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いじめ(※)

※閲覧注意 いじめの描写があります! ご注意ください!

 コテージでは多くの生徒達が同じ部屋で一緒に寝る。部屋はとても広いが、幾つもベッドが並べられている様はコテージというより本当に宿か病院のようだった。

 

 先生に指示されたコテージに入ると、十人ほどの女子生徒がすでに自分のベッドを決めていた。私は最後の一つを使うことになる。

 

「そこを使ったら?」

 

 いきなり近くにいる生徒が声をかけてきて、何故わざわざそんなことを言うのだろうとベッドを見て理解した。

 

 濡れてる……誰かが水をベッドにかけたんだ。かなりの量だから、今から干しても乾かせない。

 

 コテージにいる生徒達は全員が全員、私の顔を見てクスクスと笑い始めた。陰湿なイジメだな。きた当初はどうも思わなかったし、きっと佐藤健なら気にしないんだろう。

 

 だけど、エノールは気にする。まだ年頃のエノールは……特に最近は体に引っ張られてエノールの意識の方が比重が高くなっている。

 

 落ち着け、気にするな。佐藤健の方の意識を呼びおこせ。問題はない。

 

 自分に言い聞かせてみるけれど、その日は生憎と生理の日がブッキングしていた。日中も感じていたお腹の痛みや倦怠感が夕方になって強くなっていて、夕暮れのコテージは何か悍ましいものに思えた。

 

「……」

 

 私はそのままコテージを出た。アルベレット先生に相談……だめだ。迷惑がかかる。今日は……もういいや、立って寝よう。

 

 エノールの意識が朦朧とすれば、必然的に佐藤健の意識が覚醒する。危機意識が高いのは後者の方だ。危機的状況に陥った時に勝手に佐藤健が蘇る。それを感覚として私は知っていた。

 

 股の方にぐしょりとした感覚があって、ああ、血が出たんだなと感じる。ナプキンをもらわなければ。それぐらいは大丈夫か。

 

 教師の人に確認すると、何とコテージの方に用意してあるという。私はコテージに戻ったが、案の定邪魔された。

 

「あれ〜、エノールさんってナプキン使うの〜?」

 

 後ろから突然割り込んできて、ナプキンを全て掻っ攫われる。思わず後退りして、その人は私の前にたった。

 

「私てっきりエノールさんって男だと思ってたんだけど、貴方には必要ないんじゃな〜い?」

 

 ひらひらとナプキンを見せびらかされて、私は思わず『返して……』と呟いてしまった。

 

 手が空をきる。その人が掴んでいたナプキンを取ろうとして、失敗した。

 

「男には必要ないものよ? 本当の淑女だけが必要なの、わかる?」

 

「私たちも今日生理で〜、みんな使わないといけないの〜」

 

「……それは全員分以上あるでしょ?」

 

「いやいや、何枚も重ねないといけないから。とにかく貴方の分は必要ないでしょ? だって、男の子に混じって授業受けてるんだもの」

 

 しまった、目立つ行動をした弊害か。

 

 忙しい中で考えていなかった。軽率だったかもしれない。いや、事前に考えて対策していればよかったんだ。それだけでも心構えはできる。あるベレット先生が止めてきた時に、その意味をきちんと考えるべきだった。

 

 いや、社交界に出たらいくらでもこんなことはある。私はアルガルドの娘だ。母さんも……何も言わないけど、バルターからはアルガルドの娘がどういう扱いを受けてきたのか洗いざらい聞いている。口を噤んでいるバルターを無理やりしゃべらせたのだ。

 

 ここは耐えろ。いくらでもこういうことはある。たとえ陰湿な嫌がらせだとしても、傷つけられてはいないし死んでもいないんだ。問題ない。問題ない。

 

「どうしてもっていうんなら〜、それ使えば〜?」

 

 彼女が指し示したのは使用済みのナプキンだった。経血がべっとりとついて、女の私でも鼻を曲げてしまうような香りが漂っている。

 

 この中に生理の人がいるってのは本当だったか。いや、彼女達がそんなことするか? 全員ならまだしも、恥とされる生理の証である経血をいくら仲間だからって見せるかといえば……他のコテージから盗んできたな?

 

 なんて汚いことをするんだ。うちの衛生書にも触るべからずと書いてあるんだぞ。衛生観念の四文字は存在しないのか。

 

 淑女の彼女らは嘲るように私に使用済みのナプキンを押し付けようとしてきて、嫌がって逃げようとする私の背中を他の生徒が抑える。

 

 べっとりと、誰のかわからない経血が私の制服についた。嫌悪感で足が震えそうになって、ここで動揺しては彼女らの思うままだとまだカケラほど残っていた危機意識を呼び起こす。こういう時に佐藤健おとこは本当に頼りになる。

 

「……それで満足かしら?」

 

「っ……」

 

 いきなり髪を引っ張られて、私は床に膝をついた。髪を引っ張った子がナプキンについた経血をべっとりと私のほおになすりつける。

 

「調子に乗ってんじゃないわよ、この売女が……どうせ他の男にも股開いてるんでしょ?」

 

 貴族の子女とは思えないような言葉遣いだった。今どき大人でもそんなこと言わない。

 

「ギャーヴェ様に楯突いて、タダで済むと思ってんじゃないわよ」

 

 この子は案外間抜けのようだ。ギャーヴェさんが黒幕だとバラしてしまった。

 

 この中にそれが失態だと気づく人たちはいない。クスクスと笑い声が響くコテージの中で、私も笑ってしまった。

 

「何笑ってんのよ!」

 

「いたっ!」

 

 髪をまた引っ張られる。引きちぎれそうな思いがして、私はとりあえず抵抗はやめた。

 

「……ここにあんたの寝床なんてないから、外で寝れば?」

 

 それぞれが自分のベッドに戻っていく。とどめだと言わんばかりに血でシーツを汚して、私はコテージから出た。

 

「エノール?」

 

「……」

 

 コテージの裏の階段で膝を抱えていると、巡回中のアルベレット先生がやってくる。すぐに膝をついて、私と目線を合わせた。

 

「どうしたんですか、こんなに髪がボサボサで……しかも、その血は?」

 

「……経血です」

 

「ナプキンがなかったの? でも、どうしてこんな……」

 

「他の人の血です」

 

 アルベレット先生はその言葉に身を固めた。

 

 私の頬と制服に目線を落として、私の乱れた髪を一瞥すると、みるみるうちにその顔は怒気に滲んでいく。

 

 アルベレット先生は底冷えするような低い声で唸った。

 

「……誰です、言いなさい」

 

「ダメです」

 

「言いなさい!」

 

 そんなに大きい声を出しては、コテージの中にいるあいつらに聞こえてしまう。けど、私が何を言っても無駄だと彼女らは思っているはずだ。

 

 それでいい。あるベレット先生に矛先が向けられなければ。

 

「コテージ全員が敵です。彼女らを操っているのはピレライン侯爵令嬢です」

 

「ギャーヴェが……すぐに説教します」

 

「やめてください」

 

 アルベレット先生は信じられないようなものを見る目を私に向けた。私の顔を見て、アルベレット先生は泣きそうな声を上げた。

 

「どうして……」

 

「侯爵令嬢はきっとそのことも予期しています。先生が何かすれば、すぐにでも侯爵家は圧力をかけてくるでしょう。コテージ全員がグルだったことを考えれば、事前の宿の割り振りの段階で何かしらあったのでは?」

 

「それは……」

 

「先生が庇ってくれれば、私は大丈夫です。でも、そうなれば確実にギャーヴェさんは……アルベレット先生を解雇させるでしょう。そうなれば、私はこの学園で敵だらけの中生活することになります。どうか、お願いします。やめてください」

 

 私の言葉にアルベレット先生は──ポロポロと涙をこぼしていた。


「どうして……」

 

「アルベレット先生……っ」

 

「私は……もう、取りこぼさないって……なのに、なんで……」

 

 先生は膝から崩れ落ちる。汚いなりで悪いけど、動揺してしまった私はアルベレット先生の方にすぐに駆け寄って、介抱した。

 

 先生は懺悔するみたいに言うのだ。

 

「また、ああなるのですか……エノールの机に花束が置かれた時のように、揉み消されて……もう私はたくさんです」

 

「どうか泣かないでください、アルベレット先生。私は先生がいれば心強いです」

 

「嘘おっしゃい、貴方、ひどい顔をしていましたよ」

 

「……」

 

「……レガルドを頼りなさい。彼であれば……公爵家なら貴方を守ってくれるはずです」

 

「……公爵家を頼るのは一つの手です。しかし、私がレガルドくんを頼れば、事態はますます悪化するでしょう」

 

「なら、男子と一緒に学園に通いなさい」

 

「できません。男女兼業ならまだしも、完全に男生徒と混じっていたとなれば社交界では異分子扱いされます。それは……できません。私はアルガルド伯爵家の跡取りとして社交界でコネクションを築かなければならないんです」

 

「どうして……どうして貴方ばっかりそんな……」

 

「泣かないでください。これは決して、不幸なことではないんです。誰かがやらねばならないこと、アルガルド家の当主の誰かがやらなければならなかったこと。それがただ今回は私にお鉢が回ってきたに過ぎません」

 

「…………ごめんなさい、エノール。私は……貴方の、力にっ……」

 

 そう言って、またアルベレット先生は泣き出してしまった。私も涙目になって、この人を抱き抱える。

 

 先生は汚れている私をこれでもかと抱き抱えて、おうおうと泣いた。私も泣いた。二人で泣いた。

 

「……私のコテージに来なさい」

 

「ダメです。アルベレット先生が匿ったとバレれば、それだけでギャーヴェさんは先生を厄介者認定するでしょう」

 

「しかし!」

 

「私は外で寝ますから……大丈夫です。夏ですし、立って寝たこともありますから」

 

「……」

 

 嘘だ。この体で立って寝たことなんて一度もない。それは佐藤健の記憶の中だけだ。

 

 アルベレット先生は私の顔をまじまじと見て、探偵のように私に確認する。

 

「貴方、生理が来てるわね?」

 

「……」

 

「生理の時に寝不足になって、挙句体を冷やせばどうなるか、貴方もわかるでしょう? 体も疲労しやすいし、風邪だって──」


「ダメです!」

 

 私は叫んだ。

 

「ダメなんです、私が、私が我慢しないと、皆んなが……屋敷のみんなも、領地の人たちも、みんな……」

 

「エノール……」

 

「……私は、大丈夫です。これでも体は丈夫ですから。知ってます? 私、剣とか馬術とか、体動かすのは天才なんですよ? 釣りなんて、千年に一度の逸材だとか言われちゃいました」

 

「……」

 

 私は笑って誤魔化す。それは私のセンスに対する評価で単純な体の強さでないことは明白だ。

 

 アルベレット先生もそれがわかっているはずだ。

 

「……なりません」

 

「でも……」

 

「貴方は外で寝ようとした。私はそれを見つけ、貴方を叱った。外で寝かせるわけにもいかないし、もうコテージは寝静まっていたから、あえなく私のコテージで寝かせた。如何です?」

 

「……」

 

「頼りないかもしれませんが、頼ってください。じゃないと私は……もう教師なんて、やれません」

 

 アルベレット先生の言葉は末尾が歪んでいた。

 

 私は素直に頷いて、先生のコテージに行く。

 

 先生は川辺の水を汲みに行って、その水で手拭いを濡らして、私のほおについた血を化粧と共に丁寧に拭き取った。制服の方も丁寧に拭いてくれたが、やはり跡が残るようだった。

 

「ちょうどいいです。貴方、最近背が伸びてきたでしょう? ご両親に頼んで新しいものを仕立ててもらいなさい」

 

「はい……」

 

「……お古で悪いけど、私の制服があるわよ。少し大きいかもしれないけど……学園に帰ったら引っ張り出してくるから、新しいのがくるまではそれで我慢なさい」

 

「ありがとうございます、アレベレット、先生……!」

 

 私は言葉の途中でまた泣き出してしまった。

 

 先生はお母さんのように私を抱きかかえてくれる。今度は私が泣く番だった。

 

「私は貴方のコテージから荷物を取りに行ってきます」

 

 そう言って、先生はもう一度コテージから去った。

 

 しばらくして帰ってくる。どうやら荷物には何もされていなかったようだ。あの子達もカバンに何かすることは考えなかったらしい。そもそも鍵付きのトランクだしね。鍵かけてないけど……

 

 私は荷物を持ってきてくれた先生にお礼を言って、トランクを受け取る。すると、先生は不思議そうに左手に持った杖を差し出してきた。

 

 やはり、杖の先端の球体はふよふよと浮いている。何なんだこいつ。

 

「エノール、これは何ですか?」

 

「あっ、えっと……」

 

 私は口篭ってしまう。先生も不思議そうに首を傾げていたが、すぐに興味を別に移した。

 

「ここにいる間は、ウサギの血がついてしまったと言って誤魔化しましょう。それもかなり怪しいのですが……誰かわからない経血がついたなどと思われるよりはマシでしょう?」

 

「思われるというか、事実ですけどね」

 

 先生は私の言葉に微妙な顔をした。

 

「今日は暖かくして寝なさい。私は隣で寝ているから、何かあればいつでも声をかけるように。いいですね?」

 

「はい、お姉様」

 

「……」

 

 アルベレット先生は突然のことに呆然としていた。

 

「あっ、えっと、その……頼りになる年上の女性には、敬意を表してこう呼ぶこともあるのだと母から教わっていたのですが……」

 

「いえ、別に問題ありません。ただ……そうですね。呼ばれたのが学生時代ぶりだったもので、少し驚いただけです」

 

「それなら、二人でいるときは「お姉様」とお呼びしてもいいですか?」

 

「くすっ、誰かがいるところでは呼ばないでくださいね?」

 

 アルベレット先生は魔性の雰囲気でそう言った。

 

「それではおやすみなさい、お姉様」

 

「ええ、おやすみなさい。エノール」

 

 私は生理で重い体をベッドに沈めて微睡んだ。

いじめとは被害者が認知した時に発生します。故に、彼女は初めてのいじめを経験したのです

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