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11話 旅はいかが?


 一ヶ月たっても、ルビナとタイラーはすごくうまく行っていた。

 いまだにベッドでは並んで眠るだけだったが、タイラーはそれで満足しているようだったので、ルビナもそれで良しとしている。


 そして、腹を割って話し合う事が増えたからなのか、タイラーはずいぶん不幸の影がなくなっていた。こんなに簡単に癒やされるのなら、なぜあんなに色こく残っていたのか不思議だ。だが彼が回復していることに文句を言うつもりはない。

 彼の回復はルビナ以外の人が見ても感じるらしく、仕事先ではよく「結婚して落ち着いたな」と声をかけられることが増えたとタイラー自身が教えてくれた。


 先日は時間を作ってルビナの実家の男爵家の領地に結婚の挨拶をしに行き、大いに祝われた。

 ルビナたちよりも兄の方が先に挨拶に来ていたらしく、兄夫婦があまりにラブラブだったため、父が目のやり場に困ったと笑っていた。


 ルビナとタイラーは、父の領地を二人で手を繋いで散歩してまわった。タイラーを知る人がいない場所で、彼はとてもくつろいでいた。

 開けた緑の丘を二人で歩いていた時など、風を感じてその匂いを感じている様が、まるで草食動物のように見えて、ルビナは微笑ましい気分になった。


 二人は誰が見ても恋愛結婚だと誤解してしまうくらいには仲良く暮らしていた。



 そんなある日、ルビナはタイラーの仕事部屋に入ると、唐突に言った。


「私、旅に出たいのだけど、許してもらえるかしら」


 室内にはタイラーの秘書が数人いたが、すべての人間が凍りついてしまった。

 ルビナはどうしたのだろうと思う。

 タイラーも驚いて目を見開き、座ったままの姿勢でルビナを見上げてくる。

 ルビナはその反応を訝しんだが、よくわからなかったので、仕方なくもう一度尋ねた。


「ねえ、どう思う?」

「それは……困る」


「そうなの?」

「そうだ」

「困ったわ」


 タイラーは気まずそうにいった。

「……私との生活が気に入らない、という事だろうか?」


 ルビナは驚いた。


「あら、違うって。そんなんじゃないわ」

「じゃあどうして突然そんなことを言い出したんだか、わからないんだが」


 ルビナは少し考えて、元々の計画を説明していなかったことを思い出した。


「私結婚する時に言い忘れたんだけど、もともと、どうしても旅に出る気だったの。兄に結婚相手としてメイメルを紹介したのも、その為にちょうど良かったからなのよ。私がいなくなったら、兄の周りのことをしてくれる女手がなくなるじゃない? そりゃ使用人はいるけど、家族として女性がいるといないじゃ、できることが違ってくるじゃない?」

「ああ」


「そう、だから兄が結婚したら旅に出ようと思ってたの」

「そうか」

「私が旅行に行ったらダメ?」

「それは、困る」


「そうか、そうよね。兄にはお相手を用意してあげたけど、あなたは私がいなくなったら一人になっちゃうものね」

「ああ、……だが私には結婚相手は紹介してくれなくていい」

「私が結婚してるのに、するわけないでしょ、面白い冗談ね」


 ルビナはくすくすと笑った。

 タイラーの秘書たちはそのやりとりを聞いてないふりをしながら見守っているようだ。

 まあ、気にしても仕方ない。二人きりで会話を始めなかったのは自分の落ち度だ。


「公爵夫人ってこういう時、不自由ね」

「不満なのか?」

「まだほとんど何もしていないからわからないわ。私がしていることと言ったら、あなたと添い寝してる事くらいだもの」


 ルビナはうーんと悩んだが、解決案などない。

 仕方ないので、その様子をじっと観察しているタイラーに話しかける事にする。

 もしかしたらタイラーも何か思うところがあって反対しているのかもしれない。


「ねえ、何か質問があったら言って?」

「旅には誰かと行くのか」


「いいえ一人。使用人は連れて行くけど。他には?」

「何をしに行くんだ?」


「あのね、あー……うちの料理人には言わないでね?」

「ああ」


 ルビナは少し迷ったが、正直に言うことにした。


「私、この国の料理って、あまり美味しくないと思うのよね」

「他の国の料理は食べたことがあるのか?」

「いいえ、無いけど……国を出たことはないもの。だけど、きっと外の国はまた違う食文化があると思うのよね」


 実際は前世の記憶で食べたことがあるから、この国のものより美味しいものを知っているのだが、それを正直にいうわけにはいかない。


「だから、美味しいものを探しに行きたいの。レシピを持って帰りたいわ。そしたらこの家の食事ももっと美味しくなると思うし。いいことだと思わない?」

「なるほど」


「そういうこと」

「ふむ」


 タイラーはまた口を閉じてしまった。


「どう思う?」

「それなら、私と一緒に新婚旅行として行けばいいんじゃないか」


 ルビナはパッと目の前が開けたような気がした。


「ああ、それ名案だわ! 新婚旅行! そんなの思いつきもしなかった。大丈夫なの?」

「大丈夫だ。それに私も、国外に出れば目的の場所を探す手がかりが見つかるかもしれない」


 目的の場所というと、ルビナの前世の故郷のことだ。

 タイラーの目的を思い出してルビナはちょっと気持ちが沈んだ。


「……本当ね」

「ああ、名案だ」


 タイラーは満足げに微笑むと「すぐにスケジュールの調整をする」と約束してくれた。

 ルビナは少しだけ複雑な気持ちのまま部屋を出た。



****


 夜になって、寝室に入ったタイラーが「旅行は一ヶ月後に決まった」と教えてくれた。

 もう少し先になるかと思っていたので、ルビナは喜んだ。

「期間はどのくらい?」

「二ヶ月間は行っていられる」

「素敵」

「使用人と護衛を数人ずつ連れて行く」

「わかったわ」

 

 その報告が済むと、いつも通りタイラーはソファーでウイスキーを楽しむ。

 ルビナもいつも通り夫に話しかけた。


「今日は一日どうだった?」

「今日は驚いた日だったよ。奥さんが旅に出るなんて言い出すから」

「ごめんなさい、まさかあなたが『出ていかれる』と思うとは思わなかったから」


 ルビナはくすくすと笑った。

 旅に出ると言ってそういう意味に取られるとは考えてなかった。

 タイラーの顔を見ると、少し情けなさそうに眉が下がっていた。


「私は君にもらってばかりだから、少し不安だったんだ」

「もらうって何を?」

「安心……違うな、“幸せを”かな、私は君に幸せにしてもらっている」


 ルビナは驚いて目を見開いた。そんなことを思ってもらっていたなんて驚きだ。


「知らなかった。私はいつの間にそんな偉業を?」

「君は優しいし、私の話を聞いてくれる。私はすごく楽になった」

「よかったわ」


 ルビナは微笑んだ。

 よかった。彼のことを少しは幸せにできていたらしい。

 なんだかとても心が暖かくなった気がする。

 とてもいい気分だ。

 タイラーも満足そうに微笑んでいる。


「私は君のことが好きだ。君にも好きになってもらいたいと思っている」


「そうなのね」


 突然の告白に、ルビナはちょっとびっくりしてしまった。

 今日はタイラーがすごく踏み込んできている。

 だけど夫婦としては、これは嬉しい告白だ。

 二人は夫婦なんだし。


「君は私のことを好きになれそうだろうか?」


 ルビナの表情が悪かったのか、タイラーは少し自信なさげに言った。

 彼を好きか? もちろん好きだ。

 いい人だし、可愛いところもある。

 聞けば心のうちを素直に話してくれるし、前世私が守った王子様でもある。


「ええ、好きになれそうよ」


 微笑んでそう答えると、タイラーはホッとして、それから嬉しそうに笑った。

 よかった、とルビナは思う。少し控えめな答えかたになってしまったが、タイラーは満足してくれたようだ。


 その笑顔に勇気づけられてルビナは今思いついた事を口に出す。


「ねえ、そろそろ私たち、初夜を済ますべきじゃない?」


 タイラーは少し驚いた。それからルビナに掌を差し出した。

 ルビナは立ち上がり、彼の目の前に行くと、その手を握りしめた。


 タイラーはルビナの手を握りながら、じっとルビナの表情を観察している。


「いいのか?」

「ええ、だって私たち、夫婦なんだもの」


「私はもう少し待ってもいいと思っていたんだが」

「そうなの?」

「ああ、私たちは突然結婚したし、時間をかけるのは当然だと思っていた。それに、君を怯えさせたくなくて、我慢していたんだ」


 そうだったのかとルビナは納得した。


「じゃあ、もう我慢しなくてもいいわ」


「まさか、君は初めてじゃないのか?」


 タイラーはそう呟いていた。

 ルビナが目を見開くと、彼はハッとしてすぐに言い訳をした。


「……すまない。もし初めてじゃなくても、別に悪いわけではないんだが、少し思い出してしまって」


 あまりにあっさりとしたルビナの答え方のせいで、タイラーに元奥さんのことを思い出させてしまったようだ。

 彼女は初めてじゃなかった上、既に妊娠していたのだったから、そのこともトラウマになっていても仕方ない。

 ルビナは、彼に余計なことを思い出させるくらいなら、乙女らしく少しは恥じらった様子を見せた方がよかったと反省する。


「私がそういうことを恥ずかしがらないのは、別に経験があるからじゃないのよ。ただ、あまり私って、一般的な感性じゃないみたいだから、もし変な反応をしてもあまり気にしないで欲しいわ」


 タイラーは、ホッと詰めていた息を吐いた気がした。

 信じてくれたようで、ルビナもホッとした。まあ、ここで信じてくれなくてもベッドの上で証明する事ができるのだが。


「確かに、君は少し変わっているかもしれないが、感性が違うなんて、そんなふうに思わせるようなことを誰かに言われたのか?」

 前世では「何処か欠けてる」と言われたが、それを自分から言うのも何だか気が引ける。

 それに引っ張りたい話題でもない。


「まあ、なかったとは言わないけど。そんなことはいいから。今日するのかしないのかはっきりしてちょうだい」


 その言葉にタイラーは目を丸くした。

 それから可笑しそうに眉を寄せた。


「君は確かに変わってるな」

「やっぱりあなたもそう思うのね。嫌になる?」

「いや、私は君を好きなままだ。さあ、ではベッドに行こう」


 タイラーは立ち上がると、ルビナの腰を引き寄せ、お姫様のように抱き上げるとベッドに向かった。


呼んでくださってありがとうございます。


ちょっと本業が忙しいので今週は続き投稿できるかどうかわかりません〜

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