ。貴方達は死に物狂いで働きなさい。私が無能のレッテルを貼られないようにね」

 

「しかし、二年というのはあまりに短すぎます。せめてもう少し……」

 

「あら、言い訳するつもり? やめてちょうだいね、私、貴方達が無能なせいで私まで無能扱いされるのは我慢ならないの」

 

 その言葉に少なからず反感の視線がエノールに向いた。この少女は何も知らないで……と。

 

 すると、エノールはバルターに合図して、さらに資料を配る。

 

「これは……」

 

「私が学園に通うまでの三年間にやったことの記録よ。読みなさい」

 

 それを読んで、農学者達はあまり理解できなかった。経済学者であるロンダーはそこに書かれてあることを疑い、誇張しているんではないかと思った。ネルコは微笑したままだ。

 

「この中で私よりも有能な人は? 言っておくけど、圧倒的な差をつけて私より有能な人よ。自分の得意分野なら同じことぐらい……なんてやめてよね。キリないから」

 

 ロンダーは手を上げられない。ここに書かれていることが真実かどうかは分からないが、少なくとも真実ならこの少女よりやれるかは怪しい。

 

 そこにネルコの声が上がった。

 

「私なら」

 

「へぇ、なら貴方は何ができるの?」

 

「相談役をする傍ら、一年で事業を三つ立ち上げましょう。どれも商会級の規模にして見せます」

 

 その言葉にエノールは首を振った。

 

「ダメね」

 

「……なぜですか?」

 

「それぐらい、私もできるからよ。言ったでしょ? 圧倒的な差をつけて私より有能なやつよ。私も事業に専念すればその程度造作ないわ」

 

「……ほう?」

 

 ネルコの瞳が怪しく光った。反抗心とも対抗心とも取れる。

 

「嘘だと思うならやってみなさい。私が望むのは領内全体の改革よ。商会級の事業を三つ立ち上げ提示した程度じゃ我が領地は変わらないわ。私を見返したければあと二年で二十の町の風景を変えてみなさい」

 

「……いいでしょう、かしこまりました」

 

 ネルコは恭しく敬礼する。その光景を見て、エノールは満足そうに頷いた。

 

「言っておくけど、私は貴方達より有能よ。私が留守の間、半端な仕事はしないでね。農学者の貴方達? この中でピレライン家に勤めているときに一番の仕事をしていたのは誰かしら」

 

「……俺です」

 

 ギルベルトが声を上げる。視線がそっちに集まった。

 

「そう。プラットフォームが変わってやりにくいとは思うけど、私に実力があるところを見せてちょうだい。あとで優先的に手をつけてもらいたいところを伝えるわ。実力順でいきましょう。アルガルド領の土地との相性もあるだろうから、後から変わるかもしれないけどね?」

 

 エノールの挑戦的な言葉にギルベルトは不服そうにしながら『分かりました』と頷いた。

 

「ロンダー、貴方は経済学者よね?」

 

「はっ、はい!」

 

「貴方は私と一緒に経済政策について。金融政策は知ってる?」

 

「金融政策ですか……?」

 

「商会の協力のもと、領内のみで使える紙幣を発行して、紙幣の供給量をコントロールすることによって経済を発展させる。そういった知識はあるかしら」

 

「あ、あります。一応。畑が違いますが、研究して理解して見せます」

 

「それじゃあダメよ。貴方には敏腕政治家になってもらわなきゃ困る。貴方は何が得意なの?」

 

「えっと、どこに資本を投下すればどのように経済に影響が出るのかについて……」

 

「財政政策ね……私は金融政策の方がいいと言ったのだけれど、仕方ないわね。金融政策の主導は私がするわ。貴方は補佐なさい」

 

「大丈夫ですか……? 経済についてはなかなか難しいと思いますが……」

 

 ロンダーの言葉にエノールは目を丸くした。びっくりして、微笑を浮かべる。

 

「……あはは、そうね。難しいわね、経済は」

 

「あの……」

 

「言っておくけど、それ全部私が書いたのだから」

 

 全員が書類を見る。明らかに誰かしら専門知識を有した人材がまとめたのだろうと考えていた資料が、目の前の十歳程度の少女が書いたというのだ。

 

「あの執事が書いたとでも思ったの? バルターは複製しただけよ。記録については彼に任せているけど」

 

「左様にございます。エノール様がまとめられた文書を私が書き写しました。多少、文書の配置や前後に関して直してる部分がありますが、それらに書かれていることは全てエノール様がお書きになりました」

 

「あら、そんなことしてたの。ご苦労ね」

 

「申し訳ありません。差し出がましい真似をしました」

 

「いいのよ……聞いたでしょ? 私が求めているのはこういう人材よ。私がいなければろくに成果もあげられないような奴はいらないわ。私の指示がなくとも、私が屋敷に帰る頃には少しでもマシにした領地で私のことを出迎えなさい」

 

 全員の視線がエノールに集まる。彼らの瞳を見てエノールは内心安堵した。

 

 覚悟が決まった目、闘争心を呼び起こせたようだと胸を撫で下ろす。そんな表情はおくびにも出さないが。

 

「それじゃあ、農学者の皆さん? これから配置について教えるわ。こっちにいらっしゃい」

 

 机に地図が広げられて、優先度が高い順に改革したい農地と問題点が語られる。

 

「──定期的に報告を書くこと。何をして、どんな成果があげられたか。いつまでたっても成果が出せないんじゃ先に進まないからね。その場合、別の土地に移動してもらうから」


「そんな!」

 

 農学者の一人が声を上げた。

 

「それならいやでも結果を出しなさい。発見したことについては全て手紙で報告すること。全員、読み書きは大丈夫よね?」

 

 彼らは顔を見合わせる。そんな中でギルベルトが一人手をあげた。

 

「あの、俺、読み書きができなくて……」

 

「……はぁ、分かったわ。貴方は町の近くに配属ね。町長に頼んで代筆してもらいなさい」

 

「……すいません」

 

「こちらから町長に話を通しておくわ。必要な物資があれば都度手紙を出すこと。商会からある程度融通はきくから……それと、もう読み書きできない人はいないわね?」

 

 ギルベルトは恥ずかしそうにする。誰も手を挙げなかったのだ。読み書きができないのは彼の幼い頃からの欠点だった。

 

「そう。なら、今すぐ配属地に向かいなさい。寝床と路銀は用意しているわ。外に商人の馬車が止まっているから乗って行きなさい」

 

 執事が「こちらです」と案内して、農学者達は去っていく。残されたのはネルコとロンダーだ。

 

「それじゃあ、将来有望のネルコ? 貴方にはまず全商会と顔を合わせてもらうわ。お願いだから舐められないでちょうだいね」

 

「勿論です、お任せください」

 

「貴方はこれから一人で商会を回りなさい。私が忠誠を誓わせた商会は資料に書いてあるわね? 必要な情報を書き込んだ地図も載せてあるみたいだから、それに従って向かいなさい。路銀は、はい」

 

 エノールは無造作に金銭の入ったお金をネルコに渡す。

 

「……」

 

「私が以前領内を旅して調べた相場から必要金額の三割を上乗せしているわ。それでまず商会の覚えをよくすること。どこに住むかは貴方が決めなさい。商人達が相談に訪れやすい場所を自分で見て決めるの」

 

 ネルコは唖然としていた。令嬢から申し渡された課題があまりにも意外だったからだ。

 

 しかし、それでもネルコはやりての商人という自負がある。すぐに顔を直して頷いた。

 

「承りました」

 

「そう、それなら早くいきなさい。あと融資が必要になったら商会を頼りなさい。私が手紙を送ってあるから、私の名前を出せば金を貸してくれるはずよ。くれぐれも失敗しないことね。商人達と顔を合わせて拠点を決めたら事業を立ち上げなさい。そこらへんも含めて拠点の選定はすることね。貴方にはこの領地の商業を発展させてもらう。その原動力、きっかけになる事業を始めてもらうの。まずは自分が動かす領地を見ておきなさい。それで感じるものがあるはずよ。貴方も定期的に報告すること。商人達に動向を監視させているから、虚偽の報告はやめておいた方がいいわ」

 

「滅相もありません。誠心誠意、エノール様のために働かせていただきます」

 

「私に大見得きったんだもの。しょうもない結果を出したら容赦しないわ」

 

「その時は、どのようにも」

 

「ふん、行きなさい」

 

 最後にロンダーが残される。

 

「……最後は貴方ね、経済学者さん」

 

「あっ、あの、ロンダー・ウェルケンです! よろしくお願いします!」

 

「そう。結構可愛い顔してるのね」

 

「えっ⁉︎」

 

「冗談よ。私は縁談相手がいるから本気にしないでね」

 

「……」

 

「貴方には私と一緒にこの領地の経済問題、経済停滞の原因になっている諸問題をどうやって解決し、経済活動を活発化させていくか、それを論じてもらうわ。前提条件は町の四割に犯罪者が蔓延っていて、町の外には盗賊団や強盗団が闊歩している。農業は獣害によって耕作地を広げられず、領内には草原が広がっていて耕作にあまり向いていないってところね」

 

「あ、あの……流石に無理じゃ……?」

 

「無理も無謀も聞き飽きたわ。それをどうにかするのが貴方の仕事よ」

 

「……」

 

「あと二年間の間に必ず経済が動き始めるようにしなさい。ゆくゆくは他の伯爵領に並ぶような土地になる……そんな予感をさせる領地にしてちょうだい」

 

「あの、一つ聞いてもいいですか?」

 

「何?」

 

「なんでそんなに急ぐんですか? 社交界デビューがあるからっていうのは分かるんですけど、なんでそんなに……」

 

 ロンダーの分からないという顔に、エノールは当然の如く答える。

 

「なんでって?」

 

「……」

 

「私の命がかかってるんだもの、当然でしょ?」

 

 ロンダーはその言葉の意味を察りかねた。

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