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牛とウサギ

 しばらくして自由時間が終わり、生徒達が手分けして食材を集めることになった。森で仕掛けた罠に動物がかかっていないか見にいったり、川で釣りをしたり……と、どちらかといえば体験みたいなもので足りない場合に備えて学園は既に準備しているという。

 

 食材があるならわざわざ集めに行かなくてもいいじゃないかと貴族の子息達は口を尖らせていたが、すぐに釣りやら狩りやらではしゃぎ始めた。罠に動物がかかっている姿は好奇心をそそられるものらしいし、釣りにしたって初めてだという。教師達が引率してしっかり見守る中、私たちは昼に向けて動き出した。

 

「……」

 

「あ、あの、エノール?」

 

「さんはどうしたの、レガルドくん」

 

「う……ご、ごめん」

 

 私は仕返しにちょっと無視をしていた。本気で無視する気はないし、しても可哀想なので付かず離れずで構いつつ、ぶっきらぼうに接していた。

 

 私たちは森で罠を確認する班となった。レガルド君と一緒になったのはきっと偶然じゃない。こう言った縁談話は必ず周囲にも通される。きっと学園側が配慮したんだろう。

 

 それは別に嫌じゃないけど、別に嫌じゃないけど! 私は今しばらく仕返しを決行する。その様子にアルベレット先生が呆れたように口を出してきた。

 

「エノールさん、貴方は一体何をしてるんですか……?」

 

「意地悪な殿方にお仕置きしています」

 

 レガルド君はあわあわとしていた。困っている彼を見てアルベレット先生がため息をつく。

 

「レガルド、エノールは少々強情っ張りですから、頑張ってくださいね」

 

「強情っぱりなんかじゃ……」

 

 いや、強情っぱりかもしれない。というか、一度言ったことを変えたことはない気がする。

 

 私たちは一名の男性教師と地元の漁師の方に連れられて、五人班で森へと進んだ。魚釣りは女子、狩猟(というか、罠確認)は男子となっていたが、私は色々な配慮があってレガルドのいる班に混ぜてもらっていた。

 

 これが忖度ってやつだ。私は優越感を抱きながら道なき道を進む。草が生い茂っていたり、道が険しいわけではなかったが、慣れない森の行進に男子達は疲れているようだった。

 

「なんでこんなこと……」

 

「あら、探検みたいで楽しいじゃない?」

 

「そっ、そうだね!」

 

 愚痴っていた男子に私がいうと、レガルドはなぜだか拗ねたように顔を背けてしまった。これは意地悪をしすぎたかもしれない。

 

 私たちは猟師の人を先頭に進むと、しばらくして罠の設置場所についた。縄で仕掛けられた罠に真っ白なウサギがかかっている。宙吊りになってウサギは微動だにしていなかった。

 

「ウサギだ!」

 

「すげー!」

 

「俺、うさぎ食ったことあるぜ! めっちゃうまいんだ!」

 

 男子達が騒ぐ中で、レガルドはその光景を見て顔を顰めていた。きっと、うさぎを見てかわいそうだと感じたんだろう。この子は心根が優しいんだ。


「大丈夫?」

 

「……どうしてウサギを食べるんだろう。可食部位も少ないし、牛の方がよっぽど大きいのに……」

 

「怖い?」

 

「……それも、あると思う。けど、何というか──」


「ひどい?」

 

「うん……」

 

「……ねえ、ウサギが好きな人いるように、牛が好きな人もいると思わない?」

 

「それは……」

 

「私は牛もウサギも好きよ」

 

「……」

 

 レガルド君と手を繋いで私たちは帰路に就く。

 

 帰る時に私から手を伸ばしたのだ。レガルド君は私の顔をまじまじと見て、何かを言いたそうにしていたけれど手をとってくれた。ごめんね、振り回して。


 猟師の人が慣れた手つきでウサギを持ち帰る。三人の男子はその周りで物珍しそうに見ていた。うさぎは長時間拘束されていたためか死んではいないだろうにびくともしない。自然の厳しさを感じさせられる。

 

 レガルドはそんな三人の様子を見て俯いていた。

 

「本当に罠にかかるんだな……」

 

「うさぎってバカでい!」

 

「俺も今度やってみようかな」

 

「……」

 

 あれは野兎のうさぎじゃない。野生のはもっと汚らしくて、毛色も茶色だったり雑味が混じっている。

 

 毛並みが綺麗すぎるし、まるまると太りすぎている。あれではすぐに他の動物の餌食になるだろう。本来は野生で生き残れるような個体ではない。


 きっと学園側が用意していたのだ。


 罠を用意して、かからなかった罠には自分たちで動物をかける。意味のない行為に見えるかもしれないが、これは別に罠猟を経験させてたいわけじゃない。私の予想が正しければ、この体験の本命は──


「これから貴方達にこのウサギを解体してもらいます」

 

 アルベレット先生の言葉に四人は悲鳴のような声をあげた。レガルドも驚いて、三人は絶句している。

 

「班の中から一人選びなさい。全員で協力しても構いません」

 

 男の子達はアルベレット先生の言葉に固まっていた。ウサギを見て、まだぴこぴこと耳を鳴らしている。

 

 生きている、まだ生きているのだ。それを解体する、そうアルベレット先生は言った。


 三人は……いえ、レガルドも含めて猟師の人が解体すると思っていたんだろう。途端に泣きそうになって、でも彼は真っ先に手を上げようとした。

 

 だから、その前に私が手を挙げる。男子達が手をこまねているすきにアルベレット先生に申し出た。

 

「私がやります」

 

「「「えっ⁉︎」」」

 

 男子達は驚いていた。

 

「エノールさんがやることなんか──」


「そうだよ! 猟師の人がやればいいんだ!」

 

「なりません。貴方達の誰かがやるのです」

 

「そんな……」

 

 三人はアルベレット先生の言葉に俯いてしまう。


「え、エノール、俺は……」

 

「レガルド、ここで見ていて?」

 

 私はレガルドの目を見てそう告げると、前に進んでアルベレット先生の方に向かう。

 

「経験は?」

 

「ありません」

 

「そう、なら猟師のベクターさんに話を聞きなさい」

 

 私は猟師の方に向かい直る。

 

「よろしくお願いします」

 

「おお」

 

 私が礼節の挨拶をする横で、四人は唖然としていた。

 

「まずウサギを殺す。俺が足を持ってるから、首を刎ねろ。ここの部分に切れ込みを入れるんだ」

 

「はい」

 

 斧を振り下ろして神経を切る。うさぎはがくっと一度痙攣して動かなくなった。

 

「後ろ足を折って、片方の耳を落とせ。宙吊りにして血抜きをする」

 

「はい」

 

 言われた通り耳を落とす。小さな私の手でウサギの足を折る。

 

 手にウサギの血が滲んだ。ベクターさんはそのウサギを持って、近くの木に宙吊りにする。

 

「しばらく放置だ。血抜きをしたら、腑を抜く」

 

 五分ほど時間が経つと、蛇口みたいに流れていた血が止まった。ベクターさんはそのあいだ、棒でウサギの体をパンパン叩いていたけれど、その光景に他の四人げ目を背けようとしてアルベレット先生が言った。

 

「目を背けない!」

 

 アルベレット先生に叱られて、男の子達は──特にあの三人は涙目になってウサギが叩かれ、血が首から出ている光景を見ていた。


「ウサギの胴を持て。体を二つに引きちぎるみたいに引っ張ったら、肛門からはらわたが出てくる」

 

 ベクターさんはウサギの体を振り回して、私に胴体を持たせると、自分の手を重ねて力強く握りしめる。

 

 猟師さんは言葉は荒かったけど、とても親切だった。力仕事はどうにもならないからと手を貸してくれて、勢いよく引っ張ると中身を振り絞るみたいにウサギの内臓がお尻から出てくる。

 

「うえっ」

 

「うぎゃああ」

 

「ぼえっ」

 

「……」

 

 アルベレット先生は気持ち悪がる男の子達を叱っていた。

 

「今度は腹に切れ込みを入れろ。ここだ……そしたら中の内臓を抜け。よし。そしたら足と耳と頭を切り落とせ」

 

 もう一度、斧を振る。重かったけど何とか片手で振るうことができた。

 

 私がウサギを解体する姿をアルベレット先生とレガルド君は真剣になってみてくれていた。二人の期待に応えようと私もベクターさんの指示を聞く。

 

「……どうしてだい?」

 

「はい?」

 

「やるのは坊主達だと聞いていたが、まさか嬢ちゃんがやるとはな」

 

「……知っていましたから」

 

 ベクターさんは何も言わない。私は斧を振るいながら答える。衝撃で切り落とされた足が地面に落っこちた。

 

「七歳の時、領地を旅したことがあって。その時知っていました。食卓で出される肉が、どうやって出されていたか」

 

「……」

 

「牧場にお邪魔して、領民の方に無理を言って見せてもらったんです、牛の屠殺を。だから、こういうこともあるって知ってました」

 

「……もう一度聞くが、どうしてだ?」


「……」


 最後に頭を落とす。


「だって、それが真実なのでしょう?」


「……」


「……」


「「「……」」」


「……そうだな」


 レガルドやアルベレット先生は黙って私たちの話を聞いていた。


 ダルマになったウサギをベクターさんに差し出す。すると、ベクターさんはナイフで切れ込みを入れた。

 

「そこからウサギの皮を剥く。分かるか? 柑橘の皮みたいにズル剥けるから、力強く引っ張って──」


「こうですか?」

 

「……まじかよ」

 

 随分と力を入れて、ベクターさんのいう通り葡萄の皮をイメージしてズル剥けさせようとすると、ずるりとウサギの皮が剥がれた。随分と呆気ない。

 

「後の解体は俺がやろう。お疲れさん」

 

「ありがとうございます、ベクターさん」

 

「まったく、失礼だとは思うが、猟師をするために生まれてきたみたいな嬢ちゃんだな」

 

「ふふ、よく言われます」

 

 今の所、剣術と馬術の先生にはそんなふうに言われている。そこに屠殺師か、あんまり嬉しくないなぁ……

 

「何故ですか?」

 

 アルベレット先生が突然聞いてくる。

 

「なぜ、七歳の貴方が屠殺の現場を見ようと思ったんですか?」

 

「必要でしょう?」

 

「……」

 

「私たちの料理に入っている肉が、どうやって『製造』されているか。私たちはどこまで行っても殺しと無縁には生きられないのですから」

 

「……そうですわね」

 

 それだけ言って、パンパンとアルベレット先生は手を叩く。三人はすごく青ざめていた。

 

「本来貴方達がやるべきことをエノールさんにやってもらいました。四人とも、感謝なさい」

 

 三人は私にとても申し訳なさそうにしていた。怖いだろうに……

 

 けれど、レガルド君は私の方をまっすぐみてきて、近づいてくると、私の手を取る。

 

 血に滲んだ手だったけど、迷わず握ってくれた。

 

「ありがとう、見せてくれて」

 

「……ええ」

 

「……それじゃあ、貴方達は向こうに合流なさい。エノールは川辺で手を洗いなさい。レガルドは付き添うこと」

 

「はい」

 

 三人はそれを聞いて残念そうにしていた。きっと、レガルド君に嫉妬しているんだろう。

 

 学園にも私とレガルド君、アルガルド家とマルデリア家の縁談の話は広まっている。教師がそれとなく広めたのだ。変に知らないでいざこざになっても困るからだろう。

 

 公爵家の子息はここでは一番偉いので表立って文句も出ていない。単純に悔しいの一言だろう。そう考えればレガルド君もすごいのだとわかる。

 

 川辺で手を流水につけると、レガルド君がハンカチを差し出した。

 

「ありがと」

 

「……エノールは、すごいね」

 

「何それ、嫌味?」

 

「そんなんじゃないよ」

 

 私の毒のある言葉にもさっと返事して、レガルド君の瞳は澄んでいた。

 

「……一緒に食事しましょう?」

 

「いいの⁉︎」

 

「許してあげるわ、私を弄んだことは」

 

「うっ……ごめん」

 

「んふふ」

 

 いつも弄んでいる自分のことは棚に上げておいた。





 この食糧集めの真の目的は女子に食材を集めることの大変さを教え、男子に生きることの残酷さを教えるためだろう。そのためなら罠にかけた動物は学園側が用意しても構わないのだ。

 

 もともとバルターから聞いていた。昨年はどんな催しがあったかは知っていて、まさか……とは思っていた。まあ今年も同じ内容なのかはわからなかったが、罠猟と魚釣りは例年と同じなため、ほぼ確信があった。

 

 だから、何の心構えもなしに突然屠殺することを教えられた男の子達が尻込むのも無理はない。むしろ、ウサギを食べることに戸惑いがあったレガルド君が手を挙げたことに、私は感心した。

 

 私が彼に手を汚させなかったのは、何となく嫌だったからだ。今の彼にそこまでの重積を背負わせては、何がか歪んでしまう気がしたから。

 

 自分のことはどこまでも棚に上げる。だって私は、イレギュラーだから。

 

 魚釣りで随分と苦労したと見えるご令嬢方はヘトヘトになっていた。レガルド君と一緒に来た私をみて睨みつけてくる人もいる。そんな女子達をみてレガルド君は困惑していた。彼の言っていたのはきっとこういう部分なのだろう。

 

 私はやはり学園側からの配慮でレガルド君の隣で男子達に混じって食事した。私の班には私が屠殺して猟師の人が解体したウサギ肉が出ていた。

 

 三人は大いに躊躇して、スープの中にウサギ肉があるのをみて青ざめていたが、私が一口食べると意を決したように口に放り込んだ。きっと、解体した私に失礼だとでも思ったのかもしれない。まあ、お腹いっぱい食べるのはいいことだ。

 

「エノールの作ったウサギ肉、美味しいよ!」

 

「ふーん。それじゃ、あーん」

 

「え、えっと」

 

「何、私のうさぎ肉が食べれないの?」

 

「うぅ……ひどいよ、エノール」

 

 いつの間にか呼び捨てで呼び合うようになっていた。私はレガルドの口にスプーンを差し出して随分からかった。ドキマギする彼を見るのは楽しい。

 

「にっくきレガルド……」

 

「でも、レガルドは公爵家だし……」

 

「くそっ、俺が公爵家だったら!」

 

 随分と夢物語を語るなぁ……俺が王族だったらみたいなノリじゃん。


 レガルドが嫉妬されているのは縁談相手の私的には大いにありだった。私は思わず胸を張ってしまう。一方、レガルドは困ったような笑みを浮かべていた。彼は優しいのだ。

 

 そうして、私は男の子達と一緒に遊んでいた。元気に森の中を駆け回って、今思えば淑女らしくはなかったかもしれない。でも、アルベレット先生もしょうがなさそうに見守ってくれていた。

 

 川の中で魚がいるのを見つけて、釣り師の人にお願いして竿を借りてみたら、釣り師の人から『一千年に一人の逸材だ……』なんて言われてしまった。

 

 そうか、釣りは千年に一人か……どうして私はこう刺繍とかお稽古方面に才能がなかったんだろう。剣が天才で、鞍が十年に一人で、屠殺が天性で、釣りは千年に一人。男の子かな?


 女の子に生まれた私は剣の天才でしたって? ラノベかな? 生まれる性別を間違えたらしい。よし、リセマラしよう。


 ……生命の神秘に対して滅茶苦茶冒涜的だな。

 

 ともあれ、それでまた周囲に男子生徒の人だかりができてしまって、せがまれた私は何匹か釣ってしまった。獲得した魚は夜に出ることになった。

 

 私は、だから、目を背けていたのかもしれない。レガルドはわがままを許してくれるし、男子も仲良くしているから、女子の方はいいかと……経営者として人の機微を見落とすなんて失敗は本来なら許されない。

 

 私はここで学生として振る舞ってしまっていた。ことあるごとにイレギュラーな私は注目を買って……やっかみが出てくるのも当然のことだった。

 

 夕方になってコテージに向かう。そこにはいくつもの木造のロッジが建てられていた。

 

 宿は流石に男女別となり、私はレガルドに別れを告げる。最後に……女としては、一緒にいない時間も思ってもらいたくて、少しだけ爪痕というか、残り香をつけてしまった。

 

「レガルド?」

 

「ん?」

 

 振り向いた彼にキスをする。唇とニアミス、わざとだった。

 

「──なっ、あっ!」

 

「……それじゃ、また明日ね」

 

 口をぱくぱくさせる彼に小さく手を振って、私はその場から逃げるように立ち去る。


 私は別に経験豊富なわけではないのだ。佐藤健の記憶はあるが、それは男のもので……女としての経験なんかこれっぽっちもない。

 

 思いついてみたけど、佐藤健の記憶からレガルドの気持ちをシミュレートして、こうしたら思ってくれるかななんて考えて──行動に起こした後に私は口から火が出そうになる程、真っ赤になってしまった。


 自分の紅潮した顔を見られないように俯いて、私の心臓の音が聴かれないように足早にその場をさって、コテージの裏に回る。そこで深呼吸をして自分を落ち着けた。


 ああ……私、なんてはしたないことを……でも、これで少しは可愛いとか思ってくれたよね? 大丈夫かなぁ……上手くできたかなぁ。

 

 ヤキモキする私に声がかかる。それは女子のものだった。

 

「エノールさん?」

 

 私は顔を上げる。見覚えはあるけど、誰だかは知らないので答えられない。

 

 私の女子とのコミュニケーションスキルは最初に『ご機嫌よう、〇〇さん』から始まるのだ。会話の最初につまづいて、先ほどの緊張で声の出せない私に取り巻きを二人ほど連れた令嬢様がお声がけなさる。

 

「随分とはしゃいでいるようですわね、『男漁りのエノール』?」

 

「……どこでそんな名前が流行っているんですか?」

 

「さあ? 知らないけど、女子はみんな思っていることではなくて? 男子達に取り入って、どうにか家を取り持とうとする姿は健気だわ。まるで娼婦みたい」

 

「……アルベレット先生に怒られても知りませんよ」

 

「別に、貴方が言わなければ済む話よ。周りには誰もいないわ」

 

 どこかみた顔だと思って、思い出した。

 

 この人、ピレライン侯爵家の令嬢だ。名は確か……ギャーヴェ・ピレライン。特徴的な名前だから覚えている。

 

 なるほど、もし告げ口すれば侯爵家が圧力をかけるわよ、とそういうことか。今のアルガルド家は改革の真っ最中。今突かれれば少々厄介だ。落ち目のうちじゃ侯爵には盾つけない。

 

 そもそも後ろ盾からして彼らは違うのだ。侯爵は一つの家が四つ、それに対して公爵・侯爵・王宮は一つに団結している。

 

「……」

 

「待ちなさいよ」

 

 手を掴まれる。嫌だな……

 

「レガルド様と婚約したそうですわね」

 

「……マルデリア公爵から直々に縁談を持ちかけられまして」

 

「貴方みたいなのが公爵に……ありえるわけない! きっと、汚い手でも使ったんでしょ! いいなさい!」

 

「……」

 

 困ったな。汚い手といえばそうなんだが、縁談は私にとっても棚からぼたもちだったし、そもそも公爵との約束があるので経緯を話すわけにもいかない。


 貴族領主が汚い手を使わないで領地を経営できるわけがない。そこら辺の事情を知らないのは御令嬢だからといったところか。

 

 しかし、ギャーヴェさんはそのことに我慢ならないようだった。答えない私をみて、声を荒立てる。

 

「この亀! また黙る気ね!」

 

「亀……?」

 

「ええ、亀よ。何か悪いことがあるとすぐに口をつぐんで、形勢が良くなったら喋り出す。甲羅の中に首を引っ込める亀みたいにね」

  

 取り巻きの二人がクスクスと笑う。確かにそうともとられるな……いやだな、それ。

 

「訂正してください」

 

「いやよ、何で貴方の指図を受けないといけないの?」

 

「……失礼します」

 

 何がしたかったのか、ギャーヴェさんはそれ以上私に絡んではこなかった。


 何がしたかったんだ、一体。

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